ついに自殺者まで出てしまった履修逃れ問題。ようやく行政も調査をする気になったのか、八洲学園大学国際高等学校にも「履修に問題はないですか?」と聞いてきた。もちろん、返事は「まったく問題ないです」なのだが、そんな程度の調査でいいのだろうかと疑問に思ってしまった。履修逃れで嘘の報告をしていれば厳密に言えばれっきとした犯罪。その容疑者に、犯罪を犯してませんか?と聞いたり、自分で調査しろというのはあり得ない。本気ならちゃんとした第三者機関に調査させるべきなのだろう。といっても、すぐにすべての学校を調査するのは現実的じゃないのだろう。ま、履修逃れは生徒さんは悪くないので、そのまま卒業ということにし、あとからゆっくり調査し、校長など関係者を処分すれば良いと思うのだが。
しかし、当事者に調査させるのも、いじめ問題となると次元が違う。いじめで自殺した人が出たということは、殺人事件になる可能性もある。いじめれば自殺するかもしれないと分かりつついじめれば、殺人罪が成立するはず。その場合、学校、先生、教育委員会が容疑者なのだから、その容疑者が自分で事実関係を調べるとはナンセンス。警察が介入するのが嫌なら、せめて警察OBや弁護士が入って調査すべきだろう。
2006年10月アーカイブ
大学における教員の授業の質向上のための研修が義務付けされそうだ。大学教員は免許が必要ないため、その大学が認めれば誰でも教員になれる。そのため専門分野の知識は豊富でも教育方法については素人というケースも少なくない。そこで各大学が独自にFDと言われる研修を行っている。現在は努力義務なのだが、それを義務付けるような法改正を考えているようだ。八洲学園大学でもFD研修は行っているが、体系的な研修とは言えず、まだまだ改善の余地が大きい。法律で強制されるまでもなく、ますますFDは重要となる。特に八洲学園大学のように教育を重視している大学においては授業の質が大学の質に直結する。
出張から帰って、家にも寄らずにそのまま江ノ島へ行ってバーベキューに合流した。お肉屋さんの方が30キロもの肉を持参でのバーベキューなので、豪勢なのだが、それ以上に感心したたのが、パンのバーベキュー。パン生地を作って持ってきた人がいた。その生地を串に巻いて焼くと、焼きたてのパンの出来上がり。なかなかの美味。網に直接の乗せるのではなく、手で持って少し離して回しながら焼くのがコツのようだ。
高校の履修逃れの問題がまだまだ大きくなっている。この問題は高校だけではなく、中学や小学校でもあるかも知れない。大学でも、卒業単位が不足してても卒業させているケースはあるのではないだろうか?
八洲学園は高校を2校設置しているが、必要な科目はちゃんと修得の上、卒業を認定している。学習指導要領の卒業要件については、おそらく日本でも一番熟知している高校ではないだろうか。というのも、高校からの転校や高校中退者を数多く受け入れているので、あらゆる高校での修得済み単位を認定して受け入れるという作業を日本で一番多く行ってきたからである。複数の高校や高認(昔の大検)での合格科目を組み合わせて、学習指導要領をクリアした上で卒業可能かを判定する作業はコンピュータ化はしてあるが、最終判断は教員が行っている。それも3名でのトリプルチェックを行っている。万一にでも間違えると卒業できないという事態になるのだから、当然なのだが。
社団法人私学経営研究会の会報に「私の考える私学」というテーマで原稿の執筆依頼があったのでざっと書いてみた。会員の方は今月号を、会員でない方はここでお読みください。
高校での履修逃れがマスコミを騒がせている。現在見つかっている高校の数倍いや数十倍で行われているかも知れない。そもそも、国が必修(正確には必履修であって、必修得ではないのだが)を定めることに疑問もないわけではないが、法律が悪い(学習指導要領は法律に準じる)からといって、破ってよいわけではない。まして教育現場では口が裂けても言えないだろう。しかし、ちゃんと学習指導要領を守っている学校でも、実態としては形骸化しているかも知れない。私も高校3年生の頃(30年近く前だが)は、受験に関係ない科目の時間は、内職と称して受験科目の勉強をしていた。先生もそれを容認していたのだから、実態は履修逃れに近かったかも知れない。
しかし、今まで発覚しなかったのは、現場の先生が学習指導要領を知らないのだろうか? それとも、それほどまでに隠蔽工作がうまかったのだろうか?いくら隠蔽工作をしたとして、履修すらしていない科目の成績をどうやってつけたのか疑問だ。
この件は、話せば長くなるので、また別の機会に。
八洲学園大学eラーニングのトップ画面が始めて衣替えをした。3年半も変更していないのは、怠慢としか言いようがないのだが・・・
今後は、季節ごとに変えるとか、各自で好きな画面が設定できるなど、プログラムを改良していきたい。
本日、八洲学園大学で初めて学外から講義をライブ配信した。正確に言えば講義ではなく、八洲学園大学教授による講演会なのだが、授業配信と同じ仕組みを使い、学生さんも受講したので、授業と同じと言って差し支えないだろう。事前の周到な準備の甲斐あって、無事配信された。私は、配信の時間は飛行機の中だったので、ライブでは見ることができなかったが、メールでもらったチャットのログを読むと、普段の授業の配信より良かったとの声が多数のようだ。今後も実証実験を重ねて、学外からの配信も日常的にできる体制にしていきたい。そうなると出張のための休講もなくなるかも知れない(笑)
来年早々にもWindowsの最新バージョンVistaが発売される。ブラウザの最新バージョンであるIE7は正式版に先立ってプリリリース版が公開されている。より使いやすく、便利になるのはうれしいが、OSやブラウザが新しくなると、八洲学園大学や八洲学園大学国際高等学校で使用しているeラーニングも動作確認をしなければならない。すぐに最新版を利用する人は少数派かも知れないが、パソコンを新規で購入したり買い換えると自動的に最新版になる。そういう方に「動きません」とか「古いのを買ってください」などとは言えない。そのため、検証を重ねて、正式版が発表される頃には動作の確認もできるように準備を進めている。
八洲学園大学国際高等学校の慰安旅行&研修で東京ディズニーランドに行った。昨夜はホテルでディズニーランドの精神について勉強会を行って、本日は実際に園内を見学。行楽シーズン真っ最中の土曜ということで入場が制限されるほどの人出。アトラクションにはほとんど入らず、園内を見て回った。八洲学園大学国際高等学校にも参考になることがいろいろあり収穫の多い慰安旅行だった。
園内は人・人・人・・・
神奈川県知事と県内にキャンパスを置く大学との懇談会に出席した。なんと、神奈川県内には70以上の大学・短大がキャンパスを置いている。そのうち50以上の大学が参加していた。これだけ出席者が多いと、知事とじっくり意見交換はおろか、全員が発言することもできない。身のある意見交換をするというよりセレモニー的な要素が多い気がした。懇談会の後、懇親会の場もあったので、その際に名刺交換だけはしておいた。八洲学園の理事の一人は、以前知事の秘書をしていた関係で、知事は八洲学園大学をご存知だった。
明日から八洲学園大学国際高等学校の慰安旅行だ。行き先は東京ディズニーランド。沖縄の職員にすれば、慰安旅行にふさわしい場所なのだが、横浜勤務の職員にすればいつでも行ける所となってしまう。しかし、単にTDLで遊ぶだけの慰安旅行ではない。ちゃんと研修をするのである。TDLは学校と同じサービス業としては、すばらしくホスピタリティにあふれ、人を楽しませるという意味においては見習うべきところがふんだんにある。私の学校経営にも少なからず影響を与えている。単に、ゲストとして園内を回っても気づかない工夫が随所にある。スタッフの教育もすばらしい。それらを少しでも学ぼうというわけである。幸い、八洲学園大学国際高等学校には、長らくTDLでアルバイトをしていた職員もいる。前職としての守秘義務に反しない範囲で、レクチャーを受けることになっている。
久々に八洲学園大学の教授会に出た。月に1度行われているのだが、なかなかスケジュールが合わず、久しぶりの出席となった。出席したといってもオブザーバーなので、見学しているだけなのだが、それだけに冷静に会議の様子が見れる。おそらくどの大学でもそうだろうが、教員は話好きが多いためか、会議が長引く。教授会は大学には設置が義務付けられているのだが、その性格はあいまいで、そもそも会ではあって会議の体裁はなしていない。教育の専門家であっても会議の専門家ではないので、止む得ないかも知れないが、議案提出、議事録の作成・署名、採決方法、動議の提案方法などなど、ルールが決められていなかったり守られていない。そもそも当日に議案が配布されるため、じっくり検討した意見というより、その場の雰囲気でいろいろな意見が出るので、収拾がつかない。ブレストとして行うなら意義ある時間だが、なんらかの結論を出すとすれば、時間効率が良くない。もっとも、私は、意志決定は多数決ではなく、一人で行うのが良いという考えなので、基本的に会議は行わない。法令で義務付けられている会議は行うが、それ以外に会議はない。ただし、意見は広く集める。多くの意見を聞いて、責任を負える個人が判断する方が、多数決で誰も責任を負わない形で結論を出すより良いと考えている。その個人とは理事長としての私だけを指しているのではなく、すべての担当者を指す。担当者が熟慮して下した結論は、多数決より尊いのではないだろうか。
八洲学園大学の秋学期出願が昨日、締め切られた。ネットでの受付なので、深夜の12時に締め切りとなる。合計302名の方がネットで出願された。ありがとうございます。ただし、ネットで出願しただけでは、正式な出願とはならず、各種の証明書の提出が必要となる。また、辞退される方も若干おられるので、最終的な出願数は、この数よりは少なくなる。それを考慮しても、昨年、一昨年を上回るのは確実だろう。徐々に八洲学園大学が認知されてきたということか。そろそろ飛躍しても良い頃だとは思うのだ。
18日に安倍総理が教育改革推進のため設置した「教育再生会議」の初会合があるらしい。小渕総理が教育改革国民会議を設置して以来、久々に教育が重点政策に位置づけられたということは教育関係の仕事をしている者としてはうれしい。しかし、臨教審のように法律の裏づけがあるわけでもなく、17名の委員に多くの中教審委員が含まれることから、どれくらい成果が出せるかは疑問が残る。文科省や現在の教育に関係する人と排除して、白紙から議論してもらった方が良いアイデアが出るのではないだろうか。と、始まる前からいちゃもんをつけても何も生まないので、まずは、期待して議論を暖かく見守りたい。
出張で札幌に来ている。札幌には八洲学園の子会社で八洲学園大学国際高等学校のサポート校である「札幌中央義塾高等学院」がある。年に1、2度は様子を見るために出張している。ちいさなサポート校だが、沖縄にある八洲学園大学国際高等学校に北海道からの入学者が多いのはこのサポート校があるからかも知れない。
ちなみに、札幌は、昨日の日本ハムの優勝で盛り上がっていた。そんな気分に浸る暇もなく、日帰りで帰らなければいけないのが少し寂しいのだが・・・
総理大臣が代わったということで、「美しい国へ」もざっと読んでみた。もちろん、関心は教育の項目なのだが、「バウチャー制」、「教員免許の更新制」などどの施策も賛成なのだが、それらの具体的な施策の前に、教育目標を具体的に示して欲しい気がする。「美しい国」とはどんな国なのかが分からない。どんな国を目指し、どんな日本人を育てようとしているのだろうか? 美しいを外見に限ったとしても、その捕らえ方は千差万別だ。自然豊かな風景を想像する人も言えれば、幾何学的な計画されたビルの並ぶ街並みを思い浮かべる人もいるだろう。まして、心の美しさとなれば、もっと多様だろう。
昨日が、八洲学園大学の第二次願書受付の第1回締め切りだったが、ありがたいことに、すでに、昨年の最終出願者数を上回る出願をいただいている。出願状況はリアルタイムでHPで公表しているので、詳しくはこちらでご覧いただける。最終締め切りが16日なので、検討中の方はお急ぎ出願手続きを。
大臣が代わって、小学校での英語必修化にブレーキがかかりそうということがニュースになっている。このことを少し考えてみた。
1.英語をやった方がいい・・・これは当たり前だが、英語を学ぶ時間、他の何かを削除することになる。単に総授業時間数を増やすとしても、英語を増やすことがベストかどうか。
2.英語の授業が楽しそう・・・アメリカ人の楽しそうな授業が映像で流れることが多いが、これは英語の授業が楽しいのではなく、その先生が授業が上手なだけ。英語教育とは別問題である。
3.現在、英語をペラペラしゃべっている日本人(帰国子女や海外経験の長い人でなくても)の大半は中学から英語を始めている(昔は小学生向けの英会話教室など皆無)。
4.英語の授業の目的がネイティブ並みのヒアリングやスピーキングであれば、指導可能な教員が小学校だけでなく、その後の中学・高校・大学にも配置可能なのか。
5.これはよくある意見だが、日本語もまともに話せない、話す内容がないのに英語を学んでも意味がない・・・目標が日常的な英会話なのか、外国人との議論に耐えるような英語力なのか。前者であれば小学校からでなくても十分マスター可能。後者であれば、まず日本語、歴史、文化を学ぶべき。
6.英語教育に熱心な国(シンガポール、インドなど)が成功例として紹介されいる・・・他民族、多言語国家と比較しても意味がない。
7.若い方が、適応力があり、ネイティブな発音もマスターしやすい・・・確かにそうだが、ネイティブな発音などできなくても国際社会では通用する。そもそも、アメリカ人でもネイティブなきれいな発音をしている人の方が少ないのではないか。日本人は見れば、英語が母国語でないということは相手にもすぐ分かるので、その前提で話をしてくれる。あくまでも日本人として接するのであればそれで十分ではないか(アメリカ人になりたいというのであれば別だが)。
などなどを考えると、私個人としては、小学校をはじめ、中学校、高校でも英語教育の必修は反対。もちろん、選択科目として英語を学ぶ自由は認めるべきであるが。
まなびピアいばらきを見ようとメイン会場へ行くと、なんと中止。昨日も中止だったのは、全国で被害を出した大雨と強風から考えると、屋外の会場では止む得ないが、今日は朝から天気が回復していたので、まさかといった感じだ。事情を聞くと、メイン会場の大きなテントが強風で飛ばされてしまったらしい。この日のために地元の方が準備したり、練習されていたのに残念だ。会期はあさってまでなので、展示はなんとか披露の機会が残されているが、郷土芸能の演奏などパフォーマンス系は難しいだろう。
そんわけで、残念だがまなびピアは見学できずに帰ってきた。帰りの常磐線もかなりダイヤが乱れており、1時間以上遅れた。
第18回全国生涯学習フェスティバルが水戸で行われている。毎年、都道府県の持ち回りで行われている事業だが、今年は茨城県。別件の用もあって、水戸に来ている。2度目のはずだが、始めてきたようにまったく記憶にない。上野から1時間なので、近いのだが、なぜか遠くへ来たような気になる。
バンコクの空港は前日に開港したばかりの新空港。開港はしたが決して完成はしていない。あちこちで工事中だったり、故障してたり、トレイが詰まってたり。乗り換えの窓口がどこかの表示も分かりにくく、係員に聞いても昨日できたばかりだから分からないとしか返事がない。ご飯を食べてカードで払おうとしたらカードの機械の調子が悪いとかで現金で払わされた。乗り継ぎに5時間もあるのでラウンジでインターネットを使って仕事をしようとしたら、ネットはまだ繋がってない。1週間ほどで使えるようになるとか。「じゃー、1週間後にまた来ます」と答えておいた。ま、できたての空港なのでいろいろあるが、綺麗で大きいの確か。成田の3倍はありそうだ。ますます成田がアジアのハブ空港から置いてきぼりになりそうだ。まして、関空は・・・
とりあえず、新しい空港にしてはちゃんと出発。無事帰国できた。
どうでもいいけど、追伸。
うっかり、歯磨きで水道水を使ったが、大丈夫だった。
カンボジアのネットは遅くて使い物ならない。ADSLは普及しつつあるらしいが、なにしろ人口が1400万に対して、固定電話が4万件も加入していないような状況。街にはネットカフェ(お茶はでないと思われるが)があちこちにあるにはあるが。
日本に入国の際の税関で、お腹周りをチェックされた。異常に出ているからか?(笑)
3日目
NPO幼い難民を考える会がカンボジアで展開しているCYK(Caring fro Young Kumer)活動を見学させてもらった。1ヵ所目は機織の研修所で、貧しい近隣の農家の中学生くらいの子どもが1年間、寝泊りしながらシルクの手織り技術を学んでいる。1日で2メートル程度織れて2ドルほどの収入になるようだ。これでも、農家にとっては貴重な現金収入となる。ちなみに、農家の平均月収は80ドルほど。
次に、保育所を見学させてもらった。この団体が運営しているので保護者の負担は昼食代の1日5円ほど。それさえ払えない家があるそうだ。
シャワー?
教室
昼ごはん
午後から学外実地研修の一行は陸路アンコールワットのあるシュリムアップへ移動。私は空路バンコクへ向かった。
2日目
午前中は、ポルポト時代に刑務所として使われていた高校(現在は記念館として開放されている)や王宮を見学して、午後から昨日とは別の移動図書館を訪問した。
昨日同様、むち打ちになりながら1時間少しのドライブ。
昨日より少し豊かな村のようだ。といってもその差は、ちゃんと服を着ている子ども多いとか、基礎がコンクリートの家の割合が多いとか、壁に隙間が空いてる家が少ないと言った程度なのだが。いずれの村も平均的なカンボジアの農家と思われる。
電気も水道もない村なのだが、なぜかテレビ(白黒だが)を持っている家が結構多い。車のバッテリーと自家発電で見ているとか。お金が貯まるとまずテレビを買うらしい。子どももピアスやネックレスをしている。財産は身に着けておくという習慣かららしいが、お金をかけるポイントが日本人とは違うのかも知れない。生活するだけならお金はほどんど必要ないだろう。強いてお金が必要なときと言えば病気や怪我のときだけ。そんな感じの村だ。だから、移動図書館は子どもにとって本に触れる貴重な場所となる。村には小学校はあるが、本を買う予算がないので、図書館はない。そんなところをNGO団体がカバーしていることになる。
1日目
首都と言えども、メインストリートから一本わき道にそれると地道。雨が降った後なので、どろどろの道路を5分ほど進んで目的地のNERCに到着。事務所はかなり立派な建物の中にあった。立派といってもプノンペンとしてはという前置きが必要だが。
写真に写っているのが、今回の担当教員の江田先生
事務所には現地のスタッフが3、4名が働いている。カンボジアではNGO団体で働いているというのはステータスになるらしい。ここで、活動の概要を伺った。
午後からは、この団体が運営している移動図書館へ一緒に向かった。舗装されていない道は気を抜くと首がむち打ちになりそうなほど揺れる。両サイドには雨季のための湿地帯や田園、転々と高床式の民家が続いている。
会場はお寺の境内。
すでに多くの子どもが集まっていた。広げたブルーシートの上に、ちゃんと手を洗らった子どもが座った。
今日は紙芝居のようだ。続いて塗り絵。
そして、自由に読書。くったくなく笑顔が絶えない子どもを見ていると楽しみにしているのが分かる。
終わってから携帯で子どもの写真を撮っていると、子ども達が私も撮ってと寄ってくる。カメラがおもしろいようだ。写った自分の姿を見てはしゃいでいた。
子ども達の写真集は「続きを読む」からどうぞ。
