久々に新宿へ行くと、まだまだ新歓コンパの時期らしく、駅前で「○○大学××同好会」などと書いた看板を持った学生がいっぱいだった。そんな私も、新歓コンパへ参加するために新宿に行ったのだが。新歓コンパと言っても社会人大学院なので、初々しさはなく、平均年齢も間違いなく30を超えている。修了して3年以上になるが、GW中ということもあって、久々に参加してみた。お酒は飲めない私だが、たまには酔っ払い相手にうだうだ話をするのも悪くない。「人の能力は遺伝か」などという話題で盛り上がってしまった(笑)
2007年4月アーカイブ
毎日新聞によると教育再生会議が親向けに「親学」を提言するらしい。そのポイントは次の通り。
(1)子守歌を聞かせ、母乳で育児
(2)授乳中はテレビをつけない。5歳から子どもにテレビ、ビデオを長時間見せない
(3)早寝早起き朝ごはんの励行
(4)PTAに父親も参加。子どもと対話し教科書にも目を通す
(5)インターネットや携帯電話で有害サイトへの接続を制限する「フィルタリング」の実施
(6)企業は授乳休憩で母親を守る
(7)親子でテレビではなく演劇などの芸術を鑑賞
(8)乳幼児健診などに合わせて自治体が「親学」講座を実施
(9)遊び場確保に道路を一時開放
(10)幼児段階であいさつなど基本の徳目、思春期前までに社会性を持つ徳目を習得させる
(11)思春期からは自尊心が低下しないよう努める
まだ、最終案ではなく、世論を喚起するためにわざと穴を開けたと思われるような内容なので、実際の提言は違った形になるかも知れない。そもそも、具体的な行動指針と抽象的な概念が混在しているので、読む側も混乱するだろう。また、親・自治体・企業・社会への提言も混ざっている。しかし、この提言で、まともな議論が沸き起こるのだろうか。焦点は1つに絞った方が良いのだが。
全国学力テストの問題が今日の朝刊に載っていた。問題の良し悪し、実施の可否はさておき、参加しなかったのが犬山市だけというのがおもしろい。参加しないという判断はどうかと思うが、孤立してまで持論を通した人は、ある意味で立派。しかし、その理由となると貧弱。「競争が好ましくない」とのことらしい。これは、勉強は辛いものという前提ではないだろうか? スポーツであれば、試合や全国大会がないと楽しくない。勉強だって同じだ。日ごろの成果を発表する場として学力テストがないと楽しめない。学ぶことは楽しい、知らないことを知りたいのは本能からの欲求。学力テストで成績が良かったら、みんなで祝福すればいい。ただ、それだけ。それ以上のものではない。終わればノーサイド。勉強ができるということと、野球が上手、歌がうまい、料理がおいしい、話がおもしろい、聞き上手・・・・どれも同じ。
参加しないと判断した人は、小学校の頃に試験で悪い成績をとった悲しい思い出でもあるのだろうか。試合に負けて悔しいから、試合には参加しない、なんて監督が言ったら、選手は納得できないのではないだろうか。
教育問題が話題になるたびに、昔は良かったという意見が出てくる。確かに、昔の方が良かったかもしれない。しかし、よく考えると、子どもは親を写す鏡なのだから、現在の子どもや学校に問題があるとしても、その原因は親の世代、祖父母の世代、さらにその前の世代と遡って原因を考える必要がある。親や先生が子どもに対して行った教育の結果は、その子どもが大人になって教員や親として子どもを教育して初めて分かるのではないだろうか。特に先生の場合、限られた年数だけの教育なので、その期間だけ繕うことができる。しかし、学校でよい子を演じていた子どもは卒業後に別の顔を見せるかも知れない。やはり教育は100年のスパンで見ないといけないということか。
なので、「いまどきの若者は」と批判することは、そのまま自分を批判することになる。まず、反省すべきは大人ではないだろうか。
ニコニコ動画というサイトがある。動画にコメントをつけることができるサイトなのだが、当初はYoutubeの動画にコメントつける形になっていた。さすがにそれはまずいだろう、と思っていたら、やっぱりYoutubeから指摘を受けたらしく、いったん閉鎖になった。その後、独自のサーバーに変更の上、会員制で再開した。会員登録は無料だが、登録してもサーバーの容量が追いつかないのか、すぐには使えないようだ。
サイト自体のコンセプトはおもしろい。おもしろい動画を見たら、突っ込んだり一言残したいと思うことは多い。同じ動画を見た人が、その話題で盛り上がる。同じ本を読んだ人同士で盛り上がるのと同じだ。SNSのレビュー機能の動画版と考えればいい。
この機能をeラーニングにも応用できれば、おもしろいかも知れない。八洲学園大学のeラーニングでもチャット機能はあるが、それはライブで受講していないと書き込めない(オンデマンドで再生はされるが)。オンデマンドで見た人もコメントを残せ、そのコメントが動画と同期して再生されると、単に掲示板で議論するより議論が深まるのではないだろうか。
テレビで体罰は可か否かを議論していた。爆笑問題が司会なので、バラエティかと思ったら、まじめに話はしていた。しかし、教育議論は相変わらず各自の経験で語っているだけで、根拠のない議論になっていた。
という私もデータは持ち合わせていないので、何も言えないのだが、あえて個人的な推測を書けば、体罰を積極的に推奨する人は少数だろうと思う。現場の先生も体罰を使いたくて使っているとは思えない。体罰でしか指導ができないので、やむ得ず使っているのだろう。「私は体罰でしか指導できない教師です」と正直に認めれば、そんな教師を採用した側の責任なのだが、あたかも体罰が有効な指導方法で、体罰で生徒を上手に指導してると胸を張る先生はどうかと思ってしまう。体罰を使わないで、同じ結果を得ることはできるはずだ。それを放棄するくらいなら教師は辞めたほうが良い。たとえ抑止力としてもだ。核には核? 教師も銃を持って自衛するの? 暴力という点ではどれも同じに思えるのだが。
先日、住民基本台帳カードを作って、そのICカードに電子証明を入れてもらった。そのときに、この年になって初めて自分の名前の文字が戸籍と違っていることが判明した。どの段階で違ってきたのかは不明だが、名前の一文字「公」の冠の右側が「へ」のように折れている文字でコンピュータに登録されているらしい。書けば同じように見えるので、いままで指摘されたことはなかった。ところが電子証明を作る際に、そんな文字は扱えないので「公」で登録しますよと、窓口で言われた。
公的な証明では、微妙な違いも問題になる場合がある。しかし、インターネットでは使えない漢字も多い。そこで代わりの文字を使うことになるのだろう。八洲学園高等学校や八洲学園大学国際高等学校で使っている成績管理システムは、パソコンで扱えない漢字もすべて作って(外字)対応しているが、八洲学園大学のeラーニングでは、出願者が自分で名前を入力するので入力できない漢字は自分で代わりの文字で入力することになる。漢字が違えば、正確に言えば別人になってしまうので、代わりの文字で入力した旨を申告できるようにしておいた方がよいかも知れない。
ある雑誌の広告で「公立VS私立」というタイトルを目にした。公立学校と私立学校のどちらがいいかを徹底比較する特集のようだ。しかし、それを見て子どもをどちらに入学させるかを決める親がいるとしたら、それは完全な「思考停止」状態。マークシート入試の弊害がこんな形で出てきたのだろうか。マークシート入試では正解は1つ。答えは1つという前提でしか考えなくなる。しかし、実際の世の中では正解は無限。公立でもいい学校があれば私立でもある。そもそも、いい学校かどうかは、子どもごとに違ってくる。しかも、同じ学校に入学しても、その後の親の対応で結果は違ってくる。大事なのは、わが子にとって、何が一番いいかを真剣に考えること。仮に私立の方がよいと言う世間の圧倒的なコンセンサスがあったとしても、わが子を私立に入れた方が良いという結論にはならないはず。
雑誌の内容を読んでいないので、「どの学校がいいかは一概には言えませんので、ご自身でお考えください。」という注意書きがあるかも知れないのだが・・・
セカンドライフが急速に普及している。まもなく日本語版もリリースされるので、普及に加速度がつくかもしれない。もっとも、以前からあるネットゲームとあまり代わり映えしない気もする。年配者にも使いやすいように、導入部分の案内が親切なので、それが流行の一因かも知れない。このあたりのノウハウはeラーニングにも使える。退職してからネット上で第二の人生というは、現役時代にこれだけネットを使っている私には、遠慮したいところなのだが。
今春、八洲学園大学に科目等履修生として入学予定の方の訃報に接した。まだ36歳だった。3月30日に亡くなられたということなので、入学が目前だったことになる。あまりの急な知らせに、驚かざるを得ない。
ご冥福をお祈り申し上げます。
八洲学園理事の古川なおき氏が見事、横浜市議選挙(旭区)において当選を果たした。38歳で4期目なのだから大したものだ。しかもトップ当選だった。地道に辻立ち(朝夕の街頭演説)を続けてきた成果なのだろう。これからも、活躍を期待したい。
3月30日に国会に提出された「学校教育法等の一部を改正する法律案」には、次のようなものもある。
第百五条 大学は、文部科学大臣の定めるところにより、当該大学の学生以外の者を対象とした特別の課程を編成し、これを修了した者に対し、修了の事実を証する証明書を交付することができる。
つまり、大学で一定の科目を修得すると、なんらの証明書が発行される。いままでも、公開講座などはあったが、その修了証は法的に担保されていないので、履歴書の記載事項ではなかったが、今回の改正で、公式に資格として認められることになる。
八洲学園大学では、法改正を先取りして、科目修得認証制度をスタートさせている。学位の取得を目指すだけでなく、一定の科目を学習し、その成果を履歴書に記載できるので、すでに大学を卒業した方も、生涯学習の一環やキャリアアップなどに活用できる。生涯学習学部を持つ八洲学園大学の得意とするところだ。
すでに、この科目修得認証を目指して入学された学生さんも見受けられる。この改正学校教育法も年内には施行されるだろうから、また一歩、生涯学習社会に近づく。
家に戻って花粉症の症状が治まったと思ったら、今度は風邪の症状。と言い訳をしても仕方ないので、寝込む前にとりあえず、ブログを更新。
いまさらという話題かも知れないが、今日の通勤途中の駅のホームで「3月18日より新幹線・特急が全面禁煙」という電光掲示を見た。ようやくという気もしなくはないが、大歓迎だ。
だからというわけではないが、八洲学園大学も喫煙エリアを減らした。まだ、全面禁煙というわけにはいかないが、いずれは全館禁煙にしたい。まずは、その第一歩。
ちなみに、私は元ヘビースモーカーだが、今は大の嫌煙家。喫煙は立派な病気(薬物依存症で禁煙外来は健康保険も適応されるのだから)で、しかも周囲に迷惑をかけるという意味では伝染病患者と変わらない。病気はちゃんと治してから社会にでき来て欲しいとすら思っている。病気なので、本人の意思が弱いと批判するつもりはないし、病人に「すぐに治せ」などと無茶な注文をするつもりはないが、治療を受けずに放置することが、いかに、社会に被害を広げているか、社会的コストをかけているかは認識して欲しい。
