2009年10月アーカイブ

「自然は歌と真実に満ちている」

水野 建雄


 分子生物学者の福岡伸一氏の近著に『動的平衡』という実に面白い本がある。
 
 動的平衡とは、生命体の基本であり、デカルトに由来する生命の機械論的自然観を批判する概念である。生命を動的平衡と見なす立場から、ここでは、デカルトの罪を告発し、カルテジアンへのアンチ・テーゼが繰り広げられる。生命や自然は、無機的で機械論的な世界として理解されてはならないのだ。
 
 この本の最後に、自然は歌声に満ちている、という感動的な話が紹介されている。
 
 南アフリカのクニスナ地区はかつてたくさんの象が生息していたが、しかし1990年には森に残された象はたった1頭だけになっていた。このクニスナ最後の象は45歳になる「太母」と呼ばれる母親象だが、その彼女が行方不明になった。象はつねにコミュニケーションを取り合って暮らすのだが、たった1頭残されたとき、彼女は一体どこへ行ったのか。象の研究者ワトソンはアフリカに飛び、確信をもってある場所に、そこでアフリカの大地が突然崖となり、切り立った壁の上から大海原が見渡せる、ある場所にむかった。
はたして、ワトソンはその崖の上にたたずむ「メイトリアーク(太母)」を見た。
「この偉大なる母が、生まれて初めて孤独を経験している。」
「その瞬間驚くべきことが起こった。空気に鼓動が戻ってきた。シロナガスクジラが海面に浮かび上がり、じっと岸の方を向いていた。
「太母はこの鯨に会いに来たのだ。海でもっとも大きな生き物と、陸でもっとも大きな生き物が、ほんの100ヤードの距離で向かい合っている。そして間違いなく、意思を通じ合わせている。超低周波音の声で語り合っている。・・・女同士で、太母同士で、種の終わりを目前に控えた生き残り同士で。」

 自然界は歌声に満ちている。象たちは低周波で語り合っている。ヒトにはただそれが聞こえないだけだ。

 この箇所の挿絵に、2008年東北地方の旧家で発見されたという、江戸時代の画家伊藤若沖の「象鯨図屏風」が紹介されている。伊藤若沖は象と鯨の交歓を知っていたのだろうか。朝日新聞のコラムにも紹介されていたが、実に不思議な気持ちになってくる。

学生のみなさまへ                                  
家庭教育専攻長 石井雅之


 先にこのブログでおしらせしました平成22年度開講予定の再訂において、花井初美先生の科目の予定が変更になりましたので、お知らせいたします。

 新たな開講予定表はこちらをご参照ください。PDFファイル:平成22年度開講科目一覧(再訂)変更.pdf

今ペスタロッチーを考える  

福田博子

                               
 ペスタロッチーは1746~1827年の人ですが、彼の教育論は現在の教育問題を解決するいとぐちを与えてくれます。その一つをここで考えてみたいと思います。

ペスタロッチーは既に1818年に『七十三歳誕生日講演』で次のように主張しました。「民衆教育を国の問題として一般に振興するためには、何よりもまず子どもの教育のために、両親が何かを、多くのことを、すべてのことをなし得るものであるという両親の自覚を、彼等の心のうちに再び呼び覚ますことがどうしても必要である。」

 「幼児教育思想史」の春学期の受講生K.Sさんはペスタロッチーについてレポートをお書きになりました。以下に、そのごく一部を紹介します。

 
ここで私は「国の問題として」「両親が」という言葉に注目した。現代に置き換えて考えてみると、母親の心のゆとりや孤立化問題に対して、母親の時間的、精神的な支援体制の確立の重要性を述べているようにも捉えることができる。例えば、父親は母性愛の代役ができないなら、家事分業により母親の体力、精神面を支援する。会社は父親が育児参加できるように支援する。近所、地域の人は母親の悩み事に対して相談にのる。自治体、国レベルで母親を支援する。このような母親に対するサポート体制が拡充されていくことにより、母親の孤立化はなくなり、心のゆとりをもって子どもと接することができるようになる。


このように、K.Sさんはペスタロッチーの主張を現代的観点で解釈していらっしゃいます。

ペスタロッチーの時代、現在ほど沢山の母親が就労していたわけではないでしょうが、親としての自覚のない人が多かったのでしょう。
これから、政府は子育て支援をより充実させていくと思いますが、それに甘んじて親であることを忘れてはいけないと思います。ペスタロッチーは親への自覚を強調したかったのでしょう。

学生のみなさまへ  
                                        

家庭教育専攻長 石井雅之

先にこのブログでおしらせしました平成22年度開講予定で、開講学期が未確定となっていた科目の情報を追加して掲載いたしますので、参考になさってください。なお、諸事情により若干の変更が生じる場合もありますので、ご了承ください。

PDFファイル:22年度開講科目予定表(再訂).pdf

『大学』

中田雅敏


 古人は良いことばを残してくれるものである。「日々に新たに、また日に新たなり」と言っている。世の中異常な早さで進んでおり、まさに「日々新たなり」ある。ある意味で言えば、めまぐるしいとも言えるのである。高等学校も「高校教育」を受けて飛び級や大学入学も学齢よりも早く入学できるシステムがあるらしい。

 フィギアスケートの選手で十六歳の少年が外国の大学生に在籍となっていた。かつて森鴎外は四歳で小学校に入学して、飛び級を重ねて、十九歳で東京帝国大学医学部を卒業してしまった。十九歳は常に考えれば入学をする時期である。他の学生が入学する時期に卒業をしてしまったのであるから、それはそれで素晴らしいことであろう。

 中国の作家に魯迅という人がいた。この人は紹興の生まれである。ここに魯迅の生家がある。ある部屋に魯迅の肖像がかけられていた。その隣におなじような肖像画がかかげられていた。まことに良く似ているし、かと言って本人とは少し異なっていた。そこに立ち止まってしばらく考えていたら、ふとひらめいたのであった。

 もう一人の魯迅さんは周恩来さんであった。なぜこれ程良く似かよっておるのだろうか。よくよく考えたら二人は従兄弟であったのであった。魯迅の作品に「藤野先生」という作品がある。この作品は魯迅が日本の大学、東北大学に留学に来たときに、語学に困ったり、学習に困ったりした時に懇切に指導をしていただいたご恩と大恩とに対する魯迅の師弟愛が描かれている。涙なくしては読めない作品なのである。

 ただひとつ魯迅が義憤をしているところがある。それは中国の人々の生活の場面を映画で見たときであった。弁髪姿で舟の上で生活をする水上生活者の人々を映したとき、日本の学生が笑い出したのだそうである。これは当時日本人が中国の人々を蔑視していたことの表われであり、魯迅はこれに対しては怒りを覚えたのであった。しかし、日本の学生と一書にその映画をみて一緒に笑っている同じ中国の留学生がたくさんいたのであった。

 これは媚びたり、諂ったり、卑下したりする態度で、一種の、留学生の心の卑屈さの表れであった。魯迅の怒りはまさにそのことに向けられていたのであるが、「義憤」はまた別の感情であった。同郷の留学生が自国の人々の生活の様子を見て、日本の学生が笑っていることに対して怒りを覚えないその態度に対して魯迅は憤ったのであった。

 同時に同じ留学生が、なぜ怒らないで、日本の学生と一緒になって笑っている姿を見てなさけなく、涙を禁じ得なかった魯迅は藤野先生に相談すると、先生は、君は事の本質を良く理解した。それだからこそ、中国から来た留学生は尚一層努力する必要があることを説いたのであった。

 その上に藤野先生は、魯迅が国に帰ったら中国の人々の生活が映画に映っても笑われないように、学問を拡げ人々の意識を変える必要があるのだと言うことを懇々と説いたのであった。また藤野先生は、一人では国民の意識や生活水準を変えることは出来ないことを切々と説いたのであった。そこで魯迅は帰国すると従兄弟の周恩来とその時のことを話し合い、中国の人々の意識を変えることを相談したのであった。

 魯迅は文学を通して、周恩来は革命を通して、二人で中国を変えようと努力したのであった。やがて周恩来は中国の首相となり、日本と中国との国交を回復する大偉業を成し遂げたのであった。旧い考えだけではことはうまく運ばない。新しい事ばかりでも成功は難しい。「疾風に勁草を知る」という言葉もある。「豆を煮るに豆幹をもってする」というような方法では事はうまく運ばない。ともかく「日々新たに日に新たなり」である。

学生のみなさまへ

家庭教育専攻長 石井雅之

10月6日の「大学からのお知らせ」において、家庭教育課程・専攻開設科目の平成22年度開講予定について概略をお知らせいたしましたが、ここに、科目ごとの開講予定を示した表を掲載しますので、参考にしてください。
なお、開講学期が未確定となっている科目が一部ありますが、確定し次第、記載いたします。また、諸事情により若干の変更が生じる場合もありますので、ご了承ください。

平成22年度開講科目一覧(改訂).pdf

木造校舎とオルガン


この11月に、本学の新しい試み「プラチナ・エイジ大学講座」で、「日本の学校―今と昔―」という講座を担当することになりました。そこで、この夏、お盆に里帰りした機会を利用して、山梨県北斗市にある「須玉歴史資料館」に行って参りました。この資料館は、明治8年に落成した(設置は明治6年)旧津金学校の明治校舎を復元したもので、木造校舎の中には古い資料や教材、教具などが並んでいて大変興味深い資料館であります。

参考:須玉歴史資料館

 
展示内容はその時々によって変わるのですが、私が訪れた8月の時期にはちょうどむかしの教室の様子が再現されている時期で、当時の小さな教壇と机と椅子が整然と並べられていた時期でありました。しかもそれらはいかにも展示物といったように厳重に飾られているわけではなく、自由に手を触れ、実際に腰掛けたりすることができるようになっており、リアルに当時の学校生活の様子を感じることができるものでありました。私も小学校の頃は似たような机や椅子で過ごしていたため懐かしく思い、さっそくその小さな机の前の小さな椅子に腰掛けてみたのです。すると・・・。よくみると机の上に小さな穴が。おそらくこれは暇をもてあました児童生徒が鉛筆か何かでほった穴なのだろうと思われるものでした。かなり深くほってあって、これは1時間やそこらでほった穴ではないなと、へんに感心したりしてしまいました。


また、別の部屋に進むと、今度はむかし使っていた打楽器や笛、ハーモニカ、木琴などが置かれており、それらも自由に奏でたりできるようになっておりました。これも懐かしかったのでひとしきり堪能した後、さらに別の部屋に行き、今度は当時の先生達が記した日誌を拝見致しました。ただ、この日誌はさすがに厳重にしまわれていて詳細に中身を読むことはできなかったのですが、その中の1ページに昭和20年日本が敗戦を迎えた日の心境が数行残されており、これまた当時の先生達の緊張感が伝わってくるようで身の引き締まる思いを致しました。


そうこうしているうちに、今度は廊下の片隅にちょこんと置かれているオルガンを発見致しました。これはさすがにもう調律もくるってしまっていて使えないのだろうと思い、そのまま通りすぎたのですが、しばらくすると後方から何とも懐かしくも温かいオルガンの音が聞こえてくるではありませんか。まだ現役なのかと驚いて振り返ったところ、そのオルガンを弾いていた人物になおビックリ!古いオルガンでこれまた古い唱歌を弾いていたのは何と一緒に同行した主人だったのですから。


木造校舎と小さな窓の外に広がる緑の風景、それと絶妙に合う唱歌、オルガンの音。何ともノスタルジックな雰囲気の中で、主人の意外な引き出しを発見した何とも言えない帰省となりました。


明治、大正、昭和の三つの時代の校舎が建て並んだユニークな旧津金学校、昭和の建物では給食も食べられるとか。皆さんも気が向いたらオルガンの音を聞きに行ってみてはいかがでしょうか?


と、プラチナ・エイジ大学講座の第1回目ではそんな時代の学校の様子からお話するわけですが、それをネットの校舎から配信することになるのだから時代は変わったものですね。

ネット社会における「幻聴」の常態化


情報技術の発展による情報化社会の到来は農業革命や産業革命に次ぐ、第三の革命と言われる。我々はこの「革命」的社会変化に対応する準備は十分できているだろうか。また、このような変化の後に生まれた世代は溢れる情報の弊害を受けないような情報の取捨ができているだろうか。何度も指摘されてきたことであるが、インターネットをはじめとした情報技術のその便利さの裏には、使い方に無頓着であれば、危険性もまたあることを我々は再度認識するべきである。この感を強くするのは、個人の陰口や誹謗中傷などが匿名で行われたり、無責任な発言などが書き込まれたりする掲示板など、「聴かないほうが良い情報」が多すぎるからである。特定の個人や国籍、集団に属する人に対しての誹謗や、なかには「死ね!」という言葉が書き込まれているサイトがある。


通常の生活では面と向って人に「死ね!」という場面に出くわすことはそうめったにないだろう。街のなかを歩いていて、見知らぬ人どうしが「お前キモイ!」とか言い合っていたり、どこからともなく自分に対して「お前ウザイいんだよ」と罵倒する声が聞こえてくる。あるいは、道ですれちがう人がこちらをちらっと見て、心の中でつぶやいた声や想念が声になって聞こえてくる。「お前○○な顔しているな」と。あたかもサイコ・スリラー映画の一場面のようである。また、この状況を、まがまがしく怨念に満ちた言葉が言霊の力で呪力となって飛び交う場面に見立てれば日本版サイコ・ホラー映画のワンシーンのようでもある。このような通常の生活空間で聞くことがない発言が「聞こえる」ことがネット空間では日常化している。非常に危険な状態である。


このような悪しき言葉が飛び交い、自分を取り巻く他者から自分が憎悪の対象として見られる状況に置かれれば人は強迫神経症的になるだろう。総てが自分に向けられた言葉ではなくとも、いつそれが自分を攻撃してくるか分からない不安に駆り立てられる。実際、「学校裏サイト」などはこのようなことが起っている。多くの人がネットを利用するなかでこのような状況が常態的に続けば社会全体が脅迫神経症化してしまうのではないだろうか。


こんな不安に駆られるのは、この「通常聞こえないはずものが聞こえる状態」の常態化が、一種の「幻聴」を体験する状態と通じるところがあるからである。幻聴は統合失調の病やシャーマンが成巫過程で体験されるものであるが、この幻聴がひどくなると日常生活に支障をきたすようになるといわれる。日常のリアリティが保てなくなるともいわれる。シャーマンの成巫過程に見られるいわゆる「巫病」では、幻聴や幻覚は、心身の苦痛を伴い、その体験によっていったん自己がバラバラに崩壊し、神霊や先祖の声などによる召命体験を経て、新たな人格として再統合がなされて巫者となる。幻聴は自己の日常のリアリティを崩壊させる危険性があるのである。このような幻聴を経験する人は多くはない。しかしながら、「通常聞こえないはずものが聞こえる状態」が常態化する形で、この幻聴体験を、擬似的かもしれないが、情報化社会のなかで多くの人が体験する状況ができてしまっているともいえるのである。


通常の人間には、聞こえるはずがない声は聞こえない(聞かない)ほうが良く、言ってはならないことは、種々のハラスメントにあたるもの同様、言ってはならないこととしてネット上の空間でも社会のルールが共有されることが必要である。社会全体が強迫神経症化する前にネット空間と日常世界の社会的ルールがより良い形で統合されていくことが必要である。そのような統合的なルールの構築には、おそらく規制や管理の強化よりも、教育機関や家庭教育のなかで、子ども達に重要なルールや、言葉がもつ力や、その力の適切な使い方をしっかり伝えていくことがもっとも有効なものとなるだろう。言霊の文化をもつ我々である。言の葉の力は正しく使うべきである。悪しくその力をつかえば、人を呪う術を手に入れた邪術師と化すことになる。

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