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「子曰、天地之性、人為貴。人之行、莫大於孝。」
「子曰く、天地の性、人を貴(たっと)しと為す。人の行いは、孝より大なるは莫(な)し。」(『孝経大義』伝5章)
孔子がいわれた。「天地の万物のなかで、人間ほど優れた存在はないし、人間の行為では「孝」より重要なものはない(なぜ人間が一番優れた存在になるかというと、人間は他の存在は真似できない「孝」という行為を行いうる存在だからである)」と。
何日かまえに、厚生労働省が行った高齢者虐待に関する調査報告が報道された。昨年度家族や親族による高齢者(65歳以上)への虐待が1万件を超えており、そのなかで半数以上が息子や嫁によるものだ、という報告である。高齢者に対する社会的制度の整備も緊急の課題ではあるが、子どもによる親虐待がこれほどの数字を占めている現状であれば、制度整備云々以前に、親子の絆をめぐるもっと大事なものをもう一度根本から考えるべきではないかと思う。儒教では、親に対する子ども側のあるべき姿勢を「孝」と表現し、家庭教育の欠かせない重要項目と定め教育を行ってきた。
「孝」については後にまた詳しく取りあげる予定であるが、とりあえずそのなかの一つを紹介してみた。
前回、親は直接自分の子どもを教えないという『孟子』の一節を取りあげたが、今回はそれと関連して朝鮮時代の儒学者・李退渓の言葉を紹介しよう。親が怒ってしまう、という問題についての洞察である。
「若怒為外人発者、易於制止。而為家人発者、難制止者。於家人責望素重、而又在吾手下、故怒易至甚、而亦不屑於制止故爾。凡此皆工夫不熟。理不馭氣、而不免於任情害仁之病矣。」
「人間の基本的な感情の一つの怒りに関していえば、他人との関わりのなかで生じた怒りは制止しやすいが、家族に対してはなかなか感情の制止が難しい。それは、その人が家長の地位にいる者だとすれば、家族を率いていく責任が重いうえに、家族は自分が保護しなければならない存在だという意識がどこかにあって、怒りが起こりやすく、またその怒気の感情を制止しようとする努力も足りなかったことによる。いってみれば、(家長としての)修養が未熟だということである。理が気をコントロールできず、一次的な感情の発露にそのまま任せておいて、仁(ここでは家族を思う最も基本的な心情)を損なうという病弊を免れなかったのである。」(『退溪先生文集卷之十一』、答李仲久)
・李退渓(りたいけい、1501~1570):朝鮮時代の儒学者―より具体的にいうと、太極・理・気・心・性といったテクニカルタームをもって従来の儒学を再構築した新儒学、いわゆる朱子学の流れを汲む学者。日本の江戸時代の儒学(朱子学)の勃興・形成にも大きな影響を与えた。
・理と気:自然・社会・人間の存在原理を説明する朱子学の専門用語。簡単にいうと、気とは万物の運動と形成に直接関与している要素で、エネルギー的な概念。理とはその気の運動法則・存在根拠として、しばしば設計図に比喩される。
他人には優しく、家族には怒りっぽく厳しい親(父親)、今や非難され否定される親像であるが、一昔前、否、実は今でもよくみかける普通の親像ではなかろうか。他人とは違って、家族は身近い存在だけに、むしろ感情の制止が難しく、喜怒哀楽の一次的な感情が直線的に現れる。前回に紹介したように、孟子が、親はすぐ怒ってしまうから、親自身による子ども教育はやめたほうがいいとしたのも、こういう家族内部の事情を勘案しての説明だったに違いない。その点からすると、子どもに怒り出す親の気持ちも全く理解できないこともないが、それで良いわけではない。
そこで、李退渓は怒り出す親たちに向けて、怒りの感情は家長としての修養が未熟だという証拠で、家族の愛情や絆(仁)を損なうことになるのだ、と叱咤している。逆にいうと、幸せな家族を作っていくための親側の努力を促しているのである。
「公孫丑曰、君子之不教子、何也。孟子曰、勢不行也。教者必以正。以正不正、継之以怒。継之以怒、則反夷矣。夫子教我以正、夫子未出於正也。則是父子相夷也。父子相夷、則悪矣。古者易子而教子。父子之間不責善。責善則離。離則不祥莫大焉。」
孟子に弟子の公孫丑(こうそんちゅう)が、「君子は直接自分の子どもを教えないというが、それはどういう理由ですか。」とたずねた。孟子は次のように答えた。「それにはしかたない事情があるからだ。というのは、教える方の親は子どもに必ず正しいこと教えようとする。しかし、親の期待通りにうまくいかないこともあり、その場合、大体の親は怒ってしまう。子どもに怒りを出すと、子どもをよくしようとしてしたことが、かえって子ども感情を損なう結果となる。そうなると、傷ついた子どもの方でも、親は自分に教えを押しつけるだけで、親自身は実行しない、という不満を抱くようになる。それでは結局、親子の両方で互いの感情を損なうことになってしまう。こういう状態は本当によくない。それで、昔は親同士で子どもを交換して教えたのだ。また、親子の間では善を責め合ってはいけない(行動の誤りをいちいち指摘してはいけない)。善を責め合うと、親子が気まずい仲になってしまう。これ以上不幸なことはないのだ。」と。(『孟子』離婁上篇)
『孟子』にみえる一節である。ここで孟子は、親自らが自分の子どもを教えるときの起こりやすいトラブルを、人間の自然的な感情に照らし合わせながら、実生活の側面で実感のある説明をしている。自分の子どもを教えるときの一番の問題点は、教えたとおりにうまくいかなかった場合、親が怒ってしまうことである。最初、子どもをよくしようとしてやったことが、親子の間で感情のこじれを生み、変な方向に流れていく。親子の間でもっとも大事なのは〈親しみ〉を保つことであるから(父子有親の意味)、そこでその愛情の関係を損なわないために考案されたのが、親同士で子どもを取り替えて教えるという知恵である、と。
もう一つ、孟子は付け加えて、親子の間で「責善」はいけない、と忠告している。それもやはり親子の親しみを保つ努力を重要視する表現であるが、何も隠すことのない親密な親子の間であっても、各自の自尊心・人格や感情に関わることは互いにしつこく追及しないほうがいいという、いわゆる近代的自我への配慮がこもっている忠告であることにも注意すべきであろう。
〈家庭教育〉、親が自分の子どもを教えるといっても、親子の間は他の関係よりも親密で身近い間柄だけに、かえって複雑で難しい面があるのである。
〈親子〉
・日本語:おやこoya-ko /「父母と子ども」の意味。
・中国語:亲(親)子qīnzǐ(中) / 日本語と同じの意味。ただしこれは日本語からの借用で本来この言葉はなかった。
・韓国語:親子친자chin-ja / 「自分が生んだ本当の子ども」という意味。日本語の実子に当たる。「親子確認訴訟」といった法律的な用語に使われている。
最近、家庭教育の分野で「親子コミュニケーション」「親子関係」「親子で遊ぶ」などといった言葉をよく聞くが、同じ漢字文化圏の世界においてもその意味はまちまちである。当然、家庭教育や(日本語でいう)親子関係の模様もそれぞれ違うだろう。
先日、私と筑波大学の佐藤貢悦教授とが編纂中の《日中韓漢字通用小辞典》が毎日新聞で紹介され(8月28日)、また毎日放送とフジテレビでも内容の一部が取り上げられたので、このブログにも家庭教育に関係する一つを載せてみた。
〈五倫〉
父子有親 父子親有り
親子間の関係をよく維持するための最も大事な心構えは「親」(一つになろうとするしたしみ)である。
君臣有義 君臣義有り
君臣間の関係をよく維持するための最も大事な心構えは「義」(状況に応じた正しい行動)である。
夫婦有別 夫婦別有り
夫婦間の関係をよく維持するための最も大事な心構えは「別」(各々の本分・職能を乱さない区別)である。
長幼有序 長幼序有り
年配者と若者の間の関係をよく維持するための最も大事な心構えは「序」(順序)である。
朋友有信 朋友信有り
友達の間の関係をよく維持するための最も大事な心構えは「信」(偽りのないまことの心)である。
〈三綱〉
君為臣綱 君は臣の綱(おおづな)たり
君は臣にとってその全行動様式の根本となる絶対的な存在である。
父為子綱 父は子の綱たり
親(父)は子にとってその全行動様式の根本となる絶対的な存在である。
夫為婦綱 夫は婦の綱たり
夫は婦にとってその全行動様式の根本となる絶対的な存在である。
前者の「五倫(ごりん)」は戦国時代に崩れてしまった家族倫理・社会倫理の立て直しを計って孟子(紀元前372頃~紀元前289頃)がそれ以前の教えに基づいて具体化したもの、後者の「三綱(さんこう)」は漢の武帝が中央執権化を推進するとき、それを支える理念として董仲舒(とうちゅうじょ、紀元前176頃~紀元前104頃)が考案したものである。
この二つの「五倫」と「三綱」はともに東洋の伝統社会のなかで、儒教倫理の核心的な概念として認識されてきた。だが、その内容は見てのとおり、同じではない。「五倫」は各徳目において相手との双務的・横的な関係を指向しているのに対して、「三綱」は服従的・縦的な関係を強調している。「三綱」概念は、言ってみれば、政治的・社会的に上に立っている者―部下に対しての上官、子どもに対しての親、夫に対しての妻、年少者に対しての年配者―の都合をよくするために作られた、「五倫」を「改悪」したものというべきかも知れない。
今の時代、儒教というと、個人の尊厳を損なう服従倫理、家父長的な権威主義、個人の自由を抑圧する理念的装置の代名詞として違和感を覚える人も多いと思うが、その原因の一端は間違いなく「三綱」概念が提供したのであろう。しかし、そればかりが儒教ではない。否、むしろ、それは改悪されたものであり、儒教倫理の本質とはいえないものである。
儒教のいう家族論理においても同じことがいえよう。むろん、理由はどうあれ、家父長的な権威主義・服従倫理も儒教の家族倫理が持つ一つの顔ではある。しかし、家族の危機がとりざたされている今日、儒教の家族倫理には現代人が耳を傾くべき多くの知恵が潜在されている。その点において、儒教の家族倫理の真面目を今日に必要なものとして再吟味し、その長所を積極的に開発することの意味は大きいのではなかろうか。
「丈夫生而願為之有室、女子生而願為之有家、父母之心。人皆有之。」
「丈夫生まるればこれがために室(つま)有らんことを願い、女子生まるればこれがために家(おっと)有らんことを願う。父母の心にして、人皆これ有り。」(『孟子』藤文公下)
『孟子』にみえる一言である。家に男の子が生まれてくると、父母は、将来この子が結婚して妻を持つことを願い、女の子が生まれてくると、やはり将来結婚して夫と結ばれることを願う。これが世の中の子どもを持っているすべての父母の自然な心である、と。これを少し拡大していうと、人は男女おのおの伴侶に恵まれて結婚をする、すなわち〈結婚制度〉が人間にとってごく当たり前のことで普遍的であることを、父母の子供の将来への願望を借りて示唆しているもののように思われる。
近年、家族社会学の一角では、結婚は基本的に人だれにも開放されているという、いわゆる「皆婚制度」はせいぜい200年の浅い歴史しか持っていないもので、西洋の近代社会の成立とともに誕生し創られてきた神話・幻想にすぎない、という主張が行われている。具体的な議論は避けたいが、彼らの論理が依拠している西洋の家族風土はともかく、その主張ははたして我々の過去・現在・未来の家族現実(日本社会、東アジア社会)を充実に反映しているものなのかどうか、疑問を感じたので紹介してみた。
今回は「親」の字義について。
『説文解字』には「至るなり。見に从(したが)い亲(しん)の声」とある。「親」字の左側の「亲」は、もともと文身のときに用いる「辛」(針、はり)と「木」を合わせたもので、辛(はり)を打ち込んで選んだ木という意味。すなわち新しく作った「神位」「位牌」をさす。そして、その位牌を拝する(見る)形が「親」である。これに基づいて白川静の『持統』は「親」が「おや」と解釈される事情を、「新しい位牌は父母のものであることが多いから、親は父母の意となるのであろう」と説明している。
もっと注目すべきは、「親」を「至る」として解釈しているところである。清代の段玉裁(だんぎょくさい)による『説文解字注』はこれについて、「父母は情の最も至る者なり。故にこれを親と謂う」という説明を付加している。要するに、父母は子どもにとって真情を呼び起こす存在、最も身近で親しい存在だということである。「親」の字義には「おや」のほかに、「したしむ」「したしい」という意味もあるが、それは父母と子の間のそういう親密な一体感を形容する言葉として導き出されたものであろう。これと関連して儒教五倫の一つである「父子親有り」の有名な言葉があるが、これについては次の機会に譲ろう。
「母。牧也。从女象褱子形。一曰象乳子也。」
「母。牧(やしな)うなり。女に从(したが)い子を褱(いだ)く形に象(かたど)る。一に曰く、子に乳するに象るなり。」(『説文解字』)
「母」の字義に対する『説文解字』の説明である。「母」の字は、女性が子を胸に抱いて授乳する形を象った象形文字である、と。最近、母親の子どもへの愛情表現の第一歩として母乳を与えることがよく強調されているが、これをみると、「母」の字そのものが、母親が子を抱いて授乳する、母子一体化の模様を描写した文字として生まれてきたのが分かる。少し想像を働かせてみると、「母」の字には、『説文解字』が「牧」「乳」と説明しているように、やしなう、そだてる、いつくしむ、という母たるもののあり方の意味が込められているといえよう。
「父。矩也。家長率教者。从又挙杖。」
「父。矩(く)なり。家長の率いて教うる者なり。又(ゆう)に从(したが)いて杖(つえ)を挙ぐ。」(『説文解字』)
「父」の字は会意文字で、白川静の『字統』によると、「斧」の頭部の形(|)と、もともと手の形をあらわす「又」とを組み合わせた文字であるという。
「矩」は畳韻で「父」を訓じたもの(「ふ」と「く」の発音の「U」が共有されているということ)。「从又挙杖」は、手に杖を持っている形を表現したもの。斧といい、杖といい、共にある集団の長のもちものとしてその地位や身分をあらわすシンボル。
『説文解字(せつもんかいじ)』は、後漢の許慎(きょしん)が著した中国最古の漢字字書。
「父」とは、一家の長として家族の行動様式の模範・準拠であり、指導者・統率者であるということ。