eラーニングという世界は、最初から最後まで一度もお会いすることなく、
それにもかかわらず、会っていたかもしれないと記憶の中で混同するほどリアルに
教育が行われることが可能な世界になりました。
システムの種類にもよりますが、本学でいえば、スクーリング授業などでは
ずっと受講していると、「定期的に」「先生の顔や教室の様子の画像があり」
「リアルタイムなやりとり(チャットなど)」のせいでしょうか、
学生さんの授業に関する話を聞いているとあたかも来校されて受講したのか?
と思わされることがあります。
それ以外では、本学では質問回答が、学生支援センターでは原則24時間以内、
教員も原則1週間以内で行われていて、何度も質問をされる学生さんにとっては
会っているかのごとく身近に感じていただいてる場合があります。
電話でも、メールでも同じことかもしれませんが
繰り返されるコミュニケーションのために、互いの想像をプラスした状態ではありますが、
あたかも知り合いとなりえるのは現代では珍しくありません。
さらにeラーニングを含むメールなどのコミュニケーションでは、
「記録」が残ります。本学でいえば、出席や発言記録、
アクセスログ、質問回答履歴、アンケートなど、すべての行動がシステムに
記録されています。
eラーニングでの学生支援は、私どもはまだまだ担当者の感性を超えていませんが、
本当にひとりひとりの学生さんをサポートしていくには
病院にカルテがあるように、本学にはeラーニングならではの学習行動カルテができてこそ
個別性があってかつ高い品質のサポートを提供できるのでしょう。
(カルテを目指したものは現在でもありますが、まだまだ未熟です)
学生のみなさんがパソコンを開き、本学サイトに接続したら、どのようにクリックして
画面を遷移させ、何に気づき、何をご理解いただけるかを想定して、
先回りして情報提供を行うことも、eラーニングならではの学習行動カルテを
全学生さん分総体で集計し分析した上で結論づけられてきます。
しかし、始めの部分で申したとおり、「会っていたかもしれない」という感覚、
何度もくりかえされることで培われる信頼や親近感ぬきに、
eラーニングの学生支援はありえないでしょうし、これは私の嗜好なのかもしれませんが、
教育やそのサポートの基礎は関わる人間の「想い」の集合体であってほしいとおもっています。
そんなことを考えていくと、eラーニングを機械化や利便化といった一面で捕らえがちで、
淋しく思ってしまいます。
しかし、個人を理解するためのツールとして活用していくと、
誰が担当者であっても同じ品質で学生支援(サポート)が可能になるのであれば、
一人一人にやさしいのだと感じてきます。
日々が新しいこととの出会いで、「おもうこと・考えること」は尽きません。