朝日新聞の「サマワからの報告」について
このブログを開いていただいて、思ったこと考えたことを自由に書くことにするという挨拶から始まった。そして、最初に取り上げたのが、イラクへ派遣された自衛隊が、そこでどのような活動をし、イラクの人たちにどのように受け止められたかというこについての報道がほとんどないことの指摘であった。それから間もなく撤退がきまり、一人の犠牲者をだすこともなく、無事帰還された。その間も、朝日の報道は、事実の確認ではなく、伝聞の情報に終始し、朝日新聞社は、イラクに記者を派遣していないのかと皮肉った。そして、自衛隊問題の記述は終了するとした。しかし、記者の派遣をしなかったのではという記述が目にとまったわけではないだろうが、8月31日に「サマワからの報告・上」、翌9月1日に「同・下」の記事が掲載された。記事を書いた編集委員川上氏は、わざわざ「サマワにて」と署名の下に記入していた。 問題は、これからである。記事は、朝日新聞が地元の新聞ウルクと共同で行った世論調査と記者の面接報道である。まず、大見出しで、「感謝と不満」とあり、その具体例のつもりであろう新型保育器と5キロで終わった道路舗装の事例が示されている。これだけをみると、自衛隊の評価は、功罪相半ばしていたのかと思って、調査結果をみると、自衛隊の駐留を「大いによかった、おおむねよかった」とするものは71%、「あまりよくなかった、大いによくなかった」は26%である。また、自衛隊の活動は「役立った」とするもの67%、「役立たなかった」が31%であった。住民から愛着を得ていたとするものは73%である。さらに、医療、飲料水などの5個の具体的活動についての評価では、「発電機の提供」以外の4項目で、「役立った」とするものが「役立たなかった」とするものより多く、そのうち3項目は7割以上の支持である。これを見るかぎり、自衛隊の活動は、さまさまな悪条件の中で、高く評価されたと考えるのが、普通であろう。しかし、川上記者や朝日新聞社は、自衛隊の活動が評価されるのは好きではないらしい。あたかもプラス・マイナス半々であるかのような見出しをつけ、これに「不慣れな陸自、限界も」と小見出しをつけ、マイナス評価を印象づけようとする。自衛隊が「外国での復興事業」に「不慣れ」なのは当然であり、それが限界だという評価は、まさに「ためにする」ものでしかないであろう。また現地世論調査」のかこみ記事でも、「駐留、7割が評価」の下に「事業ごと ばらつき」と書く。評価が事業ごとに異なるのは当たり前のことで、すべて同じというほうがおかしい。これも、7割の評価にマイナスイメージを与えようとするレトリックである。記者が聞いたという話しの記事内容は、こうしたことからも明らかなように、まさに「あら捜しの」ないようでしかない。
マスコミの報道は、事実をありのままに伝えることが生命であり。自分の思想、価値観をたくみに織り込んだ報道は、「大衆操作」そのものでしかない。靖国神社問題(歴史認識は多様なものであり、簡単に整理できないのが普通である)、教育基本法の愛国心問題(基本法では学校教育が中心で、教育の基本といわれる家庭教育についてはまったく触れられていない)などまさにマスコミによって作られた論争点である。言論の自由は、大きな責任がともなうことを自覚してほしい。