2006年9月アーカイブ

SAPPHIRE PRINCESS

 高鷲先生(本学教授)から、本日28日、横浜港「大さんばし」に大型の外国客船「サファイア・プリンセス」(全長=290メートル、総トン数=116,000トン)が寄港しているとの情報をいただき、夕方6時、研究室を飛び出した。

 この「サファイア・プリンセス」。今回は、乗客約2,600名、クルー約1,100名で、北太平洋を就航中とのこと。横浜港に寄港する2日前の26日は、北海道の室蘭港にも寄港している。今晩19:00過ぎに横浜港を出航したプリンセスが次に向かうは、母港の長崎港(9月30日着)、そして、中国の天津(10月2日着)とのこと。「サファイア・プリンセス」は、三菱重工長崎造船所で造られた日本造船史上最大の客船。運行会社はプリンセス・クルーズ社(米カリフォルニア州サンタクラリタ)。

former.jpg

name.jpg

life boat.jpg

side people.jpg

いざ、出航。「日の丸」を振るクルー。
flag.jpg

back.jpg


マンションのようだった。もちろん、「豪華客船」であるから、乗客はリッチであることに間違いない。横浜ベイブリッジを通り抜ける高級マンションは、煌々と輝きながら、再び太平洋へ向かった。

帰りの市営バス。なぜか、ため息が出た。

市議会の日米比較

学会や研究でアメリカに行くときは、必ず市議会を傍聴する。いわば「趣味」の一つ。

 シカゴやニューヨークなど大都市となると、市長や議員の権力は絶大で、高給であり、社会的地位も高い。しかし、人口10万人以下の中・小規模の市の場合、市長や議員は無給である場合が多い。市長や議員は昼間、地元の不動産会社の社長や電力会社のCEOとして働いている。つまり市長や議員は「職種化」していない。市議会は通常、18:00から開かれている。

 アメリカの市議会の最大の特徴は、City Managerと呼ばれる、市長のブレイン役を務める市政運営の専門家が市長や議員への意思決定に重要な政策提言を行い、それが民意の反映に役立たせている点である。このことは、確かに住民の代表である市長や議員に意思決定の権限が与えられているが、その権限を行使する上では、客観的な政策判断が必要とされていることを意味している。City Managerは通常、市議会の職員としてフルタイムで雇われている。

 実は、横浜市議会(正確には「横浜市会」)へ行ってきた。政治そのものに関心があるのではなく、冒頭で述べた「趣味」の一環として。

outside.JPG

entrance.JPG

 しかし、よく考えると、「趣味」ではいけない。なぜなら、自身、横浜の市民であり、納税者であるから。

 とは言っても、横浜市議会は昼間、行われており、「職種化」している。やはり、こうした政治システムに、納税者の市政に対する無関心を助長する原因があるのだろうか。市長や議員の「職種化」が悪とは思わない。問題は、横浜市という地域社会を豊かにする市議会システムを構築することかな、と。

 帰りの市営バス。関内駅から家路を急ぐ人々を見ながら、勝手に日米比較を展開してみた。

シアトルの歩き方

Seattle.

 マイクロソフト、アマゾン、スターバックスが本社を構える、西海岸にある大都市。どれも日本でよく知られるアメリカ企業。特にマイクロソフトやアマゾンは、アメリカIT産業の繁栄を象徴する存在。自身も学会や研究で数回行ったが、アメリカの中で最もバランスのとれた都市ではないかと、思っている。

 シアトルは、労働者の町だった。百貨店のNordstorm(これもシアトルが本社)は典型例。元々小さな靴屋であったが、次第に資本を蓄え、多角経営化に成功し、今やアメリカを代表する百貨店に成長した。

 またシアトルには、華やかなIT産業とは対照的な、まさに人間らしい側面がある。ダウンタウンにある、"Public Market"と呼ばれる「公設市場」は特に興味深い。魚、野菜、豆類、衣類、そしてレストランなど何でもある。シアトルの観光スポットの一つで、特に魚屋は通称、"Flying Fish"で有名。スタッフが客の目の前で魚を投げて手渡すというパフォーマンス。スタッフは20代から30代と若い。

public market.bmp

market inside.bmp

 まさに、IT産業とは対照的な、公設市場で見る彼らの労働スタイルには、シアトルの発展の歴史を感じた。

market night.bmp
グローバリゼーションに対応するIT産業とは異なる、シアトルに息づく、もう一つの「市場(いちば)経済」は健在だった。

 去る5月20日、日本経済評論社から『アメリカの州・地方財政』が発刊されました。

 これは、渋谷博史東京大学教授が監修するシリーズ全10巻「アメリカの財政と福祉国家」の第2巻です。
 自身も、貴重な共著の機会を頂き、第4章(教育財政)、第5章(公共交通財政)を担当させていただきました。

book.JPG

 本シリーズの監修をされた渋谷先生は、アメリカ財政研究(特に連邦財政研究)の御権威。先生の著書『現代アメリカ財政論』は、私が学部生時代からよく拝読していた著書の一つ。その渋谷先生監修のシリーズ本に今回、執筆できたという喜びは何にも代えられない。

 自身は、博士論文を含め、アメリカの高等教育(州立大学)の財政研究に傾注していた。しかしここに来て、初等中等教育や公共交通の分野にも研究の対象を広げるようになったキッカケには、渋谷先生との出会いがある。確かに、州・地方財政の全体からすると、高等教育よりも、初等中等教育の方が比重が大きく、しかも分権的性格が強い。

 もともと地方分権や地方財政に関心があったが、高等教育の研究だけでは、アメリカの草の根「地方自治」の実態は見えてこなかった。高等教育は、一方で、州レベルで分権的に管理されているが、しかし他方で連邦レベルでも維持されている。初等中等教育はほぼ100%、州・地方レベルで管理、維持されている。

 前のブログでも話したように、アメリカ財政は、税の受益と負担との地域的整合を追求する国であると思う。その意味で、高等教育だけでなく、初等中等教育にも研究対象を広げたことで、このことを理解する機会を得ることができた。「蛸壺」から少し脱出できたような気がする。

アメリカの地方財政

 前に紹介したオレゴン州最南端の大学町、Ashland市。

 この小さな町の財政は、規模は小さいが、しかしその小さい故の、自主と自律の貫徹ぶりは勉強になる。市の財政で維持運営される消防や図書館を見ると、アメリカ的な分権主義の実態をよく理解できる。


Ashland市の消防署の様子。
fire dpt.bmp


80年代GM製の旧型消防車 (偶然、大学駐車場の車のエンジンルームから煙が発生した場面に遭遇。中央の黄色い車体が消防車)。
fire car.bmp

そして、これが図書館。小規模。
library.bmp

  日本の地方交付税制度のような、財政力の豊かな地域から脆弱な地域への大規模な所得再分配システムが存在しないアメリカでは、まさに「入るをもって出ずるを制す」の基本方針が貫かれている。

  市(city)や郡(county)や学校区(school district)など、アメリカの地方政府の主要な財源は地方財産税(local property tax)である。それは、土地や家屋を課税対象とする租税であるが、特に1970年代以後アメリカ最大の政治問題の一つとなった経緯がある。課税標準の地域間格差が税収格差となって顕著に現れ、そうした税収格差が行政サービスの質の格差に直結していることは、連邦や州憲法(個人の平等条項)に照らして違憲であるとの司法判決が次々と下されたからである。1954年「ブランウン判決」はその草分けで、戦後アメリカ財政、特に教育財政にとって画期的な判決であったいわれている。

 それでも、アメリカという国(納税者)は、そうした地域間格差を平準化することを嫌った。日本の地方交付税制度のような中央政府による所得再配政策は、アメリカには馴染まなかったのである。

 かろうじて初等中等教育分野にのみ、それは適用されたのであるが、それも、日本の交付税制度のような完全な平準化を目的とはせず、各州が規定した生徒一人当たり教育費の最低保障を行うに止まっている。

 そうした自主・自律を理念とするアメリカ財政は、「入るをもって出ずるを制す」を原理原則とする。消防や図書館のサービスの質や量は、その地域の財政の在り方で規定される。それが、アメリカ地方財政の、そして納税者の求める原理原則である。

このアーカイブについて

このページには、2006年9月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2006年8月です。

次のアーカイブは2006年10月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。