「自然は歌と真実に満ちている」
分子生物学者の福岡伸一氏の近著に『動的平衡』という実に面白い本がある。
動的平衡とは、生命体の基本であり、デカルトに由来する生命の機械論的自然観を批判する概念である。生命を動的平衡と見なす立場から、ここでは、デカルトの罪を告発し、カルテジアンへのアンチ・テーゼが繰り広げられる。生命や自然は、無機的で機械論的な世界として理解されてはならないのだ。
この本の最後に、自然は歌声に満ちている、という感動的な話が紹介されている。
南アフリカのクニスナ地区はかつてたくさんの象が生息していたが、しかし1990年には森に残された象はたった1頭だけになっていた。このクニスナ最後の象は45歳になる「太母」と呼ばれる母親象だが、その彼女が行方不明になった。象はつねにコミュニケーションを取り合って暮らすのだが、たった1頭残されたとき、彼女は一体どこへ行ったのか。象の研究者ワトソンはアフリカに飛び、確信をもってある場所に、そこでアフリカの大地が突然崖となり、切り立った壁の上から大海原が見渡せる、ある場所にむかった。
はたして、ワトソンはその崖の上にたたずむ「メイトリアーク(太母)」を見た。
「この偉大なる母が、生まれて初めて孤独を経験している。」
「その瞬間驚くべきことが起こった。空気に鼓動が戻ってきた。シロナガスクジラが海面に浮かび上がり、じっと岸の方を向いていた。
「太母はこの鯨に会いに来たのだ。海でもっとも大きな生き物と、陸でもっとも大きな生き物が、ほんの100ヤードの距離で向かい合っている。そして間違いなく、意思を通じ合わせている。超低周波音の声で語り合っている。・・・女同士で、太母同士で、種の終わりを目前に控えた生き残り同士で。」
自然界は歌声に満ちている。象たちは低周波で語り合っている。ヒトにはただそれが聞こえないだけだ。
この箇所の挿絵に、2008年東北地方の旧家で発見されたという、江戸時代の画家伊藤若沖の「象鯨図屏風」が紹介されている。伊藤若沖は象と鯨の交歓を知っていたのだろうか。朝日新聞のコラムにも紹介されていたが、実に不思議な気持ちになってくる。
