家庭教育課程の教員よりの最近のブログ記事

夏に見た 命の不思議
               

渡邉 達生


minotomato.JPG


今、家では、毎朝、アサガオがたくさんの花を咲かせています。また、ミニトマトが赤い実をつけています。しかし、ナスは花をつけても実をつけるまでにはなりません。
今年の夏は、アサガオとミニトマトとナスの三者に、いろいろなことを教わりました。


 5月の終わりの頃、この三者の種を同時にまきました。種は4月の終わりには手にいれていたのですが、忙しさに、ついつい遅れ、一ヶ月ほど遅い種まきとなりました。そのとき三者を見比べてみて、改めて気づくことがありました。アサガオの種は大きいということです。アサガオの種は小粒ですが、それよりもミニトマトの種はとても小さく、そしてさらに、ナスの種はそのミニトマトの種よりもとんでもなく小さかったのです。


 種をまいて、三日でアサガオは芽を出してきました。しかし、以後の数日、いくら待っても、ミニトマトとナスの芽は出てきませんでした。その間に、アサガオは双葉を広げ、本葉を出して、ツルをのばし始めていました。まさに、アサガオのひとり勝ち状態でした。その生命力はミニトマトとナスを圧倒している...そんな感じさえしました。


 それから遅れること一週間、ようやくミニトマトも芽を出しました。しかし、その芽の茎はアサガオの芽の茎とは比較にならないほどに小さく、弱々しいものでした。そして、さらにそれに遅れること10日ほどでナスが芽を出してきました。ナスの芽の茎はミニトマトよりも極端に細く、まさに極細状態。これでやっと三者が太陽の下に並びました。喜んだものの、その差は歴然としていて、すでに大きな葉っぱをたくさんつけたアサガオを前にすると、ひ弱に見えるミニトマトやナスの行く末が不安になるのでした。


 ところが、それからの毎日、水をあげていると、ミニトマトやナスの生長には目を見張るものがありました。ミニトマトは茎を上に向けて高く、高く、伸びます。アサガオは支柱にすがり、ツルの先端はそばにあるものを頼りにさっさとのびていきますが、その生きる姿はなんだか頼りなげです。常に周りにあるものを伺い、周りにあるものに自分をからめて生きようとしているのです。のびようとする自分の意思はあるのですが、丈夫な他人をとらえることに躍起になっているようです。ところがミニトマトは自分の茎を持ち、上に向かってぐんぐん伸びて行きます。アサガオの背丈をいつの間にか追い越していました。
また、ナスは葉っぱを大きく広げるようになりました。そしてアサガオの葉っぱよりも大きく分厚い葉っぱになりました。茎も太くなりました。

自分の支柱をもたないアサガオの種、自分の支柱をもつミニトマトの種とナスの種。それぞれに、生きることの知恵をたくわえていました。アサガオが芽を出すのが早かったのは、自分の頼れる支柱を早く確保したかったからであり、ミニトマトとナスの芽が出るのが遅かったのは、その間、支柱を支える自分の根っ子を、それぞれ、地中につくり出すのに時間をかけたかったからだと思われます。ナスは、より、重たい実を茎に吊り下げるようになります。だから、より、丈夫な茎と、より豊富な養分が必要となるために、地中での準備に時間をかけていたのでしょう。


やがて、三者に花が咲きました。三者三様の花でした。花から実になっていくのが生きる者のストーリー。アサガオは花の咲いた後に種をこしらえています。ミニトマトも実ができて赤く熟れました。この実の中に種があることでしょう。
ところが、まだ、ナスには実がなりません。たくさん花をつけるのですが、実にはならずに花は落ちてしまいます。実は、ひと月ほど前、生育が遅いからと、たくさん肥料を与えたことがありました。猛暑に立ち向かう元気をつけてあげようとしたのです。それで、葉っぱは茂るようにはなったのですが...。どうやら、これが花の健全な生育に悪影響を及ぼしたのではないかと...、今になって反省です。過度の心配は、自分の力で生きようとしている者にとって逆効果となったようです。ナスさん、ごめん。もう少し、待ってみます。どうぞ、実をつけてください。


アサガオ・ミニトマト・ナス、これらの小さな種が、命の不思議を教えてくれた暑い夏でした。


身近にある植物も、命をもち、生きようとしています。時おり、そのことに目を向けることによって、そのけなげな生きる姿が、それを見る人に生きる力の存在と、生きることの価値を知らせてくれます。


これから、時は、秋に向かいます。そこにも、様々な命の不思議があることでしょう。自然に向かって心を広げてみませんか。

横浜市の弘明寺駅界隈は古くから門前町として栄え町会(町内会)組織がしっかりしています。
今年は最寄の八幡神社の例大祭の年に当たり、 8月の20、21、22日は、神輿を繰り出し町会どうしで弘明寺参道に繰り出し、勢いを競います。


隣の町会は域内の小学校の教員や学童保育指導員が助っ人として多数参加してすごい勢いですがこちらは古い住民主体。 私も担ぎ子として(妻子は先触れの灯明持ちとして)、宵祭り、子ども神輿、本祭りと皆勤賞で参加しました。


神輿巡行の合間にご婦人方が用意してくださるスイカ、冷やしトマト、キュウリ味噌のウマいことウマいこと! 腹が空けば、炊き出しのおにぎりや漬物をほおばります。


夕方からは、町会/子ども会役員での合同反省会が続きます。 古い町なので、町内のこどもの状況はみんなで共有しています。 ワイワイ飲みながら、子ども会の行事や運営の細部が詰まってゆく様はまさに地域力でした。


新しい学習指導要領は、「学校と地域の連携」を強く打ち出しています。従来の地域連携は学校から地域への学校行事支援に向けた一方的負担のお願いばかりでした。もっと違う双方向の連携:地域の文化や伝統、つながりを学校に取り込むような形の連携もあってもいいなぁと、反省会の席で思うのでした。

日本家庭教育学会第25回大会がもうすぐです。

                             
大石純子


いつの間にか立秋を過ぎ、少しだけ暑さが和らいだような気がしています。この時期は、毎年何かと多忙です。来る8月21日には、日本家庭教育学会の第25回大会が開催されます。茗荷谷駅近くの貞静学園短期大学というところで開催されますので、是非、関心のある方は、お越しください。毎年、熱心な会員の方々、そして、家庭教育実践活動をされている方々など、たくさん集まります。家庭教育関係の情報交換に最適の場所と思いますので、遠慮なくお立ち寄りください。


八洲学園大学の誕生とともに生まれたわが娘も6歳になり、ずいぶんしっかりしてきました。しっかりしてきた分、精神構造も複雑になるようで、いろいろな愚痴ももらします。なだめたり、励ましたり、時には突き放したり、まだまだ新米の母親は、日々、家庭教育を実践しつつ、仕事、研究、剣道と、もろもろ努力しています。
暑さに負けずお互い頑張りましょう。

家庭教育アドバイザー達の活動のご報告


これまでに八洲学園大学の家庭教育課程・専攻が輩出した家庭教育アドバイザーの方はおよそ70名ほどで、今年10月の認定予定者を含むと、80名近くなる見通しです。アドバイザー資格の認知度や活動範囲は、初めての資格のことで決して広いとはいえないものの、社会の家庭教育分野の様々な活動に有効にして利用されていると思います。ここではその活動の一環として今年度にアドバイザー達と本学の家庭教育課程・専攻が一緒に行ってきたアドバイザー達の活動をご報告申し上げたいと思います。

一番目の活動としては、八洲学園大学の公開講座の一つとして「家庭教育支援講座 子育ての親へのミラクルアドバイス」の講座を開催したことです。これは4月から5月に亘って週1回、一講座50分ずつの内容で、教員2名とアドバイザー6名が講師を務めました。アドバイザーとしては青山利江さん、城条洋子さん、八木由紀さん、和倉慶子さん、八坂卓史さん、攝待逸子さんが参加して、日頃の家庭教育の経験や知識を披露してくれました。


二番目としては、5月に日本と韓国の家庭教育学会が主催する第4回日韓家庭教育シンポジウム(今回は韓国ソウルで開催)にアドバイザーとして3名が参加し、そのうち丸山美輪子アドバイザーが発表をしました。このシンポジウムにおいてのアドバイザーの参加・発表は初めてのことで、韓国に日本における家庭教育の重要性・関心度を知らしめすよい機会になったと思います。


三番目は、6月~7月の間に神奈川県が支援する「かながわコミュニティカレッジ連携講座」を開催したことです。「家庭教育支援活動入門講座」というタイトルで、教員2名とアドバイザー4名が講演を行いました。アドバイザーでは上記の青山さん、和倉さん、八坂さんに、新たに坂本有希子さんが加わりました。参加者こそは多くなかったが、6週に亘る講演で参加者の皆さんが一回も休みなく熱心に聞いてくれたことの嬉しさや、八洲学園大学の家庭教育カリキュラムを聞かれて、募集停止になってしまったとしかいえなかったときの無念さは今でも鮮明に覚えています。


そして、先週土曜日(8月21日)の日本家庭教育学会の第25回大会に多くのアドバイザーが参加し、八木由紀さんが見事な研究発表を行いました。家庭教育分野の多くの専門家達にアドバイザーの存在をしっかりとアピールすることができたと思っています。

以上、半年間の家庭教育アドバイザーの活動をすこし振り返ってみたのですが、ここに集まったアドバイザー達の活躍や能力も素晴らしいですし、その意味でもアドバイザー資格を活用した社会活動の可能性は無限大に広がっていくと思います。現在、八洲では不本意に家庭教育が排除されて挫折を味わっていますが、世間では逆に、単なる子育ての支援やスキルのことではなく、本当の意味での家庭教育の重要性がますます叫ばれています。アドバイザーの皆さん、頑張っていきましょう。

最後にこれからの計画です。

10月18日、25日の2回に亘って、「家庭教育支援講座Ⅱ」を行います。今回はアドバイザーとしては坂本有希子さん、丸山美輪子さん、教員では鈴木先生、江田先生が登場します。詳しくはこちらをご参照下さい。
そして、「家庭教育アドバイザー協会」の設立も計画しています。準備が整える次第にお知らせいたしますので、こちらもよろしくお願いいたします。

「街づくりと家庭教育」―家庭教育師、家庭教育アドバイザーの役割―


1、教育基本法
教育基本法には次のように記されている。
「学校・家庭及び地域住民その他の関係者は、教育におけるそれぞれの役割と責任を自覚するとともに、相互の連携及び協力に努めるものとする」(第13条)


2、学校教育法
また、学校教育法にはこうある。
「中学校、高等学校は、当該学校に関する保護者及び地域住民その他の関係者の理解を深めるとともに、これらの者との連携及び協力の推進に資するため、当該学校の教育活動その他の学校運営の状況に関する情報を積極的に提供するものとする」(第43条)
 これらの法の目的はおよそ次のような点にあるといえる。
①学校は地域の人々とともに生徒を育てていくという視点に立つこと。
②家庭、地域社会との連携を深め学校内外を通じた生徒の生活の充実と活性化を図ることを目指す。
③学校、家庭、地域社会がそれぞれ本来の教育機能を発揮し、全体としてバランスの取れた教育がなされ、児童生徒の健全な育成を目指すこと。


3.具体策
上記の目的を達成するには次のような具体的な対策・取り組みが必要となると思われる。
①地域の人々の積極的な協力や家庭の参加を得て、生徒にとって大切な学習
の場である地域の教育資源や学習環境を一層活用して役立てる。
②各学校の教育方針や特色ある教育活動、生徒の状況などについて家庭や地域の人々に説明し理解協力を得る。
③家庭や地域社会における生徒の生活のあり方が相互に大きな影響を与え合っていることを考慮し、地域の人々の生徒向けの学習機会の提供、地域社会の一人としてのボランティア活動の積極化など、学校、地域がもつ本来の教育機能が総合的に発揮されるように協力体制を作る。
④近隣の学校や地域の学校同士など全体を含め、町同士で連携や交流を図ることが大切である。


4、学校、地域同士の連携
学校同士、地域同士が相互に連携を図り、より豊かな人間関係を広げ、経験をつみながら広い視野を持った人間を育てるためには次のような取り組みが必要になると考える。
①それぞれの町に伝わっている年中行事、祭礼などに、地域設立の学校という狭い意識を捨てて、積極的に参加を促す。
②近隣の学校同士が連絡会や合同の研究会、研修会を設立することで、どんな街づくりが行われているか、どんな年中行事があるか、そこで協力できることは何があるか、互いに交流を深め参加することができるか、などを生徒、地域の人々同士で確認し、連携を図る。
③広い視野に立って教育活動が行えるような街づくりや、地域相互に伝わる伝統文化をお互いに学ぶことによって、家族や、家庭のあり方の原点を見極めることができる。
④近隣の中学校や高等学校で、自分の住む町についての歴史や、生活、人々の暮らしを調査し、発表会をもつなどすることによって家のあり方や、教育活動の改善を図るなどの上で極めて有意義で新たな発想が生まれる。


5、家庭教育師、家庭教育アドバイザーの役割
学校同士の交流、地域の学校同士の連携などを推進する役割として、学校教育士、家庭教育アドバイザーは大きな意義と役割を持っている。学校同士の交流を図り、近隣の中学校や校区の小学校と連携協力し、学校行事、クラブ活動、部活動、自然体験活動、ボランティア活動、情報通信ネットワークなどの活用、介護施設訪問、特別支援学校などとの交流を図ることによって、生徒の活性化と、幅広い視野と、広く深い体験をし、視野を広げ、豊かな人間形成を図ることができる。これらは学校の教育活動の一環ではあるが、校務としては教員による実現は不可能である。ここに家庭教育師、家庭教育アドバイザーのコーディネートと指導力が求められているのである。
①障がい者基本法第14条による交流と共同学習を実現し、正しい理解と認識を深め、同じ社会に生きる人間として共に生きてゆく大切さを学ばせる。
②都市化や核家族化の進行により、日常の生活において、高齢者と交流する機会は少ない。高齢者と積極的に向き合い、自然に触れ合う機会は「街づくり」としての意味を持っている。積極的に学習機会を設け、古老より「家のあり方」を学習する。
③高齢者から様々な生きた知識や人間の生き方を学ぶ。
④高齢者を学校行事に招待する。高齢者より伝統文化を学ぶ。高齢者の豊かな体験に基づく話を聞く、介護の手伝いをする。


6、行政に働きかけをする、家庭教育師、家庭教育アドバイザー
埼玉県教育委員会では昨年(2010,2月)にそれまで設置されていた「生涯学習文化課」を廃止し、「家庭・地域連携課」に改組をした。これは「埼玉県アドバイザー」という資格を持った人々で構成され、「県子育てアドバイザー」「県家庭教育アドバイザー」が主たる資格でこの資格は県教育局が開催する要請講座(10日間、計50時間)を受講した人が認定される。現在の時点で1155人が登録をしている。2008年度の活動実績は10,000件を超えてますます受講要請がある。大きな団体として「県家庭教育振興協議」(260人組織)と「県子育てアドバイザー」(340人組織)が中心となって、講演会や相談会、個別家庭指導を実施している。


埼玉県教育委員会に設置されていた「県教育局生涯学習文化課」を2009年(平成21年)より名称組織を変更して「県教育局家庭地域連携課」となり、「家庭教育アドバイザー部」と「子育てアドバイザー部」が設置された。本年度から受講を終了した、これら二つの「県家庭教育アドバイザー」と「子育てアドバイザー」の人たちが実際の活動に携わり、すでに平成22年度で10,000件を超える要請がある。時代は確実に「家庭教育」を必要としているのである。

現代に徳を求めて


 私は、数年来、「諸徳の形成と秩序」を研究課題に掲げています。勇気、節度、謙遜、忍耐強さ等々といった「徳」です。多様な徳のそれぞれについて、その具体的な事例と概念的な分析をわかりやすく示して、人としてのあり方について考えを深める材料を提供することが念願です。秋学期からは本学での私の担当科目に「徳の倫理」が加わりますが、その科目で勉強の一端を示せればと考えています。


 現代人に(欠けているがゆえに)求められる徳目ということでいうと、たとえば、日本語にも訳されたコント・スポンヴィル(1952- )の『偉大な徳についての小論』(1995)が参考になります。そこでは、礼儀正しさ、誠実さ、思慮深さ、節制、勇気、正義、心の広さ、同情、慈悲、感謝、謙虚、率直さ、寛容、純粋さ、優しさ、誠意、ユーモア、そして愛、が挙げられています(訳語は、中村昇他訳『ささやかながら、徳について』紀伊國屋書店、1999年による)が、どうお思いになりますか。


 私は、これらはいずれも今あらためてその重要性を再認識するべきだと思っており、現在の授業の中でも折に触れて関連する話をしています。特に、上に「率直さ」と訳されているsimplicitéは現在の関心事です。この語は、「素朴さ」「純朴さ」「純真さ」とも訳されうる語で、場合によっては「単純」であるがゆえの「愚かさ」や「愚直さ」をも意味しうるものです。ある見方からすれば「愚直」とも評せられるような「純真さ」のもつ力、立派なことを成し遂げる力に注目しています。


 ある人が、私の好きなある歌手を評して「純真さと優しさ(simplicité et gentillesse)」ということばを使っていたことも、関心を深めさせてくれました。


 先日、5歳の子どもが「わたしにはやさしい力があるの」と言いました。「誰かにそう言われたの?」と尋ねると、「自分で思いついたの」と言います。幼児ですから「やさしい力って何?」と質したところで、説明できるはずもありませんし、どれほどの意味で言っているかもわかりませんが、このところ繰り返し言いますので、何か意味を見いだしているのかもしれません。私のほうも、「やさしさ」と「力」の結合について考える機会とヒントを与えられました。


 今後も、人とのかかわり、読書など、いろいろなところに手がかりを見いだしつつ、徳について考えていきたいと思っております。


 *なお、現代において徳を養うことの意義と問題点については、平成21年度の家庭教育専攻共同研究成果報告書『家庭教育学事始』所収の「徳倫理と徳育という課題」という小論に私の見解を述べておきました。もし少しでも関心を持っていただける方はお読みいただければと思います。『家庭教育学事始』には、家庭教育専攻に所属する先生方の昨年度の研究成果がわかりやすいことばで示されていますので、他の先生方のお書きになったものもぜひお読みください。

「ひきこもり」を脱しつつある青年のこと


 先日自宅で長い間ひきこもっていた青年に会った。彼はエリートになることを目指していたので大学は卒業したのだが、人見知りする性格で団体生活が苦手だったので就職しなかったそうである。そして10年間もひきこもったのであるが、その間の記憶は「ない」と言うのである。いわゆる解離性健忘というものであろう。人はあまりにもつらい記憶を忘却することで心の健康を保つものだから。気がついたら、現代の若者宿ともいえる民間の自立支援施設にたどり着いていたので、自分のことを「タイムスリップして来た時間旅行者だ」と言っていた。


 ようやく親の家を離れて施設で生活を始め、同じようなひきこもり体験をした者同士で生活する中で彼は生きる喜びを感じるようになっていったのである。ごく当たり前の「同年代の人たちとおしゃべりすること」に、「一緒に食事すること」に。そして仲間に誘われて一緒に仕事をするまでになったのである。彼は「幸せはこのような普通の生活の中にある」と思えるようになったのである。


 ひきこもる青年が100万人以上いるといわれて社会問題になっている現在、「教育」の名の下に、子ども達から楽しい子ども時代を奪わないで欲しいと願わずにいられない。

ご挨拶


本学が開学してからこれまで、非常勤講師として2年、専任講師として4年、教育学関連の科目を担当させていただいて参りましたが、この3月で八洲学園大学から筑波大学に籍を移すことになりました。本日、3月31日に研究室の片づけを終え、残りの数時間をこうして皆さまへのメッセージを書く時間にあてておりましたら、いろいろな思い出がよみがえってきて、なかなか筆が進みません。


とにかく、皆さまには、まだ右も左も分からない時分から本当に良くしていただいて、おかげさまで6年間、いろいろなことを学ばせていただく機会を得ることができました。とくに、本学の学生さんたちはどんなに忙しくても、いつも前向きで、とってもパワフルなエネルギーを放出しており、その活力に何度救われたか知れません。


ただ、家庭教育課程/専攻のスタッフとして、家庭教育課程/専攻の募集停止という事態を防ぐことができなかったことを残念に、また申し訳なく思っております。しかし、これからの時代、親が子どもを産み育てることを迷いなく、心から選択したいと思えるような社会を実現させるためにも、家庭教育支援者の育成は、紆余曲折を経ながら、様々な形で継承されていくことと存じます。


私も、来年度は非常勤という立場ではありますが、本学でもいくつか教育関連の科目を担当させていただくことになっております。そういう意味では、お別れの言葉ではなく、また新たな気持ちで皆さまの学習の手助けをさせていただきますというご挨拶として、メッセージを残しておきたいと思います。


皆さん、これまで本当にありがとうございました。そして、4月からもまた宜しくお願い致します。

家庭教育の教員より(46): 望月 嵩 教授

別れの言葉
望月 嵩


 2004年八洲学園大学がスタートしたとき、非常勤講師として家族社会学概論の科目を担当しました。そして、2006年、専任教員となって、現代の社会病理や夫婦関係概論、教育社会学などを担当してきましたが、この3月で退職することになりました。


  「家庭教育こそ教育の原点」というスローガンのもとにスタートした八洲学園大学は、インターネットによる通信制の大学として時代の先端をいく大学でした。時代は、家庭教育の衰退を憂え、どうしたら家庭教育の再建ができるのか、家庭教育学の構築に大きな期待がかけられていました。ところが、家庭教育について学ぼうという学生は、あまり集まりませんでした。大学の存続が危惧されるような状況でした。その結果、この4月からは、家庭教育を学ぼうという学生に募集はなくなり、大学の構成から「家庭教育」という言葉も消えてしまいました。


 家庭教育は、これからも大きな社会問題として関心を呼ぶでしょうし、真剣に考えなければならないでしょう。その意味では、八洲学園大学がその建学の精神を数年にして放棄してしまうことになってしまったのは本当に残念なことです。せめて、日本家庭教育学会が認定した家庭教育師、家庭教育アドバイザーの資格を取得できる道は、是非残してほしいと思います。


 思えば、1971年10年間勤めた東京家庭裁判所から大正大学へ移ってから40年を大学教員として仕事を続けてきたことになります。大学を卒業してすぐ家庭裁判所調査官として東京家庭裁判所に就職した私には、研究者としての訓練や教育者としての素養ありませんでした。ですから、大学生活に入った当初は右も左も解らず、無我夢中の毎日でした。そんな私がこれまで大学の教員として勤めてくることができたのは、学生として私の授業を受けてくださった多数の皆さん、家族社会学の研究者の仲間として受け入れてくださった家族社会学関係の先生がた、教員として認めて多くの援助をしてくださった大正大学の関係者の皆さんなど数え切れない多くの方々のご指導、ご援助があったからにほかなりません。本当に暖かいご厚情に包まれた幸せな人生でした。


 人間は、一人では生きていくことができません。本当に多数の人たちの助けがあって生きていけるのです。第一線を退くことになった今、あらためてそれを実感しています。最後に皆さんのご健勝とご多幸を心からお祈りして、お別れのご挨拶といたします。ありがとうございました。

異国での孤独な子育て奮闘記

水野 建雄


今回は学生の育児体験の報告を書きます。

秋学期の授業で「父親の育児参加」の意味や意義などを話していた頃、イギリス在住の受講生の一人が、「異国での孤独な出産・子育て体験」という手記を寄せてくれました。彼女は家族がすべて違う民族という特別な「マルチ民族家族」のなかで子育てに頑張ってきました。その姿の一端を紹介してみます。

出産後の子育て中の日記に、「一日が本当に長い」「主人が会社へ行くと後はこの子と二人だけ。何の反応も無いただ泣くだけの息子。本当に辛い」、「会社に行って仕事をしていた方がどんなにラクか!」と書き、さらに、「どうして子供なんか生んだんだろう!」、「おっぱい飲んで、泣いて、寝るだけ。なんなのこの人!?」と綴るように、この時期、精神的に追い詰められていた。この危機的状況をこう書いています。

その時、実はいわゆる'ベビーブルー'になっていたのだ。我が子が可愛いと思えず、「この子のせいで好きな仕事も辞めなければならなかった。」と思う自分がいた。毎日訪問してくれたヘルスビジター(保健婦)は、ことの重大性を感じ取ったため、'すぐにGP(家庭医)に行きなさい!」と悲壮な顔の私に言った。医者に行くと、「これは立派な病気で、このような症状が極端になると、窓から乳児を投げ捨てたり殴ったり蹴ったりという、いわゆる乳幼児虐待となります。」と言い、その事態の深刻さに自分でも驚いた記憶がある。

精神的に病んだ時一番厄介なのは、本人が認めない、認めたがらないことだとも言われた。 そんな時に、私を救ってくれたものは夫の協力であった。

主人の献身的な力強い協力が彼女を救った。その協力がいかにありがたく大切であったかが、その後克明に綴られています。そして今、彼女はまったく幸せです。

普段はろくな返事もしないし、外を歩くときは私と10mは離れて歩く息子達に、私の存在など果たして彼らの中にあるのだろうか、と疑問さえ持つ毎日の中、私よりもはるかに大きい彼等が、誰も見ていないところで、「おかあさん」と、甘えた声で後ろから抱きしめて来る時、私の手探りの子育ても今のところ間違ってはいなかったのかもしれないと思う。
(ミカレフひとみ「異国での孤独な出産・子育ての経験」:手記)


子育ての偉業のなかで、親は深い責任をもち強くなります。倫理学者のハンス・ヨナスは、「乳飲み子は単に存在しているのではなく、当為を内蔵している」といい、「乳飲み子はいっさいの責任の原型である」と言っています。当為を真正面から引き受けることが親の責任です。いっさいの責任がためされる原型が乳飲み子だというのです。それを果たして親は強くなるということだと思います。

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