家庭教育の教員より(43): 中田 雅敏 教授

『ご一新』

                         

 司馬遼太郎の畢生の作である『坂の上の雲』の第一部が年末に放映された。大志を抱いた若い人々の活躍が活写されていた。しかし私達の明治維新像は貧弱な想像力しか持っていないのである。大河ドラマの史観と歴史教科書の史観しか持ち合わせていないからである。ドラマはドラマでしかない。だから私達は誰かが思い描いた様相と事実の羅列を知るだけなのであるが、それでも明治維新とはこういうものであったとそれぞれが思い描いているのである。
 本来、世界の歴史や政治史、経済史などと比較してみたら、どんな位置づけになるのであろう。坂野潤治氏と大野健一氏の共著の『明治維新』によれば、「明治維新とは、非西欧世界における極めて例外的でユニークな社会変動」であったと説明されている。憲法を制定し、議会を開設し、他方で富国も強兵も推進した。なぜ複数の国家目標を同時に達成実現できたか、という疑問に充分に応えている。

  をとゝひの糸瓜の水も取らざりき   
  糸瓜咲て 痰のつまりし仏かな      
  痰一斗 糸瓜の水も間にあわず     (子規)

 右の三句を残して子規は、明治三五年九月一九日の未明、享年三四歳の生涯を閉じた。子規も明治維新という国家的大事業を成す一人たるべく上京していた。しかし、結核性カリエスという阿鼻叫喚の苦しみの病のため、その大事業に参ずることができずに朽ち果てたが、この期の人々が抱いた「修身・斉家・治国・平天下」という志は見事に達成したと言えよう。
 生きながら自分を仏に見立て、この「仏」の句の両側に二句を添え、あたかも三尊像の脇侍のような絶筆は、死ぬ季節のことまで気に掛けていたという子規の壮絶な志を知ることができる。江戸期の卑俗な月並俳句を嫌い、写生による俳句革新を推進していた子規は、「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」という国民的愛誦句を残した。一部の江戸期の豪商や酔人による月並月例饗宴俳句会を毀し、解放されて写生により誰でも愛唱作句ができる「文芸ご維新」を、たった一人病床六尺の世界で成し遂げた。これが子規による明治維新であったのである。

  糸瓜さへ仏になるぞ後るゝな      (子規)

 「草木国土悉皆成仏」と前書きがある。河東碧梧桐は「人の思ひもよらぬ、又た形の雅な糸瓜を捕らへて其辞世を作った。将に息を引き取らんとする数時間前に於いても、尚この用意を存して居ったのは真に驚くべき事と言はねばならぬ」と書いている。この意気軒昂たる志が明治維新という大事業を完遂させたのであった。人々は「ご一新」と呼んだが、俳人たるものこのような志を持ちたいものである。
 私達は発展と速度と効率を一律に求める波に押し流されている。世界の過去も振り返る研究を通して受け継ぐべき価値あるものを回復し、これまで私達が真理・普遍的と考えていたものを再考する必要に迫られている。明治維新を成功させたものは「柔構造」という、柔軟で強靱な意志とを持って複数の国家目標を達成する考えであるようである。

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このページは、家庭教育が2010年2月20日 11:25に書いたブログ記事です。

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