教育再生会議が大学改革を議論しているとか。改革の必要性は否定しないが、大学改革を議論するなら、大学関係者以外が議論しないと意味がないような気がする。そういう私自身も関係者の一人になってしまったので、議論に参加する資格はないのだが、大学関係者は大学が特別な存在と思っている気がしてならない。それは、卒業生が学歴を頼りに生きてきた、これまでの学歴社会に支えられた誇りなのだろう。逆に言えば、大学が生き残るひとつの方法が、ブランド化であり、その大学の卒業生ということ自体がメリットになるように仕向けることだろう。多くの大学経営者がそれを目指しているような気がする。しかし、本当にそうなるのだろうか。どの大学を出てかで価値が決まる学歴社会から、何を学んだかが重要となる学習歴社会への転換は始まっていると思うのだが。
コメント (1)
大学のブランド化は、その大学でしか出来ない研究(特許がからめばそうなるでしょう)、世界的にもその分野で第一人者ある教授、といったように得意分野をさらに突出させ研究機関としてのブランド化をはかる場合、それは「何を学んだか」をわかりやすく示す指針になるのではないでしょうか。
そういう強みがあれば別に大学でなくても良いわけですけれども、複雑でわかりにくくてよく知らないものより、聞いたことがあって単純なほうが判断するのに楽ですから。
また、やっぱりひとはひとについていくのではないかと思います。このひとに師事したいというのも大きいし、師とあおぐひとが薦めていたらそれになびいてしまうこともあります。学習者としては、どこで学ぶかよりも誰から学ぶかを重視するかもしれません。
Posted by: めまい | 2007年3月29日 00:04
日時: : 2007年3月29日 00:04