2011年12月22日

赤沼幸子先生を偲ぶ

 赤沼幸子先生が去る10月30日お亡くなりになった。昨年9月、風邪をひいたみたいと仰ったが、先生は体格がいいので、大したことないと、私は軽く考えていた。逝去されてから、間もなく2か月になるが、まだ信じられない思いである。6年間研究室が隣であったし、公私にわたって相談相手であったので、1か月以上私は蝉の抜け殻のような感じで、何もする気になれなかった。
 赤沼先生は寛大で、温かいお人柄であった。長年、保護司の仕事をされていたので、お話は70%以上補導の内容であった。大学時代、国文学を専攻されただけあって、お書きになったものはいつもきれいな日本語で、私は二度も三度も読み返したものである。卒論は三島由紀夫論を執筆されたそうである。また、映画論は先生の得意とするところであった。先生は八洲高校から入学した学生に特に目を掛けていらっしゃった。偉大な先生であった。
 補導の経験を病床中、執筆されていたそうである。刊行される前にお亡くなりになったことは大変残念である。先生のご冥福を心からお祈り申し上げます。

2011年10月21日

このごろ思うこと

・頼もしい八洲学園大学の学生
 大変遅くなりましたが、東日本大震災で被災された方々に心からお見舞い申し上げます。またお亡くなりになった方々のご冥福を心からお祈り申し上げます。そして一日も早い復興・復旧をお祈りいたします。
 私の春のスクーリング科目の受講生のうち二人の方が被災地のボランティア活動をされました。他の教科の受講生の方々もボランティア活動をされた方は多いようです。八洲学園大学の学生は実に頼もしいと思います。
 震災以降、受講生の方も私も、とりわけ節電、節水などに努めています。

・タイムアウト
 春のスクーリング科目で、いつものように掲示板の課題の解答やディスカッション機能で受講生の方々の意見を知り大変勉強になりました。その中で、子どものしつけの一環として、タイムアウトが問題になりました。子どもが何か悪いことをした時、数分間子どもに反省させるのです。アメリカやカナダ在住の受講生の方は自分のお子さんによくタイムアウトをされるそうです。これはいいしつけ法だと、私も今度親戚の子どもが家に来て何かよからぬことをしたら、やってみようと考えています。

・ある古い教え子
 古い教え子が地方の私立の幼稚園の園長になりました。彼女は張り切って、色々なことに挑戦しようと、まず教育の研究会を立ち上げようと、私に助言を求めてきました。私は、初めは気張らないで、のんびりやりなさい、決して排他的ではなく、入会も退会も自由にし、一人一人を大事にし、楽しい研究会にしなさいと助言しました。彼女は若い頃から、勉強家で、礼儀正しい人でした。それにしても教え子の成長を見るのは何とも嬉しい限りです。


 

2011年6月 5日

教科書研究センターの教科書図書館で

 スイスについて記述されている書物を通して、日本の小学校国語の教科書(六年上 「心をうつ人々」 昭和24年文部省検定済)にペスタロッチーの逸話が載っていることを知った。私が小学校五年の時に習った国語の教科書下(「小さな行」)に載っていたものと同じなのか、違うのかと半ば胸を躍らせながら、江東区千石の教科書図書館に行って調べてみた。
 調べた結果、内容は同じで、子ども達が裸足で遊んでいる所にガラスの破片が落ちていて、ペスタロッチーがそれを一心に拾っていたという逸話である。私が学んだ教科書には国名も都市名もなく、僅か2ページの簡単なものであったが、この教科書にはガラスのかけらを拾ったのはドイツのライプチッヒとあり、またスイスのシュタンツの孤児院でペスタロッチーが子ども達の教育に尽力したこと、それから妻アンナがいつもペスタロッチーを激励したこと等など、挿絵が3つもあり9ページ以上にわたっている。
 モルフの『ペスタロッチー傳』で調べてみたら、ペスタロッチーはライプチッヒ在住の妹の勧めで、1792年の夏ドイツ旅行を企てたとある。この出来事はスイスの田舎であったとばかり考えていた私には驚きであった。しかしペスタロッチーなら例えどこであろうと、ガラスのかけらを拾ったであろう。
 ちなみに、本図書館は我が国の小・中・高等学校で使用されている現行教科書、昭和24年以降の検定教科書、諸外国の教科書等の利用に供している。

2010年11月 5日

このごろ思うこと

 1 高等教育における学力について
  天野郁夫先生の『大学改革の社会学』(玉川大学出版)の中で、四つの問題が指摘されている。第一は学力の内容問題というべきもので、大学に入学してきた学生が大学での専門教育に必要な知識を修得していないという問題である。大学で学ぶべき専門の学問の基礎になる科目を高等学校で履修しなかったために、大学で改めて履修させる補完教育を行なわなければいけないというのである。第二は学力の水準問題で、高等学校で履修してきたはずなのに大学の期待する水準に達していないという問題で、このために大学は補習教育を行うことになる。第三に学習力としての学力問題で、これを二つに分けると一つは主体的に学習を進めていくための学習法、学習のためのスキルが修得されていないという問題で、文章が書けないとか文献の調べ方を知らないとか、ディスカッションができない等の問題である。もう一つの学習力、第四の学力問題は学習意欲の問題である。学習への動機づけが弱い、やる気の欠如ということである。
 
 高等学校での履修科目の検討もさることながら、これらの問題をどう解決していけば良いのであろうか。

 2 プロとは
  数ケ月前のことであるが、本学の石井雅之教授の研究室に入ってある用を済ませた。自分の研究室に戻った直後、石井教授が入って来られ、「さっき小脇に抱えていたギリシャの本は何ですか?」とお聞きになった。私は授業の下調べのため読んでいた『古代ギリシャの教育』という本をお見せした。石井教授は古代ギリシャが専門の倫理学者である。さすが、ご自分の専門の分野に関することは他の話をしていても気になるのである。
 このことと同じようなことを私は学生時代に経験した。クラスのコンパを大学の界隈のおそば屋さんの二階でやったことがあった。偶々担任の先生も出席された。会がたけなわであった時、隣の部屋から「ヤスパースが・・・」という声が聞こえた。隣の部屋には西洋哲学専攻の学生がコンパをしていたのである。担任の先生はルソーが専門ではあったが本来は西洋哲学専攻であっ
た。「ヤスパース・・・」という声が聞こえた時の先生は体全体で反応され、真剣なお顔になった。この時も私は深く感動したのであった。プロとはこういうものである。
 

2010年9月28日

セミナー「大学入試を考える~競争選抜から全入化の時代へ~」に出席して

 去る9月10日東京国際交流会館において、大学入試センター主催、朝日新聞社後援のセミナーがあった。受講者は200人位であった。最初に大学入試センター入学者選抜研究機構長、荒井克弘先生からセミナーの趣旨の説明があった。競争選抜の時代は均質な志願者集団が学力選抜によって序列化・輪切りされたのであった。しかし志願者全入化の時代になり、多様な志願者が多様な入学者選抜によって入学したのである。
 最初の報告は「大学入学者選抜の必要条件」と題して入学者選抜研究機構(入試評価部門)の繁桝算男先生が発表された。発表の視点は 1 入学試験は大学が望ましい学生を選伐するための意思決定システムである。2 大学全入時代(希望者はほぼ全員入学、ユニバーサル化)においても、入試をよくする努力は大切である。3 個々の大学の努力が、日本の教育力の増進にも役に立つことを期待する というものであった。
 次の報告は「障がい者の大学入学者選抜と受験特別措置」と題して入学者選抜研究機構障がい者支援部門(視覚障がい関係)の藤芳 衛先生が発表された。 1 競争選伐から全入化の時代へと入試を取り巻く環境がどのように変わろうとも、障がいを有する学生は入試が一般学生と公平に実施されることを望んでいる。 2 入試におけるテストのユニバーサル・デザインと配慮の公平性の意義についての紹介。
 テストのユニバーサルデザイン「バリア・フリーからユニバーサル・デザインへ」では試験の公平性のために特別な配慮を必要とする対象者は 1 障がいを有する受験者 2 日本語で出願する場合は帰国子女及び外国人
 最後に「教科・科目に依らない学力測定の可能性」と題して入学者選伐研究機構(試験開発部門)の小牧研一郎先生が発表された。
 A 教科・科目の達成度を測定する試験  教科・科目の知識とスキル ―センター試験など
 B 教科・科目の達成度とは異なる能力を測定する試験  論理的思考力 推理・分析力 言語的表現力  読解力  複数の教科・科目の知識を組み合わせる応用力 →「総合試験」と総称
 3人の先生の発表の後、土屋 俊先生 田中義郎先生 上野一彦先生のコメントがあった。
 
 このセミナーで私が特に学んだことは、全入化と言われているが、実際には全入ではないこと、また大学はどんな学生を入学させたいか、そしてどんな教育をして社会に送り出すかという教育理念のようなものをしっかり持たなくてはいけないこと、、それから入学者選抜研究機構では入学者選伐における「障がい者支援」に関する研究にも取り組まれているということである。(以上講演資料集参照)

2010年8月23日

このごろ思うこと

 大学入学者選抜について
 去る6月19日「これからの大学入学者選抜の意味を問い直す」のシンポジウムが東京・有明の東京ビッグサイト国際会議場で開かれた。出席する予定であったが、地方に出張したため欠席した。後日、Asahi.comから資料が送られてきた。この資料と7月5日の朝日新聞の記事をもとに内容を若干紹介する。ここでは東大名誉教授天野郁夫先生の講演の概要のみ紹介する。
 日本の大学入学者選抜の特質は第一に数少ない国公立と半数が定員割れしている私立とでは倍率や仕組みが異なること、第二に入試第一主義で卒業大学が社会的地位を決定すること、第三に学生と大学が選択と選抜の大幅な自由を保障されていることである。
 最大の問題は学生の学力低下であるが、打開策として、高等教育システムについての検討(専門職大学院も含めて)、センター試験についての検討(必修化や複数化の是非)、高校の教育課程の再構築(例えば生物を学ばないで医学部に入ることなどがないように履修科目を指定する)、企業の人事採用政策の転換(企業は大学四年間の勉学を妨げないようにする)。
 大学入学者選抜については、これらの問題をトータルに見直していかなければならない。

http://www.asahi.com/edu/sympo2010/

大学での成績評価を厳しくすることもさることながら、大学で専攻する学問の基礎を高校で学ぶ
ことを義務づけるための高校の教育課程の再構築は早急になされるべきであろう。
 
 かつてある学校の推薦入試で、教養テストと称して、国語、数学の基礎学力の試験を課した。しかし、推薦入試で学科試験をすることに異議が唱えられ、試験制度を変え、そのテストは入学後行なわれることになった。学校としては、学力の低下を防止するねらいがあったのである。

趣味に生きる人は人々をも幸せな気持ちにする
 昔の上司の奥様(石谷花子さん)から贈り物が届いた。贈り物の中に二本のうちわがあった。ご自分でデザインされたもので千代紙等が美しく貼られ、自作の俳句が書かれている。使うのが勿体なく、ケースの中に入れて飾ることにした。手先の器用さは生まれつきであろうが、自分の世界を持っている人は本人ばかりでなく、他人をも幸せな気持ちにさせる。美しいばかりでなく、温かみを感じるのである。作者は2年前の8月『おばあちゃんの夏遊び』という冊子を出版された。ご自分でデザインされた美しいうちわや自作の俳句を書いた色紙が写真入りで載っている。素晴らしい芸術書である。

2010年7月14日

このごろ思うこと

 意外な所に歴史が!
 JR山陰本線に来待(きまち)という駅がある。その近くの国道9号から川に沿って5km.の所に菅原天満宮がある。この御宮に菅原道真公が祀られている。道真公の父君、菅原是善卿が出雲の国庁に在任した時、祖先の墓参に菅原の里を訪れたという。この時、ある娘が案内したらしいが、卿はこの娘を大層気に入り、娘は国庁に召されて仕えることになった。その後、是善卿は任期を終え、京都に帰られたのだが、娘は懐胎していたのである。845年6月25日、御子はこの菅原の地で生まれた。この御子は道真公である。公は幼児の頃から才気煥発であったので、母君はこの草深き地に公を住まわせるべきでないと、6歳の公を伴い都に上がり、是善卿の邸に入り、南向きの庭の老梅のもとに立たせて、立ち去ったのである。是善卿に尋ねられたら「私には父も母もありません。卿を父君と仰ぎとうございます。」と母君に教えられた通り答えたそうである。
 951年、菅原の地に御宮を建て、その後700余年を経た1663年、松江・松平藩祖・直政が新しく社殿を造営したのである。

 以上は菅公生誕地菅原天満宮 略誌の要約である。
 菅原是善卿も転勤族であった。古の時代から転勤族はいたのである。また、ここは田園地帯であるが、学問の神様に志望の高校や大学への入学、諸々の資格取得を祈願して沢山の絵馬が掛けられていた。


 幼児に本を読んであげよう
 「乳幼児のしつけ」(演習)で子どもの言語の勉強をした時、受講生から次のような意見を頂いた。ある受講生は絵本を100冊以上所持している。子どもが生まれてから読み聞かせていると。
お蔭で子どもは絵本が大好きで、今では何冊も出しては自分で読んでいると。また、他の受講生は毎月1冊ずつ3人の子どもに届けられるように契約していたと。まだ子どものいない受講生も子どもができたら是非絵本を読んであげたいと。また、古典を勉強した時の感想で、古典を軽視する者は古典に泣くという意見もあった。今学期の受講生も全員がネットの掲示板の課題やディスカッションで建設的な意見を発表してくれたので、活気ある授業ができた。嬉しい限りである。秋学期にはスクーリングで「幼児教育思想史」を開講するが、古典を学び、古典から現在の教育に活用できるものを模索したい。また、テキスト履修で「保育園・幼稚園教育と家庭教育概論」を開講するが、新しい教材を用意し、充実した内容にしたい。

 2014年のサッカーW杯、ブラジル大会に期す
 南アフリカ大会では、予想通りスペインが優勝し、二位オランダ、三位ドイツであったが、日本の選手もよく頑張ったと思う。諸外国で日本の選手は高く評価されたし、外国のクラブに移籍した選手も数名いる。岡田武史監督はよくここまで指導されたと敬意を表したい。二つの試合ではあったが、午前3時半からの実況放映を観戦し、熱中した。新聞によると日本は今大会で9位ということであるが、4年後のブラジル大会ではベスト8に進出することを期待している。私にはスポーツの中ではサッカーが一番面白い。

2010年6月 4日

このごろ思うこと

 今年の大学祭で「紙芝居」をすると聞いた。紙芝居で思い出すのは、小学校の時、上級生が修学旅行の模様を紙芝居にして、全校生徒に見せてくれたことである。女子生徒三人による創作発表であったが、文も絵もうまく、修学旅行の楽しさが存分に味わえ、早く上級生になり修学旅行に行ってみたいと感じたのであった。紙芝居は子どもの心を豊かにしてくれる。

 家庭教育専攻の渡邉達生教授がかつてこんなことを仰った。子どもの頃、ペスタロッチーの紙芝居を見た。それはペスタロッチーが石を温めて貧しい人にあげたという話であったと。スイスの冬は厳しいので、少しでも貧しい人を温めてあげようと思ったのであろう。ペスタロッチー研究者の末席を汚している私ではあるが、この話は知らなかったので、ペスタロッチーの逸話として紹介した。裸足で冷たい雪道を歩いていた乞食に自分の履いていた靴を与え、自分は縄を編んで足にまとって登校したペスタロッチーの逸話は有名であるが、渡邉教授のご覧になった紙芝居は更に私のペスタロッチーへの情熱を掻き立てた。

 大学で授業を終えて玄関を出ると、毎週、八洲の高校の先生が下校する生徒ににこやかにお話をされている場面に会う。スポーツマンのようなきりっとした感じに、優しさを湛えていらっしゃる。生徒も先生と楽しそうに会話をし、ほほえましい光景である。私の高校時代は、朝は遅刻をした生徒を尋問しようと校門の前に、生徒部長の先生が突っ立っていた。それを恐れて、横にある鉄条網の下を潜り抜け、オーバーコートの背中を鉤裂きにした友もいた。下校の時は先生と会話をすることもなく、そそくさと家路を急いだものである。八洲高校の生徒は幸せだと思う。

2010年5月16日

このごろ思うこと

 先日久しぶりに帰省した。墓参は勿論、近所の竹馬の友と旧交を温めたのである。しかし、既に亡くなった人もいたし、私より若い人はもう私のことを覚えていなかった。中学・高校時代親しかったが、大学2年の時、風邪が元で亡くなった友の郷里(黒松)を訪ねた。実家から車で3時間半以上もかかった。あいにくの雨だったので、やっとお寺にたどり着いた時にはほっとした。この友は秀才で、温和で、美人であった。お葬式が終わってから、逝去の連絡があったのだが、香典のみ送り、弔問の機会を失してしまった。私の脳裡にこの友のことはずっと残っていた。水泳が得意だと言っていたが、お寺のすぐ近くにはきれいな海水浴場があった。友はこの海で夏はしょっちゅう泳いでいたのだろうと、しばしの間想像した。生きている者の気休めかもしれないが、この墓参で心の重荷が一つ下りたような気がした。

 八洲学園大学祭のグッズ つながる ひろがる まなびあう と書かれている 白い袋を第1回の大学祭で、実行委員の加藤博美さんより求めたのであるが、旅行中いつも肩にかけて歩いていた。少しでも大学の宣伝になるのではと思ったのだが、私の思い上がりかもしれない。親戚の連中には八洲学園大学の話はしたが、入学者増につながるとよいが。

 五月は実に新緑の美しい季節である。濃淡あやなす緑に目を奪われたし、日本海の海岸線の長さや、海の青さ、水の透明さに心を洗われたのである。親戚の農家では、殆んど田植えを終えたらしい。整然とした田畑を見ていたら、小学校1年生の時、田植えの自然体験学習をしたことを想起した。一人がたった1本ずつの苗であったが、雨降りの中を胸をわくわくさせながら、植えたのであった。今、再度田植えに挑戦したい衝動に駆られたのである。1本だけでなく、少なくとも10本以上を。
 たまには、都会の雑踏から遁れて、田舎の自然を満喫することは日頃のストレスを大いに解消してくれる。

2010年3月25日

このごろ思うこと

 敬愛する先生から書物が贈られてきた。筑波大学名誉教授天野正治先生の『シュプランガーの陶冶理想論』玉川大学出版である。先生のお若い頃の学位論文を公刊されたのである。私の学生時代、恩師、早大教授 故押村襄先生が日本教育学会で、天野先生のシュプランガーの口頭発表を聞かれ、感動されていたのを記憶している。
 天野先生が国立教育研究所に在職中、ドイツのラーメン・プラン(義務教育の法律を定めたもの)の資料をお借りするため、先生にお会いした。その後、ドイツのレッター先生の来日で、講演等の件で、先生には大変お世話になった。そして先生が主催していらっしゃるドイツ教育研究会に入会させて頂いた。先生からは学問の方法論等を学ばせて頂いた。先生の下で、共同研究や分担翻訳等、厳しかったが楽しい日々を過ごすことが出来た。
 本書は大学や研究所の図書館に是非とも備えるべき書物である。本書を熟読する楽しみを頂いたことを感謝すると共に、天野先生のご健勝をお祈りしたい。

 IDE現代の高等教育2ー3月号は揺れる大学の特集である。ドイツの高等教育の変貌というタイトルで、ドイツ カッセル大学国際高等教育研究所教授ウルリッヒ・タイヒラー教授が寄稿された論文の一部を紹介する。訳は東京大学教授 金子元久先生である。
 ドイツの大学への進学率は40%に上昇した。しかし、他の先進国の平均と比べるとまだ低いそうだ。ドイツ国内では大学生は既に過剰であるという批判も強く、企業からは進学者の増大によって伝統的な職業訓練制度が弱体化するのではないかという危惧もあるらしい。しかし、大学への入学者数は増加しても、卒業率は低い。だからこそ、他の諸国に見られる大卒者の雇用問題がまだ生じていない要因になっているのである。
 ドイツの大学は伝統的に職業経験が重視されてきたという背景もあって、在学中のインターンシップの期間はイギリスの3倍に達するという調査もあるし、在学中に将来の職業に近い業種でアルバイトをする割合も高く、イギリスの2倍以上であるという。また、ドイツの殆んどの大学の学士課程では要求科目の10%を、職業上の基礎能力の訓練、即ち問題解決能力、コミュニケーション能力、リーダーシップ、チームワークの能力等、特定の学問分野とは直接関係のない資質の修得にむけることになっているそうである。
 昨日の朝日新聞夕刊に、大学、短大1年から就職考えて 奨励事業を文科省支援 の記事が載っていた。私の前任校もインターンシップの制度があって、学生の就業力育成に効果を上げていたが、私はこの制度に賛成である。
 
 タイヒラー先生とは大分前であるが、たしか日独継続教育の大会でお会いし、お話しすることが出来た。これも天野先生のお蔭である。

 先日、本学のある卒業生が上京され、色々なお話をすることが出来た。この方はアメリカに数年在住されていたので、アメリカの話や、現在の仕事の話、家庭教育の話等、あっという間に数時間が過ぎてしまった。家庭では、3人のお子さんのお弁当作りを楽しんでいらっしゃる。立派な卒業論文を書かれ、家庭教育師、図書館司書の資格を取得されたのである。
 お母さんのいない1日半、3人のお子さんは家事を分担して立派に務めたとの報告を頂いた。何とも爽やか気分であった。