2011年11月25日

清らか


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寒くなりました。でも、夜空がきれいになりました。昨日、夜空に、この形を見つけました。
 南の空の、明るい星をたどると、オリオン、三角、六角。そして、右上に、かすかにスバルの瞬きが...。さらにそれらを見守るかのように、天頂近くに、ひときわ明るい星(右の図の外、右上に)、木星(ジュピター)が、孤高の光を放っていました。冬の星座の競演です。

 寒気が、大気中のチリを吹き払ったのでしょう。いつになく星がよく見えます。北風さんに感謝です。午後11時から午前0時まで、1時間ほど見ていました。星座は、静かに、右に動いて行きました。

 狩人オリオンの体は前向きです。で、オリオンの右肩(わたしたちから見ると左の方)の星がペテルギウス、そこから左の斜め下にあるのがシリウス、そして左斜め上に上がるとプロキオン。この、ペテルギウス、シリウス、プロキオンで、冬の大三角ができます。

 オリオンの左膝(わたしたちから見ると右の方)がリゲル。そこから右斜め上に上がっていくとアルデバラン、そして左斜めに回りこんで上がるとカペラ、そこから左斜め下に下がるとポルックス、そして、冬の大三角のプロキオン、シリウス。この、リゲル、アルデバラン、カペラ、ポルックス、プロキオン、シリウスで、冬の大六角形ができます。一つずつ見つけて行き、六角形になったときには、うれしいです。単純なことですが。

 ポルックスの右近くに、もう一つの星があります。カストル。この、ポルックスとカストルは、それぞれ、二人の男の子の頭の部分で、二人で「ふたご座」。その昔、神ゼウスが白鳥になって、スパルタの恋しい方のところへ行きました。そして、この「ふたご」が誕生したのだとか...。古代のロマンは星空で、引き継がれます。

 アルデバランの右上に、かすかに明かりが...。スバルです。6個ぐらいの星があるそうですが、個々の区別はつきません。全体で、その存在を示していました。ぼんぼりのようにほのかな明かりがありました。星のありようも、それぞれです。

 これらを見ていると、一時間という時間が、とても、いい時間となりました。星空のごとく、心が澄んで行くようでした。清らか、清々しい(すがすがしい)、という言葉があります。これらの言葉に実を与えてくれる、星空でした。

2011年11月 9日

ストーンサークル


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縄文の人たちは何を考えて広大な台地に、大きなストーンサークルをつくったのか。そんな思いにとらわれ、10日ほどが過ぎました。縄文時代の遺跡を目にして、そう思うようになったのでした。
 見学したのは秋田県北秋田市。当地での道徳教育研究大会に招かれて講演をした翌朝、近くにある縄文遺跡に案内していただいたのです。白い朝もやが立ち込める中、坂を上った小高い台地に、その遺跡はありました。能代大館空港がつくられ、その空港に行くための道路を開削中に発見されたそうです。この遺跡の特徴はストーンサークル。朝もやのなかに、文字通り、石が、大きな円形に並んでいました。石は、大人がやっとかかえられるほどの、大きな、かどが丸くなっている川原の石でした。遠くから運んで来たのでしょう。

 写真を見ると、数個の石が一つの小グループになり、その石の小グループが、列をつくって続いているのがおわかりいただけると思います。列は左の方に大きくカーブして、大きな円周を作り上げています。昔の人たちは、何のために、このような巨大なモニュメントをつくりあげたのでしょう。約4000年前のことだといいます。

 遺跡の周辺には、大きな木の切り株がたくさんありました。この遺跡が発見されて、周辺を整備したときに伐採された木の切り株でしょう。あたりの山々に、木を伐るチェーンソーの音が鳴り響いたに違いありません。しかし、この遺跡ができた4000年前は、もっと、大木のしげる台地であったに違いありません。そこに広場をつくったのです。チェーンソーはおろか、ノコギリなどはない時代。石斧で風雪に耐えた堅い木を切り倒す...このことを考えただけでも、気が遠くなるほどの時間と労力を要することがわかります。でも、人々は、あえてそのことに挑戦し、みごとに、山上に広大な広場をつくり上げました。そして、そこに、わざわざ川から石を運び上げ、円形に並べたのです。なぜなのでしょう。人々にとって、それほどに重要なこととは、どんなことだったのでしょうか。

 以下は、わたしのひとり言です。乱暴な発想ですが、ご容赦を...。
 昔の人たちも、わたしたちも、人としての基本的なところは同じはずです。それで、人が生きるのに必要な、基本的なことを考え続けていると、人の克服すべき原点に思い当たりました。

人は他の生きものとは違って、よく考えることのできる心をもっています。心で自らの安定した生活を願います。ところが、その自らの安定を願うところが、他の人と競合すると、欲や、怒りや、うらみが、発生することになります。現代でも、兄弟げんか、派閥争い、いじめ、民族や宗教の対立、ひいては戦争を引き起こしてしまいます。これを、克服することが人間の永遠のテーマでもあるのでしょう。昔も、きっと、そうだったのではないでしょうか。そして、それを克服するために、ストーンサークルが築かれた...と、思ってみました。

そして、現代の人もストーンサークルの考えを引き継いでいるはずだと思って、いろいろと思いめぐらせていると、小学6年生の時、社会科の教科書に、国連安全保障理事会の会議場の、特徴的な写真が載っていたことを思い出しました。席は円形に並べられていました。そう、席がサークルになっているのです。二つの世界大戦という貴い犠牲をはらって、人々は、安全保障理事会のしくみと、円形という会議場の席の配置に到ったのです。だれもが、争いをなくし、平和な世の中にしたいのです。この平和への願いは、人々の悲願です。常任理事国の拒否権が行使されたりして、なかなか、その人々の願いは実現できないけれど、そうすることに価値をもって、努力目標としているのです。それは、昔とて、同じはずです。

 4000年前の人々の最大の願いも、安全であり、安心した暮らしであったことでしょう。考えてみると、日々の生活を送るのに、今よりももっと神経をすり減らしていたに違いありません。特に、米や麦などの穀物の栽培や貯蔵が今のようにはできない時代であることを考えれば、食べ物を手に入れることは大変なことで、大事な家族を養うため、自分たちの集落を守るためには、争いも、当然、頻繁に起きたことでしょう。人を愛する人であるが故に、人は人との争いも起こすのです。
 しかし、争いは、できれば避けたいです。そのみんなの願いを解決するために、みんなが集まる広場をつくった...、としてみましょう。この地域の安定を願う長老の発案で。

 各集落から、各戸、それぞれ一個ずつ大きな川石を山に持ち寄ることにします。そして、集落ごとにまとめて置きます。広場は山で、そこに川の石を置くので、もとから山にあった石とは区別がつきます。石の小さな集まりが、その集落の戸数を示します。そして、それらを円形に並べて配置することで、各集落が集まって地域一帯の全体像ができあがっていることを体感するモニュメントとなります。

 これを見ることで、この地域一帯にいる人たちは、互いに、その存在を認め合うことになります。それは、きまりの基本ができることです。これをもとにして食料を配分することにすると、みんなは、それが公正であることを納得できるでしょう。集落の規模が明示され、互いの存在が保証されているのですから。石は、現代の戸籍や憲法のハタラキをしていたのではないでしょうか。

 近くの川には、今でもサケがのぼって来るといいます。当事、たくさんのサケがのぼってきたとき、公正に配分できる基準があると、我先にではなく、みんなで協力し、安心してサケを捕らえることができます。また、トチの実を収穫したり、大きな動物の狩りをしたりすることなどを、みんなで楽しみながらする余裕もできます。こう考えると、縄文の人たちが、身近に感じられてきました。

 このようにして、文字の無い時代、人々は、互いに心を合わせて、住みよい社会をつくろうとしたことが想像できます。貴い、人間の営みです。
 現代は文字があります。でも、かえって、文字情報を氾濫させ、大切なことは何かがわからなくなっているようです。

  遺跡で解説してくれた人が言っていました。
「何しろ、4000年前のことです。調べたことで、昔はこうだったのではないかということは言えますが、実際にどうであったのかは、だれもわからないのです。どうぞ、みなさんもいろいろ考えて、わたしに知らせてください。」
 いい言葉だなあと思いました。わからないということが、想像する楽しさと、人間の原点に思いをはせる機会を運んで来てくれます。どうも、お世話になりました。まだ、その余韻に浸っています。

 昔の人も困難を克服して、現代に、命をつないでくれました。

2011年10月20日

星座の観察

先週は、曇り空や雨模様の日が続いて、やっと、10月15日の午後9時、星空を見ることができました。 南の方を向いて立ち、天頂近くの高いところ、右手の方向に、特徴のある星座を見つけました。星と星とを結ぶと、十字の形をしています。白鳥座です。

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 この星の集まりは、南半球の南十字星に対して、北十字星ともいわれています。白鳥は、右斜め下の星が頭になります。翼を広げ、右斜め下を向いて滑空しています。わたしたちは、それを見上げていることになります。想像をたくましくしてみましょう。ギリシャ神話では神ゼウスが恋しい人のところにいくために、白鳥の姿になって飛んで行ったとされています。

 ゼウスは、スパルタ国のお姫様に恋をしました。でも、一方的な思いです。突然、相手のところを訪れたのでは、相手をびっくりさせたり、警戒されたりしてしまうでしょう。それで、自分は「わし」に追われている「白鳥」となって、スパルタへ飛んで行ったのです。恋は成就したそうですよ。相手の警戒心を解き、心をつかむには、それなりの工夫がいるということですね。なんだか、ゼウスが身近に感じられます。

 星座の中の一番明るい星をα(アルファ)といいます。上の図では、青い色の星にしてあります。白鳥のおしりのところにあるαと、近くにあるふたつの星座のαを結ぶと、二等辺三角形になりました。これが、「夏の大三角」です。秋ですが、夏の大三角が見えました。

右のαは、こと座のαで、名前がついていて「ベガ」。下のαはわし座のαで、名前は「アルタイル」。(ちなみに、白鳥座のαは「デネブ」といいます。)

 この「ベガ」と「アルタイル」は、中国の伝説では、別の名前がついています。日本でも、よく知られています。そして、中国の伝説では、白鳥はカササギで、この二つの星に、大切な役割を果たしています。
さて、この二つの星は、それぞれ、中国や日本ではどのように呼ばれていたのでしょう。星を観察したり、考えたり、調べたりしていると、秋の夜が、とても、いい夜になります。

2011年10月11日

秋に新芽


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秋に新芽、そうか、その手があったか。10月も半ばになろうかとするこの時期に、新芽を見ることができました。
 新芽は、春から初夏にかけてと、いつの間にか決めてしまっていましたが、10月からだって新芽を出す木がいるのですね。その気概やいかん。やがて来る木枯らしの寒さも織り込み済みなのでしょう。そのけなげさに啓発され、気持ちをプッシュ。わたしも一念発起。

 実は、ずっと、グズグズと思い続けていることがあります。
 気にかけていた、新たなホームページ「心をひらく」は作成することができました。心の教育、道徳教育のための、手がかりとなる、ホームページです。学校の先生方や、家庭のお父さん・お母さん方が、子どもの心を育てる、また、自分自身の心を育てる、手がかになるように、育てるよい心を描いたものです。
どうぞ、みなさん、 心をひらく をクリックして、楽しんでください。

 そのホームページができたので、一段落していました。前々から、取り組んでみたいことが別にあったのですが、そのホームページの作成に思いのほか手こずり、新学期も始まって、そのことは先延ばしかなと考えていたところでした。でも、10月に新芽を出す木の気概にふれ、取り掛かることにします。それは、心の教育の教材として漢字を教材化することです。仮のタイトルとして、「漢字コミュニケーション」。

 学校では、心の教育・道徳教育の教材は、読み物が主となっています。読み物のお話に登場する人物の人生観を読み深めることで、価値のある心のもち方を学ぶことができます。ただ、家庭で、そのような雰囲気をつくりだすことは困難です。家庭はくつろぐところであるからです。その家庭での心の教育の方法を考えたときに、もっと、気軽に、日常会話の中で、人生観を学ぶ教材はできないか...。そう思っていて、子どもも知っている漢字の、その成り立ちを、人生観を学ぶ視点で振り返ってみたい...と思うようになりました。

 例えば、誰もが知っている、という漢字。この形は、山の頂が三つならんでいる景色をイラストしたものだといわれています。でも、不思議です。真ん中の縦棒が一番高くて、その両脇にある縦棒は、どうして低くなっているのでしょう。高い山が手前にあり、その両脇の遠くに低い山がある、という景色でしょうか。しかし、手前の中央に高い山があれば、遠くの山は片方だけで、もう一方は、中央の山よりも手前に近づくはずです。中央の山が、手前に突き出て、左右の遠くに低い山が二つあるという景色は、或る地域にはあっても、どこにでも見られる一般的な景観ではないように思います。文字ですから、一般的な、だれでもが納得できる景観がベースになっているはずです。だから、不思議なのです。

 このように思っていて、はたと、思い出すことがありました。長野県の八ヶ岳の一つ「三ツ頭(みつがしら)2580m」に、小学6年生の子どもたちと登ったときのことです。4時間程歩いて、やっと頂上に着くことができました。頂上には霧がかかっていてまわりはよく見えませんでした。しかし、休憩していると、風が出てきて、あたりの山々の景色が姿を現しました。何と、眼下には、切り立った山の尾根が幾筋も伸び、その尾根の両脇は谷になっていました。見事な景観に、いつの間にか、疲れは吹き飛んでいました。その景観が、まさしくの形でした。

 一番高い尾根の上にある道を自分たちが登って来ていました。その尾根の両側は谷になっていて、その谷の向こう側にも、低い尾根がありました。左右に、自分のいる尾根とは別の、一段低い尾根が別々に連なっているのです。山という漢字は、そのような景色を表していると考えられます。この山の形を見る人は、漢字で表した、真ん中の高い棒の先に立って、あたりの山々を見ていることになります。

 その目には、すばらしい景観が映っていることでしょう。そして、一歩一歩の積み重ねで山を登りきったことに満ち足りた思いや、流した汗にさわやかさを感じたりしていることでしょう。

 わたしたちは苦労を積み重ねることで、幸せを感じることができます。それが、生きることです。という漢字は、そのようなものの見方を暗示させてくれます。

 日々の生活の中には、高い山に登るように、地道な努力を積み重ねていかなければならないことがあります。でも、続けていても、思ったようには成果が出ないと、いやになったり、続けることがばからしくなったり、さらには、していることの意味を見失ったりして、へたりこんでしまうこともあります。

 そのようなとき、つい、叱咤激励しがちになります。でも、一旦、気落ちしてしまうと、なかなか、気持ちを立て直すことができないのも人間です。がんばりなさい、がんばらないとだめだ、というような引き締めだけでは、限界があるのです。かえって、心を追いつめ、そっぽを向かれてしまったのでは、何にもなりません。

 そのようなとき、山登りの体験を話しながら、このの文字の持つ意味を知らせたら、どうでしょう。注意するのとは違います。雰囲気もソフトになります。新たな展開があるのではないでしょうか。また、山という文字を見るために、一緒に山に登ろうよと、山登りに誘えたらいいですね。生きることの尊さに気づかせていくことができるのではないでしょうか。

 以上、という漢字の場合でした。10月に新芽を出した木の枝に元気をもらい、このような漢字コミュニケーションの話題を、春までには50ほどつくりたいと思いました。

2011年9月19日

オリオンと彼岸花


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一昨日、9月17日の未明のことです。激しい雨音で目が覚めました。眠れなくなってしまったので、起きることにしました。午前4時。雨音が止みました。外に出てみると、星空になっていました。あの、雨は何だったのでしょう。そう思って星空を見上げると、何と、オリオン座が、あるではありませんか。
 
 え~っ、まさか。オリオン座は冬の星座だと、頭の中にあります。今は9月。しかし、まさか~の疑問は、もしかしたら、そうかも知れないという確信へ。なぜなら、オリオンのすぐそばに、冬の大三角形もあるのですから。寝ぼけ眼で見た9月の星空には、冬の星座があったのでした。
  
 感動と共に、頭の中が、混乱してしまいました。夜、時間とともに星座が動くのは知ってはいたのですが...(...いや、地球が動くのですが、ややこしいので星が動くことにします。ガリレオさん、ご容赦を...)冬の星座が、9月に出てくるとは...。うぬ、これは、地球の自転・公転によってなのか、と思ってはみたのですが、何だか、あやふやです。でも、季節には季節の星座がやってくると、漠然と考えていたことが浅はかであったことには気づきました。
 
 せっかくですから、オリオン座を頭上に見て、ウォーキングをすることにしました。5時には、空は青空になって、オリオンはいなくなってしまいました。そのとき、道端には、彼岸花が咲いていました。オリオンと彼岸花の場面転換。これも、今まで、考えもしなかったことでした。

 これまで、星座のことを、いいかげんに見ていました。これからは、きちんと観察をしてみたい、との思いを強くしました。東京の空でも、星が見えるのです。
 
 わたしの担当している開設科目に、『体験と心の育ち』『初等教育と家庭教育概論』があります。その中で、星座の観察報告をしていきます。
 ...何月何日、何時何分、何の方角に、何の星座有り、その形はこうであり、その星座には、このような伝説が...と。
 
 関心のある方、どうぞ、受講してください。そして、星空を見て、星座の物語に思いを広げてみましょう。これが、家庭での、親子の会話につながることを期待しています。親子で星座を見ることで、いい思い出が子どもの心に宿ります。大人になっても忘れることはないでしょう。

2011年8月14日

コインに人生の意味を知る


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財布の中には、たいていコインが数枚入っています。電車の待ち時間などの所在無げなとき、そのコインに活躍してもらっています。コインには製造年が刻印されています。その年を見ては、その年のわたしを思い出してみるのです。当時の苦節は、時を経ると、かわいらしいものになっています。
思い出の使者となったコインは、その年よりも古いものが来るまでは、机の上に鎮座。で、今のわたしの机上には、写真のようにコインが並んでいます。それぞれのコインが、今のところの、古さのナンバーワンです。

 1円玉は昭和40年。その年、高校1年生。
 高校に入学したころは、農村の中学から町部の高校に入って、あまりの環境の違いについて行けず、何かに追い立てられるような、落ち着かない日々を送っていました。
そんなある日のこと、生物教室の窓から外を見た先生が、外に咲いている白い花が「卯(う)の花」だと、教えてくれました。そして、「夏は来ぬ」という歌があるだろうと...、何気なく言いました。その言葉が心に染みました。
 そう、「夏は来ぬ」という歌があり、その中に、「卯の花 におう垣根に ホトトギス...」という歌詞がありました。そして、中学校での音楽の時間、先生の伴奏に合わせて友達と一緒に歌った...、その勉強の時間があったことを思い出したのでした。中学を卒業してからは、新しい現実になじめずあくせくしていました。高校の先生も、そこらあたりの心の事情を和らげようとしてくれたのでしょう。教室の窓の外の自然に目を向けさせてくれました。卯の花を見ていると、中学校の時のことを思い出し、元気がわいてくるようでした。今から、四十数年前の出来事でした。高校の先生に、感謝。

100円玉は昭和42年。その年、高校3年生。受験勉強の合間に図書館に通って読書。吉川英治『宮本武蔵』、五味川純平『人間の條件』が印象的。図書館の方に感謝。

10円玉は昭和45年。その年、大学3年生。部活にあけくれていた頃。宮崎の空がとても青かった。日本武道館で試合もした。ともに若さをぶつけた部員の方々に感謝。

50円玉は昭和46年。その年、大学4年生。トラック運送の助手や、レストランのウエイターのアルバイトで社会勉強。ひと足早く、大人の世界を知りました。お世話をしてくれたトラックの運転手さん、課長さんに感謝。

5円玉は昭和48年。その年、岬の小学校へ教師として赴任。舟の櫓の漕ぎ方を習う。たて笛を必死に練習。漁師の方、音楽の先生に感謝。

コインはその年に製造されて以降、人と人との間を行き交い、人の人生にかかわって今に至ります。わたしも、その年に人にお世話になり、よい経験をつませてもらって今に至ります。コインに事寄せながら、自分を支えてくれた人に感謝をすることで、自分の生きる意味を知ることができます。みなさんも、試してみませんか。思い出は思い出してみると、前に進む力となります。その思い出を思い出すきっかけが、財布の中のコインにあります。
 
 追伸、渋滞待ちの車の中で、コインを使って親子での人生トーク、どうでしょう。

2011年6月20日

暗さと明るさ


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 今日は、天下の日曜日。曇り空でしたが、雨は降っていません。それで、前々から気になっていたパソコンを修理に持って行くことにしました。デスクトップ型のパソコンの調子が悪く、電源を入れても立ち上がらなくなって2週間になります。これまで、もう一台のノート型パソコンで乗り切ってきましたが、メールやホームページの更新等は、デスクトップの方からですので、何とかしなければと、思っていました。

 このパソコンは10年近く使ってきたのでそろそろ限界かなという気もします。その場合は、買い替えです。その覚悟もしながら、電源やデスプレー等のケーブルを外しました。そして、パソコンの中にホコリがたまっていたらお店の人にはずかしいのでそうじをしようと、パソコンの中を開けました。

 何と、中は、ホコリだらけでした。特にミニ扇風機の下には握りこぶしぐらいの大きさの固まりができていました。まさに、チリも積もれば山となる、です。それを取り去って、組み立て、試しに電源を入れてみました。すると、懐かしい音と共に、パソコンが動き始めました。ホコリが、パソコンの機能を奪っていたのです。あ~あ、でした。ほっとするやら、自分の未熟さにあきれるやら、です。

 気分を晴らすために外に出ました。曇り空の下で、アジサイが咲いていました。This is 6月、です。携帯電話でカシャッ。ところが、曇り空で日光は弱いのに、写真は明るく撮れています。この頃のカメラ機能はすぐれもので、よい写真が撮れるようにと、日光が弱いときには自動的に露出が明るくなるようになっています。

 でも、晴れても雲っても同じでは画一的で、虚構の世界。よいが、よいにならずに、どうでもよいになってしまいます。それで露出補正をマイナスにして、再度、カシャッ。機械が無理に明るくしているので、それに反抗して暗くしたのでした。

 それが、上記の写真。曇り空の下で映えるアジサイ。見ていると、暗さと明るさの、その双方が価値のあるものになっています。暗さがあるから明るさに価値が生まれ、明るさがあるから暗さが生きる...これは、生き方にもいえそうです。とくに、誠実な生き方の価値を深める手がかりとなりそうです。後日、このことについて続けます。

2011年5月31日

どんぐり


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 どんぐりの芽がたくましく育っています。若芽は、昨日の台風の余波の、時おり吹く強い風に細い茎を揺らせ、幼いながらにも、自然の中でたくましく育つ過程を垣間見せてくれました。
 思えば、昨年の秋、近くの公園でどんぐりを拾い、ヤジロベーをつくって、その残りを植木鉢に埋めたのでした。
 少々、気がかりがありました。それは、土に埋めるにあたって、中に入っているかもしれない虫の害を防ぐためにどんぐりを水につけたのですが、それが過ぎたことでした。一晩つけておくつもりが、気がついたのが一週間後。あまりにも、つけ過ぎてしまいました。真っ黒に変色している姿を見て、もう生命の源は絶たれたのかもしれない、捨てようかとも思ったのですが、何十年ぶりかでどんぐりを拾ったこと、そして、それを植えようとしたことを大切にしようと、万に一つの可能性にかけて、二個の植木鉢に、八個のどんぐりを埋めたのでした。それから、はかない望みか...と思いながらも、ときおり植木鉢に水をかけていました。ところがどっこい、冬の間、どんぐりは、地中で命の灯をともし続けていたのです。
 4月の終わり、ふと、気になって、植木鉢を見ると、芽を出しているではありませんか。そして、一ヶ月の間に、次々と8本の芽が出てきました。当初はさわやかな若草色であった葉っぱがこの頃赤く焼けてきたのは、紫外線のためでしょうか。UVカットの日差しよけが必要かな...。いやいや、それが過保護というものなのでしょう。

 子どものころ、大ききな、真ん丸のどんぐりは、欲しいものの筆頭でした。ビー玉の代わりに、地面を転がして遊ぶのです。
 その遊びの準備として、地面に、一辺が約2mの正方形になるように4角に一つずつと、中央に一つの浅い穴を掘りました。そして、ジャンケンをして、勝った人から順に、真ん丸いどんぐりを転がし、中央の穴に入れます。入ったら、四隅の穴に、次々と転がしては入れていきます。穴に入らない時には次の人に代わります。このようにして、互いに自分のどんぐりを進めていきます。どこか、ゴルフに似ていますね。そして、最後に、再び中央の穴に入ると、そのどんぐりは「キラー」になります。他の人のどんぐりに当てると、そのどんぐりをもらえるのです。ここはゲートボールに似ています。おもしろいです。

 どんぐりを転がすにはルールがありました。「どんぐりを持った手を地面から離して転がしてはいけない」というものです。手を地面につけたままどんぐりを転がすには、手の甲を地面につけ、てのひらを上に向けて、中指を丸め、中指の爪と親指の間にどんぐりを挟むようにします。そして、ねらう方向へ向けて中指をはじくのです。このようにしてどんぐりがまっすぐ進むには、熟練の技が必要でした。その技を先輩に学ぼうとしました。先輩の華麗な技を見て、いつかはあのように...との思いが、遊ぶことをますますおもしろくさせてくれたのでした。

 本来、この遊びはビー玉を使って遊ぶものでした。でも、学校にビー玉を持って行くことは禁止されました。それなら...と、子どもたちはビー玉の代わりに、山にあるどんぐりの中から、真ん丸いどんぐりを探し出し、活用したのです。真ん丸いどんぐりは、ありそうで、なかなか見つかりません。でも、子どもたちは、タフでした。山に入っては、真ん丸のどんぐりを見つけて、学校に持って行ったのです。そして、校庭のかたい地面に靴のかかとをグイと押し付けて回し、浅い穴を五つ掘りました。すると、そこには、すばらしい世界ができました。あのころが懐かしく思い出されます。

 このように、子どものとき、心をひかれた遊びの体験があると、それがもとになり、ふるさとを思う気持ちに発展します。いい、ひと時です。つらいとき、心がふさがっているときにも、心に落ち着きが生まれます。子どものとき、自然の中で遊ぶ体験をすることの意味を、今、感じます。おそかったかなあ。

2011年4月10日

敬意と親密、理解と寛容


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4月になりました。新年度の始まりです。近所の桜も咲きました。自然は、生であることを示し続けます。道元禅師の『正法眼蔵』に、「生も一時のくらゐなり、死も一時のくらゐなり。たとえば、冬と春のごとし。冬の春となるとおもはず、春の夏となるといはぬなり。」とありました。春は冬がなったものではなく、春は、元々からにして、春であった。今、その言い回しに、力強さを感じます。

 さて、新年度にあたり、手帳を新しいのに、替えました。昨年度の手帳には、余白に、通勤途中で読んだ文庫本『ローマ人の物語』(塩野七生・新潮文庫)の中の、心にズシンと来た言葉が書かれています。読み始めたのは、昨年の7月の終わりの頃。そして、既刊分の40冊目を読み終えたのは、今年の2月の終わり。夏から冬にかけての長丁場でした。続きを買いに行っても、書店には無いこともしばしば。それでも、辛抱強く入荷を待ち、この本を読み続けたのでした。

 手帳にあるメモを追ってみます。
「敬意と親密さは並立しにくい。」「親密さは甘えを生む。図に乗る。」
「理解することと賛同することは別ものなのである。」
「寛容とは同意することではない。同意しないけれど認めるということである。」
古代ローマの人々の生き方をして、作者の塩野さんが言わしめている言葉です。

 敬意と親密さとのかかわり...これは、家庭での親子、学校での教師と子どもにいえます。今の世の中、親子や、教師と子どものかかわりでは、親密になることに心をくだく向きもあるようですが、それが子どもの「図に乗る」ことを進めるのであれば、子どもの成長には逆効果。ときに、敬意をもたれる、敬意をもつ、というかかわりに気を配ることが必要でしょう。

 理解と寛容とのかかわり...これは、人間関係にいえます。近年は、情報機器の発達とともに、人も、事実がどうの、データーがどうの、相手の間違いがどうのと、正当性にこだわりがちになっています。気質の具えもその延長にあるようで、友達や職場などでの人間関係でも、つい、トラブルを抱えがちになることが多いです。そのようなとき、あなたの意見に賛成はしないけれど、あなたがそう思っていることには同意する。あなたの意見に同意はできなくても、あなたのことは認める。という心の動きをつくり出すことによって、心は、おだやかになる方向性を見出すのではないでしょうか。

 思えば、昨年度は、これらの言葉に、生きることのヒントをもらっていたのでした。
 さてさて、今年度の手帳には、どのような言葉がメモされて行くのでしょう。

2011年4月 8日

親子料理


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 先日、歩いていると、ある家の軒先に見事な雪ヤナギの花が咲いていました。見ていると、自然に心がほぐれていくようでした。

 さて、家族に起きたいい話をエッセーでつづる、家族生き生きエッセーの、№7を発行することができました。 下記のホームページで紹介しています。

→ 『家族生き生きエッセー』

 このエッセー集に寄せられた家族とのできごとは、家庭の意味を知らせてくれます。

 小学生の佐々木さんから、次のエッセーが寄せられています。

  ◇親子料理
 私は、冬休みの宿題の「親子料理」を、母と一緒にしました。つくったのは、カレー。 
 最初の仕事は、野菜を切ることでした。野菜はにえやすいような大きさに、ていねいに切りました。一番大変だったのは、玉ねぎを切ることです。わかってはいたけれど、ここまで痛くて、ここまでなみだが出るとは思ってもみませんでした。母が、笑っていたので、わたしも、泣きながら笑いました。
 大きなかべをのりこえて、次にぶた肉をいためました。油がパチパチととんで大変でした。
 そして、なべに、切った野菜・肉・水を入れて、にこみました。ここで、わが家のカレーのかくし味のおろしたニンニクを少し入れました。食べるとわからないけど、カレーのスパイスとなっているのです。最後にルウを入れて、じっくりにこんで完成。ちょっとからくて、ほんのりあまくておいしい味でした。
 夕食に家族で食べました。
「すごくおいしいよ。」
と、父と母が言ってくれました。うれしかったです。
 今回は、カレーだったけれど、またやるときは、オムライスやおすしなど、まだつくったことがないものもつくってみたいと思いました。
 家族と一緒につくることは大事なことだと思います。  


最後の、「家族と一緒につくることは大事なことだと思います。」という気づきが、とても尊いです。親子料理は、いい体験の機会となっています。