「トンマッコル」は朝鮮半島のソウルから車で約3時間の江原道(カンウォンド)の平昌郡(ピョンチャン)にある村です。この村の人たちは、とうもろこしやジャガイモなどを作り、自給自足の生活をしています。彼らの娯楽といえば、草そりや収穫祭くらいですが、のんびりゆったり、いつも笑顔を欠かさず、男女が平等で暮らしています。村の名前の由来は、「子どものように純粋な」という意味だそうですが、いつ誰がつけたのかは分かりません。村の人たちはとても穏やかで、純粋で、たくましく、村の外から来た人たちを暖かく迎え入れ、腹をすかしていれば食べ物を、寒さに震えていれば着るものを差し出してくれます。それが特別なことではなく、彼らにとっては当然のことのようなのです。そして、怒って声を荒げる人には、逆に心配し、初めて会う人には笑顔でこんにちはと言う、とっても優しい人たちです。

そんな「トンマッコル」の村に、ある日、頭に「洗面器」をかぶり、火を噴く長い棒とジャガイモのような鉄の塊を持った6人のお客がやってきたのです。実はこの6人、朝鮮戦争の最中にある連合軍の海軍大尉、韓国軍、そして人民軍の兵士だったのです。6人のお客のにらみ合いは続きましたが、畑を荒らす村人の強敵である巨大イノシシを見事な連携プレーで仕留めたことを機に徐々に心が打ち解けていきました。
この村、朝鮮戦争の最中、強敵がイノシシというあたり、平和な村ですよね。そもそもイノシシの出現にどう対処するか村人が考えた方法は、イノシシを追い返すということだったのです。「でも、仲間を連れて戻ってきたらどうする?」ということで、追い返す作戦はボツになり、頭を悩ませていたわけです。イノシシを仕留めるなんていうことは考えもしない、むしろ、畑を荒さず山で暮らして欲しいと考えていたくらいですから。
そんな平和な村を舞台に描かれたのが、「トンマッコルへようこそ」という韓国映画です。
戦いに生きる軍人と平和に暮らすトンマッコルの人たち、北と南の人為的な争いと自然との争い、憎しみと愛と、対立しうるものが当初はぶつかり合い、やがて共生しあい、最後には「愛情」が残る。「トンマッコル」は、パク・クァンヒョン監督が描くリアリティあるユートピアです。その架空の村での出来事を描いたこの作品は、本当に心温まります。
人は何のために争うのだろう・・、争って何を得られるのだろう・・、犠牲を出して得た富に果たしてどれだけの価値があるのだろう・・。人間は色々なことを考えすぎて、色々なことを欲しがって、色々な道具を使う。その結果が戦争であるならば、人間は本当に愚かだと思うのです。笑ったり、お腹いっぱいになったり、温かかったり、穏やかだったり・・、そんな小さな喜びを大切にしていきたいと。
村長さんは、その偉大な指導力の源は、「たくさん食わせること」と穏やかに話します。
世界にある沢山の争いを見ても、周りの小さな争いを見ても、そうなのです。自分がお腹いっぱいじゃないから、人のものをとろうとしちゃうのです。そして、みんなで分け合おうと思わず、自分のものにしようとするから争いが起こるのです。もちろん、物質的なものもそうですが、精神的なものにも通じると思います。満たされること。単純ですが、人間の心の奥にあるもの。村長さんは、そんなことも全て含めて言っているのだと、感じました。
それから、もう一つ注目したいのは、そこに描かれる「美しさ」です。トンマッコルのまわりの自然は本当に美しい。自然の緑に囲まれた広い草原、山に囲まれた畑、そして、そこに降る深い雪。村の人たちがまとう衣は自然の茶色や草色の柔らかな衣です。一方、トンマッコルに着た6人のお客は、濃い茶色や深緑色の軍服を着て、冷たい鉄の塊を持っています。以前、美を追求する美輪明宏氏がコメントしていました。「戦争には艶やかさがない。美しくない。美を追求するなら、絶対に戦争なんかにならない」と。
豊かな人々の営みを通して見る「戦争」から、とっても大切なものを教えてもらった気がします。笑顔、美、共生、平和、愛が、今の私のテーマです。
あ、これは、研究室ブログでしたね。「笑顔、美、共生、平和、愛が、今の私のテーマです。」を改め・・・、今の私のテーマは、「カンボジアの教育開発」です(汗・・・)。