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2009年8月 アーカイブ

2009年8月 2日

家庭教育>道徳>子育て> いじめ 5


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アサガオの種は、地下1㎝程のところに埋められます。その後、毎日、水をかけてもらえます。ところが、水をかけられるということは、土が重くのしかかってくるということになるのです。種は、土によって、外界との間を遮蔽され、暗い中に身を置かれます。そして、約一週間後、土の上に双葉を出しています。

 アサガオの種をまいた子どもにとって、双葉が出てきたことはうれしいことです。生命の働きを感じることでしょう。しかし、この、種が双葉を出すことが、約束された生命の営みであると考えると、芽が出て来たのは、水をあげ続けた、子どものがんばりの成果であるかのような思いにもなります。
「毎日、水をあげたから、アサガオは芽を出すことが出来たよ。」「水をあげ続けた子どもは、よくがんばった。」そして、水をあげ続けた子どもに、「あなたはよくがんばりました。えらい。」という言葉をかけてあげたくなります。

 それでもよいですが、ここで、改めて考えてみましょう。右上の絵は、その時の双葉の姿を思い出して書いたものです。地面の上に、何かがありますね。種の殻です。何でもないことのようですが、種は、地下1㎝のところに埋めたはずです。うぬっ、種は、地下にじっとしていなかったことになります。普通に考えると、地下に埋められた種はそこで芽を出し、根を出すと考えられます。そうであるならば種は地下1㎝のところにそのままあるはずです。ではないのですね。種は、地表に上がってきているのです。種から小さな根を出し、その根で種である自分を持ち上げ、地表近くまで押し上げると、ついには地面の上に引っ張り上げるのです。そして、種の殻を割ると、中から双葉を出したのでした。

 種は地下に埋められたのに、地上まで上がり、そこから芽を出すのです。簡単なようですが、そのようにできるための物理的な作用を考えると、そうするには、大きな力が必要であったことに気づきます。まず、地中の種は、種から小さな根を出します。根は細いです。根は力を込めると、土の間を進んで行くことはできるでしょう。でも、そのようにしたら、種は動きません。根が伸びるだけになってしまいます。種を動かすには、根は先に進まないで、根自体を地中に固定し、種を押し上げることが必要になります。生きる主体が、種から、小さな根の中に移動するような気がします。自分がそのまま力を出せば、根の先は地中に伸びて行くのですが、自分は動かないようにして、逆に種を押し上げていくのです。大きな力がいることでしょう。湿って固められた土を押しのけて、種を上に押し上げていきます。人間にたとえると、指先で逆立ちをするようなものでしょうか。

 そのようにして、種を地表まで押し上げる苦労をするのであれば、最初から、地面に居て、そこから根を出し、芽を出せば、よいようにも思います。しかし、それでは、育つ力は出て来ないのでしょう。ということは、土の中に閉じ込められることによって、自分の中から生きる力を引き出していくことができるようになるということです。

 土の中は暗いです。暗いということは、明るさのある方向が分かるということです。そのことによって、明るい方向に向け、自分を押し上げ、自分を伸ばそうとする力を出すことができるのではないでしょうか。もともと、明るい地上にいたのでは、そうして力を出すまでもありません。適当にしていれば、それなりの芽を出すことができます。トレーの中で発芽の実験をしても芽を出すことはできます。しかし、その芽は育つ力を自分で出すようにはならないのです。

 朝顔の種は、厳しい生存に向けた営みを土の中で行うことによって、地表に双葉を出すことができたのです。そして、そのことを行う種のみが、この世に、生命のつながりを残すことができたといえるでしょう。

 生命は、そのような強さを内に秘めているからこそ、現代の世に生きていることができるのです。人も、そのような生命体のなかまであることに変わりはありません。明るく生きることをめざして、生きようとします。しかし、アサガオの種が、明るい地表にいるままでは、自分を育てる力を出すことができないように、わたしたちも、明るい生活の中にいるままでは、自分を育てる力を出すことができないように思います。暗くなること、つらい境遇に陥ることが、自分を育てる力を得る機会となる、という考え方が必要ではないでしょうか。

 暗いこと、つらいことは、いやなことです。そうさせた相手や社会に不満をぶつける、クレームを言う、そうすることが、今の社会の常道のようにもなっています。自分を暗くしてくる相手を撃破し、明るく生きる自分を担保する、という考え方がそこにはあるのです。しかし、それは、自分のことを大切に考えるがあまりに、他者のことを顧みないという構図の中にいるのです。いつの間にか、不満のるつぼの中に身を置いていて、考え方がとげとげしくなっていることでしょう。そこに、いじめが登場します。

 自分はいじめているつもりはなくても、他者にとっては、いじめになっていることが多々あるのではないでしょうか。『さるかにがっせん』という昔話があります。かににいじわるをしたさるは、臼・蜂・栗の連合軍によって、仕返しをされました。かににいじわるをしたさるが悪い...いじわるをされたことを他者のせいにすると、仕返しをしたくなります。しかし、その仕返しもまた、他者をいじめることになります。この場合、さるへの仕返しは、集団でのいじめです。仕返しをしてもらっても、かにの心は、明るくはならなかったはずです。

 アサガオの種は、土の中に閉じ込められ、暗くなった中で、小さな根を出し、そこに自分を移して、種である自分の本体を地面の上に押し上げました。地面の上が明るいことがわかるから、大きな力を出すことができたのです。わたしたちも、明るく生きるということがわかれば、そこに向けて自分を押し上げる力を出せるようになるはずです。そこで出てくる力が、生きる力です。他者のせいにするのではなく、自分が生きる力を出せる...それが、現代に求められているのです。次回は、昔話『さるかにがっせん』で、その生きる力の出し様を考えてみましょう。(次回に続く)

2009年8月 7日

家庭教育>道徳>子育て> いじめ 6


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昔話『さるかにがっせん』では、かには、柿の木にのぼって柿を食べているさるに向かって、「ぼくにも柿を取ってください。」と頼みます。でも、さるは聞き入れてくれません。「わたしが育てた柿だよ。わたしの柿だよ。」というかにの主張は、もっともな主張で、理のあるところです。でも、その主張はさるの心を動かすことはできませんでした。それどころか、かえってさるの心を意固地にさせ、「生意気だ」とかにに青い柿をぶつけるようにさせたのです。
 かには悪くはありません。しかし、さるがそのような行動に走ったのは、かにに足りないところがあったからだと、考えることができます。かににとって、さるは、柿のタネを運んできてくれた大切な人であったはずです。柿の木を育てる楽しみを与えてくれた人なのです。育てた柿の実をさるにひとりじめされて、くやしい思いはあるでしょう。しかし、「水に流す」という言葉があります。くやしさを流れる水に放すことができたら、どれほど心地よいことでしょう。そして、さるに向かって、「柿のタネをありがとう。おかげで、柿の木を育てる楽しさを味わうことができたよ。お礼に、どうぞ、柿の実を召し上がれ」という言葉をかけられる心の余裕ができることでしょう。それによって、さるの心も変わっていくのです。

 わたしのことで、ずっと、ずっと、追憶の彼方にある思い出があります。あれは、小学校3年生のときの、遠足の帰り道でのことでした。帰る道は、近所の子どもたちがまとまって帰ることになります。その帰り道で、わたしは同級生の子から泣かされました。理由は何だったのか記憶がありません。ただ、そのときの同級生の怖い顔と、くやしくて泣いているわたしが強く印象に残っています。そして、わたしの家への分かれ道に来ました。そこから家まで50メートルはあったでしょうか、わたしは家への道を泣きながら一人で歩きました。遠足の日というのに、何というさびしい展開でしょう。ますます、泣き声は高まったように記憶しています。ところが、家の前で、足が止まりました。何だか、そのままではいけないような気がしたのです。見られているような気がして、みんなと別れた道のところをふり返りました。すると、わたしを泣かした子が、まだそこにいて、じっとこちらを見ていました。わたしは、泣くのをやめて、家の裏口にまわりました。その子を見ると、その子も安心したように帰って行くところでした。わたしは、涙をふいて、何事もなかったかのように家に帰ったのでした。
 
 今から、50年以上も前のことです。いじめということを考えるとき、なぜだか、そのことが脳裏に浮かんでくるのです。そして、あのとき、どうして、泣きながら家には入らなかったのか、自分を制していたものは何だったのかを考えてみるのです。
 その子は快活な子で、お兄さんがいることなどから生活経験も豊富で行動力もありました。内気であったわたしは、その子のようになれたらというあこがれももっていました。その子への配慮は、わたし自身のためでもあったのでしょう。その子と一緒に遊んでいると、自分の枠を超えるものを感じることができていました。家に泣きながら入らないことで、それを無にはしたくないという意思表示をしたかったのではないかと思うのです。

 人は、それぞれに、自分があり、一分をもっています。それによって、怒りを感じ、欲を張り、嫉妬の思いをもちます。それらを、流れる水に流すかのように放すことができるとき、いじめの連鎖から抜け出すことができるように思います。

 上記の写真は、心を鎮めるための作品(制作途中)です。江戸時代の儒学者中江藤樹は、自分の心に迷い・悲しみ・怒りの心が生じた時には庭に置いた石に静かに水をかけ、 自分の心を正していました。その石に代わるものを、陶器で作れないかと考えました。ドンブリ鉢のようですが、底は平らにしています。この鉢の中に、水の流れるオブジェをつくり、据えようと考えています。名付けて「怒滅却器」。周りの人が、面白がってくれています。

2009年8月10日

家庭>道徳>家族生き生きエッセー5


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家族に起きた「いい話」のエッセー集、『家族生き生きエッセー5』を、専用ホームページにUPしましたので、どうぞ、下記の⇒の先をクリックして、ごらんください。今回で5回目になります。
 子どもたちの目線がとてもすばらしいです。生きることへのエネルギーが、たくさん湧いてきます。
 その『家族生き生きエッセ―5』の表紙を飾る写真を探していて、カメラの中に、今年の5月に撮った写真があることに気づきました。その一枚がこの写真です。足利市にある、大藤を見に出かけたときのものです。堂々とした藤の生き方に、生きるエネルギーを感じました。聞くところによると、この大藤、以前は市街地にあったそうですが、多くの人々の力を得て、自然豊かなこの地に引っ越してきたとのこと。さぞ、難事業であったことでしょう。大藤は人々の願いを受け、見事に根づきました。大藤の、世代を重ねて生きる姿は、見る人々に、生きることの何たるかを投げかけてくれます。
 いにしえの人たちは、「世代」という期間を「三十年」と考えました。10で「十」、20で「廿」、三十で「世」です。人が家族をつくりあげることも、三十年はかかります。大変なようにもありますが、大藤を見るとき、前の世代に生きてきた人々の命の営みを引き継いで行く貴重な日々でもあることを考えさせられます。大藤は、人生の水先案内人のようでもありました。
 さて、家族生き生きエッセーの表紙には、この大藤を守っているかのように、その場所の入り口に咲いていた花の写真を用いることにしました。以下のホームページにあります。どうぞ、訪れてください。そして、家族と共に生きることのすばらしさを味わってください。
 クリック⇒  家族生き生きエッセー5

2009年8月17日

家庭>道徳>子育て>心の教育>自由


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小学生の子どもさんがいる家庭では、夏休みの自由研究に取り組んでいるところもあるでしょう。自由研究...。うれしいような、困ったような...。「自由」とは、複雑な心の動きを起こします。自由というと、束縛から解放され、それによって楽しさが生じることをイメージします。しかし、研究という束縛から解放されるのが自由だとすると、それでは研究そのものがなくなってしまいます。自由とは何でしょう。どのような状態を自由といえばよいのでしょう。
 自由とは、漢字の並びからして、自分の心に由ると考えられます。心のままに...ということでしょう。しかし、この、心のままにということが、難解です。

 昨日まで、富士五湖の一つ、山中湖のほとりにある、とある研修所で、二泊三日の研修会がありました。昨日の最終日の朝食は八時に終わり、研修は九時から始まるということでした。一時間の休憩時間があります。ところが、その休憩時間に同室の人が富士山の写真を撮りに出かけるというのです。彼はこの時間帯に富士山の撮影をしたいという自由意志を働かせています。わたしは、前夜遅くまでのミーティングの疲れが残っていてボーッとしていたかったのですが、その生き生きしている姿に自分の気だるさを言うわけにもいかずに、しぶしぶ一緒に行くことにしました。そのときの、わたしの心は、しぶしぶです。 
 ところが、富士山の見える場所に着いて、その人がいそいそと三脚を設定し、カメラをのぞいている姿を見ているうちに、心が変わってきました。その写真を撮っている姿を、写真に撮りたくなったのです。携帯電話に付いているカメラですから限界があります。しかし、何とか挑戦してみたいと、富士山らしさの見える場所を歩きまわりました。そして、近景に月見草、中景に山中湖、遠景に富士山の構図を見つけ、そして、その中に彼の姿を収めて、パチリ。この瞬間、わたしの心は、満ち足りた思いになっていました。自分の心を表現することができて、自由であることの心地よさを感じています。彼が、写真を撮りに行くと言わなければ、至ることができなかった心境でした。
 自由ということは、心のままにということですが、その、心のままにということは、「怠惰な気持ち」に従っていたのでは、自由が本来意図している自身の心の高まりに到達することはできないのです。自分を高めた楽しさに気づくことが自由のよさなのでしょう。子どもの自由研究には、それを知る道が用意されている...。
 目の前の雄大な富士山が、心を押し広げてくれたのでした。

2009年8月20日

家庭>道徳>子育て>心の教育>心の窓


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昨日の夕方、横浜駅への道をたどっていると、花屋さんの店先に秋を見ました。「窓」から出る光を浴びて輝く穂はまさに秋、神代植物公園のパンパグラスを思わせてくれました。立ち止まって見とれているうちに、いつの間にかあたりは暗くなっていました。一日の終わりです。家に向かって歩き出しました。

 人は、朝、家を出て、夜、家に帰ります。時には、朝にはなかった暗い思いを家に持ち帰ることにもなります。それは、子どもも同じです。憂うつな気持ちで家に帰って来る子どももいることでしょう。しかし、家の前に立ち、「窓」の明かりを目にすると、心は落ち着くはずです。そのとき、「ただいま」「お帰りなさい」という会話で生産されていく家族との生活に、いっそうの価値が出てくるのです。

 窓とは何でしょう。窓は壁に穴をあけたものです。当り前のことですが、ふと心を遊ばせてみると、面白いことに気づきます。「窓」という漢字には「心」という漢字が付いています。「窓」にはどうして、「心」がある...。

 古代中国の老子という人は、窓を「無用の用」という考え方を説明するために用いました。用とは「はたらき」という意味で、その意味をつかって「作用」という言葉もあります。ものには、はたらきのないはたらきがある...その例に窓がある...なんだなんだ、です。
 家を建てるとき壁をつくります。しかし、壁には穴をあけて窓にします。窓は壁を無しにするのです。そのことが、壁のはたらきをよくしていることになります。壁の中にうがたれた窓は、はたらきがないようにあって、大きなはたらきをしている...。
 そのことは「心」の在り方にもいえます。かたくなになって壁をめぐらせている心には、具体的な悩みを聞き、解決策を示してあげることが本人のためになるはたらきのようです。しかし、解決策がないから悩みなのです。そのようなとき、「お帰りなさい」の一言、そして手作りの夕食が、沈んだ心に風穴をあけることでしょう。その窓から明るさが入ります。窓は違う世界を呼び込むのです。 
 家に帰り着いてみると、焼きナス、タコのカルパッチョ、厚揚げの煮しめ...。心は別世界に入りました。そこには、外での憂うつなことも、水に流していく何かがありました。
 鴨長明いわく、「行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。」...そうですね。水は絶えず流れていくのです。
 生きていると、日々、子どものこと、学校のこと、友達のこと、職場のこと、いろいろなことで悩みは湧いてきます。それはいつの間にか壁のようにもなるでしょう。しかし、そのような憂うつなことも、心に風穴をあけて「窓」を築くことで水に流れ、心は安定していくのではないでしょうか。だからかな、窓という漢字に「心」があるのは。...確かめるすべはありません。

2009年8月30日

家庭>道徳>子育て>心の教育>豊かということ

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田んぼの畦に立ちました。田んぼには稲穂が実っていました。秋です。遠くから、「オーシ、ツクツクオーシ」というセミの声が聞こえていました。子どものころは、このセミの鳴き声を耳にすると、夏休みが終わるさびしさに覆われたものでした。
稲穂が実る田んぼの風景は、これぞ日本です。日本のことを、そのむかし、瑞穂の国といいました。瑞穂の国には、米がよく実る、めでたいという意味が込められています。

田んぼの上には2匹のつながったトンボが飛んでいて、電柱を支えているワイヤーに止まりました。のどかでした。むかし、トンボのことを秋津といいました。で、日本のことを、秋津島ともいいました。なんでも日本神話によれば、神武天皇が国土を上から見てみると、国の形が2匹のトンボがつながっている形に見えたので、そのように言ったというのです。そういわれて本州の形を改めて思い描いてみると、東北地方が頭で関東地方が尾、中国地方が頭で関東地方が尾、そして、2匹は関東地方でつながっています。なるほど、です。しかし、それはいいのですが、人工衛星のない時代、どうしてそのように本州全体を見ることができたのでしょう。ま、それはそれとして...。

今から数十年前の中国でのことです。秋、このように豊かに実った稲穂を前にした人々は考えました。やがて、スズメが飛んで来て稲穂を食べます。それで、スズメを退治することにしました。スズメは夜、竹藪に集まって寝ます。そこで、その竹藪に網を仕掛け、それこそ一網打尽にスズメを退治したのでした。ところが、次の年は凶作になったというのです。調べてみるとわかったことがありました。スズメは稲穂の米をついばみます。でも、稲が成長する過程においては、稲に付く虫や田んぼの雑草の種をたくさん食べていたのでした。田んぼに豊かに実った稲穂は、スズメのお手伝いがあったからなのです。豊かさは、思いもかけないものによって裏打ちをされている、だから豊かであるのかもしれません。

 わたしたちも、思いもかけないできごとによって裏打ちをされているので今がある...ということがあるのではないでしょうか。
 わたしは、子どものころ、竹職人さんのする仕事をよく見ていました。職人さんは、長い竹を器用にパカパカと、リズミカルに細く割っていきます。そして、細く割った竹の皮をシュッシュッと、きれいにはがしていくのです。さらには、その竹で輪を編みあげます。木の板をまるく囲い、そのまわりにその輪をはめると、水漏れのしない桶のできあがりです。見事でした。その輪を「たが」というのだと教えてもらいました。
 わたしはやがて教員となり、運動会をすることになりました。そのとき、運動会の目玉、大玉ころがしの大玉を自分で作りたくなりました。そして、竹を切り、竹を割り、竹を編みあげ、紙と布を貼って、その大玉ができたのです。そのとき、子どものとき見た竹職人さんの技を思い出し、生かしたのはいうまでもありません。
 今、子どもが見ていること、していることが、自分の人生を豊かにしていくことにつながります。豊かな心とは、それを可能にする心だと思います。たくさんのことが、心を支えていきます。この夏休みに、その仕込みがありました。それが未来に続きます。夏休みの成果は、宿題だけではありませんでした。

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