2010年3月アーカイブ

ご挨拶


本学が開学してからこれまで、非常勤講師として2年、専任講師として4年、教育学関連の科目を担当させていただいて参りましたが、この3月で八洲学園大学から筑波大学に籍を移すことになりました。本日、3月31日に研究室の片づけを終え、残りの数時間をこうして皆さまへのメッセージを書く時間にあてておりましたら、いろいろな思い出がよみがえってきて、なかなか筆が進みません。


とにかく、皆さまには、まだ右も左も分からない時分から本当に良くしていただいて、おかげさまで6年間、いろいろなことを学ばせていただく機会を得ることができました。とくに、本学の学生さんたちはどんなに忙しくても、いつも前向きで、とってもパワフルなエネルギーを放出しており、その活力に何度救われたか知れません。


ただ、家庭教育課程/専攻のスタッフとして、家庭教育課程/専攻の募集停止という事態を防ぐことができなかったことを残念に、また申し訳なく思っております。しかし、これからの時代、親が子どもを産み育てることを迷いなく、心から選択したいと思えるような社会を実現させるためにも、家庭教育支援者の育成は、紆余曲折を経ながら、様々な形で継承されていくことと存じます。


私も、来年度は非常勤という立場ではありますが、本学でもいくつか教育関連の科目を担当させていただくことになっております。そういう意味では、お別れの言葉ではなく、また新たな気持ちで皆さまの学習の手助けをさせていただきますというご挨拶として、メッセージを残しておきたいと思います。


皆さん、これまで本当にありがとうございました。そして、4月からもまた宜しくお願い致します。

春の日ざしに
渡邉 達生


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 春分の日の正午、お日様は赤道の上にいます。そして、この日より、お日様の正午の位置は、赤道を越え、北に向かいます。(いや、太陽が動くのではなく地球が動く...いや、まあ、それはそうですけど、それはその...)


 その春分の日、春風が吹き荒れました。その春風に吹かれ、近くの公園に出かけました。ケヤキやブナは葉っぱを落としてお休み中。しかし、若草色の新芽をかすかにのぞかせていました。サクラは枝先をほんのり赤く染めていました。そして、その近くに、春の日ざしを浴びて、緑の葉をつけているツバキの一群がありました。この木の下に入り、カメラを回転させながらシャッターを押すと、右上の写真になりました。混沌とした不思議な世界の登場です。


 緑色は葉、青色は空、茶色は木の枝です。でも、この写真からは、それらの存在を理解することはできません。しかし、それらの存在は確かにあり、その存在を知ってこの写真を見るのと見ないのとでは受ける意味も違ってきます。人の存在と、その理解も、このようであるのかもしれないと思いました。


 
 先日の帰り、池袋駅のホームの売店で文庫本を買いました。浅田次郎の『草原からの使者』。その本を読んでいて、心を動かされ、付箋を貼ったところがあります。
...「和男はその従順さと誠実さゆえに、父の不信を買ってしまったのでしょう。」...
 (エッ、ナンダッテ。従順・誠実であることが悪い?ドウシテマタ!)
 お父さんは、一代で名声と冨を築きました。和男という人は、そのお父さんに従順であり、何事にも誠実に尽くしました。だから、お父さんにとって信頼の置ける人となっていたのです。しかし、そのお父さん、自病が悪化し、余命がいくばくもないことを知らされたとき、信を不信に変えました。従順であること、誠実であることは、自分がこの世に存在しているときには、価値のあることでした。それによって、自分の築いてきた富や名声が守られます。ところが、自分がこの世から去っても、なお、自分が築いたものを守ろうとするとき、それではすまされなくなったのです。作者は、主人公に語らせます。
...「父の考えはわからんでもありません。人間、目の黒いうちは「裏切らぬこと」が信用の第一ですけれど、死んでしまったあとは「失わぬこと」が信用ですからね。その点、人の好いばかりの和男は信ずるに足らなかったのです。和男はそんな父に、どれほど理不尽を感じたでしょうか。」...
 人に尽くすことは、それをくり返すことで、相手には鈍重と映り、猜疑心の芽を生ませることにもなるのです。考えさせられるところです。信も不信も、所詮はわが身の保身から来るのでしょうか。


 この時期は、入学、卒業、入社、の時期とも重なります。それぞれに、人生の門出であり、めでたいことです。そこには、新たな人との出会いがあります。新たな人たちと仲良く過ごしたい、一緒になって一生けんめいにがんばりたい、と誰もが思うことでしょう。でも、であるがゆえに、不信を買ってしまうこともあるのです。希望の春が、失意の春に転化しないとも限りません。それは、その人に落ち度があるのではなく、人の習性としてのしかたのないことでもあるのだと思います。


 それを持ち直すのが家庭の力でしょう。この写真には、もともと、春の日ざしを浴びている緑の葉がありました。青空もありました。茶色の小枝もありました。それを知っている撮影者には、この写真からでもその存在を理解することができます。それと同じように、長い間生活を共にしてきた家族は、互いに本来の姿を知っています。互いに、それを知らせ合い、はげまし合う機微もつかめることでしょう。春はアクティブな季節。家族それぞれに、自分の役割を認識するときがめぐってくるかもしれません。一緒になって、春の日ざしを家庭の中に取り入れましょう。


家庭教育の教員より(46): 望月 嵩 教授

別れの言葉
望月 嵩


 2004年八洲学園大学がスタートしたとき、非常勤講師として家族社会学概論の科目を担当しました。そして、2006年、専任教員となって、現代の社会病理や夫婦関係概論、教育社会学などを担当してきましたが、この3月で退職することになりました。


  「家庭教育こそ教育の原点」というスローガンのもとにスタートした八洲学園大学は、インターネットによる通信制の大学として時代の先端をいく大学でした。時代は、家庭教育の衰退を憂え、どうしたら家庭教育の再建ができるのか、家庭教育学の構築に大きな期待がかけられていました。ところが、家庭教育について学ぼうという学生は、あまり集まりませんでした。大学の存続が危惧されるような状況でした。その結果、この4月からは、家庭教育を学ぼうという学生に募集はなくなり、大学の構成から「家庭教育」という言葉も消えてしまいました。


 家庭教育は、これからも大きな社会問題として関心を呼ぶでしょうし、真剣に考えなければならないでしょう。その意味では、八洲学園大学がその建学の精神を数年にして放棄してしまうことになってしまったのは本当に残念なことです。せめて、日本家庭教育学会が認定した家庭教育師、家庭教育アドバイザーの資格を取得できる道は、是非残してほしいと思います。


 思えば、1971年10年間勤めた東京家庭裁判所から大正大学へ移ってから40年を大学教員として仕事を続けてきたことになります。大学を卒業してすぐ家庭裁判所調査官として東京家庭裁判所に就職した私には、研究者としての訓練や教育者としての素養ありませんでした。ですから、大学生活に入った当初は右も左も解らず、無我夢中の毎日でした。そんな私がこれまで大学の教員として勤めてくることができたのは、学生として私の授業を受けてくださった多数の皆さん、家族社会学の研究者の仲間として受け入れてくださった家族社会学関係の先生がた、教員として認めて多くの援助をしてくださった大正大学の関係者の皆さんなど数え切れない多くの方々のご指導、ご援助があったからにほかなりません。本当に暖かいご厚情に包まれた幸せな人生でした。


 人間は、一人では生きていくことができません。本当に多数の人たちの助けがあって生きていけるのです。第一線を退くことになった今、あらためてそれを実感しています。最後に皆さんのご健勝とご多幸を心からお祈りして、お別れのご挨拶といたします。ありがとうございました。

異国での孤独な子育て奮闘記

水野 建雄


今回は学生の育児体験の報告を書きます。

秋学期の授業で「父親の育児参加」の意味や意義などを話していた頃、イギリス在住の受講生の一人が、「異国での孤独な出産・子育て体験」という手記を寄せてくれました。彼女は家族がすべて違う民族という特別な「マルチ民族家族」のなかで子育てに頑張ってきました。その姿の一端を紹介してみます。

出産後の子育て中の日記に、「一日が本当に長い」「主人が会社へ行くと後はこの子と二人だけ。何の反応も無いただ泣くだけの息子。本当に辛い」、「会社に行って仕事をしていた方がどんなにラクか!」と書き、さらに、「どうして子供なんか生んだんだろう!」、「おっぱい飲んで、泣いて、寝るだけ。なんなのこの人!?」と綴るように、この時期、精神的に追い詰められていた。この危機的状況をこう書いています。

その時、実はいわゆる'ベビーブルー'になっていたのだ。我が子が可愛いと思えず、「この子のせいで好きな仕事も辞めなければならなかった。」と思う自分がいた。毎日訪問してくれたヘルスビジター(保健婦)は、ことの重大性を感じ取ったため、'すぐにGP(家庭医)に行きなさい!」と悲壮な顔の私に言った。医者に行くと、「これは立派な病気で、このような症状が極端になると、窓から乳児を投げ捨てたり殴ったり蹴ったりという、いわゆる乳幼児虐待となります。」と言い、その事態の深刻さに自分でも驚いた記憶がある。

精神的に病んだ時一番厄介なのは、本人が認めない、認めたがらないことだとも言われた。 そんな時に、私を救ってくれたものは夫の協力であった。

主人の献身的な力強い協力が彼女を救った。その協力がいかにありがたく大切であったかが、その後克明に綴られています。そして今、彼女はまったく幸せです。

普段はろくな返事もしないし、外を歩くときは私と10mは離れて歩く息子達に、私の存在など果たして彼らの中にあるのだろうか、と疑問さえ持つ毎日の中、私よりもはるかに大きい彼等が、誰も見ていないところで、「おかあさん」と、甘えた声で後ろから抱きしめて来る時、私の手探りの子育ても今のところ間違ってはいなかったのかもしれないと思う。
(ミカレフひとみ「異国での孤独な出産・子育ての経験」:手記)


子育ての偉業のなかで、親は深い責任をもち強くなります。倫理学者のハンス・ヨナスは、「乳飲み子は単に存在しているのではなく、当為を内蔵している」といい、「乳飲み子はいっさいの責任の原型である」と言っています。当為を真正面から引き受けることが親の責任です。いっさいの責任がためされる原型が乳飲み子だというのです。それを果たして親は強くなるということだと思います。

秋学期末に卒業されるみなさん、ご卒業おめでとうございます。


本学では、履修の要件を満たすと、家庭教育アドバイザーの資格を得ることができます。卒業に際して、家庭教育アドバイザー認定証、及び証明書の発行を希望する方は、以下にその手続きの方法をお知らせいたしますので、それにしたがってください。

(1) 家庭教育アドバイザー認定証
「家庭教育アドバイザー認定証」は、日本家庭教育学会が、本学での履修状況を審査して発行するものです。(ただ、本学独特の、保育期アドバイザー・児童期アドバイザー・青年期アドバイザー・スクールアドバイザー、という各専門分野についての記載はありません。)
尚、この申請で、同学会が認定する「家庭教育師」の認定証も、合わせて発行されます。


①希望者は申請書(3月1日以降、支援センター情報ページにUP)をダウンロードして印刷し、必要事項を記入のうえ、郵送にて、本学の支援センター宛に送ってください。(その際、封筒の表の左端に朱書きで「家庭教育アドバイザー資格申請」と書いてください。)本学から学会に申請します。認定証の発行経費は無料です。

②この認定証を希望する方は学会員であることが必要です。まだ学会員でない方は学会への入会申込書を学会のホームページの「入会案内」からダウンロードして印刷し、必要事項を記入のうえ、上記①の申請書に同封して送ってください。入会申込書には、推薦者の記入欄がありますが、今回の場合は空欄でよいです。(学会のホームページは、日本家庭教育学会で検索すると出てきます。またアドレスは次の通りです。http://www.katei.gr.jp/ )
尚、学会の年会費は5000円です。(正科生として再入学した場合は、学割が適用されて3000円となります。) 会費納入のお知らせが届きましたら、納入してください。


(2) 証明書
「証明書」は、本学が、家庭教育アドバイザーの専門分野(保育期アドバイザー・児童期アドバイザー・青年期アドバイザー・スクールアドバイザー)について、履修状況を審査し、本学学則に基づいて、その教育課程を修めたことを証明するもので専門分野が表記されます。

①専門分野の証明書が必要でない方は、この申請は必要ありません。

②申請された専門分野ごとに証明書が発行されます。

③三つ以上の専門分野の証明書が必要な方は、申請書にその理由を記入してください。

④証明書の経費は、「科目修得認証」の証明書と同じく、一通5000円です。

⑤希望者は、上記の家庭教育アドバイザー認定証の申請書(3月3日以降、支援センター情報ページにUP)と同時にUPされる申請書をダウンロードして印刷し、必要事項を記入のうえ、郵送にて、本学の支援センター宛に送ってください。その際、封筒の表の左端に朱書きで「家庭教育アドバイザー資格申請」と書いてください。

⑥「家庭教育アドバイザー認定証」の申請書と「証明書」の申請書は別です。二つ必要な方は、それぞれの申請書2通を同封して申請してください。また、学会員でない方で、「家庭教育アドバイザー認定証」の発行を希望する方は、学会入会申込書(学会のホームページからダウンロード)も合わせての、3通となります。
 

(3) 締め切り及び発行予定日
 締め切りは、いずれも、3月31日です。
 家庭教育アドバイザー認定証の発行は5月中です。
専門分野の証明書の発行は5月中です。


以上、家庭教育アドバイザーの資格申請手続きについてお知らせいたしました。よろしくお願いいたします。

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