大学の最近のブログ記事

日経新聞によると、入学者数などをネットで公開することを大学に義務付けるようだ。

まずは、情報を開示することがそれが第一歩。次に、その情報を精度を第3者がチェックする仕組みが必要となる。いわゆる粉飾など悪意による情報の改変をチェックしないと、情報が開示されない以上に弊害が出てくる。

八洲学園大学では、開学当初より学生数などをリアルタイムでサーバーから集計して公開してきた。コンピュータが自動的に集計する数字なので、ごまかしようはない。

もちろん、シラバスも各教員が入力したデータをそのまま自動的に公開している。ノーチェックで公開されるので、誤字や脱字があるかも知れないが、人手を経ないで公開できる仕組みを一度作ってしまえば、あとは手間がかからない。

公開を躊躇する理由の1つに手間というのもある。しかし、ちょっとした仕組みを作れば、公開は難しくない。

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朝日新聞によると、4年制私大の44%が赤字だそうだ。

みんなが赤字だから、それでいいという問題ではない。短大や高校法人でもっと厳しいところもあるだろう。これだけ赤字で破綻が少ないのは、過去の蓄積があるためなのだが、それが災いして対策が後手に回っている可能性もある。

しかも、理事が任期制で、4年とか8年で交代する。そうなると、在任中に破綻がなければそれで良いと考えがちになる。しかし、先送りもそろそろ限界ではないだろうか?

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大学設置基準が改正され、23年度から卒業後の進路指導について組織的に取り組むことが求められる。これまでも、各大学が独自に取り組んではいるだろうが、今後は、義務ということのようだ。

科目に取り入れたり、より多くの機会を提供することは、もちろん良いことではあるが、就職難の解消のために大学にキャリア教育を強制したところで、就職率は改善しない。まずは、企業の雇用を増やしてもらわない限り、限られた求人を奪い合うだけだ。

学習のように、全員が向上するのではなく、限られた椅子を奪いあうのが就職なのだ。もちろん、各自の適性に会った先を見つけるということも悪くはないが、適性に合っているとか、向いているというより、何をやりたいかの方が重要だろう。やりたい事を実現するための支援がキャリア教育ではないだろうか。

やりたい事が、就職とは限らない。多様な選択肢を示すことも大学に求められている。

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八洲学園大学初代学長 髙橋 進先生が亡くなられました。

葬儀は下記の予定で行われます。謹んでご冥福をお祈りします。

お通夜 1月23日18時より
告別式 1月24日12時より

場所  昭和セレモニー船橋儀式殿
電話番号 047-425-4444

http://sougi.bestnet.ne.jp/showaceremony-funabashi/

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大学もデフレ

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政府のデフレ宣言で、デフレに関心が高まっているが、大学の学費もデフレの波にさらわれている。授業料自体は、学則に記載しているので、簡単に値下げというわけには行かないが、奨学金を出したり、優待生、特待生という名目で実質的に値引きするケースが増えている。

アメリカの大学では、学生ごとに奨学金の額が違うことが珍しくなく、実質的な学費は大学と学生の交渉で決まったりする。日本の大学も同様になっていくかも知れない。

教室に空席があるのなら、ホテルや航空会社と同じように学費がいくらでも入学してもらった方がマシと考えてもおかしくはない。早く出願したら割り引くとか、4月になって定員が埋まってなければ、大幅な値引きをするという大学が出てくる可能性もある。

しかし、ホテルや飛行機と違って、安いからと言ってどんな大学でもいいから入学してくれるだろうか。実質的な学費が下がることで、進学率を押し上げる効果はあるだろうが、すでに、高等教育機関への進学率が70%を超えていることから、その効果はしれている。

ダンピング競争は体力勝負となる。体力のない大学が脱落したあと、残存者利益を享受しようということなのだろうか。大学設立が簡単になった今では、次から次と新規参入がある。デフレと言っても、安ければ選択してもらえる訳ではない。

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八洲学園大学のホームページが全面リニューアルされた。学部改組に合わせて、内容だけでなくデザインも一新。

かなり突貫工事だったらしいが、出来栄えはいかがだろうか?

ちなみに、本日より願書受付もスタートした。

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文部科学省が発表した平成20年度学術情報基盤実態調査によると、21.7%の大学が講義をデジタルアーカイブ化しているようだ。国立だけだと40.7%と私立の19.8%に比べると大きく進んでいることになる。やはり、予算的な問題だろうか。

これまで、大学の講義はいかに著名な教授であろうと、1回ずつの使い捨てで、ビデオで録画したり録音されることはなかった。しかし、1回の授業のために費やした膨大な研究や調査を考えると、数十人の学生しか見ることができないのは、いかにももったいない。当然、記録して、広く公開することが大学の使命だろう。

大学の講義をデジタル化してネットで公開する動きは、アメリカを中心に世界的な広がりを見せている。この調査結果を見ると、日本でも進んでいるように見えるが、すべての講義をデジタルアーカイブしているということではないだろうし、ネットで公開しているとも思えない。今後は、図書館と連携し、大学の授業を収蔵すべきコンテンツとして体系的に所蔵し、一般公開する仕組みを整備するべきかも知れない。

はやく、このような体制を整えないと、グーグルが大学の智も一手に管理するようになるかも知れない。それで良いのかということすら、議論されていないような気がする。

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学科改組

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八洲学園大学が開学した際は、生涯学習学部の下に家庭教育課程と人間開発教育課程を置くという珍しい形態でスタートした。課程とは学科相当なのだが、課程は学科と違ってお互いの開設している科目を自由に履修できるという特徴がある。家庭教育と人間開発教育は共通するところもあるということで、他に例を見ない課程という形を選択したのだが、実際には、教員組織も別々で研究もそれぞれの課程で行われ、学生さんもそれぞれの課程に所属しているという状態で、課程の特色が生かしきれていなかった。

そこで今年度から両課程を生涯学習学部生涯学習学科に統一し、その下に人間教育開発専攻、家庭教育専攻を置くという学部改組を行った。カリキュラムはそのままで1つの学科に統一したわけだ。この学部改組の際に、専攻という区分もなくし、1つの学科の中に、人間開発、家庭教育に関する科目を開講し、科目習得認証、履修証明や資格などで学ぶ内容をグループ分けするようにできないかと提案したが、開学当時の申請内容と異なってくるので文科省がOKと言わないのでは?」との意見があり、段階的に1学科へ移行することになった。

ところが、先日、担当者が文科省へ相談へ行ったところ、学科内のことなので、大学の自主的な判断で問題なく、文科省へは届出だけで良いという回答を得た。そこで、来年度から一気に専攻をなくし、生涯学習学部生涯学習学科というシンプルな形にすることになった。

課程や専攻で入学した学生さんが卒業するまでは、課程も専攻も残るが、今後は課程や専攻という区分に関係なく、開講される科目から自由に科目を選択できるようになる。もちろん、開講科目は毎年見直されるため、どんどん新しい科目も登場するだろう。逆に、人気のない科目が消えていくことになる。時代のスピード感からすれば、4年で半分くらいの科目が入れ替わるの理想的かも知れない。

人気がなく開講されない科目の先生は失業ということになるかもしれない。今回の改組に合わせて、教員にも科目を運営するという経営的観点が導入されることになった。人気取りになったり世間に迎合し過ぎるのはどうかと思うが、学生さんや世間のニーズに応えることは重要なので、これからは、個々の教員も「誰に、なぜ、それを学んでもらうのか」を常に問い続けることになるだろう。

今回の改革は大学側から出てきたもので、理事会は追認しただけだった。開学して5年目でようやく、よちよちながら一人歩きを始めたというところだろうか。

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イノベーションジャパン2009を覗いてきた。一時のブームもさって静かになったように思っていたが、大学発ベンチャーは元気だった。研究のための研究では、自己満足に過ぎず、世の中に出してこそ意味がある。

こういうイベントを見ると、ものづくりは面白そうでとうらやましく思える。しかし、日本のものづくりは空洞化し、どんどん海外へと移転してしまっている。民主党の政策が実現されれば、その傾向は加速するのだろう。ここは、大学の出番かも知れない。

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「ずさん運用」神奈川歯大が告訴へという報道があった。またまたという感じもするが、まだまだというところだろう。

大学側はHPで「教育を維持していく体力は十分ありますので、従来どおり、安心して、お任せくださいますよう」に訴えているが、本当に大丈夫かを判断するための決算書を公開していない。

文部科学省のHPに「財務情報等の公開状況に関する調査結果」が公表されているが、これを見る限り、同大は決算を学内の掲示板で公表しているだけのようだ。大半の大学がHPで公表している中、学内掲示板のみでは、関係者の不安を解消するのは難しいのではないだろうか。

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「2人に1人が4年制」時代の大学進学とはというタイトルの記事があった。いまさらという感じの記事ではあるが、50%を超えたからと言って、大学が冬の時代と思うのは、短絡過ぎる。高校の進学率は100%を超えることはないが、大学進学率の上限は存在しない。事実、イギリスでは100%を超えた年もある。

進学率とは、大学進学年齢(日本では18歳)分の大学入学者数で計算するのだが、大学に入学するのは18歳とは限らない。70歳で入学ということもある。しかも、大学は何度でも入学できる。若いときに入りたくても入れなかった世代、大学に入ってものの、大学紛争で満足な勉強ができなかった世代にもう一度、大学に戻ってもらうだけでも、進学率は急上昇する。

定員割れと叫んでいながら、そういった世代を受け入れる体制を整えているようには思えない。大学の入学者が減少しているのは、人口減少が原因ではなく、大学の努力が足りないだけではないだろうか。

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明日、投票日

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いよいよ、投票日が明日に迫った。ここで、どこかの政党を支持するようなことを書くつもりはないが、選挙に関して気になる記事があった。

時期が時期だけに、この政策についてのコメントも控えるが、さて、この政策は実現されるのだろうか。まもなく、結果が出る。

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8月7日のブログで、大学を評価するための共通の指標を作ることが重要だと書いたが、文科省も同様に考えていたようで、中教審で検討することになったとの報道があった。

どうせ指標を作るのであれば、データ構造も定義して、ネット上で簡単に比較できるような規格まで策定してはどうだろう。

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私大の4割が赤字という報道があった。

これだけ多くの大学が赤字ということは、需要に対して供給が多すぎるのは間違いない。入学希望者に選択されなかった大学は淘汰されることになる。赤字ということは、その学費に教育内容が見合っていないと受験生が判断した結果で、世の中からその大学は必要ないという通告を受けたということになる。

もちろん、経費の削減で赤字を無くすこともできるかも知れないし、学費を上げても、入学者減らないような教育内容であれば、そういう手段もある。赤字の理由はいくつもあるだろうし、赤字解消の方法もいろいろ考えられる。しかし、赤字の原因を1つ答えるとすれば、教育内容が悪いということだろう。少なくとも、入学対象者から見れば、お金を払うに値しない教育と判断されたということになる。

教育界には、上記のような一般的な資本主義の論理が通用しない点が1つだけある。それは、国公立の存在だ。膨大な税金の投入を受けた安い学費の国公立と私学では公正な競争はできない。税金は、大学に補助金として支出するのではなく、学費を払えない学生個人に支給するのが正しい姿ではないだろうか。もちろん、個人に直接、現金で還元するのではなく、大学に提出すれば学費として使えるクーポン券のような形が好ましい。

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中長期的な大学教育の在り方に関する第二次報告の素案が公表された。

この手の報告や大学の自己点検や第3者評価について見聞きするたびに疑問に思うのが、常に大学側の視点でしか語られないことだ。そこで学ぶ学生や入学希望者、もっと言えば、国民の視点がまったくない。大学が自らの質を向上させようという姿勢は良いことではあるが、自己満足に陥ってはいないだろうか。

車を買うときに、ユーザーは、燃費のいい車とか、早く走れるとか、家族全員が乗れるとか、荷物がいっぱい積めるとか、それぞれの好みで選ぶ。ハイブリッド車とスポーツカーを比べて買う人は稀だろう。燃費で選ぶとなれば、ガソリン1リッターあたりで何キロ走れるかと比べる基準が必要となる。加速度やトランク容量でもしかり。

何をいいたいかと言えば、大学もカテゴリがあって、留学生を積極に受け入れたり、海外の大学院進学を念頭に入れる大学であれば、国際的な基準も必要だろうが、国内しか視野にいれていなければ必要ない。研究重視の大学があれば、実務教育重視の大学のある。女子大があれば、社会人向けの大学もある。学部も特殊な学部だけの単科大学もあれば、総合大学もある。これらの大学をいっしょくたにして計ろうとするところに無理がある。入学希望者は、一定のカテゴリの中から志望校を選ぶのではないだろうか。

また、どのような大学が良い大学かは国民が決めることであり、大学自身が決めても意味がない。国民が比較しやすいように、共通の指標を示すことが重要だ。学生数1つとっても、定義がない。休学中を含めるのか、学費を未納の場合はどうか、科目等履修生や聴講生も含めるのかなど、明確な基準はない。まして、卒業率や就職率、成績の評価、図書館の蔵書数など、いくらでも都合のいい数字が作れる。

国民に分かりやすい形で情報を提供することが大学の質向上につながる。車やパソコンのパンフレットを見比べれば、少なくとも性能の比較は客観的に可能である。大学のパンフレットの書かれている数字は、どれひとつとして比較して意味のある数字がないのが現状ではないだろうか。

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日本私立大学団体連合会が、加盟校間で単位互換を実現するための制度設計を始めるという報告をまとめたとの報道があった。

単位互換制度自体はすでに存在し、大学間で協定を結んでいる場合も多い。法的にも卒業に必要な124単位中、60単位までは他大学で修得した単位を認定することはできる。それを加盟校を対象に一気に広げようということだろう。個々に協定を結ぶ手間も省け、学生も多くの大学から受講したい講義を選択できるようになる。

しかし、実際問題として、他の大学の講義を受講できるケースは限られるだろう。時間割に余裕のある4年生ならいざ知らず、時間割が詰まっている1、2年生や理工系は、とても他の大学まで行く時間は取れない。大学が密集している都心の大学にメリットの多い制度かも知れない。

eラーニングを活用すれば、どの大学の講義も自由に受講できるようになるかも知れない。しかし、各大学が採用しているeラーニングのシステムが共通化されないと、受講するのも大変となる。

このような動きがきっかけとなり、eラーニングの共通化が新たな課題として出てくるかも知れない。

それより、いろいろな大学の科目を組み合わせて卒業できるとなると、大学のカリキュラムとは、学位とは、という根源的な問いを投げかけることになるかも知れない。そして、いろいろな大学で過ごした学生は、母校への帰属意識が薄くなる。これは、大学にとって自殺行為に思えるのだが。

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教育・研究をせずに、大学経営に専念する教授を置くと東京工大が発表した。これがニュースになるというのがいささか不思議なのだが、いままでになかったということのなのだろう。

教員から学長や学部長を選出した場合でも、学長・学部長の仕事以外に、教育や研究をするのが日本の大学のスタンダードということなのだろうか? 民間企業で考えれば、技術畑出身者が社長に就任した後も、研究を続けるようなものだろうか。両立が可能であれば、それも悪くはないが、兼務でこなせるほど学長の仕事は楽ではない。

日本の場合、大学設置基準に必要教員数は明記されていたり、補助金の算定が教員数を元に行われたりするため、本当に必要かどうかに関係なく、一定数の教員を置かざるを得ない。学生数が減少したり、定員を割り込んだとしても教員を減らすことはできない仕組みになっている。一方、事務職については、明確な規定はない。そうなると、教員に経営や事務を担ってもらうというのは自然な流れだろう。出身が教員か事務かに関係なく、経営に長けた人が経営を、事務に向いている人が事務をすれば良いというだけのことだが、設置基準で教員数を縛ると、教員という名の経営や事務が出てくるのは自然な流れ。

もちろん、逆もある。事務職がその経験を生かして教壇に立つ。この例は、かなり以前からいくらでもある。

ヨーロッパでは、そもそも事務などという専門職を置かずに、教員が助手を使いながら、すべてを行う。アメリカ型、ヨーロッパ型、日本型、どれでも良いのだろうが、そもそも事務とか教員とか区別せずに、適材適所が、良いのではないだろうか。教員と事務の間でも定期的に異動があってもなんら不思議ではない。民間企業で、研究者が営業に異動になっても、ニュースにはならない。

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八洲学園大学の家庭教育専攻ホームページが改訂された。単なるマイナーチェンジなら、ブログで取り上げるほどのことはないのだが、今回は、八洲学園大学が採用しているCMS(Content Management System)を使って、専攻の教員が短期間で作り上げた。従来のHPも教員の手作りだったが、格段に見栄えが良くなったのではないだろうか。百聞は一見にしかず、まずは、その新旧を比べて欲しい。

旧サイト ・ 新サイト

大学全体のホームページはプロに依頼して作成してもらっているが、専攻のページは、できるだけ最新の話題を早く届けたいということで、従来から教員が作っていた。しかし、全体とのデザインの統一性を持たせることで、利用しやすくしようということで作り変えることになった。

ということで、専攻のページだけを編集できるようにIDを作成し、枠組みを用意することになったのだが、このCMSに興味があったので、プロに依頼せずに自分で設定してみた。理事長のする仕事ではないと叱られそうだが、eラーニング大学の理事長なのだから、これくらいは出来ないと務まらない。

いきなり本番用サイトを変更するのも怖いので、普段使っているノートPCにインストールし、少し触ってから設定してみたが、やはり試行錯誤で、いろいろミスもしてしまった。しかし、習うより慣れろの精神で、やってみればなんとかなる。

CMSに移行したことで、改訂しやすくなったことから、従来以上に更新の頻度も増えるのではないだろうか。

近々、人間開発教育専攻のホームページも改訂される予定なので、ご期待ください。

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このブログで紹介した「ビジネスで失敗する人の10の法則」について自己分析。いわば、独り言ですから、読み飛ばしてください。

10.将来を恐れる

これも難しい設問だ。自分としては将来どうなるかは、運命と思っているので、何も恐れていないつもりなのだが、20年、30年前の自分と比べると将来のことを考える時間が長くなっているのは確かだ。

以前なら、将来のことなど何も考えていなかった。しかし、今は心配しても始まらないので心配こそしないが、いろいろなケースを想定はしている。その中には、最悪のケースもあるので、そうなってほしくない、とは考えてしまう。「恐れ」というほどではないのだが、そうならないでという根拠のない期待とでも言えばいいのか。

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八洲学園大学が、平成21年度「大学教育・学生支援推進事業」学生支援推進プログラムに採択された。新しい大学で、しかも通信制の大学としては快挙かも知れない。

採択されただけでは、胸を張って威張れるわけではなく、計画通りに実施して成果を上げてこそ、意味があるのだが、まずは、一人前の大学として一歩を踏み出した。

詳しくは、HPでご覧ください。

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東京農業大学

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東京農業大学を見学させていただいた。都内でありながら広大なキャンパスもそうだが、女子学生の多さにも驚いた。堅実な経営をされている上に、昨今の農業ブームも追い風となって、入学者も増えているようだ。

農業系の大学なので、当然かも知れないが環境への取り組みも熱心にされているようで、感心しながら広いキャンパスを見学させてもらった。

見学の最後に、大学が運営している「食と農の博物館」も見学させてもらったのだが、説明をされている方から「八洲学園大学からちょうど今、博物館実習で学生さんが来られてますよ。」と声をかけられた。お世話になっておりますと、丁寧にお礼を申し上げておいたが、うれしいようでもあり、心配でもあり。

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株式会社立のLEC大学が来年度の学部生の募集を停止すると読売新聞が報道した。

以前に、文科省から改善の指導を受けたことが大きく報道されていたが、結局、募集停止に追い込まれたようだ。株式会社立大学に賛成の立場としては、残念なところだが、株式会社立だから問題があったわけではなく、あくまでも個別大学の問題だろう。

大学の認可審査は、書類中心のため経営者の定性面の審査が不十分になる。銀行の融資審査でも、もっとも重視するのは、社長の人間性というのだから、じっくりボードメンバーや大株主との面談を行えばどうだろうか。

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「これからの大学に求められる教育ブランディング」というシンポジウムを聞いてきた。その中で、東京都市大学の中村英夫学長が、理事会はプロ野球で言えばフロント、学長は監督と話されていた。

もちろん、理事会と学長の関係は、大学ごとに個性があり、特に正解はないのだろうが、私も、常々、同じように考えていた。もしくは、理事会が株主で学長が社長とも言えるかも知れない。

プロ野球では、フロントが監督に注文を出しすぎると批判の多いセリーグの球団もある。そういわれないように、私はなるべく口出ししないようにしているが、これが結構辛い。個々の判断を見れば、自分と違うということは日常茶飯事なのだが、学長は学長で一貫した考えで日々の判断をしているので、一面だけ見て口出しするとちぐはぐにになるからだ。

中村学長は、学長の仕事を監督に例えながら、「プロ野球の監督と違うのは、バントのサインを出しても、バントしない選手がいっぱいいること」とのジョークで会場の笑いを誘っていた。会場は、大学の経営者が大半だったのだが、どの大学も同じような悩みを抱えているのだろう。

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大学淘汰

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大学淘汰じわり 関西私大3校が募集停止」という記事があった。すべての学生が無事、卒業できるように自主的に募集を停止するという判断には、敬意を表したい。

卒業までの4年間の運営に必要な経費を残しておかなければ、すべての学生を送り出せない。そういう意味で、募集停止のタイミングは非常に難しい。

八洲学園でも、大学だけでなく、高校や専門学校も含めて、いかに定員を満たしている学校といえども、募集停止の可能性は常に考えている。特に通信制の場合は、修業年限通りに、全員が卒業できるとは限らないため、全員を送り出すまでに必要な年数や経費の見積もりは難しい。

これまで新しい学校をいくつか作ってきたが、同時に募集を停止し廃校した学校も4校ある。八洲学園のミッションである「新しい教育制度への変革の能動者」となるためには、次代を切り開く学校であり続ける必要があるが、スクラップ&ビルトも1つの選択肢ではある。

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今年が横浜開港150周年ということで、横浜各地でさまざまなイベントが行われている。その中で、メインイベントの1つである記念式典が本日、パシフィコ横浜で天皇皇后両陛下ご臨席のもと行われた。

八洲学園が八洲学園大学を横浜に置いているということからか、招待状をいただいたので出席してきた。

両陛下や麻生総理も来られるので当然かも知れないが、物々しい警備で、金属探知機をくぐり、液体の持ち込みも禁止。体温を測定するカメラもあった。

式典に続いて、宮本亜門さんプロデュースによるショーがあった。ショーの内容もすばらしかったが、ショーの後半にあった横浜出身の「ゆず」によるミニライブも良かった。

開国博自体は9月まで行われているので、お近くの方は出かけてみてはどうだろうか。

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連日、マスコミで新型インフルエンザの情報が流されているが、あまりにも適当な報道ぶりにテレビを見るのも嫌になる。しかし、そのテレビを見て国民の行動が影響を受ける以上、テレビを見ないわけにもいかない。

ネットの時代なので、神戸や大阪の様子も、テレビ以外でも伝わる。知り合いがいれば、実際はどうなの?と聞くこともできる。マスクの効用も、ちょっと調べれば、いくつもの医学論文が出てくる。しかし、マスコミは、真実をドラマを作るかのように演出する。1時間も三ノ宮(神戸市)の交差点でカメラ回せば、ほとんどの人がマスクをしている映像も、誰もマスクをしていない様子も撮影できる。そのどちらをニュースの背景で流すかは、テレビ局の意思。ほとんどの人がマスクをしている映像を見せられた人は、神戸へ行くのはやめよう、となってしまう。

そうでなくても、景気の悪化で外出を控えているのだから、インフルエンザを言い訳に、なおさら消費を控えて景気が悪化する悪循環に陥る。景気はいずれ戻るかも知れないが、一生に一度の修学旅行は戻ってこない。

インフルエンザ騒動は悪い面ばかりではない。企業が出張を控えることで、テレビ会議の利用が増え、CO2の排出が減るかも知れない。八洲学園大学のようなeラーニングもしかり。不必要な外出が減って、家族で過ごす時間が増えるかも知れない。経済的にはマイナスかも知れないが、日本のあり方、人の生き方を見直すきっかけにもなる。

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青山学院大が携帯電話のアイフォーンを基本料金払大学負担で学生に配布し、学生の居場所を監視し代返できなくすると毎日新聞が報道していた。

記事によれば、『友人にアイフォーンを預けてしまえば、出欠確認の「代返」は可能。ただ、大学は「メールなど個人情報が詰まった携帯電話を他人に貸すことはしないはず」と話し、出席率アップに期待を寄せている。』ようだが、携帯は入学前から使っている人が多いのだから、大学からもらったからといって、それまでの携帯を解約するとは限らない。しかも、大学に常に居場所を監視される携帯を肌身離さずに持っているだろうか? 気持ち悪くて、大学以外へは持ち歩けない。結局、大学の出席確認専用となり、友達に預けっぱなしという場合も出てくるのではないだろうか。

ついでに書けば、携帯を忘れたらどうすのだろう? 教員に申し出るのだろうが、その申し出た人が本人かをいちいち学生証で確認するのだろうか。おそらく、抑止的な意味合いで、実際に出席の確認に使うのは逆効果だろう。

人間が出席を取っている方が、ごまかすのに気を使う。機械相手だと、いったん成功方法を見つければ、あとは同じ手法で常習化できてしまう。性悪説にたって、機械的に出席を取るようでは、代返はなくなるどころが、増加しかねない。

出席をとるという行為もルーチンワークではなく教育の一部として活用することを考える方が前向きではないだろか。

八洲学園大学は、eラーニングのライブ配信で授業を行っているので、出席はコンピュータで自動的に集計可能だが、ほとんどの先生が名前を呼んで出席をとっている。名前を呼ばれるということで、学生側に授業を受ける心の準備が整ったり、授業への参加意識が生まれる。名前の呼び方ひとつで、学生のやる気も変ってくるというものだ。

ソフトバンクが本体代金や基本料を大幅にディスカウントしたのだろうから、大学の費用負担も少なく、実験的な意味合いとは思うが、はたして成功するだろうか。

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3月決算の企業が続々と決算の発表をしている。景気の悪化で減収減益どころか、赤字決算の会社も多数出ている。本業の業績が悪いだけでなく、保有株式の評価損が最終損益に大きく影響している企業も多いようだ。保有している有価証券の時価が一定以上下落すると、評価損を計上しなければならない。その結果、現金が流出するわけではないが、赤字となる場合があり、企業の評価にも大きな影響を与える。

これと同じことが学校法人にも当てはまる。学校法人は例外なく3月決算だ。3月決算の場合、5月末までに決算の結果が出る。すべてではないが、多くの大学法人は決算を公表している。つまり、まもなく、有価証券などに多額の投資を行っていた学校法人が巨額の損失を抱えている事実が公表されることになる。

評価損の計上なので、すぐに経営に影響が出るわけではないが、投資の失敗で巨額の赤字を計上している学校法人に対し、公金による補助金を支出していることへの批判が出てくるかも知れない。そして、補助金の不交付などという事態になれば、経営に深刻な影響を及ぼすことも予想される。

5月末にかけて、学校法人業界に激震が走ることを覚悟しておいた方がいいかも知れない。

念のため書いておくが、八洲学園は一切の有価証券投資を行っていないので、当然ながら評価損の計上もない。

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「日本の大学は多すぎる?」という特集記事が産経ニュースで配信されていた。

記事によると、この20年で大学が1.5倍に増えたというのだ。大学が増えたことで、入学者を奪い合うようになり、かつては大学に入学しなかった層まで大学に行くようになり、学力が低下しているという論調だ。この論理は間違いではないのだが、大学が増えた理由を設置基準の緩和とだけ捉えているのは深さに欠ける。新たに設置された大学の中には、短大から大学への転換も多い。専門学校からの転換もある。これまで2年間の高等教育しか受けられなかった人が4年の大学教育を受けることができるようになったという側面もある。

国民からの教育への要求は止まらないので、希望する全員が高等教育を受けることができるようになるまで、進学率は上がり続けるしかない。だれでも入学できるとなれば、これまであきらめていた人も希望するようになり、進学率は100%に近づいていく。そうなれば、平均として入学時点の学力が低下するのはやむ得ない。そのことを好ましくないと考えるのは、大学を一部のエリートのためのものとする発想だ。

平均寿命も延び、人生が長くなったのだから、大学での教育が専門教育やエリート教育である必要性はない。以前は高校で学んだような一般教養を大学で学び、かつての大学の内容は大学院で学んだとしても、遅くはない。もちろん、早期教育が必要な分野もあるだろう。しかし、そうでない分野においては、30歳くらいまではじっくり学校で学んでも良いのではないだろうか。

しかも、30歳で勉強が終わるわけではない。一生涯にわたって学びは終わらない。だから、ゆとり教育が必要なのだ。人生60年のころと80年で、同じペースで詰め込まれて、それらをすべて消化できるほど、人間の脳も進化したのだろうか。これまで60年かけて学んだことを80年で学ぶようになっただけではないか。だとすれば、18歳で終わる高校の勉強を22歳で終えたとしても、計算は合う。

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八洲学園大学で申請していた教員免許状更新講習が本日付で認定された。

ということで、正式に受講者の募集案内をHPで公開された。もちろん、ライブ配信によるeラーニングは八洲学園大学だけだが、現役の先生などは、ライブ配信だけでは、受講しにくいだろうということで、オンデマンドも併用して受講しやすくしている。試験も、勤務している学校でも受験できる制度を設けた。詳しくはHPをご覧いただきたい。

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キャズム理論

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マーケティングの世界にキャズム理論というのがある。

新しい商品を市場に出した際に、目新しさに注目して真っ先にユーザーとなるオピニオンリーダー層(キャズム理論的にはイノベーター、アーリー・アダプター)と、大多数である一般の消費者(同様にアーリー・マジョリティ、レイト・マジョリティ、ラガード)の間には大きな溝があるという考え方だ。

最近では、ハイブリッド車分野において、ホンダの参入や優遇税制がその溝を埋めて、市場が一般消費者にまで広がり、一気に普及するのではと言われだした。

八洲学園大学も、これまで存在しなかった、ライブ配信によるeラーニング、生涯学習学部、家庭教育を市場に投入して、イノベーター、アーリー・アダプターを取り込むことに成功した。しかし、これらの層が一巡した後も、これまでと同じ訴え方しか取らなかったため、次のアーリー・マジョリティへ浸透できなていない。

確かに、これまでに入学した方には、eラーニングはおもしろそうだ、ということで、多少のトラブルも日本初ということに免じて許容してもえる雰囲気があった。家庭教育についても、八洲学園大学ができる前から、その重要性に気づいていという感じで、比較的スムーズに学ぶ内容を理解してくれたように感じる。

しかし、今後、八洲学園大学に関心を持っていただく人は、eラーニングで学ぶこと自体に興味があるわけでも、家庭教育という目新しい言葉に関心があるわけでないかも知れない。この溝を埋めるには、これまでとは違う発想や、外的な刺激も必要となるが、この溝を埋めることができれば、eラーニングで学ぶことが普通になり、大学が生涯学習において中心的役割を果たすことができる。

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卒業生が出版

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八洲学園大学の卒業生、小島典子さんが本を出版したので、とわざわざ届けてくださった。

お金をかけなくても心豊かな賢い子に育つ―魔法の杖
という本で、八洲学園大学で学んだ内容も活用できたようだ。

卒業後は「育児メンター」として活動中で、出版を機会にいっそうの活躍が期待できる。卒業生を出したばかりの大学にもかかわらず、すぐに社会で活躍しているというのは、八洲学園大学の特徴かも知れない。

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AO入試にも筆記試験が必須になるという報道があった。

最近の流れを見ると、大学の自治がどんどん狭まり文科省の監督が強まっているように思える。自己点検評価、第3者評価と大学が自ら律すという流れはどうなったんだろう。

どういう人に入学してもらいたいかというのは、大学のもっとも重要な意思の1つのはず。もちろん、筆記試験をすることに問題はないいが、必ずしも筆記試験である必要はなく、多様な人材を求める大学にすれば、ミッションを実現できなくなる可能性すら出てくる。

筆記試験を実施しても、必ずしもその結果だけで選考する必要もなく、口頭試問という方法も許容されるだろう。社会人入試には筆記試験以外の方法も認めらるだろうから、かろうじてAO入試の本来の役割は果たせるかもしれない。

そもそも、AO入試の趣旨を理解せず、入試日の前倒しの言い訳に使った大学が自らの首を絞めたというのが、今回の事態なのだろう。

AOであろうと、センター試験であろうと、1回の筆記試験の失敗で希望する大学への入学ができないということに問題がある。せめて、AOは、過去1年間の模試の複数回の結果で一定以上の成績であれば筆記試験は免除など、受験生の不安を解消する方法が取れないだろうか?

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昨日のブログで大学のHP事情について触れたが、その追加。大学のHPの話題ではなく、飛行機の予約サイトについてだが。

飛行機をJALやANAのサイトで予約した人ならご存知の通り、HPで座席の指定もできる。空席がビジュアルで表示され、好きな座席を選ぶことができるのだが、実は、この空席状況が見ている人によって違っている。というのも、飛行会社はマイレージの会員になることで、無料航空券などの特典を利用者に与えているのだが、当然、マイレージのデータを分析すればお得意様かどうかが区別できる。そこで、お得様にだけ優先的に割り当てる席を用意している。

これは、ホテルの予約システムでも同様で、お得意様には良い部屋を安い値段で表示している。

ネットの世界では、静かに、このように顧客の選別が進んでいる。これがどのような形で大学のサイトに入ってくるかに目が離せない。

そもそも、アメリカの大学では、学生ごとに負担している学費が違うのが当然で、大学にとっては、成績の優秀な学生がお得意さまで、お得意様には奨学金という名目で学費のディスカウントをしているのだが。

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大学のHP事情

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いまどきの大学のHP事情について朝日新聞に掲載されていた。その記事の中に、ウェブ製作会社社長のコメントとして「企業に比べ、大学のIT化は遅れている」というのがあった。まったくその通りかも知れないのだが、この記事を書いている記者もITには詳しくないのだろう。記事で取り上げている例は、技術的には目新しさはなく、大学にしては、目を引くデザインや珍しい取り組みという程度のものだろう。

最新のテクノロジーというのは、その存在自体を感じさせないことにITの特性がある。例えば、1万人がHPを見たとして、その人がどの地域からアクセスしているか、過去に何を見たか、何時に見ているかなどを分析して、1万通りのHPを表示するくらいのことはできる。しかし、見ている人は、誰もが同じ内容のHPを見ていると思っている。通販サイトなら、同じ商品でも見ている人によって表示されている値段が違うこともありうる。しかし、自分だけが高い値段(または安い値段)で買わされているとは気が付かない。まったく同じ内容のHPは二度と現れないということだってありうる。

企業では、こんなテクノロジーを駆使してHPを運営している。HPは紙媒体と違って、見る人にあわせて内容を変化させたり、その場で利用者の要望に応じたデータを表示させたりできるというインタラクティブでダイナミックな点が特徴だろう。

といいつつ、わが身を振り返れば、決して最新のテクノロジーを活用したHPではない。技術を駆使する以前に、見たい人に見たい内容を分かりやすく伝えるという大前提を実現することで精一杯なのが現実だ。しかし、他の大学が最新のテクノロジーを活用していたとしても、気がつかないのが最新ITの恐ろしいところ。気が付いたら一人取り残されていたということになりかねない。

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教員免許が更新制に移行するのに伴う講習を実施する大学が増えてきた。すでに、初年度に講習を受ける必要のある人数分の講習は確保された。地域によるばらつきはあるが、ネットでの講習を企画している大学もいくつかあるので、量的な問題はクリアした。となると、次は質の競争が始まるのだが、さっそく、各大学が特色を打ち出しているようだ。その様子が朝日新聞で報道されていた。

この講習会、八洲学園大学でも実施すべく準備を進めている。もちろん、インターネットを利用し遠隔地でも受講できる。ネットでの授業については八洲学園大学はどこの大学より一日の長があり、魅力あるものが提供できるのではないだろうか。

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健康科学大学を運営する第一藍野学院で2億円の使途不明金があるとして、文部科学省が立ち入り調査をしたという報道が6日にあったが、本日、TBS系の報道特集NEXTという番組で特集をしていた。

まだ、真相は明らかになっていないが、大学設立に必要な資金が不足しているにもかかわらず、見せ金で認可を得たのではないかとの疑いが浮上しているようだ。

現在の大学設置にかかる審査では、故意に見せ金をされると見破るのはかなり難しいだろう。会社設立でも、かつて、最低資本金制度があった頃は、借りてきたお金を1日だけ銀行に預金し、残高証明を取得する手口は横行していた。大学設立でも、借りてきたお金を寄付してもらったと偽れば、見抜くのは難しいだろう。設立後、経営が順調なら、架空の仕事を発注したり、大目の報酬を支払えば、つじつまも合う。

今回は、その金額が億単位にもかかわらず、1回で処理しようとしたのか、または、資金がショートしたために明るみに出たのかも知れない。

大学関係者なら、誰でも思いつきそうな単純な手口なだけに、今回の事件は氷山の一角の可能性もある。これをきっかけに、大学設置時のチェックが厳しくなるのだろう。しかし、そもそも大学設置時に校地・校舎はもちろん、当面の運転資金も自己資金で賄わなければならないという現在の設置基準を見直した方が良いと思うのだが。

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昨年の11月ころのブログで何度か書いてきたが、やはりかなりの大学が損失を出している実態が明らかになってきたようだ。

NHKニュースによると、今回の金融危機の影響で私立大学の半数が損失を出しているとのこと。しかも、ほとんどの大学が含み損を抱えたままの状態のようだ。景気が回復すれば問題ないのかも知れないが、さらに市況が悪化し、18歳人口の減少による入学者減に歯止めがかからなければ、いずれ資金が底をつく。いまの金融状況では、銀行から融資も当てにならない。

そうなると、学校債による資金調達を計る大学が増えてくるかも知れない。しかし、在学生やOBに学校債を購入する余裕があるかどうか。となると体力勝負になってくる。資金力のある大学が、一気に特待生制度や奨学金を拡大して、入学者を確保に走ると、すでに体力を消耗している大学はリタイアを余儀なくされる。

大学ですらこの状況なのだから、専門学校はもっと深刻かも知れない。

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司書と学芸員の資格要件が変更になるようだ。いずれも検討協力者会議の報告が出た段階で、決定ではないが、過去の例から考えて、この報告書のとおりに、資格取得に必要な単位数が増やされるのだろう。

いますぐ資格を取得すれば、少ない負担で資格が取れるのは間違いない。いったん取得した資格は、要件が改正されたとしてもその有効性に違いはないので、先に取得した方が得という考え方もあるだろう。逆に、時代に合わせて改正されるのだから、新しい基準で取得した方が有益という考え方もある。
関心のある方は、報告書をじっくり見て、検討してください。

報告書はこちら・・・司書学芸員

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昨日、不況は八洲学園大学にとって追い風と書いたが、もう1つ、プラス要素がある。

景気対策としてオバマ大統領が従来の方針を180度転換して、環境問題を前面に押し出した。金融バブルの次は、環境バブルではないだろうか、という声は以前からあったが、バブルになるかどうかは別にして、環境がキーワードになるのは間違いない。

実は、八洲学園大学が採用しているeラーニングは環境にやさしい教育手法である。通学に伴う人の移動が発生しないため、Co2の排出が削減される。企業もコスト削減だけでなく、Co2削減の意味も含めて、従来の集合研修からeラーニングにシフトしている。大学志願者の中にも、環境を意識して八洲学園大学のようなインターネット大学を積極的に選択する人が増えてくるかも知れない。

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日経新聞に興味深い記事が掲載されていた。ある程度、予想はしていたが、ここまで好調とは、いい意味で裏切ってくれた。

景気が悪いと、価格に敏感になるので、ネットでの購入にシフトする傾向はあるが、買い控えによる減少分をカバーして、なおこれだけ増加しているとは、内需はマスコミの報道ほど悪化していないようにさえ思える。

大学も、学費の高い私学から国公立へ人気が集まるのも経験則で、今年も同様に推移しそうだ。

そういう意味では、入学から卒業までネットだけで可能で、しかも授業料が安い八洲学園大学には、この不況は追い風ということになるのだが、今のところ、出願の出足は鈍い。追い風を受けるような帆を張れていないということだろうか。

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11月に提出していた「生涯学習学科」の設置届を正式に受理した旨が文部科学省のHPで公開された。今回の学科設置は、認可の必要がなく、届け出るだけで手続きが完了するのだが、届出といっても、届出だけで済む内容か、届出の内容に不備がないかなどの点検は受ける。問題がなければ、受理されるのだが、その書類の点検期間が2ヶ月以内となっており、11月に届出が出た分が本日、受理されたというわけだ。

これで、八洲学園大学は4月から生涯学習学部、生涯学習学科という学科構成になる。

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乱立気味の資格の第3者評価機関として「資格標準化機構」が設立された。日経新聞によると「文部科学省が年内にも定めるガイドラインに沿って、試験の内容や質を評価・認証する」とか。

この機構の機構長は八洲学園大学の山本学長なのだが、資格が生涯学習とも深く関わることから依頼されたのだろう。生涯学習学部を置く唯一の大学である八洲学園大学の学長で、生涯学習を専門分野とするのだから、最適な人選ではないだろうか。

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ブランドとは

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昨日のブログで「有名というだけで志願者が集まるという時代は終わるかも知れない」と書いたところ、「大学がブランドだけで選ばれる時代で無くなるようになればいいですね」とのコメントをいただいた。ということで、ブランドについて少し書いてみたい。多くの企業がブランド戦略に重点を置き、大学もブランディングが重要と言われている。

消費者がブランドで商品やサービスを選択するということは、商品やサービスの品質を吟味せずに、ブランドを信頼するということで、実は品質について無頓着となり、自らが商品知識を深めることを放棄し、選択のための時間を節約していることにもなる。多くの商品を比較検討するには膨大な知識と時間が必要になるが、有名ブランドから選択すれば何も考えずに済む。つまり、ブランドで選ぶということは、お金で時間を買っていたことになる。

有名ブランドから選択すれば、時間の節約だけでなく、安心感や優越感も得られるかも知れない。しかし、そのために余分な費用を払わされているとなると、話は変わってくるかもしれない。不景気なのだから、少々の時間を割いてでも、同じ品質なら安いものを探す努力は惜しまない。有名ブランド持っているという虚栄心より、実質を選ぶ人が増える。

食品への信頼が揺らいでいることから、有名メーカーというだけで買う人は減り、産地や成分を見て買うようになった人は多いはずだ。この現象があらゆる分野に広がるのだろう。

ネットで評判はいくらでも調べることができる。となれば、有名というだけで高くても売れる時代ではなくなる。ブランド力があるというだけで、手を広げてきた所が真っ先に淘汰されるのではないだろうか。

ブランドを確立していると、ブランドイメージを維持するために、自らが一定の枠をはめてしまう。これだけ大きく経済環境が変化した場合、ブランドがマイナスに作用することさえあるかも知れない。もちろん、それを予想して、第2ブランド、第3ブランドを展開している企業も多いのだが、果たして大学ではどうなのだろう。

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連日、不況が深刻化しているとの報道が繰り返されているが、業績が好調の企業も少なくない。著名な企業で言えば、ユニクロやマクドナルドなど安さが武器の企業の売り上げは伸びている。デパートの不調をよそ目にコンビニも売り上げを増やしている。また、教育業界でも、資格関連は多くの受講生を集めている。

確かに、各種の経済指標はまだまだ悪化傾向、金融関連は相変わらず混乱状態で、企業の資金繰りはかなり逼迫し、上場企業の倒産も続いている。

マスコミで報道されているということは、日常ではないことが起こっているからなので、不景気がニュースになっている間は、まだまだ本格的な不景気ではないのだろう。今後、不景気が本格化するのか、落ち着いてくるのかは分からない。

しかし、今回の金融危機をきっかけに、消費者の行動が変化するのは間違いない。これまでは、高くても有名であれば、そのブランドを信頼して品質の確認もせずに購入していた人が、厳しく品物を見極めるようになるだろう。本当に売れるのは、価格と品質が一致している物に限られる。

大学でも、有名というだけで志願者が集まるという時代は終わるかも知れない。志願者は、これまで以上に、大学で何が学べ、学んだことがどのように自己実現に役立つかを見極めるだろう。ある意味、大学が質を向上させ、本来の役割を実現できるようになるチャンスでもある。

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八洲学園大学で幼稚園教諭免許を取得できるようにしようとしたのだが、最終的に止めることになった。準備はほぼ整い、いったんは申請書を提出。そのままいけば認可されていたかも知れないのだが、学部改組を優先するという学長方針で行くことになった。

理事長として、幼稚園教諭免許課程の申請を強く推進することもできたところだが、最後の判断のより所は学園のミッションだった。このミッションでもっとも重視するのは、「新しい教育制度への変革の能動者となろう」という部分なのだが、今回の教員免許申請にあたっては、文科省の指導通りに準備を進めていたため、八洲学園大学しかできない部分がeラーニングの利用程度しか見受けられず、教育制度の変革に役立つ部分が少なかった。

別に文科省に歯向かうということではないが、既存の制度にあわせて開設するのでは、八洲学園が実施する必要はない。他のどの大学でもできることだ。八洲学園が行う以上、いままでにない新しさが必要だ。新しい仕組や制度を提案し、それを実施できるように粘り強く交渉し、実現する。今回は、それが感じられなかった。

次に、八洲学園が教員免許課程を申請するときは、いままでにない新しい仕組みや内容になっているはずだ。

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文科省は大学設置基準を厳格化する方針との報道があった。せっかくの規制緩和に逆行する方針だ。規制緩和や特区で新設大学が増えた。数が増えれば質が低下するのは止む得ない。しかし、それは志願者の選択肢が広がることであり、決してマイナスばかりではない。質については、大学自らが律して国民の審判を受ければ良いことであり、ハードウェアや数値で規制しても解決するとは思えない。

現在、大学は自己点検評価を行い、7年に一度の第3者評価が義務付けられている。しかし、この評価の結果が広く活用されているとは言えない。データベース化し、誰もが自由に分析したり、比較できるようにすれば良いのではないだろうか。

そもそも、大学の質は、その研究、教育の成果で測定するべきものだ。レストランの良し悪しを味ではなく、厨房の設備やシェフの勤務状況で判断するだろうか。卒業生に統一試験を受験してもらうことは、すでに実施している国もある。方法ではなく結果で測定することを考えるべきだろう。

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次は立正大学

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昨日、今後、大学の投資による損失が表面化してくると書いたばかりだが、さっそく出てきた。立正大学だそうだ。読売新聞によると148億円の評価損とのこと。財務内容を見ると、先日、154億円の損失が表面化した駒澤大学より経営に与える影響は大きい。大学は経営に影響はないと発表しているようだが、購入していた外債の内容が不明なので、そのまま信用できるかどうか。
いずれにせよ、まだまだ氷山の一角だろう。

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早慶も評価損

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駒澤大学が巨額の損失を計上したことは、19日のブログで書いたが、早稲田、慶応も評価損を出しているとの報道があった。
この手の報道が出ると、他にもあるのではとの憶測から、マスコミなどが他の大学も一斉に調べるようになる。そして、次々と表面化する。金融機関の損失額ですら確定していないのではと、市場が疑心暗鬼になっている状態なのだから、大学がどのくらいの損失を内在しているかは、まだまだこれからだろう。この状態で、来年度の受験生が減少すると、一気に資金繰りに苦しくなるところが出てくる可能性がある。ここ2、3年にキャンパスの拡張や校舎の建て替えなどで資金を使った地方の大学は要注意かも知れない。

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補助金

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八洲学園大学も開学から4年が経過した。通常、大学の在籍期間は4年(八洲学園大学は最長12年だが)なので、丸4年で全学年が揃う完成年度ということになる。私学に対する補助金(私立大学等経常費補助金)は、この完成年度までは支出されない決まりになっているようなのだが、4年を無事経過したことで、この補助金が出ることになった。その決定通知が送られてきた。金額は大手の私学と比べるとゼロが4つほど少なく、一人の人件費も賄えない程度だが、それでも、血税からの支出を受けるわけなので、その使い方にはさらに襟を正さなければいけない。

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10月12日に「金融危機の大学への波及」を書いたが、やっぱり出てきた。朝日新聞によると駒澤大学が154億円の損失を出したようだ。駒澤大学の昨年度の決算書を見ると、手元現金が127億円なので、キャッシュフローが枯渇した状態になる。報道にあるように借入で運転資金を調達しないと日々の支払いも苦しくなる。幸い、もともとの借入は長期用の75億円程度しかないので、銀行借入で運転資金が調達できれば大学の運営には支障ないだろう。しかし、授業料収入が166億円ということを考えると、1年間の売り上げ相当額の損失を出したことになる。
当初100億円で運用を始めたということだが、100億円で債権や株を買ったというのではなく、スワップ取引をしたというのだ。つまり、100億円を担保に目いっぱいレバレッジを利かせて、つまり数倍の借金をして運用をしたわけだ。個人で言えば、最近問題になっているFXを100億円の保証金で始めたようなもので、100億円までの損失の可能性は理解していたはずだ。154億円まで損失が拡大したのは、100年に1度の金融危機の影響なので不運と言えるが、100億円までは予測の範囲内だろう。しかし、その100億円が同大学にとっては巨額すぎる。
今後はもっと深刻な大学が表面化するかも知れない。銀行が融資に応じない場合、破綻するという事態も考えられる。

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八洲学園大学のHPもリニューアルがとりあえず完了した。サーバーも変更し、1から作り直したので、完全に移行できていない部分もある。ページ数も大幅に減らして、必要最低限のページを用意したといったところだ。来春から学部を改組し、1学科2専攻とする予定なのだが、今回のリニューアルはそれに合わせての実施だ。

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今回の金融危機で大学にどれくらいの影響が出るのかをこのブログで少し書いたが、アメリカの大学への影響はかなりのものかも知れない。
たまたまセミナーでプリンストン大学の収入について話があった。それによると、収入の45%が投資収入、授業料収入は19%、委託研究収入が18%、寄付が10%、その他が8%だそうだ。総収入12億ドルの45%、5億4千万ドルを運用で稼いでるというのだ。どれくらいの運用財産を持っているかの話は出なかったが、ひょっとすると、総収入の45%がなくなる可能性もあるのではないだろうか。もちろん、一時的な現象で、運用資産を減らしたり、運用利回りが低下したりしても、今後も、運用益がマイナスやゼロという状態が続くわけではない。とはいっても、大幅に支出を見直さざるを得ないのは違いないだろう。

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知事懇談会

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神奈川県学長・知事懇談会に出席してきた。知事は、冒頭のあいさつで、禁煙条例について触れられた。その後の懇親会でのあいさつでも、禁煙条例の話が出た。この条例にかなりの情熱を傾けられているようだ。本来、国がやるべきことだが、タバコの売り上げが減れば税収が減るので、国はなかなか重い腰を上げない。であれば、神奈川県が全国に先駆けて条例化するという意気込みのようだ。
条例案のURLもUPしようと思ったら、26日の午前1時までメンテナンスのため県のHPが見れないようだ。それ以降に、各自で調べてご覧ください。

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大学で今年からはじまった履修証明制度が人気だという記事があった。この履修証明とは、法改正によって、大学が一定の基準を満たした受講生に対して証明書を発行できるようになった制度で、法律の裏づけがあるため、履歴書に記載できる資格となる。当然、八洲学園大学でも導入済みで、詳しくは、八洲学園大学のHPで紹介されている。

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日経新聞によると教育や研究など公正な理由があれば無許可で著作物を利用できるようにする新しい著作権制度が検討されているようだ。これが実現すれば、オンデマンドでの配信でも著作権を気にせずに授業を行える。八洲学園大学は、インターネットで授業を配信しているが、ライブ配信の場合は、問題ないのだが、復習用にオンデマンドでも見れるようにした段階で、著作権の問題が発生する。そのため、問題の箇所を編集するという手間がかかっている。今回の法改正は大歓迎だ。どこまで利用可能になるのか、また、教育・研究の範囲はどこまでなのかなど、今後の議論を注視したい。

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10日のブログで今回の金融危機が大学にも影響が出ると書いたが、気になったので、大手の大学がどれくらい有価証券に投資しているかを簡単に調べてみた。HPで公開されている財産目録をざっと見ただけなので、間違っているかもしれないが、ご容赦願いたい。

まず、早稲田。早稲田は医学部を持たない関係で財政規模は小さく、有価証券は70億円、現預金は270億円。各種引当資産が640億円あり、これらが特定預金として確保されているのか、なんらかの運用をしているのかは公表されていない。

慶応は、これらについても運用先を公表しており、引当資産1030億円と有価証券として計上されている資産220億円を、株式及び株式投資信託で590億円、公社債及び公社債投資信で620億円投資している。つまり、引当金として内部留保している金額の大半を株か債券で運用していることになる。これに対して現預金が245億円。

明治大は、有価証券が36億円、現預金210億円。各種引当金が300億円だが、明細は非公表。

日大は、有価証券としては2億円しか計上されていないが、積立金、基本金の引当資産の2250億円が何で運用されているかが記載されていない。現預金360億円。

法政大は、有価証券110億円、積立金310億円のほぼ全額が債券等で運用されている。現預金218億円。

立教大は、有価証券としては1500万円だけだが、引当資産400億円の明細が不明。現預金270億円。

東海大は、有価証券15億円、積立金330億円の明細不明だが、現預金449億円を保有。

近畿大は、有価証券は27億、積立金120億円の明細は不明だが、現預金として570億円保有。

株価下落の影響という観点からだけで見れば、現預金の割合が高い、東海、近畿は問題ない。明治、法政、立教、早稲田もまずまず。日大は、引当資産の運用先が不明だが、運用先次第では、影響は出てくる。唯一、運用先を公表している慶応だが、現預金の5倍の有価証券を保有している。投資信託といえでも、おそらく2割から3割は評価が下がっていると思われるので、200億円から300億円は評価が下がったを思われる。ただし、引当資産の運用なので、すぐに資金が必要というわけではなく、経営に与える影響は少ないだろう。

今回、分析したのはHPで財産目録を公表している大手大学法人のみで、財産目録を非公表の法人も多い。問題を抱えているのは非公表の法人だろう。比較的詳しく公表している慶応でも、株や債券等という表現なので、その中に、今回の金融危機の発端となったサブプライムローン債券やCDSが含まれているかは不明だ。

証券会社が、アメリカの大学が巨額の運用益を上げていることを引き合いに出し、熱心に複雑な金融商品による運用を大学に薦めていたことを考えれば、これらの金融商品で少しで運用益を上げようとしている法人があっても不思議ではない。

もちろん、アメリカの大学の方が格段に影響が大きい。アメリカの大学で金融危機が原因で破綻するところが出てこなければ良いのだが。

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大学の「倒産」現実に』というタイトルのニュースが出ていたが、その理由は、定員割れ。
しかし、最近の株価下落をはじめとする金融危機が直撃する大学も出てくるのではないだろうか。金融商品で運用している大学法人は、今回、かなり損失を計上することになるだろう。加えて、銀行の貸し渋りで資金繰りがつかない大学が出てきても不思議ではない。
長期的に見れば、このまま不景気に突入した場合、高額な学費は家計の負担となるため、進学者がさらに減少することも考えられる。そうでなくても、冬の時代と言われる大学。厳冬に備える必要があるかも知れない。
幸い、八洲学園は一切の運用をせずに、銀行の破綻にも備えて、すべての資金を全額保護される決済性預金(いわゆる普通預金)に預けている。借入もない。不景気による、進学者減少は、八洲学園大学にも影響するだろうが、そもそも学費はかなり低めに設定しているため、高額な他大学からの転向も期待できるかも知れない。これに関しては、影響の予想が難しい。

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親に成績を通知する大学が増えているという報道があった。学生が未成年で、学費を親が負担しているのであれば、親も成績を知りたいであろうし、知る権利もあるだろう。しかし、本人から親に渡すのに照れがあるかも知れないし、親元を離れている可能性もある。そのため、大学から通知した方が3者ともにメリットがあるのだろう。インターネットが普及しているので、わざわざ郵送しなくても、IDとパスワードを親に通知するだけで済ませれば、費用も大してかからない。ますます、親に通知する大学が増えるのではないだろうか。

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教学相長の記

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八洲学園大学では、卒業生に「教学相長の記」を贈ることになった。在学中に提出したレポートを本にまとめたもので、世界に1冊しかない貴重な本となる。今回は秋の卒業生なので、人数も少なく、手作業を交えて作成したが、今後、卒業生が増えてくればシステム化を考えないと大変になる。最近はブログを本にして出版するのが流行している、同じような仕組みで本にできないか検討する必要がある。

教学相長の記

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少子化による入学者減少に備えて、新しい大学のあり方を文部科学省が検討するとのこと。少子化は少なくとも18年以上前から分かっていたことで、いまさら、という感じもしなくはない。
また、その内容を見ると、施設の共同利用とか特色ある教育プログラムの提供など。大学は設備を自己資金で購入し、所有しているのが原則なので、設備にかかる費用を抑えても経営効率はあまり上がらない。大学の経費の大半は人件費なのだから、ここに切り込まずして、入学者が減少に対応することは不可能ではないだろうか。定員に対して必要な専任教員数や必要な教授の数を見直した方が早い。設備の基準を緩和することは、新規参入を促す効果はあっても、既存大学にメリットは少ない。基準が緩和されて余裕が出来た施設を貸し出したり、売却できるのならよいのだが。

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大学は全入時代を迎え、冬の時代に突入しているはずなのだが、大学関連のサービス市場は拡大傾向を続けているとのレポートが出た。大学間の競争激化が、サービス向上を招き、大学関連のサービス業が拡大しているということのようだ。確かに、各大学がさまざまな学生サービスを競っている。IT関連の投資もまだまだ増加傾向だろう。
ただ、こうしたサービス合戦は、いずれ揺り戻しが来る。いくら周辺のサービスを向上させても、大学の本来の機能である教育力が伴っていなければ一時的な人気で終わる。その教育に関連するIT投資や設備の向上ということもあるだろうが、行きつく先は教員の質だろう。ということは、次に大学関連のビジネスで伸びそうなのは、教員の再教育かも知れない。

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学園祭

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八洲学園大学、第2回学園祭が9月6日からスタートする。昨年の第1回の反省から、今回は授業の行われていない9月に実施することになった。そのため八洲学園大学の特徴の1つであるインターネットによるライブ配信が自由に使える。6日のオープニングを含めて7回のライブ配信が予定されているようだ。また、山形からの配信も計画されている。
さらに、今回は、準備の様子も逐一ブログで発信されている。

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「インターネット大学で学ぶ家庭教育学入門」という本が出版された。八洲学園大学家庭教育課程編集で、私も2ページほど書いている。「家庭教育って何?」と聞かれることも多いので、入門書を出版したというわけだ。書店でも買えるかも知れないが、出版社の勉誠出版のサイトやアマゾンでも買える。定価は945円なのだが、なぜかアマゾンでは1575円と表示されているので、ご注意を。なお、アマゾンには訂正の依頼をし、修正するとの回答を得ています。

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大学の行方について、長々と書いてきたが、それを踏まえて八洲学園大学はどうするのか。これが一番の問題なのだが、来春に向けて、最初のアクションを起す予定だ。改組である。現在の家庭教育課程と人間開発教育課程を生涯学習学科に変更し、生涯学習の専門大学としての特色を強く打ち出す。大学の行方でも大学が生涯学習の拠点となると書いたが、自らが実践する。もちろん、建学の精神を変更するわけではなく、家庭教育や地域、企業内教育については引き続き行う。これらは学科内のコースに位置づける。しかし、同じ生涯学習学科であるので、カリキュラムはより一体化され、選択の自由度は高まる。家庭教育、人間開発教育という狭い概念で枠をはめるのではなく、生涯学習というすべてを包括する概念の1つの学部、学科にまとめることで、逆に広い範囲をカバーしようというわけだ。そうしておかないと、今後、生涯学習の概念が広がるにつれて、課程が増えていくことになる。しかし、1つの学科内であれば、新たな生涯学習の場が登場すれば、科目やコースの新設ですぐに対応できる。
生涯学習は学校教育も包括する概念であるということも書いたが、生涯学習学科として担当領域を広げたことで、今後は、学校教育分野も学べるように考えている。まずは、幼稚園教諭免許が取得できるコースの設置を申請した。家庭教育を担当する保護者の方だけが家庭教育を学べばよいのではなく、学校教育を担当する教員も家庭教育の理解が必要不可欠である。これから幼稚園の先生を目指す人だけでなく、すでに現場で活躍されている先生が仕事をしながら家庭教育を学ぶ場として利用していただけるような内容を考えている。
なお、上記の内容は、届出または認可申請中ですので、計画通りに実施できない場合がありますので、あらかじめご了承ください。

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学習の成果を大学がどのように認定するかは難しい問題だ。最終的には本人の満足度に帰着するのだろうが、それでは第3者に示すことが出来ない。一番シンプルなのは時間数なのだろうが、あまり量にこだわると質が犠牲になる。となると、結局、個別に審査するしかない。もちろん、結果だけを見て審査するのは難しいので、事前に計画を申請してもらい、計画の達成度合いも審査の重要なポイントとなるだろう。とはいえ、やはり審査員の主観に左右される部分が大きいため、審査員の質が重要となる。今後、大学が生涯学習の拠点として活躍するには、この審査員の養成が必須かも知れない。これまでも、生涯学習インストラクターのように、生涯学習の指導員は養成されてきた。しかし、生涯学習の成果を学習歴としてオーソライズするための人材はいない。40~50時間の学習であれば、大学の1単位に相当する。4年間、毎日フルに行った学習なら学位にあたる学習量だ。学習歴を学歴も包括する概念として捉えるということは、学習歴の認定は、学歴のそれに相当の重みのある作業となる。その作業を担える人材を各大学で養成できるのか、大学連合で行うか、国が資格制度を整備するのか。選択肢はいくつかあるが、大学が中心となった第3者機関で行うのが良いのではないだろうか。

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大学が生涯学習における学習履歴を保管、証明する機関を担うとなると、大学以外の場での学習をどう扱うかと言う問題が出てくる。大学が証明するのは、第3者に証明するに値する学習歴であるので、大学がそれを審査し、認定することになる。現在でも、各種検定やボランティア活動を大学の単位として認定することはできる。同様に、各種の学習活動を大学の基準に照らして学習歴として認定する。これは、学位の取得に必要な単位とは別の基準で認定することになる。単位を与えたり、評価するというものではなく、学習を行い、一定の成果を修めたことを確認し、確認できたことを証明するのである。個人やグループの活動でも、大学がその成果を確認すれば、学習歴として記録される。これまでは、いくら学習してもその成果を学習歴としてキャリアに活用することも、自身の歴史に残すこともできなかった。それらの学習も、生涯学習として学歴(学校歴)と同じように社会的評価を受けることが出来るようになる。このことによって、生涯学習に目標ができ、体系的に整理され、より学習が深いものとなる。
この生涯学習は、学校教育後に限定されるものではない。小学生が学校活動とは別に、地域で活動することも生涯学習であり、高校卒業後、社会人として生涯学習に取り組み、その後、大学に入学するとうパターンもあるだろう。つまり、生涯学習は生まれてから死ぬまでの活動であり、その合間に学校教育が行われる。つまり、学歴は生涯学習の学習歴の一部と言うことになり、学習歴の証明が学歴の証明も兼ねることができるのである。

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生涯学習の場として大学が活用されるようになると言っても、大学だけが生涯学習の場ではない。専門学校、民間のスクール、公民館、図書館、博物館なども重要な拠点である。もちろん、企業や地域、個人やグループでの活動もある。しかし、生涯学習が単なる習い事や思い付きで一時的に行う活動から、生涯を通して目標を持って体系的に学ぶ活動に進化してきたときに、その拠点を担えるのは大学であろう。生涯学習もより多くの人が行うようになれば、当然、その質も向上し、その成果も重要となってくる。成果は、社会的に評価され、信用に耐えるものでなければならない。官から民の時代に、公的な機関がこれらを行うことはないだろう。となれば、大学をおいて他にない。大学が、学習成果に評価を与え、社会的な信頼を担保する。そして、大学が各自の学習履歴の保管し、証明する。もちろん、大学間で互換性がなければならない。大学が生涯学習機関として社会的な役割を果たせるかどうかは、学習履歴の相互利用可能なシステムを構築できるかにかかっていると言っても過言ではない。しかし、昔のようにセンターを設けて一元管理する必要はない。データのフォーマットを統一さえすれば、個人の画面に複数の大学での学習履歴を一括して表示することは簡単にできる。個人のポータルサイトにニュースやブログの最近記事が配信されるように、いろいろな大学が証明する自分の学習履歴がいつもの画面に表示される。それがそのまま公的な履歴として使えるようになるだろう。一部で、こういった履歴事項を管理するサービスがスタートしているが、大学のような公的な機関が公式に証明する仕組みが必要となる。

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生涯学習の場として、あらゆる年齢の人がさまざまな目的を持って大学に入ってくると、大学の出口も大きく変わる。これまでは、就職が大学の教育の成果とされてきたが、すでに社会人の人は就職が目標ではない。もちろん、一部の人は、学習成果を生かして、転職することもあるだろうし、転職を目的に大学に入学する人も出てくるだろう。
すでに、日本においても、就職より転職の方が重要視されつつある。大卒で就職しても3年以内に37%が離職しており、高卒の場合は半数に達する。今後は、定年を迎えた人が一度も転職を経験していないというのは、少数派というより、貴重な存在となるだろう。つまり、大学を出た時点で行う就職活動というのは、暫定的な活動と言うことになる。その後、何度かの転職を経て、生涯の糧とすべき仕事に出会うことになる。その転職のために大学で学ぶ人も多くなる。
また、日本の大学はこれまで入学するのは難しくても、卒業は簡単と言われてきた。しかし、18歳人口の減少に伴って入学しやすくなると、入学できた喜びが少ないことや、しっかり大学を選択せずに入学する人が増えるなどの理由で、卒業率が低下する。大学側も質の担保に敏感になっており、誰にでも学位を授与するという姿勢を改めるようになってきた。その結果が、数字にも表れてきており、最近、読売新聞が行った調査でも、卒業率が85%という結果だった。これらの大学を中退した人も、いずれ大学に再入学することが考えられる。いずれによせ、大学に入学すれば、卒業し、就職すると言う図式は崩れつつあるのは確かだろう。逆に言えば、大学への出入りは自由化されつつある。いつでも、必要と感じたときに学ぶ場として大学が利用される。

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大学が生涯学習機関としてその機能を発揮するためには、どのように変化する必要があるのだろうか。社会人の人が学びやすいように、立地や時間割を工夫したり、eラーニングを導入して自宅でも学習できるようにするのは当然として、それだけでは十分ではない。
まず、生涯、学習するわけだから、在籍期間の制限をなくす必要がある。一般的に大学は卒業に必要な4年間の倍の8年が最長在籍期間となっている。これを無制限としたい。ただし、単にだらだらと長期間に亘って学習するとメリハリがなくなるので、なんらかの目標を設定する必要がある。学習した成果を目に見える形にすることで、それを励みに学習することができる。それが卒業の4年間124単位では、目標としては遠すぎる。1年程度に区切って実現できる方が良いだろう。すでに、それに該当する制度が導入されている。履修証明と言われているものだ。これは、法的な裏づけがあるものの各大学が独自に証明するため、大学間の互換性はない。学位の取得にあたっては、大学間で単位互換制度が導入されているので、履修証明においても、互換制度を導入する必要がある。学習者は、自身の都合にあわせて、いろいろな大学で学んだ成果を履修証明制度を使って、公的な学習歴として学歴と同様に、自分の記録として残すことができる。その学習歴は、自己満足で終わるものではなく、キャリアを構成し、就職や転職に役立つだけでなく、ボランティアにの際にも機能する。逆に言えば、ボランティアをする場合でも、必要な知識や技能を大学で履修したことを証明することが必要になるかも知れない。そのことで、災害時など緊急を要する場面では、ボランティア間のコミュニケーションがスムーズになり、迅速に質の高いボランティア活動が可能となる。すでに、多くの国家資格や民間資格があるが、公的に質が担保されていない民間資格は大学の履修証明に移行し、生涯学習の一部になるのではないだろうか。

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これまで、大学の行方について、いろいろ書いてきたが、要約して言えば、グローバル化と生涯学習化ということになろう。グローバル化は前のエントリーに書いたので、ご覧いただくとして、生涯学習化とはどういうことか考えてみたい。これも、これまでに何度か書いたが、大学の入学年齢が18歳や19歳に限定されず、いつでも必要に応じて大学で学ぶことができるようなイメージだ。生涯学習とは、文字通り、生まれてから死ぬまで、学ぶことを意味するが、学びたいと言う欲求は人間の本能であり、だからこそ子どもは本来、学校へ行きたがる。それは大人も同じで、学びたいという欲求はあるのだが、仕事で忙しくて学ぶ機会が奪われているだけである。そういった社会人にとって生涯学習実現の場として相応しいのが大学である。すでに、大学進学率が50%を超えていることから、これらの方が生涯学習に求める水準は相当に高い。それに応えることが出来るのは大学をおいて他にない。ところが、現在の大学のほとんどは高卒者を対象にしか考えられていないため、社会人の学びを実現するには障害が多い。
しかし、今後、大学は18歳人口の減少をカバーするためにも社会人の取り込みには熱心になろう。生涯学習とは、定年後の趣味や主婦の習い事というイメージを持っている人も多いようだが、企業内での研修や、地域での子どもを対象とした活動なども生涯学習になる。学校教育や家庭教育も包括した概念である。当然、18歳から22歳のこれまでの大学教育も生涯学習の一部ということになるが、そういった狭い概念に閉じ込める必要はない。もはや、大学は高卒者のためのものではないのである。十数年もすれば、キャンパスを歩いている人の年齢は、街を歩いている人のそれと変わらなくなり、国籍や人種もさまざな人が行きかっているであろう。

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外国大学や大学院の日本校については、制度が始まったばかりで、まだまだ認知されていない。また、大学院への入学資格や大学、短大への転学ができる、単位の互換が可能というだけで、日本の大学と同じ条件となったわけではない。学割など学生としての権利がどれほど保障されているか、日本における法人格や税法上の位置づけはどうなっているのかなど、課題は多いと思われる。しかし、テンプル大学のHPによると学生数は1000名を超え、日本において一定の地位を固めつつある。テンプル大学の成功を見て、他の外国大学が進出してくることが考えられる。テンプル大学もアメリカにおいては名門州立大学であるが、日本における知名度はさほど高くなかったにもかかわらず、一定の成功を収めているということは、知名度のある大学が日本校を設置した場合、そのインパクトはかなり大きいと考えるべきだろう。
もちろん、日本で4年過ごすだけでなく、本国への留学やeラーニングを使って、本国の学生との交流なども組み合わせて、留学に近い環境を提供したり、日本語プログラムを充実させることで、留学希望者のみならず、外国語が苦手な日本人学生、アジア各国の学生も引き寄せることが考えられる。物価は少々高いが、安全で近い日本でアメリカ留学ということもあり得るわけだ。

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外国の大学の日本への進出も加速するだろう。これまでは、外国の大学の場合、たとえ国立や州立でろうと、母国で正規の大学として認可されていようと、日本の大学設置基準に合致し、日本において日本の大学と同様に認可を受けない限り、大学と称することはできなかった。一時、外国大学が日本に分校を設けることがブームとなったが、日本における法的な位置づけは専修学校であったり、株式会社のスクールだったりで、そこを卒業しても学位も得られなければ、履歴書に記載することもできなかった。たとえ、外国においては大学であっても日本の大学でないということで、日本の大学院への進学も難しいという状況にあった。そのため一過性のブームに終わり、多くの日本校は閉鎖されていった。
しかし、法改正により、文部科学大臣が指定した外国の大学の日本校にも日本の大学院への進学や大学、短大への転学が認められるようになった。その指定第一号がテンプル大学で、その後、専修学校ロシア極東大函館校、天津中医薬大学中薬学院日本校が指定されている。どのような基準で指定しているのか不明だが、ロシア極東大函館校のように、日本の専門学校の設置基準で外国大学のカリキュラムで教育を行っていることで指定されるということは、既存の専門学校が外国大学と提携し、外国大学日本校として指定を受けていくことが考えられる。外国の大学にとっては、単独で日本に進出するよりリスクが軽減されることに加えて、入学者減少に悩む専門学校にとっても日本で大学を設置するより投資が少なく、大学における教育ノウハウをすばやく構築でき点など、双方にとってメリットがある。

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eラーニングを使って、日本にいながら海外の大学の学位が取得できるプログラムも増えるだろう。現在でも、アメリカをはじめとする多くの大学ではeラーニングが取り入れられており、その気になれば、すぐにでも海外の大学に入学することができる。もちろん、英語が基本となるため、自分で願書を英語で書く程度の英語力は要求される。しかし、日本の英会話スクールや留学斡旋業者が代理店として手続きを代行している場合もある。これまでのところ、言葉の問題から本格的に日本人を対象としたオンラインプログラムを展開している大学はないが、今後、日本語での講義を用意する海外の大学が出てくることが考えられる。その日本語のコースを正規のコースとみなすかは、各国の問題で、アメリカで言えば、アクレディテーションという大学相互による評価に合格できるかは別問題であろう。しかし、その教育の質が高ければ、日本にいながら日本語で海外の大学教育を受けることができると言う事実に変わりはなく、日本の大学にとって脅威には違いない。もちろん、英語による教育は日本の大学の英語教育より実践的である。日本人の英語力の向上にあわせて、より手軽な留学としてeラーニングによる海外の大学が重要なポジションとなるだろう。アメリカは当然だが、イギリス、オーストラリア、カナダ、シンガポール、インド、香港の大学も日本人を取り込もうと狙っているのではないだろうか。

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日本の大学が海外へ進出する場合の基準もすでに整備されている。もともと大学設置基準の43条に「大学は、文部科学大臣が別に定めるところにより、外国に学部、学科その他の組織を設けることができる。 」とあったのだが、この「別の定め」が決められていなかったのが、6月30日に告示として制定された。この基準は、日本の大学が海外にキャンパスを設けて、日本の大学と一体として運営する場合の基準で、この基準にしたがって設置した海外のキャンパスであれば、日本の大学と同様に学位を授与することができる。基準は、国内で学部を作る場合とほぼ同じなので、先進国の大都市で設置するとなると、ハードルは高いかも知れない。しかし、この基準で設置した海外キャンパスであれば、まるまる4年間を海外で過ごしながら日本の学位を与えることも可能なことから、海外への留学生を日本の大学に引き止めることができる。また、外国人も来日することなく日本の大学教育を受けて学位も取得できることになる。
もちろん、その国の基準をクリアすれば、その国の学位を与えることもできるだろうから、日本と外国の2つの大学の学位を同時に取得するということも考えられる。

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今後、大学のM&Aが活発化し、グループ化してくると書いたが、海外の大学の日本進出という可能性もある。日本の大学と比べるとアメリカの大学の財政規模は文字通り桁違いである。トップのハーバード大学は3兆円の基金を運用していると言われており、年率10%近い運用益をたたき出している。つまり、1年間の運用益だけで日本のトップ大学の運用資産の数倍にも達する。基金という概念は日本の大学の基本金とは違い、運用することよって収益を上げることができる余裕資金である。日本のトップクラスの大学でも数百億円あるかないかであるから、2桁違うと言える。また、1000億円以上の基金を保有している大学だけでも62校(NACUBO, 2006 Endowment Study)、500億円以上だと63校増えて125にも達する。アメリカ以外でも、EUや中国、シンガポール、オーストラリアなどにもかなり大規模な大学が存在する。これらの大学が日本進出を考えていないとは言い切れない。過去に、アメリカ大学の日本校が一時的にブームになったこともある。そのときは、日本の法律による大学でないということから、入学者が確保できずに失敗に終わった。しかし、大学設置基準が改訂され、外国の大学が日本に進出しやすい環境が整備された。また、eラーニングにより日本いながら外国の大学に入学することもできる。つまり、日本の大学のライバルは日本だけとは限らないという状況になったということである。逆に、日本の大学も海外進出をしないと生き残れない。

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最後に国立大学も少し検討しておく。国立大学と言っても今は、国立大学法人として独立行政法人化されている。その各国立大学法人については、多額の税金が投入されていることから、財務諸表などが文部科学省から公開されている。この中で、財務規模が最大なのはやはり東京大学だろう。病院などを除いた学部・大学院の売り上げ(業務収益)が1256億円。私学で最大の日本大学とほぼ同じ規模となる。ただし、そのうちの665億円が国からの運営交付金で、237億円が研究費の補助金であり、授業料収入だけを見ると166億円しかない。日大のそれが1011億円もあることを考えると、その差は大きい。
資産は1兆円と計上されているが、土地については簿価であろうから、時価で考えると借入が認められれば資金調達能力は相当高いと思われる。
国立大学は、今のところさまざまな制約が課されているため、目だった動きは少ないが、地方の小さな国立大学同士の合併による再編が進められており、効率的な運営が目指されている。ある程度再編の目処がたった段階で、国立大学法人から完全な民営化が諮られると思われる。その場合、いきなり日本最大の私立学校が登場することになり、既存の私学と熾烈な競争が行われることになる。当然、元国立大学による私学の取り込みも現実のものとなろう。すでに、筑波大学と早稲田が連携し、8年間で筑波の医学部と早稲田の理工学部の双方の学士が取得できるような協定を結び、今後も提携を加速させると発表している。医学部のない早稲田、私学の運営ノウハウとブランドの欲しい筑波にとって双方にメリットのある組み合わせだろう。国立大学法人が完全民営化された際に、筑波と早稲田が合併ということがあってもおかしくない。

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あらかじめ想定していた大学は終了したが、先日、ある大学の教授と大学のM&Aのことで話をしていたところ、「うちの大学も体制が代わって、意思決定が早くできるようになった。支払い資金もかなりありますよ。」ということだったので、急遽、分析対象に加えることにした。
その大学とは明治大学。
確かに学生数は学部だけで28000人、大学院を入れると3万人を超える。支払い資金は200億円少し、収支は基本金に190億円を組み込んだ結果、16億円の赤字となっている。ただし、付属校は中高が各1校、別法人で各2校で、医学部はない。
学部の新設、キャンパス・校舎の整備は積極的に行っているようにも見受けられるが、大学の規模、知名度から考えれば特筆すべきレベルとはいえない。
しかし、学内の体制が変わり、新しい動きもあるようなので、今後とも注視していきたい。

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最後は早稲田大学。学生数が45000で、大学院を加ええると5万人を超える。ただし、医学部がなく、付属校も中高が各1校。別法人で中学1、高校1。医学部はない。支払い資金は270億円、収支は基本金に180億円を組み込んだ結果、40億円の赤字で、繰越損失も670億円に及ぶ。補助金が150億円近いので、補助金頼りという側面も否めない。しかし、事業収入77億円、資産運用収入45億円と、授業料以外の収入も健闘している。
一時、慶応に比較してその衰退が危惧された時期もあったが、一応の改革を終えて復活したと言われている。しかし、慶応同様、一定のブランドが確立され、OBの力も強いことから、早稲田カラーを逸脱した戦略はとりにくい。佐賀で中高一貫校の開校、大阪の私立中高を系列に組み込むと発表するなど、いままでにない動きを見せているものの、付属校の増設には慎重にならざるを得ない。拡大は、日本国内よりむしろ留学生の増加によるグローバル化が主眼となるだろう。現在も留学生数ではトップの2400名を8000人に増やすという計画を先日、発表している。また、他大学との連携による大学院の設置などにも積極的なようだ。数の拡大よりも、世界から認められる質の向上にウェイトを置いた展開と見るべきだろう。

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立命館大学は、大学関係者から注目を集めている大学である。関西4私学、いわゆる関関同立の中で、もっとも積極的な展開を行っていると言っていいだろう。2000年に立命館アジア太平洋大学を開学したのを皮切りに、同年、立命館慶祥中学校開校、2003年に立命館宇治中学校開校、2004年情報理工学部設置、2006年立命館小学校開校・立命館守山高等学校開校、2007年映像学部を設置、立命館守山中学校を開校、2008年生命科学部・薬学部を設置と、付属校、学部の拡張を計ってきている。
その結果、学生数において3万名を超え、付属中高が8、小学校が1という体制になった。支払い資金は260億円、収支は基本金に100億円を組入れた上で10億円の黒字となっている。これまで付属校の新設、学部の新設、キャンパスの増設などを積極的に投資してきたことから、手元資金は潤沢とはいえないが、今後も拡張路線は踏襲するものと思われる。立命館に限らず、関西圏の大学はどこも東京進出を狙っており、校地・校舎の制限が少ない大学院を中心に首都圏へ積極的に展開すると思われる。また、付属校の拡大にも熱心に取り組むのではないだろうか。
かなり知名度は上がったとはいえ、まだ全国区とは言いがたいことから、まず、首都圏での知名度向上が優先課題であり、知名度向上後に、ブランドを武器にM&Aに動く可能性が高いと予測される。

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日本大学は名実ともに日本を代表する大学である。学生数は学部68000人、大学院3500人、通信教育8000人、短期大学部1000人に同一法人が設置している付属中高(高校11、中学5)に17000人と10万人近い。別法人が設置している中高も加えると25校に及ぶ。これら以外に専門学校4、小学校と幼稚園が各1となる。学部も医学部、歯学部、薬学部をはじめ14学部に通信教育部を設置している。学部ごとにキャンパスが分散し、巨大大学ゆえに、一体としての運営の難しさを示している。
学生数の多さに加えて、付属病院を抱えていることから財政規模は大きいが、支払い資金としては360億円程度とあまり余裕はない。単年度で見ても60億円の赤字で、基本金組み入れ40億円を考慮しても収支はマイナスとなっている。
大きな大学ではあるが、学部ごとに運営していると思われ、学部の新設の動きも鈍いことから、大学全体としての動きが見えない。今後も、大学院の充実を中心に、安定成長路線を取るのではないだろうか。したがって、積極的にM&Aに動くグループからは除外して良いが、付属高校の拡張を行うことは考えられる。

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東海大学は、付属校が高校野球で活躍することが多いので、その知名度は高い。実際、付属高校は14校ある。他に、中学が7、小学校が1、幼稚園が4、短大が4校。医学部も設置しており付属病院が4つある。しかし、医学部偏重ではない。文系、理系がバランスよく配置された総合大学という印象だろう。これまで、学部の新増設は積極的に行っているが、あくまでも東海大学の拡張路線に見える。付属高校からの入学者確保と、その高校生からのニーズに応えるための学部拡張が中心となると考えられる。
財政上は、1440億円の繰越損失を計上している。500億円の支払い資金を保有しているものの、長期借入金も550億円あるため、財政的には余裕があるとは言いがたい。
これらを総合すると、東海大学が積極的にM&Aに関わってくるとは考えにくい。自己資金の範囲内で学部の増設での発展を計るのではないだろうか。

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帝京大学グループは、帝京大学を中心に、帝京平成大学、帝京科学大学、4つの短大、6つの専門学校、中学・高校が6校、幼稚園が7園ほかで形成されている。また、帝京大学には医学部があり、3つの病院と1つのクリニックを運営している。学校法人は8つに分かれるが、学校法人帝京大学の理事長で、帝京大学の学長である、沖永氏が創業者の一族であることから、同族経営と見て間違いないだろう。
決算書は帝京大学が貸借対照表をHPで公表しているだけで、他の2大学は見つけることが出来なかった。しかし、学生数が3万人を超えていることと、医学部を設置していることから、財政規模が大きいことが推測できる。貸借対照表のみで分析すると、次年度繰越利益はほぼゼロだが、これは意識的に繰り越さずに他の科目に組み込んでいると思われる。むしろ、借入がほとんどないことから財政的には余裕があると見るのが妥当だろう。
医学部を中心とした拡大を目指していると考えるのが妥当なところだろう。帝京平成大学、帝京科学大学も医療に関する学部が中心であり、学部増設ではなく大学の新設としたのは、認可の関係からではないろうか。定員超過などの問題がある場合、学部の新設が認められないが、新しい学校法人による大学の新設となると建前上、既存大学とは無関係となるため認可される。このあたりの事情があったのではないだろうか。HPを見るまでもなく、大学名に「帝京」と付けている以上、帝京グループとして一体として経営されているのは間違いない。学部も医療系が中心であることから、今後も医学部を中心とする拡張を目指すと思われるが、その動きには目を離せない大学の1つであろう。

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都築学園グループと書いてもご存知の方は少ないだろう。しかし、設置している学校を列記すると、その規模に驚かされるのではないだろうか。Wikipediaによる、大学では、第一薬科大学、福岡経済大学、第一工業大学、福岡医療福祉大学(旧第一福祉大学)、日本薬科大学、横浜薬科大学、近畿医療福祉大学(旧近畿福祉大学)の7校。これら7大学はすべて別法人として設置しているため、オーナーの名前から都築学園グループと呼ばれている。大学以外に短大2、専門学校24、高校3、中学1、小学校1、幼稚園5、保育園1を9つの学校法人と1つの財団法人で運営しているとされている。学校法人の理事長は2つまでしか兼務できないので、都築一族が各法人の理事長に就任し、血縁関係で統治している。完全な同族経営で、法人が多数に別れているため、全体像は非常に掴みにくい。それぞれの大学のHPを見たところ、決算書はおろか在学者数も見つけることが出来なかった。補助金を受けていないことから定員を超過していると思われる。また、福岡の老舗百貨店の土地・建物を買い取ったことからも資金的には潤沢と見込まれる。
また、過去にも資金難に陥った学校法人をグループに組み込んでいることから、M&Aには積極的と推測できる。かつては九州を中心としていたが、専門学校は全国に展開し、2006年に横浜薬科大学を開学させたことから、全国をターゲットにしていると言える。
ただ、グループの都築総合学園の前総長が強制わいせつ罪で懲役三年、執行猶予五年(求刑懲役四年)の判決を受けたり、国税局から申告漏れの指摘を受けるなど、学校の運営体制を疑問視されている。そのため、積極的に都築学園グループ傘下に入ろうとする学校法人は少なく、資金難の学校をグループに組入れていく手法が中心とならざるを得ない。その分、成長のスピードに限界はあると思われるが、今後の大学再編の核になり得るグループの1つであることに間違いはない。

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慶応大学は、今年4月、共立薬科大学と合併し薬学部を設置した。このことをもって慶応が積極的にM&Aを行っていると判断するのは早計であろう。慶応大学側の発表によると共立側からの申し入れに応じたということだが、すでに医学部を持っていることと慶応というブランドを考えると、慶応の発表を信じても良いかも知れない。慶応は創業者が偉大過ぎるため、その後の塾長(慶応では学長、総長をこう呼ぶ)に誰がなったとしても、その行動はおのずと制約される。また、多くのOBの意見を無視することはできないことから、安易にM&Aによる拡大路線はとりにくい。これまでの動きを見る限り、独自に学部の拡張、付属校の設置を進めていくと思われる。直近では1990年にSFC(湘南藤沢キャンパス)の開設が大きな事業だが、その成果についても、賛否が分かれており、慶応カラーから脱しての拡張にも慎重にならざるを得ない。しかし、今年に入って大阪にキャンパスを開設したことから、慶応ブランドを使って全国展開していくことも考えられる。また、慶応とは別の第二ブランドによる展開という可能性もあろう。
ヨーロッパの大学のことを思えば、150年の歴史は長いとは言えないが、日本におけるブランドは早稲田と並んで私学の頂点にあることは間違いない。そのブランドを生かしてM&Aを進めれば、急速に拡大できるのは間違いないが、数の拡大がブランドの低下を招くのも、また間違いない。ブランドの維持か、拡大化の選択を迫られることになるが、前者を優先すると予測する。

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最初は近畿大学。関東の方にはなじみが少ないかも知れないが、最近ではまぐろの養殖に成功したことで世界的に知名度が上昇した。前身は日本大学が設置した日本大学大阪専門学校だが、現在は日本大学との関係はない。関西には関関同立といわれる4私学が著名だが、この中で学生数3万を越えているのは立命館だけであり、いずれも医学を設置していない。医学部があることが大規模校の条件とは言わないが、付属病院を持っていることで財政規模が拡大することは間違いない。また、総合大学を目指す場合、設置を制限されている学部は唯一医学部であり、医学部を持っていることはフルラインナップに有利であることは間違いない。
近畿大学は医学部、薬学部をはじめとする11学部に、3つの付属病院を抱えている。また、2つの短大、1つの高等専門学校と1つの専門学校、付属高校は7、中学が5つに小学校1つと2つの幼稚園を擁している。また、大学には通信教育部も設けている。すべての学校の在籍者数(18年度)を合計すると54730名で、うち11648名が通信教育。財政的には、授業料収入が500億円、病院収入が450億円で、84億円の赤字ではあるが、基本金組入れが87億円あるので、実質的には3億円の黒字。しかし、520億円の支払資金があるので、財政的にはかなり余裕があると思われる。病院収入が450億円に対して、計上されている経費は270億円なので、病院が収益に寄与しているようにも思えるが、人件費の中に病院勤務している教員分が含まれている可能性もあり、公開されている資料だけでは判断が難しい。
現理事長は、前身の大阪専門学校創業者である世耕弘昭氏の子息の世耕弘昭氏で、その世耕弘昭氏の子息であり、参議院議員である世耕弘成氏も理事に名前を連ねていることから、世耕一族の経営であると見られる。理事の世耕弘成氏が国会議員であることから政界に一定の影響力もあろう。
創業者一族が経営にあたっていることから、意思決定が早く、政界へのパイプもあり、財政的に余裕があることを考え合わせると、設置校がすべて関西であることから関西における大学再編の核となりうる存在と考えられるが、いまのところ目だった動きはない。病院の新設は行っているようなので、関西では数少ない私学の医学部を軸にした拡大路線を検討している可能性もある。

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大学の合併が進むと考えられるが、その動きを予測してみたい。国立大学も大学再編の核となると思われるが、まずは私学から検討してみる。小が大を食う可能性もあるが、ここでは常識的に大きな大学をピックアップしてみる。
現在、日本の大手私学で他大学を買収する余力があったり、積極的に拡大路線を取っている思われる例として、近畿大学、慶応大学、第一大学(都築学園グループ)、帝京大学、東海大学、日本大学、立命館大学、早稲田大学(50音順)について検討してみたい。
すべてを調べたわけではないが、規模が大きいか、知名度がある、もしくは最近積極的に大学新設や買収を行っていると思われるところをピックアップしてみた。これらを見ると、概ね学生数3万人が大規模校と言える水準のようだ。この中で日大は7万に近い学生数を誇り、群を抜いている。都築学園グループはHPを見る限り学生数を公表していない大学を含んでいるため、正確な学生数は分からないが、大学7、専門学校24などを運営しているグループなので候補に入れた。
明日以降、これらのグループを順に検証してみたい。

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校地・校舎の基準が緩和され、キャンパスの共有が認められるようになると、大学の合併連合を促進するだろう。現在の設置基準でも、すでに複数の大学が合同して学部を作ることが認められるようになった。大学の学部は、細分化か学際化のいずれかで、複数の学問分野から発生する学際的な分野は、自大学だけでは限界がある。特に単科大学では、学部の発展が期待しがたい。複数の大学が共同すれば新しい分野の開拓も進む。合同で学部を作れば、次の段階として既存学部のキャンパス相互乗り入れ・単位互換、やがては合併へと進んでも不思議ではない。
すでに大学が合併する例が2、3出てきている。そもそも現在の大学の組織は、学部単位で構成されているため、同じ大学といっても、大学名が同じというだけという場合も多い。学部ごとに事務局も別にあったり、キャンパスが別々という例さえもある。こうなれば、大学の合併といっても、名前を変えるだけで実現してしまう。名前も、どちらかに統一しなくても、A大学とB大学が合併してAB大学とすればいい。合併後に、重複する機能を整理すれば、経費の節約ができる。次の段階で学部の統合や新設などを行えばいい。これは、銀行の合併と変わらない。合併当初はまったく別の銀行のようにATMさえ相互に使えなかったりしたが、徐々に統合が進み、いずれ行名も変更される。日本の都市銀行が主要3行に集約されたように、日本の大学も数グループになっていくのではないだろうか。

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校地・校舎の制限が撤廃されれば、どのような形態の大学が出てくるだろうか。
まず、考えられるのは、分散型キャンパスだろう。小さな教室が各地に分散して存在する。分散する理由は、それぞれの科目の講義や実験に最適の場所を選択するからである。もちろん、通学の利便を考えて、主要なターミナルに教室を配置する大学も出てくるだろう。しかし、科目の特性から、企業内であったり、研究所内、ショッピングセンター、駅、空港、山や海の近くなど、教室での座学から現場での実践に近い形が可能となる。もちろん、教室を移動するのに時間を要するので、1日単位の時間割となるかも知れない。学生は、毎日違う場所へ通学することになる。
次に、考えられるのは、共有のキャンパスだ。例えば、駅前の大きなビルに複数の大学が入居し、教室を共用する。または、郊外に広大なキャンパスを用意し、グランドや福利厚生施設などを共用することも考えられる。共用するのは大学同士とは限らない。高校や小中学校はもちろん、公共の図書館、公民館などの施設や、民間企業との共用も考えられる。市民の方にも利用価値のある図書館、体育館、グラウンド、学食などは、大学専用とておく必要はない。市民サービスはもちろん、企業の福利厚生施設としても使える。昼間は大学が利用し、夕方からは仕事を終えた会社員が利用するということもあり得る。

ここで注意して欲しいのは、現在の設置基準を下回る校地・校舎しか持たない大学の教育環境が良くないとは限らないことだ。設置基準を下回るのだから、校地・校舎にかけるお金が少なく済むのは間違いない。しかし、その浮いたお金を何に使うかで大学の姿勢が分かる。他の教育環境の整備に使う、授業料を引き下げる、奨学金に当てるなど、いろいろ考えられる。もちろん、立派な校舎を建てるのも1つの選択肢である。すべての大学が同じ大きさの校舎を持たなくても、大学ごとに個性を発揮すればいいい。国民は、それぞれの価値観にあわせて最適な大学を選択すれば良いのである。もちろん、賢明な国民によって金儲け主義の大学は淘汰されることになる。

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大学で講義を行わない通信制においも校舎は必須で自己所有を求められている。学部によって違うが、少なくとも3440平米の校舎が必要とされている。100平米あれべ40人程度の教室ができることから考えると、かなり大きな校舎である。通信制の場合、全国各地に会場を借りて、スクーリングを行えば、大学の校舎を使う必要はない(八洲学園大学は本学で行っている講義をライブ配信しているので、ここで言う通信制には該当しない)。それでも校舎を必要とする理由について、文部科学省いわく、教員の研究室などは必要で、教員の勤務場所としての校舎ということらしい。しかし、教員一人が20畳の個室を使ったとしても、3000平米あれば100室も出来てしまう。通信制で必要な教員の最低数は17名なのだが。
通信制では、使いもしない校舎を所有させられている可能性が高い。校舎は教育の用途以外に使うことはできないので、使わない教室だからと賃貸に出したりはできない。こうなってくると、大学にとって校舎とは何で、どれだけ必要なのかを問われるのは間違いない。
校地や校舎は自己資金で自己所有しているのだから、経費はかからない。しかし、取得するのにお金が必要ないわけではない。そのお金をITや他の教育用の機器に配分することはできる。これからは、立派な広い校舎を持つことが本当に、よい教育環境と言えるのが問われる。また、郊外に広いキャンパスを構えるのと、狭いながら駅前にあるのとどちらが良いかも大学がその建学の精神に照らして独自に決めればよい。大学だからと言って、一律に必要な面積を国が定めることはナンセンスと言われるようになるだろう。どのような教育環境を整えるかは、大学の教育に対する姿勢が分かりやすい形で現れるので、できるだけ裁量の余地を広くすべきである。

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校地・校舎に関して、自己所有か賃貸かという問題以前に、そもそもどれくらい必要かという根拠に合理性が見出せていない。大学設置基準は、何度か見直されて、そのつど基準は引き下げられてきた。例えば、校地では、従来校舎面積の6倍(一人約80平米)だったのが、3倍に変更され、現在は一人10平米にまで引き下げられている。
大学にとって校舎は教室や研究室用として必要な面積を算出することは不可能ではないが、校地の必要な面積に根拠を求めるのは難しい。そのために、規制緩和の流れに従って基準が引き下げられてきたのであろう。必要な校舎が確保されるのであれば、自己所有でなく借地でも問題ないことになる。では、校舎の必要面積はどうだろう。大学が定員を満たしているとして、すべての学生が同時に講義を受けることができる面積が必要最低限ということになる。もちろん、これに図書館、研究室、事務室やその他の施設も必要となる。しかし、そもそも全学生が同時に受講するとは限らない。時間割の工夫で必要な教室も違ってくる。さらに、最近ではインターンシップ、学外実習や検定・ボランティアの単位認定など、学外での学習も多くなっている。また、卒業に必要な124単位中60単位を他大学での単位を認定したり、編入学も多くなっている。加えて、60単位までインターネットなどを使って大学以外の場所で受講することができるようになった。これを使えば、極端に言えば、校舎は従来の半分で済むことになる。

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特区の株式会社立について書いたので、もう1つ重要な特区について触れておく。それは、校地・校舎の賃貸による大学設置だ。特区は前にも書いたとおり、経済の活性化が目的なので、校地・校舎の賃貸を認める理由は、初期投資を少なくし、新規参入をしやすくすることが目的だ。では、そもそも自己所有を求めてきた理由は大学経営の安定だ。自己所有と言っても、借金をしての所有は認められない。全額、自己資金での購入を求められる。その自己資金は見返りを求めない寄付のため、大学が校地・校舎を保有しても一切の費用は発生しない。校地・校舎だけでなく、大学として必要な教育用機器や備品すべてが同じ考え方なので、教育に必要は物はすべて費用なしで使用できることになる。そのため、大雑把に言えば、人件費さえ賄えれば大学は維持できることになる。賃貸を認めると、開学当初に集めなければいけない寄付金は少なくなるが、その後、賃料として大きな経費が発生する。その経費を収入で賄えない場合、賃貸契約を破棄されて、教育を行うべき教室がなくなるという事態が発生する。賃料分、経費が多く必要となるので破綻もしやくなる。校地・校舎を費用の発生しない寄付で購入できるのが理想なのは間違いない。しかし、新規参入がなく大学が増えないことで、学びたいのに入学できない人を解消する方が優先なのだろう。また、新規参入が増えることで競争原理が働き、大学の質の向上も期待できる。
土地は保有するものではなく利用するものだ、という考えは世の中の流れであり、大学もその流れに沿って臨機応変に校地・校舎を手当てすればよい。そういう意味で、賃貸を認めたことは当然のことだろう。

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株式会社立大学が本格的に認められるようになれば、どのような現象が起こるだろうか。どっと民間企業が大学市場に参入するのかと言えば、そうはならないと予想する。アメリカでも株式会社立大学は認められており、実際に存在する。しかし、その株は少ない。アメリカにおいても日本においても、株式会社が大学を運営することへの心理的抵抗が強いからかも知れない。しかし、アメリカの大学はもともと財政的基盤が強く、寄付も集まりやすいため、株式を発行してまで資金を集めなければならない状況にない。十分な内部留保を持っている既存の大学に対して、配当負担を背負ってまで新規参入しても勝算がないという側面もある。しかし、日本の大学は自己資金(基本金)の割合が少なく、借入や学校債を発行しているところも多い。いまは低金利なので利払いに負担感は少ないが、今後、金利が上昇局面を迎えれば、金利負担に耐えられない大学が出てくるだろう。その際に、株式の発行は有効な手段になりうる。また、現在の私立学校法では、理事長は2つの法人までしか兼務できない。つまり、3つ以上の学校法人を作れない。株式会社であれば、持株会社を作るなどして、事業分野ごとに多くの会社に分割することが多い。学校法人も学校種ごとに別の法人にした方が独立性が都合が良い場合もある。学部ごとに別の大学としたいというニーズもあろう。そのような場合、株式による支配も選択肢に入るかもしれない。いずれにせよ、株式会社立大学が主流になることはないだろうが、一定の地位を確保するのではないだろうか。新規参入が増えるかどうかは、景気の動向にも左右される。有効な投資先がなく、資金がだぶついていれば、その資金が大学に流入することもあり得るだろう。そういった資金を大学に受け入れることが教育環境を向上させることにもなるので、いつでも受け入れ可能なように環境を整備しておく必要がある。
国鉄も電電公社も民営化により国民サービスが向上した。学校法人や国立大学法人は国営に近い形態なので、完全民営化である株式会社化は、教育の質を含めて国民にとって利益となるはずである。

なお、念のため書き添えておくが、現在の税法その他の法体系では、学校法人八洲学園が株式会社立になるメリットはないため、転換することは考えていない。

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株式会社することのメリットとして、会計の分かりやすさがある。学校法人は学校法人会計という特別な会計を採用している。株式会社となれば当然、企業会計が導入されることになる。
企業会計になれば、特別な会計ソフトを使う必要もなくなり、学校法人会計を得意とする公認会計士が少ないという問題も解消される。企業会計であれば、経理を担当できる人材を探すのも容易になる。公開された決算を理解するのに特別な苦労もなくなる。
今後、大学も国際化に備えて、国際的な会計基準にあわせることを求められることも考えられる。その際にも、企業会計に準じていれば難しいことではない。
学校法人会計だけでなく、公益法人会計全体を見直す中で議論すべきであろう。現在の企業会計をそのまま使うことに支障があるかも知れないが、学校法人会計を使い続けるメリットが見出せないのも事実だ。
最近、株式会社立大学について、さまざまな問題が指摘されていることについて書いておく。これらの問題は個別大学の問題であり、仕組みの問題ではない。そもそも大学設置において、設置者としてその法人が相応しいかどうかの審査はない。少なくとも、株式会社が大学を設置する場合、株式を公開していることを前提とすべきだろう。公開企業がすべて透明性を確保しているとは言わないが、少なくとも非公開企業よりは、透明性を担保するための仕組みが整っている。非公開企業はプライベートカンパニーだが、公開企業はパブリックな存在だ。少数の個人が自由に運営できる非公開企業がパブリックな大学を運営するのに相応しい仕組みとは言いがたい。
しかし、少しの工夫を加えることで、株式会社立大学は学校法人より多くのメリットがある。現在は、学校法人の設立のハードルが高く、それをクリアした法人を優遇するという既存業者を保護し、新規参入を制限しているため、資金力のない新規参入者がやむ得ず株式会社を選択しているというの現状だろう。これは、大学全体、しいては国民全体にとってはマイナスだろう。組織形態の問題より、大学を運営するのに相応しいかどうかを担保する方法を議論すべきだ。

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株式を保有するのを個人に限定し、保有できる割合を一定以下にすれば、金持ちの金儲け手段という批判をかわすことができると書いたが、それ以上のメリットがある。
学生、保護者、卒業生、教職員などが株主になれることだ。現在の学校法人制度の中でも、評議員という理事会に意見を言ったり、重要事項を議決する立場に卒業生や教職員代表が入ることにはなっているが、その権限は不明確であり、だれでもがなれるわけではない。
その点、株式会社で上場されていれば誰でも自由に株式を購入し株主になれる。もちろん、特定の学生や教職員などが大量に保有することで、公正な運営ができなくなる危険性があるので、保有割合に制限を設けるか、議決権に制約をつける必要がある。株主だからと言って、入学や卒業に手加減を加えることはできない。そんな圧力を加えることができないような制限は必要だろう。
しかし、多くのステークホルダーが運営に参加できるメリットは大きい。学生、卒業生や保護者にとっても、これまでの立場以上に、愛校心が沸くのではないだろうか。寄付の文化が根付いていない日本においては、寄付を求めるより出資を募る方が有効な資金集めと言える。

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株式会社立大学が登場したときの批判は、「営利企業は教育になじまない」の1点に集約された。日本には昔から、教育は自己犠牲的な行為で、教育で金儲けをするのは良くないという倫理観がある。しかし、これはちょっと無理のある論理だ。現在の日本においてお金なしで生活している人はいないのだから、誰しもがお金儲けはしている。それは個人でも法人でも同じだ。国や地方公共団体でも税収を増やすのに必死になっている。学校でも収入を増やすこと自体は決して良くない行為ではない。問題は、そのお金の使い方だ。「お金を儲けることは難しくない。本当に難しいのは使い方だ。」と言われることもある。学校法人なら、いくら儲かったとしても、そのお金は全額、教育に再投資される。一方、株式会社の場合、約半分は税金として徴収され、残ったお金の一部は株主に配当される。さらに残った分が教育に再投資される。このうち、配当の部分が批判の的になる。株主とは大金持ちや資本家というイメージがあり、教育によって金持ちがさらに金持ちになるという構図で語られるからだ。しかし、この批判はあまりにも単純過ぎる。何の制限もなく学校を株式会社化すれば、このような危惧もあり得るが、簡単な制限を加えれば済む話だ。つまり、株主になれるのは個人で、かつ所有できる株は一定の割合以下とすれば良い。そもそも、配当だと批判され、借り入れだと何も言われないというのがおかしい。配当は、利益が出た場合のみに発生するが、借り入れは赤字でも利息を支払わなければならない。金融機関を儲けさせるだけだ。学校法人は学費と寄付以外で資金を調達するのは借り入れしかない。金融機関ではなく金持ちや資本家から借り入れて利息を払っていたとしても誰も批判しないのに、株式として資金調達したら批判するというのは、経営のことを知らないからだろうか。
税金については、なんらかの優遇策があってもよいかもしれないが、これには国民のコンセンサスが必要だろう。税金を払うことで、将来に備えるための内部留保が少なくなる。現在の設置基準のままであれば、大学は広い校地・校舎を必要とする巨大な装置産業のため、校舎の増改築や教育用設備・機器の購入のためには大きな内部留保が必要となる。税金を払わずに済めば有利になるのは間違いない。しかし、学校と言えども社会的なインフラは利用するので、どこまで負担するかは、自治体の学校に対する考え方次第だろう。これは企業に対しても同じだ。税金を優遇して地元のために工場や企業を誘致する自治体もある。同様に、学校を誘致したければ優遇すれば良い。学校と言えども、十分な利益を上げることが出来れば、一定の社会的コストを負担するようになるのではないだろうか。実際、工場跡に大学ができたことで税収が激減して財政難に陥ってしまったという地方の自治体もある。

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大学の自治を考える上では、その設置形態の違いも重要になってくる。国立では国の関与が強くなるのは当然だが、現在は、すべて独立行政法人に移行したので、私学に近い形になった。その私学は学校法人が設置している。学校法人の場合、理事会すなわち数名の理事が運営にあたっている。そのため、理事の構成さえ間違わなければ大学の自治が犯される心配はない。一方、最近、特区で認められるようになった株式会社立は大学の自治に問題をもたらす可能性をはらんでいる。というのは、株式会社なので、最終的な意思決定は株主が担うことになる。設立当初は、大学の自治を担保できる株主構成なのは間違いないだろう。しかし、株式会社である以上、資金調達手段として株式を追加発行したり、上場することもあるだろう。いったん上場すると、誰でも自由に株式を持つことができる。実際、上場企業が大学を設置しているケースもある。ということは、市場で一定の株式を購入した株主の意向は無視できない。それが大学の自治を脅かすような要求であったとしても、大学の自治は伝統であって法律ではないので、会社法が優先する。例えば、過半数の株を持つ株主が、入学を求めてきた場合、入試の結果に関わらず入学を認めないわけにはいかない。もし、入学を拒否すれば、学長を交代させることができてしまうわけだ。株式会社立の場合、特定の株主が一定の割合以上は保有できないようなルールがないと、大学の自治を維持できない危険性を持っている。

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大学の自治とは少し話がそれるが、バウチャー制度の話が出来てきたので、もう少し詳しく考えてみたい。
バウチャーとは、学費に限って使える金券のようなもので、国や自治体から入学年齢に達した人に一律に配布する。金額は一定(所得に応じて変えるという方式も考えられる)で、授業料の方が高い場合は、差額は本人負担となる。もちろん、国公立にも私立にも使える。大学(今回は大学に限って考えてみる)に入学しない人には単なる紙切れとなる。しかし、義務教育なら、一人が1回入学するという前提で制度の設計ができるが、大学となるとそうはいかない。18歳でバウチャーをもらっても使うのは翌年かも知れない。ひょっとすると20年後ということも考えられる。大学に2回、3回入学する人もいるかも知れない。また、大学間、学部間で学費の差も大きい。
しかし、よくよく考えてみれば、大学進学率が50%を超えたといっても、まだ50%で全員ではない。しかも、国公立に入学して、補助金の恩恵を大きく享受している人はごくわずかだ。そもそも、大学教育に税金を投入することのコンセンサスが得られているという前提があやしい。大学に行かない人や補助金をもらっていない大学に入学した人から見れば、大学に補助金を出すこと自体に納得感がないかも知れない。であれば、18歳になった全員に有効期間が3年程度のバウチャーを配布し、期間内に使用しなかった場合、半額程度で国が買い戻す制度はどうだろう。まったく紙切れになるのでは、大学に魅力を感じていない人から不満が出る。しかし、全額では、大学に行かずに生活費や遊興費に回ってしまう。学費に使えばバウチャーの全額が生かされるとなると、大学は必死で大学を魅力あるものにし、入学を促進するだろうし、金銭による入学の障害が少なくなるので、進学率もさらに向上するだろう。
大学としては補助金がなくなるので、その分、学費を上げざるを得ない。もちろん、それ以上のバウチャーが配られるので、学生の負担は変わらないが、国公立が上がり、私学が下がることになるだろう。
この制度では国公立が値上げになり、私立と同じ土俵に上がることになるため、国公立が反対に回る。つまり、文部科学省も反対することになる。財務省もバウチャー発行コストを理由に反対に回るかも知れない。あとは、時のリーダーの勇断に期待するしかないのだろうか。
このバウチャーの変形として、減税の代わりに、バウチャーを配布するとか、教育訓練給付制度のように、一定の条件を満たした人に返金することなども考えられる。いずれにせよ、大学に対する補助金という麻薬による支配から脱却しない限り本当の大学の自治は実現しない。

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学問の自由の保障がどこまで及ぶかはさまざまな議論がある。そもそもの由来である中世のヨーロッパでは、かなり広範囲に認められていたようだが、これは、社会の規制も少なかったことも理由の1つであろう。現在でも、学長を含めた人事、教育・研究内容や方法、施設の管理、予算編成・執行などが含まれると思われる。これらの自由が国家から干渉されなければ良いことになる。しかし、設置基準には、教育の方法や設備について言及している部分がある。また、補助金の交付を通じての干渉も大いにある。補助金は受け取らなければ自由は保障されるので、ここでは除外して考えるとしても、大学でありつづけるということは、完全な学問の自由を手に入れることはできないのは間違いない。逆に言えば、学問をするのに、大学である必要性はないわけなのだから、いくら大学を規制したとしても、学問の自由を侵害したことにならない。この論理を認めない限り、現在の状況は矛盾を抱えていることになってしまう。
補助金についても、大きな問題がある。受け取らないことで学問の自由が保障されるとは言ったが、現実的には、ほとんどの大学が補助金を受け取っている。しかし、憲法89条には、「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。 」とある。「公の支配に属さない教育事業」に国が補助金を出すことは憲法で禁止されているのだ。そのため、現在は、直接補助金を出さずに、外郭団体を経由するということで憲法違反ではないという建前になっている。しかし、実態として国から補助金を受け取っている以上、公の支配に属していることになる。支配されている以上は、その活動に一定の制約を受けることになる。つまり、完全な学問の自由はあり得ない。いずれに転んでも憲法違反の状態をずっと続けていながら、学問の自由を叫んでもむなしい。当然のことながら、この状態は是正されるだろう。
大学は補助金なしでは、授業料が高くなってしまう。そのため、補助金を支出しながら、学問の自由を保障するには、補助金を機関補助から個人補助に切り替えるしかない。大学の補助金を出すのではなく、学生個人に補助するのである。方法は奨学金かバウチャー方式が考えられる。バウチャー方式とは、大学の学費に使える金券(クーポン券)を国が発行し、そのバウチャーでどの大学の学費も支払えるという方法だ。

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大学の運命を文部科学省が握る時代から、第3者評価を通じてピアレビューの時代に移行しつつあるが、ここで問題になるのは大学の自治だろう。古くから大学には自治が認められてきた。そのため文部科学省も大学の運営に口を挟むのには遠慮があった。これは、学問の自由が憲法23条で保障されているからである。しかし、学問の自由は尊重されるべきものであっても、大学が何をしても良いということにはならない。かつては、大学紛争の際にも学問の自由を治外法権と取り違えて、問題を拡大させてしまったのではないだろうか。
ところが、自由に学問をしようとすれば、結局、広範囲な自治が必要とされる。ここに矛盾がある。大学として認められるためには設置基準という制約を受ける。つまり、大学であることと自由な学問は両立しないわけだ。まったく政府に関与されずに自由に学問を行いたければ、大学ではなく民間の研究機関であれば良いわけだ。逆に言えば、大学として一定の制約条件を満たせば、大学として認知されると同時に、政府から一定の保護を受けることができる。これまでの大学は、この保護(特に補助金と言う名の麻薬)のために、学問の自由を放棄してきたのではないだろうか。

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ちょっと順序が前後するが、学費の話題に追加。
学費に関する「大学の行方」について、一番言いたいことを書き忘れていた。学費が無料が理想と言うことは書いたが、なかなか無料というのは難しいので、現実的なところでは、「後払い」もしくは「寄付」ということだ。後払いが無理でも少なくとも「返金制度」はできるだろう。
もう少し詳しく書くと、後払いとは、卒業後もしくは単位修得ごとに学費を払うことだ。世間では、この後払いが原則で、前払いの方が例外だろう。後払いにすれば払ってもらえないかも知れないという不安に加えて、大学の志願者が多いため、大学側に有利な制度が確立したのだろうが、なんらかの事情で払えなくなる人はいるだろうが、悪意で払わないという人はきわめて少ないだろう。大学に満足していればほとんどの人はちゃんと払ってくれるのではないだろうか。もちろん、卒業できずに退学すれば払いたくない。しかし、それは大学の入学選抜の問題であり、いったん入学を許可したのなら、卒業まで責任を持つのが当然。それを放棄したのなら学費はもらえなくても仕方ない。
寄付というのは、後払いでもらう学費の金額を自由に設定することになる。つまり、チップみたいなものだ。これを実施するのはかなり勇気が必要かも知れない。学費の金額を最低限まで下げて、残りを寄付に置き換えることが現実的かもしれない。

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話を戻そう。大学が大学として認知されるためには、文部科学省に認可されたり、第3者評価で適合との評価を受けたりすることだけだろうか。世の中には大学に近いが大学ではない高等教育機関がいくつかある。4年制の専門学校、各省庁所管の大学校、民間の教育機関などである。
名前が大学とついていようが、なかろうが、その内容がよければ大学と同等か、場合によって大学以上の評価を受けてもおかしくない。少し特殊な例かもしれないが、フランスのグランゼコールは、大学以上の評価を受けている。大学が堕落したので、国がそれに代わる教育機関を作ったのが発祥のようだが、日本でも同じことが起こらないとも限らない。国立大学が独立法人化し、国の管理下から離れていったのは良いが、大学が自らその水準を維持できなければ、再び国が大学に代わる教育機関を作ると言うわけだ。あり得ない話ではない。いくら法律で「大学」という名称を与えられたとしても、世間の支持がなければ何の意味もない。
ところが、大学には学校教育法以外でも法律で保護されている部分がある。例えば、医師法。「大学において、医学の正規の課程を修めて卒業」しないと国家試験の受験ができない。医師以外にも原則として大卒でないと取得できない資格としては、歯科医、獣医師、薬剤師、教員、司書、学芸員、弁護士、社会教育主事、精神保健福祉士、社会福祉士、国会議員政策担当秘書、社会保険労務士などがある(一部短大または4大の2年修了でも可を含む)。
このように、大学であることの特権が依然として存在する。しかし、これらの受験資格の制限は廃止の方向に向かっており、いぜれは撤廃されるかも知れない。その場合でも、大学を国家が認可する必要性があるのだろうか。

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