このごろ思うこと
先日電車に乗っていたら、ある駅で、発車寸前に二人の中年女性が駆け込み乗車をしようとした。ドア近くにいた男性がドアを持ち、二人は無事に乗車できた。この男性が知らん顔をしていたら、事故が起きていたかもしれない。二人の女性はお礼も言わず、おしゃべりをし始めた。二人は礼節を知っているであろうが、実行できないのである。実行できなければ、知っていても意味がない。礼節を重んじる本学の学生にはこんな学生はいないであろう。
私の教科で、ディスカッション機能で、ある問題を討議した。ディスカッション機能を活用していらっしゃる先生は多いであろう。ある学生から「他の教科でもこれに似た課題でディスカッションしました」という発言があった。家庭教育専攻の科目には多分に似通った科目がある。最初はこのことを疑問に感じていた。しかし、受講生は違うのだし、同じような議題でも異なった先生の下で討議することによって、その問題を深く洞察できるし、記憶にも残るであろう。このような大学はそんなにあるわけではない。
現在は一人っ子や二人っ子が多いし、使い捨て時代なので、きょうだいのお下がりの意味も分からない人がいるかもしれない。私はきょうだいが多かったので、きょうだいのお古を着たり、使ったりした。現在も姉の着物を着、姉の体臭をかぎながら、温かさを感じている。また、兄が愛用していたドイツ語の辞書は随所に鉛筆でアンダーラインが引いてあるが、兄から激励されているようで、辞書を引くのも熱がこもるのである。二人とも他界してしまったが、二人から守られているような感じである。きょうだいの有難味を感ずるこのごろである。