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再度石油ピークを考える

2009年8月4日付け朝日新聞は、国際エネルギー機関(IEA)の話として、世界の75%の油田が既に生産のピークを過ぎた。その結果、5年以内に石油の生産量が需要を満たすことが出来なくなり、世界経済に大きな影響を与える可能性が高くなったと報じた。
石油ピークについては、以前から論じられてきたが、一般の人には、なかなか信じられない話題である。

石油時代の幕開けは1914年に起きた第1次世界大戦と言われている。この時、初めて戦場に戦車、飛行機が登場した。そのため大量の石油を必要としたが、すでに1859年、米国で油井の機械掘が成功していた。そして、1883年にガソリンエンジン(ダイムラー・ベンツ)が出現した。

ガソリンの原料である石油(原油)は非常に便利な物質であるが、この代替品はない。石油から各種燃料と繊維、肥料等の化学原料を作っている。石油から作った肥料、農薬等によって、65億人を養う食糧を確保してきた。一方、飛行機・自動車の燃料も石油であり、石油がなくなれば、飛行機を飛ばすことも自動車を動かすこともできなくなる。

これまで石油を贅沢に使い、便利な社会を築いてきた。しかし、気がつくと深刻な地球環境問題に直面していた。そしてさらに悪いことに、石油ピークが来た。

石油生産量の減少とともに島国日本は大きく変わる。人の往来、ものの流通がとまる。その結果、好まざる鎖国時代が到来する。すべての問題を国内で解決していかなければならなくなるが、中でも食の問題が深刻化する。自分の食べるものは自分で作る。そのため、農業の役割はますます重要になるが、長年、農業を軽視してきたこともあって、多数の休耕地が放置されたままに置かれており、すぐに食糧生産に取り掛かれない。土地があっても食糧はできない。来るべき日に備えて現在の食糧自給率41%を少しでも高めるために、水の供給路を含め農地の整備を早急に進めておく必要があるだろう。
歴史は、イースター島等多くの文明崩壊の例が示すように、その国の資源を使いきった時、国を築いてきた華やかな文明も突如として崩壊することを語っている。
石油を考えた場合も同じであろう。われわれが石油文明の時代に生きた最後の人間に成らないように願っている。

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2009年9月 4日 12:46に投稿されたエントリのページです。

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