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2006年5月 アーカイブ

2006年5月23日

道徳とは何か 節度 思慮

道徳とは何なのでしょう。人は、このようにあらねばならないとする枠をつくることでしょうか。わたしは、どうも違うような気がしてなりません。その昔、道徳は、混沌とした時代を切り開き、生きることに夢を与えるために創造されたのだという気がしています。その視点に立って、道徳の価値を誰でもがわかり、それを、自らの人生の応援と成していけるようなことはできないだろうかと、ここ数ヶ月悩んできました。そして、ある思いに至りました。それは道徳の価値内容を示す言葉を、日常生活の中に登場させることです。

道徳の内容を示す言葉とは、正直、勇気、誠実、責任...等々の言葉です。現在、これらの言葉は、人を叱る時に使われることが多い気がします。それによって、それらの言葉のもつ価値を矮小化させているのではないかと思います。本来は、正直に生きるとはどういうことか、勇気をもつとはどういうことかというように、よりよく生きる方向性を探し求めようとするものであったはずです。

そこで、日常生活の中でそれらの言葉を目に触れさせ、そのことについての会話ができる機会をつくりたいと考えました。その道具として、トランプカードに、道徳の内容を仕込んだカードをつくることにしました。トランプのカードとして遊びながら、人生を豊かに生きるための言葉が目に入ることによって、叱るときにつかっていた道徳を、前向きにつかっていくことができると考えたのです。

名付けて、「人生を応援する道徳カード」。
各家庭で、あるいは学校の教室で、人生や道徳のこととが話題になれば一歩前進できます。

そして、そのカードができました。スペード13枚、ハート13枚、ダイヤ13枚、クラブ13枚、ジョーカー1枚で、全部で53枚になります。
スペードは、自分自身にかかわる道徳、ハートは他の人にかかわる道徳、ダイヤは自然や生命にかかわる道徳、クラブは社会にかかわる道徳で構成されています。
ただ今、モニターを募集しています。実際に使って、試してみませんか。

これから、少し、紹介していくことにします。

スペードのAは節度です。
setudoweb.gif

スペードの2は思慮です。
siryoweb.gif

どちらとも、「けじめをつけなさい」「反省をしなさい」等、人を叱る時に使われやすい言葉ですが、でも、前向きに生きる道を示す意味もあると思います。

節度とは何でしょう。生活を節(せつ)に区切ってみると何かが見えてきます。季節もそうです。一年を3ヶ月という節で分けると、季節ができました。季節があるから、春の楽しみ方、夏の暮らし方などのイメージができます。他の生活もそうなのです。学校と家庭とに区切ることで、学校の生活はどうすればよいか、家庭ではどうすればよいかがわかります。学校でも、勉強時間と遊び時間を区切ることで、勉強時間にはどうすればよいかがわかってきます。人の生活を節で区切ってみることによって自分のあり方が見えてくるはずです。

思慮とは、よく考えることです。考えることは、飛躍の一歩手前です。反省する力があることは、人としてとても素晴らしいことです。今の時代、デジタル思考ですぐに結果を求め、勝ち負けを決めたくなりがちです。しかし、それが、「キレル」という現象を生み出しているのだと思います。古代中国の考え方に、「四道五動」というのがあることを知りました。前に進む、後ろに下がる、右に曲がる、左に曲がる、というように、人生の岐路では四つの選択肢に悩むことがあります。その中で、五番目の動きがあるというのです。じっとしていることです。じっとしていて、よく考える、それが、効を奏すことが多いのだそうです。考えるということは、心を動かすということです。思慮もなかなかの力を見せてくれそうです。

2006年5月24日

努力とは何か

努力について、次のカードを作りました。
doryoukuweb.gif

努力とは大切なことです。しかし、あまりに努力が強要されると、事態は思わぬ方向に向いてしまいます。夜のニュースで、某ニュースキャスターが嘆いていました。社会保険事務所が、法律の規定に反し、本人の申請なしに、国民年金保険料の免除や猶予手続きをとっていたとか。それが、全国で数万人に及ぶと。未納率を減らし、納付率を向上するための一環だとか。

...国民年金保険料の納付率を向上させようと努力をする。それは貴いことです。しかし、その努力が何のために行われているかを自覚していないと、結果のみを求めることに関心が行き、ついにはこのように嘆かわしいことになってしまうのではないでしょうか。

近年の子どもたちもみても、結果を求められていることが多いような気がします。努力に結果はセットされているものではありません。人は結果を目標に努力はしますが、結果を求めて汗を流している姿こそが貴い行為です。はつらつとして毎日を過ごすことができます。それが、何よりのはずです。その中から、未来への希望や夢を感じとれていくはずです。

子どもにいろいろな結果を求め続けると、それがかえって子どもの自信喪失につながらないとも限りません。がんばっている姿こそが貴いことを、子どもに伝えて欲しいと思いました。「いい汗をかいているよ。」「何かに取り組んでいるときの目って、とても素敵だよ。」「そういう姿を見ていると、何だか、元気がわいてくる。」「だから、がんばることは、いいことなんだ。」「がんばることは、生きていることの証明をすることかな。」
困難であることに向かう姿勢が、自分をつくってくれています。

近年は、子どもの努力が親の価値観のもとにできているような気もします。親が、子どもに、このようなことをがんばらせたいと思うことで、子どもの目標を設定するというものです。それも、ある程度までは必要でしょう。しかし、そこには、親の、大人のしての論理があります。...それができるようになると、将来のためになるよと。だから、できないと困るし、できないと、評価をもらえないのでしょう。子どもが、自分自身で、困難な目標を抱いたのであれが、努力の結果、その目標は実現できなくても、そこに向かっていった自分を将来にわたって誇れるはずです。

数年前、東京の科学技術館に行ったことがあります。そこで、ホーバークラフトの工作の実演があり、実際にできたものを動かしていました。ホーバークラフトとは、地面や水面の上を浮かんで動く乗り物です。その、工作されたものが、右に左にと動く様を見て、わたしは感慨ひとしおでした。なぜか、それは、わたしが子どものころ、何度も挑戦しては失敗していた工作物だったからです。見ると、発砲スチロールで軽い機体を作り、小型化されたモーターと電池が使用されていました。わたしの子どもの時代には、無かった物です。当時は、木材を薄く削り、プロペラの角度や大きさを工夫して、動力としては当時市販されていたモーターや電池を使うしかありませんでした。かなうはずもないことに向けての、挑戦の日々だったのです。しかし、その挑戦は、今でも、心地よいものとして残っています。そこに、努力の意味があるのだろうと思います。

2006年5月31日

野口英世

道徳カードスペードの4は、忍耐にしました。
ninntaiweb.gif
このごろ、こらえ性のない人が増えました。わたしもです。道を歩いていて、前から歩いて来る人がいたのでぶつかるなと思ってよけました。でも、相手がそのまま堂々と通り過ぎたので、その態度に、少しムカッときてしまいました。相手がこちらに斟酌(しんしゃく)してくれなかったことにがまんができなく、自分で不機嫌さをつくり出してしまったのです。小さなことなのにがまんができないとは...、どうしましょう。

先般、小泉総理大臣のアフリカ訪問がテレビで報じられていました。かつて、アフリカの地で黄熱病の研究をしていた野口英世の研究室がそのままになっていて、そこに行くと、壁に、「忍耐」という文字の額が掲げられていました。小泉総理大臣は英世の偉業と忍耐という言葉を重ね、いたく感心をされていました。

がまんができるのは、小さなことにはとらわれないからなのでしょう。大きなことに視点を移せば、小さなとらわれも姿を消します。常に大きな視野をもち、そして、はるかな展望を抱いて生活することで、心おだやかな日々が訪れます。忍耐は、その一環でしょう。と、自分を反省するのでした。

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