2009年6月アーカイブ

  コメニウスの12の徳 家庭教育専攻 福田博子  資料請求

 コメニウス(1592-1670)はチェコのモラビア生まれで、宗教家にして教育者である。彼は人間教育の四つの時期の最初の時期、即ち母親学校(0歳から6歳まで)で子どもに次の12の徳を習得させることを提唱した。
1節制 2清潔 3尊敬 4服従 5真実を語る 6正義 7愛 8仕事や遊戯に没頭する 9沈黙の必要  10忍耐  11慇懃と親切  12作法
 これらの徳を全部6歳までに習得させるとは、コメニウスは随分厳しいことを提唱したものである。「幼児教育思想史」の受講生にこれらの中から3つを選択させた。多い順に挙げると、忍耐 作法 愛 正義 沈黙 尊敬 である。子どもにこうあって欲しいという願望であり、また自分自身がこうありたいという目標でもあるのだろう。
 私は節制、愛、忍耐を挙げた。自分自身がまだ修行が足りず、失敗や反省の連続であるので、自戒のつもりでこの3つを選択したのであるが、現在の子どもはもう少し忍耐力があってもいいと思う。6歳までにこの中の1つでも習得できれば上々であると私は考えるのである。


家庭教育の教員より(11):中田雅敏教授

筆禍事件    八洲学園大学 家庭教育専攻 中田雅敏 資料請求

 筆禍事件というものがある。作家は「もの書き」とも言う。人気作家は雑誌の連載が何本もあると、同時進行で原稿を書く場合がある。更なる人気作家は、原稿を雑誌編集者が奪い合う「缶詰」という方法に合ってしまう。
 連載原稿であるから、切らしてしまっては大穴をあけてしまう。そこで作家を旅館や料亭にとじこめて、缶詰め状態にして、むりやり書かせ、編集者はそれを待ちかまえていて、出来上がった原稿を社に持ち帰り、至急印刷にかけて発行するのである。週刊誌は毎週のことであるから、こうした「缶詰」は今も、今日もどこかで行なわれているに違いない。
 また「雪隠詰」という言葉もある。本来はお手洗いに入って、扉が開かなくなってしまうとか、敵に扉を閉められて監禁状態になることを言う。相手を追い詰めることから、将棋では、王将を隅に追いこんで詰めることをも言う。いずれの意味も、追い詰められてなす術もなくなり、なすべき方法もなくなり、お手上げ状態になることを言う。
 何か、作家の「缶詰」と「雪隠詰」はよく似ている、この状態から「なんとか脱出しなければ」と誰もが思う。人間は追い詰められれば「妙案」も「良い手」も浮かぶものであるが、あまり深く追い詰めると窮してしまって、自ら命を断つことさえある。或いは「貧すれば鈍する」という状態に陥ってしまう。
 昨今の日本の状況は正にこのような状況に陥ってしまっている。「鈍する」状態は、道理の感覚が麻痺してしまう状態であるから、正確な判断ができなくなる状態だろう。昨今の政界は正にこんな状況なのだろうと思われる。学問の世界もまた同じではなかろうか。むやみに時間があれば良いというものでもない。さりとて「窮して貧しても」よい研究はできない。
 研究には「一種のひらめき」と「実証」とが必要である。「ひらめき」の生まれる時間というものも必要であろう、雪隠詰めになれば窮してしまう。しかし古来から妙案が浮かんで来る所は、雪隠と閨房と厨房という事になっている。そう言えば愚生も寝に就く床で一句、二句が浮かぶ時がある。自分では良い句ができたと思い、そのまま寝付いてしまって、朝になって書きとめようとすると、あまり良い句でなかったり、すっかり忘れてしまっていることもある。やはりその場に臨んでしっかりと詠まなければ、良い句は生まれないのである。
 或いは、雪隠と馬上という説もある。現代では電車や車の中のことであろうが、愚生の体験からすれば、電車や車の中で作句したものには決して良い句はない。その場に臨んで、その場で良く見て、自分の心が動かされたものでなければ良い句は生まれないのである。或る程度の心の余裕と、書くことができる時間も必要である。ブログを書くにも対読者意識を持たなければ「筆禍」をおこす恐れもある。なんでも書けばよいというものでもないであろう。
 石川達三という作家は、いつもこの筆禍をやった。今となれば意識してやったようなところもある。右翼や左翼の人々から批難されている。それでも自分で行なったので平然としているのである。政治家には舌禍というものがある。つい口走ってしまったことが大きな問題に発展してしまう場合である。
 日常生活の中では『拾いたる俺の名刺に「ハゲ」とあり』という川柳などもある。名刺をいただいてその人の特徴を裏に書いておいたものをなくしてしまった。たまたま差し上げた方が落ちている名刺をひろったら、そのように書かれていたという笑い話である。しかし笑い話の中は良いが、現実のものとなったら困ることになってしまう。
 舌禍、筆禍、いずれも文章表現には気をつけなければならないということであり、日本語のむずかしさをつくづくと感じることもある。それでも粘り強く前進しなければならない。

●家庭教育アドバイザー、家庭教育支援者になる皆さんへ 田中マリア
 本学の学生さんは経験豊富で学習熱心な方々が多いのですが、なかでも今期私の授業〔「道徳教育の研究」(T)〕を受講してらっしゃる方で大変熱心な学生さんがいらっしゃいます。どのくらい熱心なのかというと、1回のメールで7つも8つも質問してくることが度々あるくらいです。
その学生さんが最近、イギリスで実際に起きた痛ましい事件について情報提供してくださったのですが、あまりに気の毒な話で、今後、家庭教育アドバイザー、家庭教育支援者として活躍が期待されている方々にも是非考えていただきたい問題だと思いましたので、この場をお借りして話題提供したいと思います。
 事件は、日曜日、イギリスでは自殺の名所として名高いビーチヘッドという断崖絶壁のところで起きたそうです。親子三人による心中事件で、当初、身元も分からなかった段階では子供を道連れにするとは何事かと、親を非難する声もあがっていたそうなのですが、その後の調べで、この女性はイギリス人の夫をもつ日本人女性であったこと、夫婦には一人の息子があったが、その子を自らが運転する自動車事故によって下半身不随にしてしまっていたこと、それ以降、夫と懸命に育ててはきたものの最近その子が髄膜炎を患い医者の手をもってしても助からず、結局、その子は息を引き取ってしまったこと、そして、二人は亡くなった息子の亡骸をリュックに入れ、死の旅'にでたのだということが分かったのだそうです。
 この話を情報提供して下さった学生さんは、誰かが何かのヘルプができなかったのかと悔しい思いで一杯になり、夫婦の気持ちを考えたら、記事を読んで涙が止まらなかったそうです。また、このようなニュースを見るたびに、自分がどんなに幸せか、子供の勉強ができないということくらいたいした問題ではない、命の重さを痛感するといったコメントも添えられておりました。
 もちろん、上記のようなケースは行政や福祉の管轄における経済的あるいは制度的なバックアップを真っ先に考える必要のある問題ではあると思うのですが、それはそれとして、彼ら彼女らの相談相手として、あるいは精神的な支えとして、手をさしのべられる人たちもまた必要だったのではないかという気がして仕方がありません。
 家庭教育アドバイザーや家庭教育支援というと、とかく育児論や子育ての方法に関する具体的な助言といったイメージが先行しがちなのですが、もっと広く、たとえば上記のようなケースまで含めて活躍し得ることを期待したいところです。そのためにも、本学の学生さん方には是非とも育児論や子育て論に終始することなく、広く社会の問題にコミットすることのできる幅広い教養や知見を身につけ、ご自身のアドバイザーとしての資質を貪欲に磨いていっていただきたいと思います。今回のことでは、私自身、家庭教育アドバイザーや家庭教育支援者の幅広い活躍を期待するとともに、その活躍の場は日本国内に限定されるものではなく、海外に住む方々のことも考え広げていくべきだと、改めて本学に課せられた使命の大きさを痛感した次第でございます。みなさん、ともに頑張りましょう。
八洲学園大学 家庭教育専攻 資料請求

家庭教育の教員より(9):平良直准教授

授業から一言:お薦めの一書

 週末の集中スクーリングを先週終了しました。「民族と宗教」という授業である。講義を担当するほうも、連続で一日中声を出し続けるのも結構な負担ではありますが、長時間講義を聴くのも大変だとあらためて感じた次第です。受講者の忍耐と積極的な参加に助けられて無事終了することができたわけですが、集中授業のしんどさを和らげてくれたのがもう一つあります。それは、授業資料で使用した『ブッダのことば スッタニパータ』(中村元 訳、岩波書店)です。
 授業では受講者に読んでもらうこともできないので、こちらで読み上げることになるわけですが、もともとは釈迦が説いた教えが口承で伝えられたものであったので、翻訳とはいえ、声に出してよんでいると心が洗われ、癒されていくような心地よさがあります。仏教というと難解そうなお経をイメージし、お経の内容を独学で読んでみようという気はなかなかおきないのが普通ですが、本書は読むこと自体はそれほど問題ない翻訳になっており、深遠な意味、難解な部分は難解
なまま受け止めることができるところがこの本の良いところです。お薦めの一書です。
 中村元氏による原始仏典「ダンマパダ」(法句経)などをわかりやすい日本語に訳した『ブッダの真理のことば 感興の言葉』(岩波書店)もまたお薦めの一書です。
 秋学期も「民族と宗教」「宗教人物論」でまた取り上げる予定ですので、関心のあるかたは是非受講ください。

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