久しぶりにe-Learning Worldを見に行ってきた。3、4年ぶりのような気がするが、以前に比べて出展者も来場者も減ったように思う。e-Learningが定着したというわけでもないだろから、e-Learningの技術的な閉塞感からかも知れない。実際、会場内を一巡しても目新しい展示を見つけることはできなかった。インターネットの世界にさまざまな新しいサービスが登場していることに比べると寂しい気がする。家庭用のビデオで撮影し、パソコンで編集し、Youtubeにアップすれば、それだけでもe-Learningのコンテンツができなくもない。メッセンジャーで大人数のチャットをしたり、お互いの画面を操作したりもできる。特別なe-Learningの仕組みに頼らなくてもなんとかなる。しかし、本当のe-Learningは、そういったコンテンツの作り方や見せ方ではなく、学習者が理解できていないポイントをあぶりだしたり、学習者同士のコミュニケーションを促進し、学習意欲を高めるような仕組みが隠されていなければ意味がない。しかし、そういった機能は派手さがなく、展示会には向かないのかも知れない。
2008年7月アーカイブ
学習の成果を大学がどのように認定するかは難しい問題だ。最終的には本人の満足度に帰着するのだろうが、それでは第3者に示すことが出来ない。一番シンプルなのは時間数なのだろうが、あまり量にこだわると質が犠牲になる。となると、結局、個別に審査するしかない。もちろん、結果だけを見て審査するのは難しいので、事前に計画を申請してもらい、計画の達成度合いも審査の重要なポイントとなるだろう。とはいえ、やはり審査員の主観に左右される部分が大きいため、審査員の質が重要となる。今後、大学が生涯学習の拠点として活躍するには、この審査員の養成が必須かも知れない。これまでも、生涯学習インストラクターのように、生涯学習の指導員は養成されてきた。しかし、生涯学習の成果を学習歴としてオーソライズするための人材はいない。40~50時間の学習であれば、大学の1単位に相当する。4年間、毎日フルに行った学習なら学位にあたる学習量だ。学習歴を学歴も包括する概念として捉えるということは、学習歴の認定は、学歴のそれに相当の重みのある作業となる。その作業を担える人材を各大学で養成できるのか、大学連合で行うか、国が資格制度を整備するのか。選択肢はいくつかあるが、大学が中心となった第3者機関で行うのが良いのではないだろうか。
大学が生涯学習における学習履歴を保管、証明する機関を担うとなると、大学以外の場での学習をどう扱うかと言う問題が出てくる。大学が証明するのは、第3者に証明するに値する学習歴であるので、大学がそれを審査し、認定することになる。現在でも、各種検定やボランティア活動を大学の単位として認定することはできる。同様に、各種の学習活動を大学の基準に照らして学習歴として認定する。これは、学位の取得に必要な単位とは別の基準で認定することになる。単位を与えたり、評価するというものではなく、学習を行い、一定の成果を修めたことを確認し、確認できたことを証明するのである。個人やグループの活動でも、大学がその成果を確認すれば、学習歴として記録される。これまでは、いくら学習してもその成果を学習歴としてキャリアに活用することも、自身の歴史に残すこともできなかった。それらの学習も、生涯学習として学歴(学校歴)と同じように社会的評価を受けることが出来るようになる。このことによって、生涯学習に目標ができ、体系的に整理され、より学習が深いものとなる。
この生涯学習は、学校教育後に限定されるものではない。小学生が学校活動とは別に、地域で活動することも生涯学習であり、高校卒業後、社会人として生涯学習に取り組み、その後、大学に入学するとうパターンもあるだろう。つまり、生涯学習は生まれてから死ぬまでの活動であり、その合間に学校教育が行われる。つまり、学歴は生涯学習の学習歴の一部と言うことになり、学習歴の証明が学歴の証明も兼ねることができるのである。
生涯学習の場として大学が活用されるようになると言っても、大学だけが生涯学習の場ではない。専門学校、民間のスクール、公民館、図書館、博物館なども重要な拠点である。もちろん、企業や地域、個人やグループでの活動もある。しかし、生涯学習が単なる習い事や思い付きで一時的に行う活動から、生涯を通して目標を持って体系的に学ぶ活動に進化してきたときに、その拠点を担えるのは大学であろう。生涯学習もより多くの人が行うようになれば、当然、その質も向上し、その成果も重要となってくる。成果は、社会的に評価され、信用に耐えるものでなければならない。官から民の時代に、公的な機関がこれらを行うことはないだろう。となれば、大学をおいて他にない。大学が、学習成果に評価を与え、社会的な信頼を担保する。そして、大学が各自の学習履歴の保管し、証明する。もちろん、大学間で互換性がなければならない。大学が生涯学習機関として社会的な役割を果たせるかどうかは、学習履歴の相互利用可能なシステムを構築できるかにかかっていると言っても過言ではない。しかし、昔のようにセンターを設けて一元管理する必要はない。データのフォーマットを統一さえすれば、個人の画面に複数の大学での学習履歴を一括して表示することは簡単にできる。個人のポータルサイトにニュースやブログの最近記事が配信されるように、いろいろな大学が証明する自分の学習履歴がいつもの画面に表示される。それがそのまま公的な履歴として使えるようになるだろう。一部で、こういった履歴事項を管理するサービスがスタートしているが、大学のような公的な機関が公式に証明する仕組みが必要となる。
生涯学習の場として、あらゆる年齢の人がさまざまな目的を持って大学に入ってくると、大学の出口も大きく変わる。これまでは、就職が大学の教育の成果とされてきたが、すでに社会人の人は就職が目標ではない。もちろん、一部の人は、学習成果を生かして、転職することもあるだろうし、転職を目的に大学に入学する人も出てくるだろう。
すでに、日本においても、就職より転職の方が重要視されつつある。大卒で就職しても3年以内に37%が離職しており、高卒の場合は半数に達する。今後は、定年を迎えた人が一度も転職を経験していないというのは、少数派というより、貴重な存在となるだろう。つまり、大学を出た時点で行う就職活動というのは、暫定的な活動と言うことになる。その後、何度かの転職を経て、生涯の糧とすべき仕事に出会うことになる。その転職のために大学で学ぶ人も多くなる。
また、日本の大学はこれまで入学するのは難しくても、卒業は簡単と言われてきた。しかし、18歳人口の減少に伴って入学しやすくなると、入学できた喜びが少ないことや、しっかり大学を選択せずに入学する人が増えるなどの理由で、卒業率が低下する。大学側も質の担保に敏感になっており、誰にでも学位を授与するという姿勢を改めるようになってきた。その結果が、数字にも表れてきており、最近、読売新聞が行った調査でも、卒業率が85%という結果だった。これらの大学を中退した人も、いずれ大学に再入学することが考えられる。いずれによせ、大学に入学すれば、卒業し、就職すると言う図式は崩れつつあるのは確かだろう。逆に言えば、大学への出入りは自由化されつつある。いつでも、必要と感じたときに学ぶ場として大学が利用される。
大学が生涯学習機関としてその機能を発揮するためには、どのように変化する必要があるのだろうか。社会人の人が学びやすいように、立地や時間割を工夫したり、eラーニングを導入して自宅でも学習できるようにするのは当然として、それだけでは十分ではない。
まず、生涯、学習するわけだから、在籍期間の制限をなくす必要がある。一般的に大学は卒業に必要な4年間の倍の8年が最長在籍期間となっている。これを無制限としたい。ただし、単にだらだらと長期間に亘って学習するとメリハリがなくなるので、なんらかの目標を設定する必要がある。学習した成果を目に見える形にすることで、それを励みに学習することができる。それが卒業の4年間124単位では、目標としては遠すぎる。1年程度に区切って実現できる方が良いだろう。すでに、それに該当する制度が導入されている。履修証明と言われているものだ。これは、法的な裏づけがあるものの各大学が独自に証明するため、大学間の互換性はない。学位の取得にあたっては、大学間で単位互換制度が導入されているので、履修証明においても、互換制度を導入する必要がある。学習者は、自身の都合にあわせて、いろいろな大学で学んだ成果を履修証明制度を使って、公的な学習歴として学歴と同様に、自分の記録として残すことができる。その学習歴は、自己満足で終わるものではなく、キャリアを構成し、就職や転職に役立つだけでなく、ボランティアにの際にも機能する。逆に言えば、ボランティアをする場合でも、必要な知識や技能を大学で履修したことを証明することが必要になるかも知れない。そのことで、災害時など緊急を要する場面では、ボランティア間のコミュニケーションがスムーズになり、迅速に質の高いボランティア活動が可能となる。すでに、多くの国家資格や民間資格があるが、公的に質が担保されていない民間資格は大学の履修証明に移行し、生涯学習の一部になるのではないだろうか。
これまで、大学の行方について、いろいろ書いてきたが、要約して言えば、グローバル化と生涯学習化ということになろう。グローバル化は前のエントリーに書いたので、ご覧いただくとして、生涯学習化とはどういうことか考えてみたい。これも、これまでに何度か書いたが、大学の入学年齢が18歳や19歳に限定されず、いつでも必要に応じて大学で学ぶことができるようなイメージだ。生涯学習とは、文字通り、生まれてから死ぬまで、学ぶことを意味するが、学びたいと言う欲求は人間の本能であり、だからこそ子どもは本来、学校へ行きたがる。それは大人も同じで、学びたいという欲求はあるのだが、仕事で忙しくて学ぶ機会が奪われているだけである。そういった社会人にとって生涯学習実現の場として相応しいのが大学である。すでに、大学進学率が50%を超えていることから、これらの方が生涯学習に求める水準は相当に高い。それに応えることが出来るのは大学をおいて他にない。ところが、現在の大学のほとんどは高卒者を対象にしか考えられていないため、社会人の学びを実現するには障害が多い。
しかし、今後、大学は18歳人口の減少をカバーするためにも社会人の取り込みには熱心になろう。生涯学習とは、定年後の趣味や主婦の習い事というイメージを持っている人も多いようだが、企業内での研修や、地域での子どもを対象とした活動なども生涯学習になる。学校教育や家庭教育も包括した概念である。当然、18歳から22歳のこれまでの大学教育も生涯学習の一部ということになるが、そういった狭い概念に閉じ込める必要はない。もはや、大学は高卒者のためのものではないのである。十数年もすれば、キャンパスを歩いている人の年齢は、街を歩いている人のそれと変わらなくなり、国籍や人種もさまざな人が行きかっているであろう。
外国大学や大学院の日本校については、制度が始まったばかりで、まだまだ認知されていない。また、大学院への入学資格や大学、短大への転学ができる、単位の互換が可能というだけで、日本の大学と同じ条件となったわけではない。学割など学生としての権利がどれほど保障されているか、日本における法人格や税法上の位置づけはどうなっているのかなど、課題は多いと思われる。しかし、テンプル大学のHPによると学生数は1000名を超え、日本において一定の地位を固めつつある。テンプル大学の成功を見て、他の外国大学が進出してくることが考えられる。テンプル大学もアメリカにおいては名門州立大学であるが、日本における知名度はさほど高くなかったにもかかわらず、一定の成功を収めているということは、知名度のある大学が日本校を設置した場合、そのインパクトはかなり大きいと考えるべきだろう。
もちろん、日本で4年過ごすだけでなく、本国への留学やeラーニングを使って、本国の学生との交流なども組み合わせて、留学に近い環境を提供したり、日本語プログラムを充実させることで、留学希望者のみならず、外国語が苦手な日本人学生、アジア各国の学生も引き寄せることが考えられる。物価は少々高いが、安全で近い日本でアメリカ留学ということもあり得るわけだ。
外国の大学の日本への進出も加速するだろう。これまでは、外国の大学の場合、たとえ国立や州立でろうと、母国で正規の大学として認可されていようと、日本の大学設置基準に合致し、日本において日本の大学と同様に認可を受けない限り、大学と称することはできなかった。一時、外国大学が日本に分校を設けることがブームとなったが、日本における法的な位置づけは専修学校であったり、株式会社のスクールだったりで、そこを卒業しても学位も得られなければ、履歴書に記載することもできなかった。たとえ、外国においては大学であっても日本の大学でないということで、日本の大学院への進学も難しいという状況にあった。そのため一過性のブームに終わり、多くの日本校は閉鎖されていった。
しかし、法改正により、文部科学大臣が指定した外国の大学の日本校にも日本の大学院への進学や大学、短大への転学が認められるようになった。その指定第一号がテンプル大学で、その後、専修学校ロシア極東大函館校、天津中医薬大学中薬学院日本校が指定されている。どのような基準で指定しているのか不明だが、ロシア極東大函館校のように、日本の専門学校の設置基準で外国大学のカリキュラムで教育を行っていることで指定されるということは、既存の専門学校が外国大学と提携し、外国大学日本校として指定を受けていくことが考えられる。外国の大学にとっては、単独で日本に進出するよりリスクが軽減されることに加えて、入学者減少に悩む専門学校にとっても日本で大学を設置するより投資が少なく、大学における教育ノウハウをすばやく構築でき点など、双方にとってメリットがある。
eラーニングを使って、日本にいながら海外の大学の学位が取得できるプログラムも増えるだろう。現在でも、アメリカをはじめとする多くの大学ではeラーニングが取り入れられており、その気になれば、すぐにでも海外の大学に入学することができる。もちろん、英語が基本となるため、自分で願書を英語で書く程度の英語力は要求される。しかし、日本の英会話スクールや留学斡旋業者が代理店として手続きを代行している場合もある。これまでのところ、言葉の問題から本格的に日本人を対象としたオンラインプログラムを展開している大学はないが、今後、日本語での講義を用意する海外の大学が出てくることが考えられる。その日本語のコースを正規のコースとみなすかは、各国の問題で、アメリカで言えば、アクレディテーションという大学相互による評価に合格できるかは別問題であろう。しかし、その教育の質が高ければ、日本にいながら日本語で海外の大学教育を受けることができると言う事実に変わりはなく、日本の大学にとって脅威には違いない。もちろん、英語による教育は日本の大学の英語教育より実践的である。日本人の英語力の向上にあわせて、より手軽な留学としてeラーニングによる海外の大学が重要なポジションとなるだろう。アメリカは当然だが、イギリス、オーストラリア、カナダ、シンガポール、インド、香港の大学も日本人を取り込もうと狙っているのではないだろうか。
日本の大学が海外へ進出する場合の基準もすでに整備されている。もともと大学設置基準の43条に「大学は、文部科学大臣が別に定めるところにより、外国に学部、学科その他の組織を設けることができる。 」とあったのだが、この「別の定め」が決められていなかったのが、6月30日に告示として制定された。この基準は、日本の大学が海外にキャンパスを設けて、日本の大学と一体として運営する場合の基準で、この基準にしたがって設置した海外のキャンパスであれば、日本の大学と同様に学位を授与することができる。基準は、国内で学部を作る場合とほぼ同じなので、先進国の大都市で設置するとなると、ハードルは高いかも知れない。しかし、この基準で設置した海外キャンパスであれば、まるまる4年間を海外で過ごしながら日本の学位を与えることも可能なことから、海外への留学生を日本の大学に引き止めることができる。また、外国人も来日することなく日本の大学教育を受けて学位も取得できることになる。
もちろん、その国の基準をクリアすれば、その国の学位を与えることもできるだろうから、日本と外国の2つの大学の学位を同時に取得するということも考えられる。
今後、大学のM&Aが活発化し、グループ化してくると書いたが、海外の大学の日本進出という可能性もある。日本の大学と比べるとアメリカの大学の財政規模は文字通り桁違いである。トップのハーバード大学は3兆円の基金を運用していると言われており、年率10%近い運用益をたたき出している。つまり、1年間の運用益だけで日本のトップ大学の運用資産の数倍にも達する。基金という概念は日本の大学の基本金とは違い、運用することよって収益を上げることができる余裕資金である。日本のトップクラスの大学でも数百億円あるかないかであるから、2桁違うと言える。また、1000億円以上の基金を保有している大学だけでも62校(NACUBO, 2006 Endowment Study)、500億円以上だと63校増えて125にも達する。アメリカ以外でも、EUや中国、シンガポール、オーストラリアなどにもかなり大規模な大学が存在する。これらの大学が日本進出を考えていないとは言い切れない。過去に、アメリカ大学の日本校が一時的にブームになったこともある。そのときは、日本の法律による大学でないということから、入学者が確保できずに失敗に終わった。しかし、大学設置基準が改訂され、外国の大学が日本に進出しやすい環境が整備された。また、eラーニングにより日本いながら外国の大学に入学することもできる。つまり、日本の大学のライバルは日本だけとは限らないという状況になったということである。逆に、日本の大学も海外進出をしないと生き残れない。
最後に国立大学も少し検討しておく。国立大学と言っても今は、国立大学法人として独立行政法人化されている。その各国立大学法人については、多額の税金が投入されていることから、財務諸表などが文部科学省から公開されている。この中で、財務規模が最大なのはやはり東京大学だろう。病院などを除いた学部・大学院の売り上げ(業務収益)が1256億円。私学で最大の日本大学とほぼ同じ規模となる。ただし、そのうちの665億円が国からの運営交付金で、237億円が研究費の補助金であり、授業料収入だけを見ると166億円しかない。日大のそれが1011億円もあることを考えると、その差は大きい。
資産は1兆円と計上されているが、土地については簿価であろうから、時価で考えると借入が認められれば資金調達能力は相当高いと思われる。
国立大学は、今のところさまざまな制約が課されているため、目だった動きは少ないが、地方の小さな国立大学同士の合併による再編が進められており、効率的な運営が目指されている。ある程度再編の目処がたった段階で、国立大学法人から完全な民営化が諮られると思われる。その場合、いきなり日本最大の私立学校が登場することになり、既存の私学と熾烈な競争が行われることになる。当然、元国立大学による私学の取り込みも現実のものとなろう。すでに、筑波大学と早稲田が連携し、8年間で筑波の医学部と早稲田の理工学部の双方の学士が取得できるような協定を結び、今後も提携を加速させると発表している。医学部のない早稲田、私学の運営ノウハウとブランドの欲しい筑波にとって双方にメリットのある組み合わせだろう。国立大学法人が完全民営化された際に、筑波と早稲田が合併ということがあってもおかしくない。
あらかじめ想定していた大学は終了したが、先日、ある大学の教授と大学のM&Aのことで話をしていたところ、「うちの大学も体制が代わって、意思決定が早くできるようになった。支払い資金もかなりありますよ。」ということだったので、急遽、分析対象に加えることにした。
その大学とは明治大学。
確かに学生数は学部だけで28000人、大学院を入れると3万人を超える。支払い資金は200億円少し、収支は基本金に190億円を組み込んだ結果、16億円の赤字となっている。ただし、付属校は中高が各1校、別法人で各2校で、医学部はない。
学部の新設、キャンパス・校舎の整備は積極的に行っているようにも見受けられるが、大学の規模、知名度から考えれば特筆すべきレベルとはいえない。
しかし、学内の体制が変わり、新しい動きもあるようなので、今後とも注視していきたい。
最後は早稲田大学。学生数が45000で、大学院を加ええると5万人を超える。ただし、医学部がなく、付属校も中高が各1校。別法人で中学1、高校1。医学部はない。支払い資金は270億円、収支は基本金に180億円を組み込んだ結果、40億円の赤字で、繰越損失も670億円に及ぶ。補助金が150億円近いので、補助金頼りという側面も否めない。しかし、事業収入77億円、資産運用収入45億円と、授業料以外の収入も健闘している。
一時、慶応に比較してその衰退が危惧された時期もあったが、一応の改革を終えて復活したと言われている。しかし、慶応同様、一定のブランドが確立され、OBの力も強いことから、早稲田カラーを逸脱した戦略はとりにくい。佐賀で中高一貫校の開校、大阪の私立中高を系列に組み込むと発表するなど、いままでにない動きを見せているものの、付属校の増設には慎重にならざるを得ない。拡大は、日本国内よりむしろ留学生の増加によるグローバル化が主眼となるだろう。現在も留学生数ではトップの2400名を8000人に増やすという計画を先日、発表している。また、他大学との連携による大学院の設置などにも積極的なようだ。数の拡大よりも、世界から認められる質の向上にウェイトを置いた展開と見るべきだろう。
立命館大学は、大学関係者から注目を集めている大学である。関西4私学、いわゆる関関同立の中で、もっとも積極的な展開を行っていると言っていいだろう。2000年に立命館アジア太平洋大学を開学したのを皮切りに、同年、立命館慶祥中学校開校、2003年に立命館宇治中学校開校、2004年情報理工学部設置、2006年立命館小学校開校・立命館守山高等学校開校、2007年映像学部を設置、立命館守山中学校を開校、2008年生命科学部・薬学部を設置と、付属校、学部の拡張を計ってきている。
その結果、学生数において3万名を超え、付属中高が8、小学校が1という体制になった。支払い資金は260億円、収支は基本金に100億円を組入れた上で10億円の黒字となっている。これまで付属校の新設、学部の新設、キャンパスの増設などを積極的に投資してきたことから、手元資金は潤沢とはいえないが、今後も拡張路線は踏襲するものと思われる。立命館に限らず、関西圏の大学はどこも東京進出を狙っており、校地・校舎の制限が少ない大学院を中心に首都圏へ積極的に展開すると思われる。また、付属校の拡大にも熱心に取り組むのではないだろうか。
かなり知名度は上がったとはいえ、まだ全国区とは言いがたいことから、まず、首都圏での知名度向上が優先課題であり、知名度向上後に、ブランドを武器にM&Aに動く可能性が高いと予測される。
日本大学は名実ともに日本を代表する大学である。学生数は学部68000人、大学院3500人、通信教育8000人、短期大学部1000人に同一法人が設置している付属中高(高校11、中学5)に17000人と10万人近い。別法人が設置している中高も加えると25校に及ぶ。これら以外に専門学校4、小学校と幼稚園が各1となる。学部も医学部、歯学部、薬学部をはじめ14学部に通信教育部を設置している。学部ごとにキャンパスが分散し、巨大大学ゆえに、一体としての運営の難しさを示している。
学生数の多さに加えて、付属病院を抱えていることから財政規模は大きいが、支払い資金としては360億円程度とあまり余裕はない。単年度で見ても60億円の赤字で、基本金組み入れ40億円を考慮しても収支はマイナスとなっている。
大きな大学ではあるが、学部ごとに運営していると思われ、学部の新設の動きも鈍いことから、大学全体としての動きが見えない。今後も、大学院の充実を中心に、安定成長路線を取るのではないだろうか。したがって、積極的にM&Aに動くグループからは除外して良いが、付属高校の拡張を行うことは考えられる。
東海大学は、付属校が高校野球で活躍することが多いので、その知名度は高い。実際、付属高校は14校ある。他に、中学が7、小学校が1、幼稚園が4、短大が4校。医学部も設置しており付属病院が4つある。しかし、医学部偏重ではない。文系、理系がバランスよく配置された総合大学という印象だろう。これまで、学部の新増設は積極的に行っているが、あくまでも東海大学の拡張路線に見える。付属高校からの入学者確保と、その高校生からのニーズに応えるための学部拡張が中心となると考えられる。
財政上は、1440億円の繰越損失を計上している。500億円の支払い資金を保有しているものの、長期借入金も550億円あるため、財政的には余裕があるとは言いがたい。
これらを総合すると、東海大学が積極的にM&Aに関わってくるとは考えにくい。自己資金の範囲内で学部の増設での発展を計るのではないだろうか。
帝京大学グループは、帝京大学を中心に、帝京平成大学、帝京科学大学、4つの短大、6つの専門学校、中学・高校が6校、幼稚園が7園ほかで形成されている。また、帝京大学には医学部があり、3つの病院と1つのクリニックを運営している。学校法人は8つに分かれるが、学校法人帝京大学の理事長で、帝京大学の学長である、沖永氏が創業者の一族であることから、同族経営と見て間違いないだろう。
決算書は帝京大学が貸借対照表をHPで公表しているだけで、他の2大学は見つけることが出来なかった。しかし、学生数が3万人を超えていることと、医学部を設置していることから、財政規模が大きいことが推測できる。貸借対照表のみで分析すると、次年度繰越利益はほぼゼロだが、これは意識的に繰り越さずに他の科目に組み込んでいると思われる。むしろ、借入がほとんどないことから財政的には余裕があると見るのが妥当だろう。
医学部を中心とした拡大を目指していると考えるのが妥当なところだろう。帝京平成大学、帝京科学大学も医療に関する学部が中心であり、学部増設ではなく大学の新設としたのは、認可の関係からではないろうか。定員超過などの問題がある場合、学部の新設が認められないが、新しい学校法人による大学の新設となると建前上、既存大学とは無関係となるため認可される。このあたりの事情があったのではないだろうか。HPを見るまでもなく、大学名に「帝京」と付けている以上、帝京グループとして一体として経営されているのは間違いない。学部も医療系が中心であることから、今後も医学部を中心とする拡張を目指すと思われるが、その動きには目を離せない大学の1つであろう。
都築学園グループと書いてもご存知の方は少ないだろう。しかし、設置している学校を列記すると、その規模に驚かされるのではないだろうか。Wikipediaによる、大学では、第一薬科大学、福岡経済大学、第一工業大学、福岡医療福祉大学(旧第一福祉大学)、日本薬科大学、横浜薬科大学、近畿医療福祉大学(旧近畿福祉大学)の7校。これら7大学はすべて別法人として設置しているため、オーナーの名前から都築学園グループと呼ばれている。大学以外に短大2、専門学校24、高校3、中学1、小学校1、幼稚園5、保育園1を9つの学校法人と1つの財団法人で運営しているとされている。学校法人の理事長は2つまでしか兼務できないので、都築一族が各法人の理事長に就任し、血縁関係で統治している。完全な同族経営で、法人が多数に別れているため、全体像は非常に掴みにくい。それぞれの大学のHPを見たところ、決算書はおろか在学者数も見つけることが出来なかった。補助金を受けていないことから定員を超過していると思われる。また、福岡の老舗百貨店の土地・建物を買い取ったことからも資金的には潤沢と見込まれる。
また、過去にも資金難に陥った学校法人をグループに組み込んでいることから、M&Aには積極的と推測できる。かつては九州を中心としていたが、専門学校は全国に展開し、2006年に横浜薬科大学を開学させたことから、全国をターゲットにしていると言える。
ただ、グループの都築総合学園の前総長が強制わいせつ罪で懲役三年、執行猶予五年(求刑懲役四年)の判決を受けたり、国税局から申告漏れの指摘を受けるなど、学校の運営体制を疑問視されている。そのため、積極的に都築学園グループ傘下に入ろうとする学校法人は少なく、資金難の学校をグループに組入れていく手法が中心とならざるを得ない。その分、成長のスピードに限界はあると思われるが、今後の大学再編の核になり得るグループの1つであることに間違いはない。
慶応大学は、今年4月、共立薬科大学と合併し薬学部を設置した。このことをもって慶応が積極的にM&Aを行っていると判断するのは早計であろう。慶応大学側の発表によると共立側からの申し入れに応じたということだが、すでに医学部を持っていることと慶応というブランドを考えると、慶応の発表を信じても良いかも知れない。慶応は創業者が偉大過ぎるため、その後の塾長(慶応では学長、総長をこう呼ぶ)に誰がなったとしても、その行動はおのずと制約される。また、多くのOBの意見を無視することはできないことから、安易にM&Aによる拡大路線はとりにくい。これまでの動きを見る限り、独自に学部の拡張、付属校の設置を進めていくと思われる。直近では1990年にSFC(湘南藤沢キャンパス)の開設が大きな事業だが、その成果についても、賛否が分かれており、慶応カラーから脱しての拡張にも慎重にならざるを得ない。しかし、今年に入って大阪にキャンパスを開設したことから、慶応ブランドを使って全国展開していくことも考えられる。また、慶応とは別の第二ブランドによる展開という可能性もあろう。
ヨーロッパの大学のことを思えば、150年の歴史は長いとは言えないが、日本におけるブランドは早稲田と並んで私学の頂点にあることは間違いない。そのブランドを生かしてM&Aを進めれば、急速に拡大できるのは間違いないが、数の拡大がブランドの低下を招くのも、また間違いない。ブランドの維持か、拡大化の選択を迫られることになるが、前者を優先すると予測する。
