2006年4月27日

小パニック・・・災害に備えるべし

今週の月曜日、大学へ出向くため住んでいる埼玉飯能市から西武線で池袋まで出てきたまではよかったが、大学のある横浜までいくために池袋で湘南新宿ラインに乗り継ごうとしたら、線路の点検のため池袋ー新宿間が不通になっているとのアナウンス。このため山手線もストップ。池袋ー新宿間の電車もすべて不通。駅の改札口は行き場を遮断され多人々でごった返している。大混乱である。
 改札入り口では駅員に詰め寄る人や、どうすればよいのかを問うひとが駅員に群がっている。駅員さんたちは丁寧に対応していたが、ひとまず迂回の路線表を配るのが精一杯といった様子であった。

昨年7月、首都圏であった地震で電車が機能しなくなったことや、エレベーターに閉じこめられる事故などが多発し問題となったが、大都市のもろさをあらためて痛感させられるできごとであった。地震の際、モノが壊れたり、種々のシステムが壊れたりすることのダメージや被害への対策が必要なのはいうまでもないが、人々の心理的パニックをいかに少なくするかもまた重要であると痛感。このような事態に遭遇してもたじろがず冷静に対処できる気構えも重要である。
かくいう自分は、しっかり小パニック状態に陥っておりました・・・。冷静に冷静にと自分に言い聞かせつつ撮ったのが携帯電話カメラのこの写真。駅員さん大変そうでしたが冷静に対応する姿は立派でした。

オトー、ナァ、トウキョウ ドゥルトクゥロー ウカーサーン。チュガ クァサクァサーッシ ウクトゥヘ、ジシンガ アイネー、ムルチュバチ。チュイチバイ キーチキティン ナーナイネー ヌーンナラン。ウネール バーネー チャースガ シアンドゥサンデー)  

(父上。いやはや東京というところは危険なところであります。人が群れなす場所であるゆえ地震などあろうものならひとたまりもありますまい。気をつけたところで災害に遭遇すればそうなるのみ。人はどのようにそのような事態に遭遇したときたちふるまうべきか。思案してしまいました。)

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2005年11月21日

道具の喪失

パソコン ガ ヤンンリティ ヌーシグゥトゥン ナラン。(パソコンが壊れてどの仕事もできず)

 
 先日自宅のパソコンが全く立ち上がらなくなってしまった。たまっている原稿などの仕事が何もできない状態である。スイッチをいれるとsystem32のconfigファイルが見つかりませんという文字がでてきて、動かない。マニュアルなどをみながら何とか修正画面とやらを出して立ち上げることができたものの、修正以前のプログラムファイルにアクセスできない。どうやっても駄目。結局、windowsを再インストールすることに。幸い、すべてではないが、これまでため込んできた多くのファイルはバックアップをとってあったので、最悪の事態は免れた。しかし、この再インストールの仕方がまたよくなかったらしい。アクセスできなかった以前のプログラムファイルが邪魔をしているようで、再インストール後の動作が芳しくない。そのため再インストールを数度繰り返すが、事態はよくならない。
 いろいろ調べてみると、自分のパソコンはwindowsのhome editionであるが、このバージョンではパソコン管理者の権限が隠れてしまっているということらしく、このことが影響しているようである。あれこれやっているうちにここ数日パソコンの回復修理ばかりでさすがに疲労困憊。これでは仕事にならないので新しくパソコンを購入することに。
 クラッシュしたパソコンは四万円ほどの格安のものを、改造に改造を重ねてハイスペックPCに仕立て上げたものだが、静音化のためのCPUクーラー、ビデオカードのファンレス化だの、映像編集だの、電源ボックスの交換などコテコテ装着したりパーツを変えて使用していたのが仇になったようだ。静音化のため電源を小さくしたための不具合でファイルが壊れたのかもしれない。
 このパソコンの故障で、「仕事と道具」というものについて考え込んでしまった。いろいろ手を焼きながら、かくなる自分は「工作人」か「遊ぶ人」か・・・。
 職人にとっての道具。農民にとっての農具。運転手にとっての車。どれもしっかりとした道具を使っている。またどれも仕事に見合った機能以外のものをコテコテ装着しているものはない(デコトラだけは別だが)。仕事の道具として使う以上、そのための道具としてつかえるしっかりしたものを持ってなければ。そこで、どれを買うか。ひいきのメーカーのサイトでパソコンを物色。これが良いかな、これにあれをくっつけてなどとあれこれ考えながらクリックしたサイトはまたしても「激安パソコン」のアイコン。これも貧乏性ゆえか。懲りない自分に気がついた。
 教訓めいたことがいえるわけではないが、ちゃんと仕事をするためにはちゃんとした道具が必要だということはいえる。くわえて、仕事のための道具に不必要なものはいらないということか。
 本学の学生もパソコンが学びのための必須の道具。種々ご苦労される局面もあるだろう。ご同情申し上げるのみ。道具をいじるには細心の注意を。
 ちなみにこの書き込みはかろうじて動いているブラウザーからの書き込み。

アンシン、ウィルス トゥカ、アルバーヤクトゥ ウヌ 対策ンサンデーナランクトゥ アリン クリン シギラネーナラン ムジカサーンヤー。パソコンディウル ドウグヤ ナーラ シンヨウナイルムノー アランバーガヤー。

(訳:そうはいってもウィルスだのあるわけであるし、その対策もしなければならず、あれこれ装着しなければならず、これが難しいことであるよ。パソコンという道具は道具として未だ完成されたものではないのかも知らん。)

2005年11月16日

故郷喪失?アンシ、チェネールナーナイルバーガ?

「アイッ!ウレー イチキマタクトゥ?アシ、ヌーンディウル ナーナイルバーヨ?アッハー、アヌ ヤイシダキヌナー トゥテールバーヤハヤー」


いつ決まったこと?で、なんて名前になるのか?ネットを見ていて驚いた。自分の生まれ故郷の村の名称が来年の1月1日から変わってしまうとのこと。市町村合併による隣接した村と一緒になって新しい町ができるということらしい。故郷をでて20余年、ことあるごとに書類などに自分の出身地の住所を書いてきたわけであるが、2006年の1月1日以降は日本に存在しない行政区画の住所になってしまう。これまで距離的な遠さをに思いをはせながら望郷の念をつのらせてきたが、私の故郷へのノスタルジーは空間的な遠方にだけ向けられるだけでなく、時間的にも遠くのものに思いを馳せるようになりそうだ。
 自分の出身の村の名前がなくなるのに少し大げさな気もするが、この幾ばくかの寂しさは、地元での変化をその土地で感じることができないことによるものだろう。市町村合併は日本各地で行われたわけだが、古里をでて自分の生まれ故郷の名がなくなっていく寂しさを多くの人が感じたのかとしみじみ思った次第である。

ヒンスー村ドゥヤクトゥ チャーンナランヤー。マシガヤラワカラン。

とはいえさびしいものである。

2005年7月24日

「研究室だより」へようこそ

ようこそ研究室便りへ

どのような研究室便りにするか思案がまだ続いております。
まずは本学の私の授業を履修・受講している皆さんや、履修を考えている人にむけて書くつもりで始めていきたいと思っています。

2005年6月11日

ブログ事始め

書き込みテスト

「研究室便り」という看板でブログサイトを設けてもらってからかなりの時間が経ってしまった。これまでこのような個人のサイトを自発的に設けたことがなかったので戸惑いつつも、何を書けばよいのか、あるいは何を書かないようにすればよいのかいろいろ思案しているうちに時間だけが過ぎていってしまったというところである。このような弁解じみたことから書き出すのも不適切な「事始め」であるが、これから当ブログを書き足していくことになるとすれば、どうしても自分のブログなるものに対するイメージや思いこみ、あるいはスタンスのようなものを少しは書いておかなければと思うのである。
 そもそも個人的には「研究室便り」というような、研究者が自身の研究などをモノローグで不特定多数の目に触れるようなところに掲示したりすることに正直いって抵抗がある。なぜ抵抗があるのかいろいろ思案するに、この抵抗感はいくつかの要因が複合的に絡んでいるようだ。うまく表現できないのだが、多くは心理的な神経戦をひとりで展開するのを避けたいと思うことがこの抵抗感の根にあるのかもしれない。ブログやホームページサイトなどは不特定多数の人間が目にすることができるというのはそれなりにストレスがかかるわけだが、どこの誰が書いているかはっきり分かるようにしておくことも下手なことは書けないという事になる。さらに、実はこちらのほうが心理的ストレスは大きいのだが、不特定多数に向けられながら心理的には自分を取り巻く社会的ネットワーク内での心理戦を回避したいとの思いがこの抵抗感を大きくしているかも知れない。日々思ったことや、日頃感じていることを聞かれてもいないのに発信するということは個人を取り巻く、限られた社会構成のなかではかなり危険を伴う行動でもあるからだ。このようなことに気を配り出すと、何を書いていけないかということにより大きな注意を払わなければいけなくなる。自分の所属するサークルや同業者やあの人やこの人がこれを読んだらどう思うかなど考え出したらきりがない。提示の仕方次第ではこのような心理状況を逆手にとって戦略的に共同体内でイニシアチブをとることができるということもあるかも知れない。
 しばしば研究者のサイトで情報提供的なサイトなどがあり、感心してしまうが、かなり目的が明確でない限りこのような研究状況の提示には慎重になるのが普通だろう。すぐれた情報提供的なサイトは確かに少なからず存在するが、多くの研究者は暖めているアイデアや論文自体などを無防備に開陳することには慎重であり、実際、どの大学のホームページでも個人の情報発信的なサイトは総体的にはそれほど多くはないように見受ける。社会的要請からすればこのような研究者の情報発信はもっと多くなって欲しいところだろうが、専門的な情報発信ということが要請されればラフな報告や書き込みは、細心の注意が払われなければならないことになる。教育者としての勤め(努めではなく)としてこれをシラバスの詳細な開示として義務づけているかどうかは定かでないが、アメリカの研究者が学生に向けた授業計画や目的などはある程度進んでいるような印象をもつ。とはいえ、これはそれも教育や授業に関することに限られている。日本も同じ状況だろう。
 研究者の情報発信的なサイトがそれほど多くないのは、これは文系の研究者だけに限らないのかもしれないが、「書く」という行為に対する一種の思いこみにも近いある種の文化のようなものがあるともいえるだろう。何かしら公開する文章を書くということは、研究者は論文が生命線であったりするわけだが、内容はそのままトータルな評価の対象であるということになる。サイトやブログを開設するにはこれはかなりハードルが高い。いわばそのままブログでの書き込みが仕事で文章をこさえることと重なるものとして意識されることが起こりうるわけである。こうなると片手間では出来ないはずである。練り込んだ「作品」あるいは考えたり感じたりした「成果」を開示することになるわけであるからかなりストレスがかかる。あるいは、作家にとって文章が生業の商品であるということで無料では書かないことにも似て、「書く」ということに特殊な意味があるのだと思っている人(研究者)もいるかもしれない。またはウェブ上には数多ブログやサイトなどが存在するわけであるが、これは多くが書くことを生業にしてない人たちのものだといった了解があるのかもしれない。
 このように自分のブログ事始めに対する抵抗感の吐露から書き起こしながらも、その要因を書く段になると、自分の抵抗感を記述しながらあれこれ述べているのか、それとも一般論として述べているのか不明瞭になってしまう。一般論的なトーンがでるのはあるいは自分の思いこみが強いという証拠かもしれない。
 そもそも巷のブログが面白かったりするのは、暴露的であったり、社会風刺的であったり、ラディカルな意見が歯に衣着せぬ言葉で語られたりすることがあるからだと思われる。これらのいわゆる「書き込み」は匿名性によって無条件にその力強さが担保されている。これらのいわばゲリラ的なウェブという空間の野放図なコミュニケーションの魅力や、ゲリラ的な力とは別の形でアトラクティブであるには精度の高い情報提供的な、もしくはアーカイブ的なものでなければ太刀打ちできないだろう。何でも有りの刺激に満ちたウェブ空間で「書く」ことにこだわりつつ何かを発信し続けるのはかなりしんどいことなのではないかと思ったりするのである。
 
 と、かくも抵抗があるブログを始めようとするわけである。

 ブログとは日記のようなものであるらしい。であればこの研究室の「ブログ事始め」はうえで述べてきたような抵抗感はひとまず自分に嘘をつかずに、そうであると確認して日記的に記したうえで始めてみようと思う。場合によっては、何を書いてはいけないかというようなことをあれこれ思案し一人で神経戦を展開した後で内にこもるようなモノローグに終始するかも知れない。本来的に日記であるということであればそれでも仕方ないだろうと思う。そう思いつつのブログ事始めであるが、「まてよ・・・。事始めの段階ですでに書いてはいけないことを書いているんじゃないのか・・・?」。このようなブログへの躊躇いと錯綜する思考が堂々巡りなのか、螺旋的なのかよく分からない。ともあれこのような一人で展開する神経戦はブログに対するある種の慣れを獲得するまでは続くであろうことは確かである。