<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom">
   <title>渡邉 達生の研究室便り</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.study.jp/yguwata/" />
   <link rel="self" type="application/atom+xml" href="http://blog.study.jp/yguwata/atom.xml" />
   <id>tag:blog.study.jp,2012:/yguwata//21</id>
   <updated>2012-02-06T17:49:28Z</updated>
   
   <generator uri="http://www.sixapart.com/movabletype/">Movable Type Pro 4.21-ja</generator>


<entry>
   <title>左足の親指</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.study.jp/yguwata/2012/02/post_85.html" />
   <id>tag:blog.study.jp,2012:/yguwata//21.7193</id>
   
   <published>2012-02-04T17:06:15Z</published>
   <updated>2012-02-06T17:49:28Z</updated>
   
   <summary>「止」「歩」の漢字の語源をもとに、生きることを考える</summary>
   <author>
      <name>yguteacher</name>
      <uri>http://blog.study.jp/</uri>
   </author>
   
      <category term="生きる" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="40" label="生きる" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.study.jp/yguwata/">
      <![CDATA[
行進では、どうして、左足が強い拍なのか...。
小学生のときから、ずっと、気になっていました。
　半世紀前の小学校。運動会が近づくと、朝会の後、校庭の周りを学級ごとに行進していました。そのとき、先生が言いました。「音楽をよく聞くと強い音ある。それが左足です。強い音に左足を合わせましょう。」
　そう聞いてスピーカーから流れる曲を聞くと、なるほど、強い音が、拍を打って聞こえてきます。行進曲は、旧友、双頭の鷲の旗の下に、などでした。曲名に時代を感じます。小学生に軍隊の曲です。ま、それはさておき、それらの曲の、強い音に左足を合わせると横の列の人と足がそろいました。左足は、強い音に合わせるので、力強くなります。それ以来、行進曲に合わせて歩くときには、左足を強い拍に合わせて歩いていました。そして、ずっと思っていました。右足の方が力が入るのに、なぜ左足を強く踏み込むのかと。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="aruku.jpg" src="http://blog.study.jp/yguwata/aruku.jpg" width="180" height="213" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span>

このことを、改めて思い出したのは、「止」「歩」という漢字を調べていてのことです。
「止」という漢字は漢字のもとになったといわれている甲骨文字では、「足が止まっているようすをイラストにしたもの」だといいます。で、「歩」になると、足が二つ、前足と後ろ足になるというのです。これが、わかるようで、いまいち、わかりませんでした。

　『学研漢和大字典・藤堂明保編・学習研究社』での図解は、右のようになっています。
　青の部分が「止」で、緑の部分が「歩」です。
　でも、足の形だというけれど、なぜそうなのか...。それがわからないのです。

　止の、下にある横線は、スタートラインでしょう。そして、湾曲しているのは「かかと」でしょう。そこまではわかるのですが、ビユーッと斜め上に伸びている線は、何なのでしょう。足首かなとも思ってはみたのですが、無理があるような気がします。これで、何日も過ぎました。

　そして、はたと気づきました。これは、足というよりも足跡であるということ。さらに、足跡で外に出る特徴的なものは親指であることを。止まるには、足の親指をしっかり踏ん張る必要があると、古代の人は考えていたのではないでしょうか。そこには、意思の介在があるのを感じます。止まるということは、歩きたくないから止まるということではなく、止まる必要があって止まる、という前向きに生きる思想を漂わせています。そして、「止」は親指が右に出ているので、左足です。「歩」は、右足、左足と、進んでいます。

　で、行進曲のことを、思い出しました。行進では、なぜ左足に力をかけていたのかと。考えていると、力の入りにくい左足に力強さを感じさせることが、行進には必要ではなかったかと思うようになりました。弱い左足を力強く踏み込むことで、体のバランス感覚を整え、長時間にわたって、無理なく歩き続けることができる...かなと。子どものときには気づかなかったことです。

　そう思っていると、また、思い出すことがありました。行進を止めるときには、その場で足踏みをしていると、先生が、「ピーッ・ピッ、ピッ・ピッ・ピッ」と、笛を吹くのですが、始めの「ピーッ・ピッ」が、予れいで、今から止まりますよという合図、次の「ピッ・ピッ・ピッ」の音に、左足・右足・左足を合わせ、全員が、ぴたっと止まっていました。そう、左足で、止まっていたのです。「止」の文字と同じです。古代の人たちもそうだったのかもしれません。左足の親指が、活躍してくれていた、子どものころのわたしでした。
　一緒に行進の練習をしてくれた学友と先生に感謝、みんな、どうしているかな。

<strong>追伸　　左足の勇み足</strong>　

翌々日は雨でした。道を歩くとき、傘をさして、下を向いて歩きました。前を歩いている人がいました。何げなくその人の足を見ていて、気づきました。あの、甲骨文字の足の形がそこにあるのです。甲骨文字の「止」の、右にビユーンと伸びていたのは、親指ではなく、やはりといういか、足首からふくらはぎにかけてのラインでした。今までは、自分の足を見ていたので、そうは見えなかったのですが、自分以外の人の足を見てみると、そうなります。自分の足を見るとき、目線は内側からになります。でも、他人の足を見るとき、目線は足の外側からになります。「止」は、左足で、その人の左斜め後ろから、他の人が見た形でした。親指だと思ったところはふくらはぎです。...いやあ、勇み足でした。ちょっと、反省。でも、これで決着がつきました。冷たい雨の中ではありましたが、左足に力が入ったのでした。



]]>
      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>清らか</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.study.jp/yguwata/2011/11/post_84.html" />
   <id>tag:blog.study.jp,2011:/yguwata//21.7091</id>
   
   <published>2011-11-25T01:27:29Z</published>
   <updated>2011-11-27T11:16:40Z</updated>
   
   <summary>星座の観察をしていると、心が澄み切って行く。</summary>
   <author>
      <name>yguteacher</name>
      <uri>http://blog.study.jp/</uri>
   </author>
   
      <category term="生きる" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="40" label="生きる" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.study.jp/yguwata/">
      <![CDATA[
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="huyunoseiza.gif" src="http://blog.study.jp/yguwata/huyunoseiza.gif" width="262" height="302" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span>
  寒くなりました。でも、夜空がきれいになりました。昨日、夜空に、この形を見つけました。
　南の空の、明るい星をたどると、オリオン、三角、六角。そして、右上に、かすかにスバルの瞬きが...。さらにそれらを見守るかのように、天頂近くに、ひときわ明るい星（右の図の外、右上に）、木星（ジュピター）が、孤高の光を放っていました。冬の星座の競演です。

　寒気が、大気中のチリを吹き払ったのでしょう。いつになく星がよく見えます。北風さんに感謝です。午後11時から午前0時まで、1時間ほど見ていました。星座は、静かに、右に動いて行きました。

　狩人オリオンの体は前向きです。で、オリオンの右肩（わたしたちから見ると左の方）の星がペテルギウス、そこから左の斜め下にあるのがシリウス、そして左斜め上に上がるとプロキオン。この、ペテルギウス、シリウス、プロキオンで、冬の大三角ができます。

　オリオンの左膝（わたしたちから見ると右の方）がリゲル。そこから右斜め上に上がっていくとアルデバラン、そして左斜めに回りこんで上がるとカペラ、そこから左斜め下に下がるとポルックス、そして、冬の大三角のプロキオン、シリウス。この、リゲル、アルデバラン、カペラ、ポルックス、プロキオン、シリウスで、冬の大六角形ができます。一つずつ見つけて行き、六角形になったときには、うれしいです。単純なことですが。

　ポルックスの右近くに、もう一つの星があります。カストル。この、ポルックスとカストルは、それぞれ、二人の男の子の頭の部分で、二人で「ふたご座」。その昔、神ゼウスが白鳥になって、スパルタの恋しい方のところへ行きました。そして、この「ふたご」が誕生したのだとか...。古代のロマンは星空で、引き継がれます。

　アルデバランの右上に、かすかに明かりが...。スバルです。6個ぐらいの星があるそうですが、個々の区別はつきません。全体で、その存在を示していました。ぼんぼりのようにほのかな明かりがありました。星のありようも、それぞれです。

　これらを見ていると、一時間という時間が、とても、いい時間となりました。星空のごとく、心が澄んで行くようでした。清らか、清々しい（すがすがしい）、という言葉があります。これらの言葉に実を与えてくれる、星空でした。

]]>
      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>ストーンサークル</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.study.jp/yguwata/2011/11/post_83.html" />
   <id>tag:blog.study.jp,2011:/yguwata//21.7063</id>
   
   <published>2011-11-09T07:40:59Z</published>
   <updated>2011-11-10T01:05:41Z</updated>
   
   <summary>縄文遺跡、ストーンサークルを見て、その謎を思う。</summary>
   <author>
      <name>yguteacher</name>
      <uri>http://blog.study.jp/</uri>
   </author>
   
      <category term="生きる" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="40" label="生きる" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.study.jp/yguwata/">
      <![CDATA[
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="zyoumonniseki.gif" src="http://blog.study.jp/yguwata/zyoumonniseki.gif" width="180" height="320" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span>

 縄文の人たちは何を考えて広大な台地に、大きなストーンサークルをつくったのか。そんな思いにとらわれ、10日ほどが過ぎました。縄文時代の遺跡を目にして、そう思うようになったのでした。
　見学したのは秋田県北秋田市。当地での道徳教育研究大会に招かれて講演をした翌朝、近くにある縄文遺跡に案内していただいたのです。白い朝もやが立ち込める中、坂を上った小高い台地に、その遺跡はありました。能代大館空港がつくられ、その空港に行くための道路を開削中に発見されたそうです。この遺跡の特徴はストーンサークル。朝もやのなかに、文字通り、石が、大きな円形に並んでいました。石は、大人がやっとかかえられるほどの、大きな、かどが丸くなっている川原の石でした。遠くから運んで来たのでしょう。

　写真を見ると、数個の石が一つの小グループになり、その石の小グループが、列をつくって続いているのがおわかりいただけると思います。列は左の方に大きくカーブして、大きな円周を作り上げています。昔の人たちは、何のために、このような巨大なモニュメントをつくりあげたのでしょう。約4000年前のことだといいます。

　遺跡の周辺には、大きな木の切り株がたくさんありました。この遺跡が発見されて、周辺を整備したときに伐採された木の切り株でしょう。あたりの山々に、木を伐るチェーンソーの音が鳴り響いたに違いありません。しかし、この遺跡ができた4000年前は、もっと、大木のしげる台地であったに違いありません。そこに広場をつくったのです。チェーンソーはおろか、ノコギリなどはない時代。石斧で風雪に耐えた堅い木を切り倒す...このことを考えただけでも、気が遠くなるほどの時間と労力を要することがわかります。でも、人々は、あえてそのことに挑戦し、みごとに、山上に広大な広場をつくり上げました。そして、そこに、わざわざ川から石を運び上げ、円形に並べたのです。なぜなのでしょう。人々にとって、それほどに重要なこととは、どんなことだったのでしょうか。

　以下は、わたしのひとり言です。乱暴な発想ですが、ご容赦を...。
　昔の人たちも、わたしたちも、人としての基本的なところは同じはずです。それで、人が生きるのに必要な、基本的なことを考え続けていると、人の克服すべき原点に思い当たりました。

 人は他の生きものとは違って、よく考えることのできる心をもっています。心で自らの安定した生活を願います。ところが、その自らの安定を願うところが、他の人と競合すると、欲や、怒りや、うらみが、発生することになります。現代でも、兄弟げんか、派閥争い、いじめ、民族や宗教の対立、ひいては戦争を引き起こしてしまいます。これを、克服することが人間の永遠のテーマでもあるのでしょう。昔も、きっと、そうだったのではないでしょうか。そして、それを克服するために、ストーンサークルが築かれた...と、思ってみました。

 そして、現代の人もストーンサークルの考えを引き継いでいるはずだと思って、いろいろと思いめぐらせていると、小学６年生の時、社会科の教科書に、国連安全保障理事会の会議場の、特徴的な写真が載っていたことを思い出しました。席は円形に並べられていました。そう、席がサークルになっているのです。二つの世界大戦という貴い犠牲をはらって、人々は、安全保障理事会のしくみと、円形という会議場の席の配置に到ったのです。だれもが、争いをなくし、平和な世の中にしたいのです。この平和への願いは、人々の悲願です。常任理事国の拒否権が行使されたりして、なかなか、その人々の願いは実現できないけれど、そうすることに価値をもって、努力目標としているのです。それは、昔とて、同じはずです。

　4000年前の人々の最大の願いも、安全であり、安心した暮らしであったことでしょう。考えてみると、日々の生活を送るのに、今よりももっと神経をすり減らしていたに違いありません。特に、米や麦などの穀物の栽培や貯蔵が今のようにはできない時代であることを考えれば、食べ物を手に入れることは大変なことで、大事な家族を養うため、自分たちの集落を守るためには、争いも、当然、頻繁に起きたことでしょう。人を愛する人であるが故に、人は人との争いも起こすのです。
　しかし、争いは、できれば避けたいです。そのみんなの願いを解決するために、みんなが集まる広場をつくった...、としてみましょう。この地域の安定を願う長老の発案で。

　各集落から、各戸、それぞれ一個ずつ大きな川石を山に持ち寄ることにします。そして、集落ごとにまとめて置きます。広場は山で、そこに川の石を置くので、もとから山にあった石とは区別がつきます。石の小さな集まりが、その集落の戸数を示します。そして、それらを円形に並べて配置することで、各集落が集まって地域一帯の全体像ができあがっていることを体感するモニュメントとなります。

　これを見ることで、この地域一帯にいる人たちは、互いに、その存在を認め合うことになります。それは、きまりの基本ができることです。これをもとにして食料を配分することにすると、みんなは、それが公正であることを納得できるでしょう。集落の規模が明示され、互いの存在が保証されているのですから。石は、現代の戸籍や憲法のハタラキをしていたのではないでしょうか。

　近くの川には、今でもサケがのぼって来るといいます。当事、たくさんのサケがのぼってきたとき、公正に配分できる基準があると、我先にではなく、みんなで協力し、安心してサケを捕らえることができます。また、トチの実を収穫したり、大きな動物の狩りをしたりすることなどを、みんなで楽しみながらする余裕もできます。こう考えると、縄文の人たちが、身近に感じられてきました。

　このようにして、文字の無い時代、人々は、互いに心を合わせて、住みよい社会をつくろうとしたことが想像できます。貴い、人間の営みです。
　現代は文字があります。でも、かえって、文字情報を氾濫させ、大切なことは何かがわからなくなっているようです。

　　遺跡で解説してくれた人が言っていました。
「何しろ、4000年前のことです。調べたことで、昔はこうだったのではないかということは言えますが、実際にどうであったのかは、だれもわからないのです。どうぞ、みなさんもいろいろ考えて、わたしに知らせてください。」
　いい言葉だなあと思いました。わからないということが、想像する楽しさと、人間の原点に思いをはせる機会を運んで来てくれます。どうも、お世話になりました。まだ、その余韻に浸っています。

　昔の人も困難を克服して、現代に、命をつないでくれました。

]]>
      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>星座の観察</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.study.jp/yguwata/2011/10/post_82.html" />
   <id>tag:blog.study.jp,2011:/yguwata//21.7029</id>
   
   <published>2011-10-20T01:45:40Z</published>
   <updated>2011-10-20T04:12:01Z</updated>
   
   <summary>星座を観察。白鳥座を見つける。こと座とわし座のαも。</summary>
   <author>
      <name>yguteacher</name>
      <uri>http://blog.study.jp/</uri>
   </author>
   
      <category term="生きる" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="40" label="生きる" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.study.jp/yguwata/">
      <![CDATA[  先週は、曇り空や雨模様の日が続いて、やっと、10月15日の午後９時、星空を見ることができました。 南の方を向いて立ち、天頂近くの高いところ、右手の方向に、特徴のある星座を見つけました。星と星とを結ぶと、十字の形をしています。白鳥座です。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="hakutyouza.gif" src="http://blog.study.jp/yguwata/hakutyouza.gif" width="392" height="292" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>

 　この星の集まりは、南半球の南十字星に対して、北十字星ともいわれています。白鳥は、右斜め下の星が頭になります。翼を広げ、右斜め下を向いて滑空しています。わたしたちは、それを見上げていることになります。想像をたくましくしてみましょう。ギリシャ神話では神ゼウスが恋しい人のところにいくために、白鳥の姿になって飛んで行ったとされています。

　ゼウスは、スパルタ国のお姫様に恋をしました。でも、一方的な思いです。突然、相手のところを訪れたのでは、相手をびっくりさせたり、警戒されたりしてしまうでしょう。それで、自分は「わし」に追われている「白鳥」となって、スパルタへ飛んで行ったのです。恋は成就したそうですよ。相手の警戒心を解き、心をつかむには、それなりの工夫がいるということですね。なんだか、ゼウスが身近に感じられます。

 　星座の中の一番明るい星をα(アルファ)といいます。上の図では、青い色の星にしてあります。白鳥のおしりのところにあるαと、近くにあるふたつの星座のαを結ぶと、二等辺三角形になりました。これが、「夏の大三角」です。秋ですが、夏の大三角が見えました。

  右のαは、こと座のαで、名前がついていて「ベガ」。下のαはわし座のαで、名前は「アルタイル」。（ちなみに、白鳥座のαは「デネブ」といいます。）

　この「ベガ」と「アルタイル」は、中国の伝説では、別の名前がついています。日本でも、よく知られています。そして、中国の伝説では、白鳥はカササギで、この二つの星に、大切な役割を果たしています。
  さて、この二つの星は、それぞれ、中国や日本ではどのように呼ばれていたのでしょう。星を観察したり、考えたり、調べたりしていると、秋の夜が、とても、いい夜になります。]]>
      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>秋に新芽</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.study.jp/yguwata/2011/10/post_81.html" />
   <id>tag:blog.study.jp,2011:/yguwata//21.7019</id>
   
   <published>2011-10-11T06:49:01Z</published>
   <updated>2011-10-11T07:12:42Z</updated>
   
   <summary>１０月の新芽に、自分のするべきことを、思い出す。漢字コミュニケーションの開発。</summary>
   <author>
      <name>yguteacher</name>
      <uri>http://blog.study.jp/</uri>
   </author>
   
      <category term="生きる" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="40" label="生きる" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.study.jp/yguwata/">
      <![CDATA[
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="akino.gif" src="http://blog.study.jp/yguwata/akino.gif" width="180" height="320" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span>
  秋に新芽、そうか、その手があったか。１０月も半ばになろうかとするこの時期に、新芽を見ることができました。
　新芽は、春から初夏にかけてと、いつの間にか決めてしまっていましたが、１０月からだって新芽を出す木がいるのですね。その気概やいかん。やがて来る木枯らしの寒さも織り込み済みなのでしょう。そのけなげさに啓発され、気持ちをプッシュ。わたしも一念発起。

　実は、ずっと、グズグズと思い続けていることがあります。
　気にかけていた、新たなホームページ「心をひらく」は作成することができました。心の教育、道徳教育のための、手がかりとなる、ホームページです。学校の先生方や、家庭のお父さん・お母さん方が、子どもの心を育てる、また、自分自身の心を育てる、手がかになるように、育てるよい心を描いたものです。
     どうぞ、みなさん、　<a href="http://www10.plala.or.jp/zinnsei/">心をひらく　</a>をクリックして、楽しんでください。

　そのホームページができたので、一段落していました。前々から、取り組んでみたいことが別にあったのですが、そのホームページの作成に思いのほか手こずり、新学期も始まって、そのことは先延ばしかなと考えていたところでした。でも、１０月に新芽を出す木の気概にふれ、取り掛かることにします。それは、心の教育の教材として漢字を教材化することです。仮のタイトルとして、「漢字コミュニケーション」。

　学校では、心の教育・道徳教育の教材は、読み物が主となっています。読み物のお話に登場する人物の人生観を読み深めることで、価値のある心のもち方を学ぶことができます。ただ、家庭で、そのような雰囲気をつくりだすことは困難です。家庭はくつろぐところであるからです。その家庭での心の教育の方法を考えたときに、もっと、気軽に、日常会話の中で、人生観を学ぶ教材はできないか...。そう思っていて、子どもも知っている漢字の、その成り立ちを、人生観を学ぶ視点で振り返ってみたい...と思うようになりました。

　例えば、誰もが知っている、<strong>山</strong>という漢字。この形は、山の頂が三つならんでいる景色をイラストしたものだといわれています。でも、不思議です。真ん中の縦棒が一番高くて、その両脇にある縦棒は、どうして低くなっているのでしょう。高い山が手前にあり、その両脇の遠くに低い山がある、という景色でしょうか。しかし、手前の中央に高い山があれば、遠くの山は片方だけで、もう一方は、中央の山よりも手前に近づくはずです。中央の山が、手前に突き出て、左右の遠くに低い山が二つあるという景色は、或る地域にはあっても、どこにでも見られる一般的な景観ではないように思います。文字ですから、一般的な、だれでもが納得できる景観がベースになっているはずです。だから、不思議なのです。

　このように思っていて、はたと、思い出すことがありました。長野県の八ヶ岳の一つ「三ツ頭(みつがしら)2580m」に、小学６年生の子どもたちと登ったときのことです。４時間程歩いて、やっと頂上に着くことができました。頂上には霧がかかっていてまわりはよく見えませんでした。しかし、休憩していると、風が出てきて、あたりの山々の景色が姿を現しました。何と、眼下には、切り立った山の尾根が幾筋も伸び、その尾根の両脇は谷になっていました。見事な景観に、いつの間にか、疲れは吹き飛んでいました。その景観が、まさしく<strong>山</strong>の形でした。

　一番高い尾根の上にある道を自分たちが登って来ていました。その尾根の両側は谷になっていて、その谷の向こう側にも、低い尾根がありました。左右に、自分のいる尾根とは別の、一段低い尾根が別々に連なっているのです。山という漢字は、そのような景色を表していると考えられます。この山の形を見る人は、漢字で表した、真ん中の高い棒の先に立って、あたりの山々を見ていることになります。

　その目には、すばらしい景観が映っていることでしょう。そして、一歩一歩の積み重ねで山を登りきったことに満ち足りた思いや、流した汗にさわやかさを感じたりしていることでしょう。

　わたしたちは苦労を積み重ねることで、幸せを感じることができます。それが、生きることです。<strong>山</strong>という漢字は、そのようなものの見方を暗示させてくれます。

　日々の生活の中には、高い山に登るように、地道な努力を積み重ねていかなければならないことがあります。でも、続けていても、思ったようには成果が出ないと、いやになったり、続けることがばからしくなったり、さらには、していることの意味を見失ったりして、へたりこんでしまうこともあります。

　そのようなとき、つい、叱咤激励しがちになります。でも、一旦、気落ちしてしまうと、なかなか、気持ちを立て直すことができないのも人間です。がんばりなさい、がんばらないとだめだ、というような引き締めだけでは、限界があるのです。かえって、心を追いつめ、そっぽを向かれてしまったのでは、何にもなりません。

　そのようなとき、山登りの体験を話しながら、この<strong>山</strong>の文字の持つ意味を知らせたら、どうでしょう。注意するのとは違います。雰囲気もソフトになります。新たな展開があるのではないでしょうか。また、山という文字を見るために、一緒に山に登ろうよと、山登りに誘えたらいいですね。生きることの尊さに気づかせていくことができるのではないでしょうか。

　以上、<strong>山</strong>という漢字の場合でした。１０月に新芽を出した木の枝に元気をもらい、このような漢字コミュニケーションの話題を、春までには５０ほどつくりたいと思いました。
]]>
      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>オリオンと彼岸花</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.study.jp/yguwata/2011/09/post_80.html" />
   <id>tag:blog.study.jp,2011:/yguwata//21.6980</id>
   
   <published>2011-09-19T01:52:13Z</published>
   <updated>2011-09-19T01:59:17Z</updated>
   
   <summary>９月の早朝オリオン座を見る。</summary>
   <author>
      <name>yguteacher</name>
      <uri>http://blog.study.jp/</uri>
   </author>
   
      <category term="生きる" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="234" label="人生" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.study.jp/yguwata/">
      <![CDATA[
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="higannbana.JPG" src="http://blog.study.jp/yguwata/higannbana.JPG" width="180" height="300" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span>

一昨日、９月１７日の未明のことです。激しい雨音で目が覚めました。眠れなくなってしまったので、起きることにしました。午前４時。雨音が止みました。外に出てみると、星空になっていました。あの、雨は何だったのでしょう。そう思って星空を見上げると、何と、オリオン座が、あるではありませんか。
　
　え～っ、まさか。オリオン座は冬の星座だと、頭の中にあります。今は９月。しかし、まさか～の疑問は、もしかしたら、そうかも知れないという確信へ。なぜなら、オリオンのすぐそばに、冬の大三角形もあるのですから。寝ぼけ眼で見た９月の星空には、冬の星座があったのでした。
　　
　感動と共に、頭の中が、混乱してしまいました。夜、時間とともに星座が動くのは知ってはいたのですが...（...いや、地球が動くのですが、ややこしいので星が動くことにします。ガリレオさん、ご容赦を...）冬の星座が、９月に出てくるとは...。うぬ、これは、地球の自転・公転によってなのか、と思ってはみたのですが、何だか、あやふやです。でも、季節には季節の星座がやってくると、漠然と考えていたことが浅はかであったことには気づきました。
　
　せっかくですから、オリオン座を頭上に見て、ウォーキングをすることにしました。５時には、空は青空になって、オリオンはいなくなってしまいました。そのとき、道端には、彼岸花が咲いていました。オリオンと彼岸花の場面転換。これも、今まで、考えもしなかったことでした。

　これまで、星座のことを、いいかげんに見ていました。これからは、きちんと観察をしてみたい、との思いを強くしました。東京の空でも、星が見えるのです。
　
　わたしの担当している開設科目に、『体験と心の育ち』『初等教育と家庭教育概論』があります。その中で、星座の観察報告をしていきます。
　...何月何日、何時何分、何の方角に、何の星座有り、その形はこうであり、その星座には、このような伝説が...と。
　
　関心のある方、どうぞ、受講してください。そして、星空を見て、星座の物語に思いを広げてみましょう。これが、家庭での、親子の会話につながることを期待しています。親子で星座を見ることで、いい思い出が子どもの心に宿ります。大人になっても忘れることはないでしょう。
]]>
      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>コインに人生の意味を知る</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.study.jp/yguwata/2011/08/post_79.html" />
   <id>tag:blog.study.jp,2011:/yguwata//21.6894</id>
   
   <published>2011-08-14T02:32:10Z</published>
   <updated>2011-08-14T13:44:15Z</updated>
   
   <summary>コインの製造年月日を見て、その年にお世話になった人のことを思うことで、生きることの意味をつかむ。</summary>
   <author>
      <name>yguteacher</name>
      <uri>http://blog.study.jp/</uri>
   </author>
   
      <category term="生きる" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="40" label="生きる" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.study.jp/yguwata/">
      <![CDATA[
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="koinn.JPG" src="http://blog.study.jp/yguwata/koinn.JPG" width="180" height="300" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span>

財布の中には、たいていコインが数枚入っています。電車の待ち時間などの所在無げなとき、そのコインに活躍してもらっています。コインには製造年が刻印されています。その年を見ては、その年のわたしを思い出してみるのです。当時の苦節は、時を経ると、かわいらしいものになっています。
思い出の使者となったコインは、その年よりも古いものが来るまでは、机の上に鎮座。で、今のわたしの机上には、写真のようにコインが並んでいます。それぞれのコインが、今のところの、古さのナンバーワンです。

　１円玉は昭和40年。その年、高校１年生。
　高校に入学したころは、農村の中学から町部の高校に入って、あまりの環境の違いについて行けず、何かに追い立てられるような、落ち着かない日々を送っていました。
そんなある日のこと、生物教室の窓から外を見た先生が、外に咲いている白い花が「卯（う）の花」だと、教えてくれました。そして、「夏は来ぬ」という歌があるだろうと...、何気なく言いました。その言葉が心に染みました。
　そう、「夏は来ぬ」という歌があり、その中に、「卯の花　におう垣根に　ホトトギス...」という歌詞がありました。そして、中学校での音楽の時間、先生の伴奏に合わせて友達と一緒に歌った...、その勉強の時間があったことを思い出したのでした。中学を卒業してからは、新しい現実になじめずあくせくしていました。高校の先生も、そこらあたりの心の事情を和らげようとしてくれたのでしょう。教室の窓の外の自然に目を向けさせてくれました。卯の花を見ていると、中学校の時のことを思い出し、元気がわいてくるようでした。今から、四十数年前の出来事でした。高校の先生に、感謝。

100円玉は昭和42年。その年、高校3年生。受験勉強の合間に図書館に通って読書。吉川英治『宮本武蔵』、五味川純平『人間の條件』が印象的。図書館の方に感謝。

10円玉は昭和45年。その年、大学３年生。部活にあけくれていた頃。宮崎の空がとても青かった。日本武道館で試合もした。ともに若さをぶつけた部員の方々に感謝。

50円玉は昭和46年。その年、大学４年生。トラック運送の助手や、レストランのウエイターのアルバイトで社会勉強。ひと足早く、大人の世界を知りました。お世話をしてくれたトラックの運転手さん、課長さんに感謝。

5円玉は昭和48年。その年、岬の小学校へ教師として赴任。舟の櫓の漕ぎ方を習う。たて笛を必死に練習。漁師の方、音楽の先生に感謝。

コインはその年に製造されて以降、人と人との間を行き交い、人の人生にかかわって今に至ります。わたしも、その年に人にお世話になり、よい経験をつませてもらって今に至ります。コインに事寄せながら、自分を支えてくれた人に感謝をすることで、自分の生きる意味を知ることができます。みなさんも、試してみませんか。思い出は思い出してみると、前に進む力となります。その思い出を思い出すきっかけが、財布の中のコインにあります。
　
　追伸、渋滞待ちの車の中で、コインを使って親子での人生トーク、どうでしょう。]]>
      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>暗さと明るさ</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.study.jp/yguwata/2011/06/post_78.html" />
   <id>tag:blog.study.jp,2011:/yguwata//21.6809</id>
   
   <published>2011-06-19T15:59:59Z</published>
   <updated>2011-06-19T16:09:26Z</updated>
   
   <summary>曇り空の下で咲いているアジサイ。写真に撮ると、暗さと明るさがあり、その双方が、互いに生かしあっている。この暗さと明るさのかかわりは、誠実な生き方の価値を深める手がかりとなる。</summary>
   <author>
      <name>yguteacher</name>
      <uri>http://blog.study.jp/</uri>
   </author>
   
      <category term="生きる" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="40" label="生きる" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.study.jp/yguwata/">
      <![CDATA[
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="１１．６．１９　　アジサイ.JPG" src="http://blog.study.jp/yguwata/%EF%BC%91%EF%BC%91%EF%BC%8E%EF%BC%96%EF%BC%8E%EF%BC%91%EF%BC%99%E3%80%80%E3%80%80%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%B5%E3%82%A4.JPG" width="180" height="300" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span>

　今日は、天下の日曜日。曇り空でしたが、雨は降っていません。それで、前々から気になっていたパソコンを修理に持って行くことにしました。デスクトップ型のパソコンの調子が悪く、電源を入れても立ち上がらなくなって２週間になります。これまで、もう一台のノート型パソコンで乗り切ってきましたが、メールやホームページの更新等は、デスクトップの方からですので、何とかしなければと、思っていました。

　このパソコンは10年近く使ってきたのでそろそろ限界かなという気もします。その場合は、買い替えです。その覚悟もしながら、電源やデスプレー等のケーブルを外しました。そして、パソコンの中にホコリがたまっていたらお店の人にはずかしいのでそうじをしようと、パソコンの中を開けました。

　何と、中は、ホコリだらけでした。特にミニ扇風機の下には握りこぶしぐらいの大きさの固まりができていました。まさに、チリも積もれば山となる、です。それを取り去って、組み立て、試しに電源を入れてみました。すると、懐かしい音と共に、パソコンが動き始めました。ホコリが、パソコンの機能を奪っていたのです。あ～あ、でした。ほっとするやら、自分の未熟さにあきれるやら、です。

　気分を晴らすために外に出ました。曇り空の下で、アジサイが咲いていました。This is 6月、です。携帯電話でカシャッ。ところが、曇り空で日光は弱いのに、写真は明るく撮れています。この頃のカメラ機能はすぐれもので、よい写真が撮れるようにと、日光が弱いときには自動的に露出が明るくなるようになっています。

　でも、晴れても雲っても同じでは画一的で、虚構の世界。よいが、よいにならずに、どうでもよいになってしまいます。それで露出補正をマイナスにして、再度、カシャッ。機械が無理に明るくしているので、それに反抗して暗くしたのでした。

　それが、上記の写真。曇り空の下で映えるアジサイ。見ていると、暗さと明るさの、その双方が価値のあるものになっています。暗さがあるから明るさに価値が生まれ、明るさがあるから暗さが生きる...これは、生き方にもいえそうです。とくに、誠実な生き方の価値を深める手がかりとなりそうです。後日、このことについて続けます。
]]>
      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>どんぐり</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.study.jp/yguwata/2011/05/post_77.html" />
   <id>tag:blog.study.jp,2011:/yguwata//21.6781</id>
   
   <published>2011-05-31T12:57:36Z</published>
   <updated>2011-05-31T13:15:07Z</updated>
   
   <summary>昨年の秋、植木鉢に埋めたどんぐりの芽が出る。それを見ていて、どんぐりで遊んでいた子どものときのことを思い出す。</summary>
   <author>
      <name>yguteacher</name>
      <uri>http://blog.study.jp/</uri>
   </author>
   
      <category term="生きる" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="40" label="生きる" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.study.jp/yguwata/">
      <![CDATA[
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="どんぐりの芽育つ.JPG" src="http://blog.study.jp/yguwata/%E3%81%A9%E3%82%93%E3%81%90%E3%82%8A%E3%81%AE%E8%8A%BD%E8%82%B2%E3%81%A4.JPG" width="180" height="300" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span>

　どんぐりの芽がたくましく育っています。若芽は、昨日の台風の余波の、時おり吹く強い風に細い茎を揺らせ、幼いながらにも、自然の中でたくましく育つ過程を垣間見せてくれました。
　思えば、昨年の秋、近くの公園でどんぐりを拾い、ヤジロベーをつくって、その残りを植木鉢に埋めたのでした。
　少々、気がかりがありました。それは、土に埋めるにあたって、中に入っているかもしれない虫の害を防ぐためにどんぐりを水につけたのですが、それが過ぎたことでした。一晩つけておくつもりが、気がついたのが一週間後。あまりにも、つけ過ぎてしまいました。真っ黒に変色している姿を見て、もう生命の源は絶たれたのかもしれない、捨てようかとも思ったのですが、何十年ぶりかでどんぐりを拾ったこと、そして、それを植えようとしたことを大切にしようと、万に一つの可能性にかけて、二個の植木鉢に、八個のどんぐりを埋めたのでした。それから、はかない望みか...と思いながらも、ときおり植木鉢に水をかけていました。ところがどっこい、冬の間、どんぐりは、地中で命の灯をともし続けていたのです。
　４月の終わり、ふと、気になって、植木鉢を見ると、芽を出しているではありませんか。そして、一ヶ月の間に、次々と８本の芽が出てきました。当初はさわやかな若草色であった葉っぱがこの頃赤く焼けてきたのは、紫外線のためでしょうか。UVカットの日差しよけが必要かな...。いやいや、それが過保護というものなのでしょう。

　子どものころ、大ききな、真ん丸のどんぐりは、欲しいものの筆頭でした。ビー玉の代わりに、地面を転がして遊ぶのです。
　その遊びの準備として、地面に、一辺が約２ｍの正方形になるように４角に一つずつと、中央に一つの浅い穴を掘りました。そして、ジャンケンをして、勝った人から順に、真ん丸いどんぐりを転がし、中央の穴に入れます。入ったら、四隅の穴に、次々と転がしては入れていきます。穴に入らない時には次の人に代わります。このようにして、互いに自分のどんぐりを進めていきます。どこか、ゴルフに似ていますね。そして、最後に、再び中央の穴に入ると、そのどんぐりは「キラー」になります。他の人のどんぐりに当てると、そのどんぐりをもらえるのです。ここはゲートボールに似ています。おもしろいです。

　どんぐりを転がすにはルールがありました。「どんぐりを持った手を地面から離して転がしてはいけない｣というものです。手を地面につけたままどんぐりを転がすには、手の甲を地面につけ、てのひらを上に向けて、中指を丸め、中指の爪と親指の間にどんぐりを挟むようにします。そして、ねらう方向へ向けて中指をはじくのです。このようにしてどんぐりがまっすぐ進むには、熟練の技が必要でした。その技を先輩に学ぼうとしました。先輩の華麗な技を見て、いつかはあのように...との思いが、遊ぶことをますますおもしろくさせてくれたのでした。

　本来、この遊びはビー玉を使って遊ぶものでした。でも、学校にビー玉を持って行くことは禁止されました。それなら...と、子どもたちはビー玉の代わりに、山にあるどんぐりの中から、真ん丸いどんぐりを探し出し、活用したのです。真ん丸いどんぐりは、ありそうで、なかなか見つかりません。でも、子どもたちは、タフでした。山に入っては、真ん丸のどんぐりを見つけて、学校に持って行ったのです。そして、校庭のかたい地面に靴のかかとをグイと押し付けて回し、浅い穴を五つ掘りました。すると、そこには、すばらしい世界ができました。あのころが懐かしく思い出されます。

　このように、子どものとき、心をひかれた遊びの体験があると、それがもとになり、ふるさとを思う気持ちに発展します。いい、ひと時です。つらいとき、心がふさがっているときにも、心に落ち着きが生まれます。子どものとき、自然の中で遊ぶ体験をすることの意味を、今、感じます。おそかったかなあ。
]]>
      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>敬意と親密、理解と寛容</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.study.jp/yguwata/2011/04/post_76.html" />
   <id>tag:blog.study.jp,2011:/yguwata//21.6669</id>
   
   <published>2011-04-10T04:36:44Z</published>
   <updated>2011-04-10T04:46:57Z</updated>
   
   <summary>新年度、手帳を新しくする。昨年度の手帳にあったメモをもとに、新年度の豊富を思う。</summary>
   <author>
      <name>yguteacher</name>
      <uri>http://blog.study.jp/</uri>
   </author>
   
      <category term="生きる" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="40" label="生きる" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.study.jp/yguwata/">
      <![CDATA[
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="sakura1.JPG" src="http://blog.study.jp/yguwata/sakura1.JPG" width="180" height="300" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span>

4月になりました。新年度の始まりです。近所の桜も咲きました。自然は、生であることを示し続けます。道元禅師の『正法眼蔵』に、「生も一時のくらゐなり、死も一時のくらゐなり。たとえば、冬と春のごとし。冬の春となるとおもはず、春の夏となるといはぬなり。」とありました。春は冬がなったものではなく、春は、元々からにして、春であった。今、その言い回しに、力強さを感じます。

　さて、新年度にあたり、手帳を新しいのに、替えました。昨年度の手帳には、余白に、通勤途中で読んだ文庫本『ローマ人の物語』（塩野七生・新潮文庫）の中の、心にズシンと来た言葉が書かれています。読み始めたのは、昨年の７月の終わりの頃。そして、既刊分の40冊目を読み終えたのは、今年の2月の終わり。夏から冬にかけての長丁場でした。続きを買いに行っても、書店には無いこともしばしば。それでも、辛抱強く入荷を待ち、この本を読み続けたのでした。

　手帳にあるメモを追ってみます。
「敬意と親密さは並立しにくい。」「親密さは甘えを生む。図に乗る。」
「理解することと賛同することは別ものなのである。」
「寛容とは同意することではない。同意しないけれど認めるということである。」
古代ローマの人々の生き方をして、作者の塩野さんが言わしめている言葉です。

　敬意と親密さとのかかわり...これは、家庭での親子、学校での教師と子どもにいえます。今の世の中、親子や、教師と子どものかかわりでは、親密になることに心をくだく向きもあるようですが、それが子どもの「図に乗る」ことを進めるのであれば、子どもの成長には逆効果。ときに、敬意をもたれる、敬意をもつ、というかかわりに気を配ることが必要でしょう。

　理解と寛容とのかかわり...これは、人間関係にいえます。近年は、情報機器の発達とともに、人も、事実がどうの、データーがどうの、相手の間違いがどうのと、正当性にこだわりがちになっています。気質の具えもその延長にあるようで、友達や職場などでの人間関係でも、つい、トラブルを抱えがちになることが多いです。そのようなとき、あなたの意見に賛成はしないけれど、あなたがそう思っていることには同意する。あなたの意見に同意はできなくても、あなたのことは認める。という心の動きをつくり出すことによって、心は、おだやかになる方向性を見出すのではないでしょうか。

　思えば、昨年度は、これらの言葉に、生きることのヒントをもらっていたのでした。
　さてさて、今年度の手帳には、どのような言葉がメモされて行くのでしょう。]]>
      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>親子料理</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.study.jp/yguwata/2011/04/post_75.html" />
   <id>tag:blog.study.jp,2011:/yguwata//21.6654</id>
   
   <published>2011-04-08T02:55:54Z</published>
   <updated>2011-04-08T03:02:25Z</updated>
   
   <summary>親子料理が、親子のふれあいの機会となることを、子どもの手によるエッセーで明らかに。</summary>
   <author>
      <name>yguteacher</name>
      <uri>http://blog.study.jp/</uri>
   </author>
   
      <category term="生きる" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="40" label="生きる" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.study.jp/yguwata/">
      <![CDATA[
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="yukiyanagi1.JPG" src="http://blog.study.jp/yguwata/yukiyanagi1.JPG" width="180" height="300" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span>

　先日、歩いていると、ある家の軒先に見事な雪ヤナギの花が咲いていました。見ていると、自然に心がほぐれていくようでした。

　さて、家族に起きたいい話をエッセーでつづる、家族生き生きエッセーの、№７を発行することができました。　下記のホームページで紹介しています。

→　<a href="http://www.geocities.jp/syoin2004/">『家族生き生きエッセー』</a>

　このエッセー集に寄せられた家族とのできごとは、家庭の意味を知らせてくれます。

　小学生の佐々木さんから、次のエッセーが寄せられています。

　　◇親子料理
　私は、冬休みの宿題の「親子料理」を、母と一緒にしました。つくったのは、カレー。　
　最初の仕事は、野菜を切ることでした。野菜はにえやすいような大きさに、ていねいに切りました。一番大変だったのは、玉ねぎを切ることです。わかってはいたけれど、ここまで痛くて、ここまでなみだが出るとは思ってもみませんでした。母が、笑っていたので、わたしも、泣きながら笑いました。
　大きなかべをのりこえて、次にぶた肉をいためました。油がパチパチととんで大変でした。
　そして、なべに、切った野菜・肉・水を入れて、にこみました。ここで、わが家のカレーのかくし味のおろしたニンニクを少し入れました。食べるとわからないけど、カレーのスパイスとなっているのです。最後にルウを入れて、じっくりにこんで完成。ちょっとからくて、ほんのりあまくておいしい味でした。
　夕食に家族で食べました。
「すごくおいしいよ。」
と、父と母が言ってくれました。うれしかったです。
　今回は、カレーだったけれど、またやるときは、オムライスやおすしなど、まだつくったことがないものもつくってみたいと思いました。
　家族と一緒につくることは大事なことだと思います。　　


最後の、「家族と一緒につくることは大事なことだと思います。」という気づきが、とても尊いです。親子料理は、いい体験の機会となっています。
]]>
      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>○△□</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.study.jp/yguwata/2011/03/post_74.html" />
   <id>tag:blog.study.jp,2011:/yguwata//21.6622</id>
   
   <published>2011-03-27T01:37:32Z</published>
   <updated>2011-03-28T00:59:20Z</updated>
   
   <summary>急須の形と仙崖の○△□</summary>
   <author>
      <name>yguteacher</name>
      <uri>http://blog.study.jp/</uri>
   </author>
   
      <category term="生きる" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="40" label="生きる" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.study.jp/yguwata/">
      <![CDATA[
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="huusennkyusu.JPG" src="http://blog.study.jp/yguwata/huusennkyusu.JPG" width="180" height="300" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span>

ずっと以前のことです。10数年前になるでしょうか、皇居のほとりにある出光美術館に行ったことがあります。そこで、江戸時代の禅僧仙崖によってかかれた「□△○」を見たことがあります。太い筆で、黒々と、「□△○」と横書きに描かれていました。そして、「宇宙」と名づけられていました。描かれたのは江戸時代ですから、目をやる順番は右端からでしょう。見るときには、○△□と見るのだと思います。そこまではわかるのですが、そこからは、何のことだか...。○と△と□。これで、どうやって宇宙になるのか。深い精神があるのでしょう。でも、皆目見当もつきませんでした。そして、そのことは、忘れていました。
　ところが、先日、そのことがふっと頭の中によみがえってきたのです。

　それは、陶芸で、急須をつくっているときでした。何かオリジナルな形の急須をと考え、わたしのふるさと大分県の特産、カボスの形にすることにしました。で、カボスの形をうまく表現するために、「風船づくり」という技法でつくることにしました。風船づくりとは、ろくろで、風船の形のように、中が空洞の球を成形するつくり方です。そして、土が生乾きのときに、カッターでふたの部分を切り取ります。その後で、別につくった注ぎ口と、取っ手を合体させます。

　さて、メインとなるカボスの形をろくろでひいていると、粘土のかたまりが、しだいに球に変わっていきました。球は美しいです。そのことに改めて気づかされたのでした。余分なものをそぎ落としたところに美しさは生まれています。その美しさをしげしげとながめているとき、あの仙崖の、「○△□」が、頭に飛び込んで来たのです。あれは、「余分なものをそぎ落とし、ものの本質を見よ」「生きることもかくあらん」というメッセージではなかったかと。人は生きるとき、気にしないようであって、どこかで、欲や損得の勘定を働かせています。それから抜け出せたときが、美しいとき...。いつの間にか手は止まっていました。

　やがて、見事な球体も、ふたをつくり、注ぎ口を付け、取っ手をつけると、一つの具体を主張するようになってしまいました。これでは急須。当たり前です。それを作ろうとしていたのです。でも、なぜか、心はトーンダウン。途中で、道草を食っているときの方が、心ははしゃぎました。年を重ねます。

　その急須の素焼きができあがりました。（写真）この後、本焼きに。
]]>
      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>温石（おんじゃく）</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.study.jp/yguwata/2011/03/post_73.html" />
   <id>tag:blog.study.jp,2011:/yguwata//21.6604</id>
   
   <published>2011-03-18T07:34:17Z</published>
   <updated>2011-03-18T15:21:55Z</updated>
   
   <summary>小石を温めてカイロにすることで、寒さを少しはしのぐことができる。</summary>
   <author>
      <name>yguteacher</name>
      <uri>http://blog.study.jp/</uri>
   </author>
   
      <category term="生きる" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="40" label="生きる" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.study.jp/yguwata/">
      <![CDATA[
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="石を温める.JPG" src="http://blog.study.jp/yguwata/%E7%9F%B3%E3%82%92%E6%B8%A9%E3%82%81%E3%82%8B.JPG" width="180" height="300" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span>

ニュースで、震災の避難所の様子を知ることができます。辛い状況が続いています。灯油がなく、ストーブが使えないところが多いそうです。テレビでは、避難所の外でたき火をしている光景が見えました。でも、体の具合が悪くて横になっている方は、たき火のそばに行くこともできません。何とかしてあげたいです。が、遠く離れている身では、どうしてあげることもできません。室内で暖をとる方法は何か無いか、とずっと考えていました。そして、子どものときのことを思い出しました。

それは小学生の時の、冬の通学路のときのことでした。学校は、３キロの山道の彼方にありました。朝の通学路は寒くて、霜柱を踏みしめて学校に行きました。途中に、石切り場がありました。おじさんたちが、石を切り出している所です。そこにさしかかると、冬の間は、おじさんたちがたき火をしていました。石を切り出す仕事を始める前に、体を温めているのです。そのたき火に、当たらせてもらいました。その場面が上のイラストです。

子どもたちは、だれからともなく、にぎりこぶし大の小石をたき火の近くに転がしました。しばらくすると、小石が温かくなるのです。あまり熱くなりすぎないように、長い棒で小石の位置を調節しました。適温になったら再び小石を転がして、足元にもどします。そうしたら、その小石を手で直接さわらないで、帽子でくるみ、服の下のおなかのところに入れます。そうすると体が温かくなりました。50年も昔のことです。今でいう、「使い捨てカイロ」です。温かい石を入れた服の上からおなかを押さえて歩いていると、体中に温かさが回りました。

もし、可能であれば、これをされてみてはどうでしょうか。避難所の外でたき火をしているのであれば、その火の近くで小石を温め、それを長い棒で取り出して、布でくるみ、寝込んでいる方に届けてあげると、カイロになります。ただ、石が熱くなりすぎると、やけどをしてしまいます。だから、途中で、長い棒で石を取り出しては、温まり具合を確かめることが大切です。寒さを、何とか、乗り切りましょう。ご無事を祈っています。

尚、このように小石を温めて布にくるみ、体に当てる方法は、昔は病気の治療に使われ,その温めた石を温石（おんじゃく）といっていたそうです。]]>
      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>一歩</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.study.jp/yguwata/2011/03/post_72.html" />
   <id>tag:blog.study.jp,2011:/yguwata//21.6589</id>
   
   <published>2011-03-14T04:18:38Z</published>
   <updated>2011-03-14T04:24:39Z</updated>
   
   <summary>、たとえ、つらくても、一歩ずつ歩くことで、危機から逃れられる。</summary>
   <author>
      <name>yguteacher</name>
      <uri>http://blog.study.jp/</uri>
   </author>
   
      <category term="生きる" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="40" label="生きる" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.study.jp/yguwata/">
      <![CDATA[
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="１０時間歩いた靴.JPG" src="http://blog.study.jp/yguwata/%EF%BC%91%EF%BC%90%E6%99%82%E9%96%93%E6%AD%A9%E3%81%84%E3%81%9F%E9%9D%B4.JPG" width="180" height="300" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span>

宮城県の方、岩手県の方、福島県の方、青森県の方、どうぞ、気を強くもってください。ご無事を祈っています。
　つらいことでしょう。
　怖い日々が続いています。
　一日、一日が、心に重く、のしかかってきます。
　この日々が、永遠に続きそうな気持ちになります。
　でも、生きていれば、きっと心が和む日が訪れて来ます。

　わたしは、あの地震があった日、横浜駅から東京の練馬まで歩きました。国道一号線を東へ、そして、環状七号線を北へ。寒くて、心細くて、ついには足が硬直してケイレンがはしりました。座り込みたくなるときもありました。でも、座ったら二度と立ち上がれなくなるという恐怖に、右足、左足と小声で言いつつ、足を交互に、少しずつ、前に運びました。同じように、多くの人が黙々と歩いていました。携帯ラジオでは、あるアナウンサーが、わたしたちのことを、「帰宅難民」と呼んでいました。心無い声に、そんな言葉は使ってほしくないと思いました。一方、通り過ぎる店のウインドウには、「トイレあります」「お湯あります」と、大急ぎで書いたと思われる張り紙がありました。これを見ると、心にじんわりと力をもらったような気持ちになりました。立ち寄ることはしませんでしたが、ありがたかったです。心配してくれている人がいることを知るだけで、心は安心していくのでした。途中のコンビニでは、おにぎりや弁当類はすでになく、お菓子を買ってはトイレを借りて、ひたすら、歩きました。つらくなると、一歩踏み出せば、確実に一歩、危機的状況から逃れることができると、思い返しました。そのようなとき、ラジオから、懐かしい曲が流れてきました。映画「エデンの東」のテーマ曲。静かな調べの中に「人間」を感じました。この曲を選曲してくれた方に感謝。そのようにして、ようやく、家にたどりつきました。１０時間かかりました。真夜中のことでした。その靴が、写真です。わたしを支えてくれました。

　わたしは、まだいいです。津波に襲われた地域の方々は、この何倍もの苦しみと、悲しさの中にいることでしょう。でも、生きていれば、きっと、笑える日が来ます。そう思うことができるのが人間です。まわりの方々と、一歩ずつ、歩きましょう。一歩でいいのです。確実に、前に進めます。
]]>
      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>あきらめる</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.study.jp/yguwata/2011/03/post_71.html" />
   <id>tag:blog.study.jp,2011:/yguwata//21.6571</id>
   
   <published>2011-03-08T08:03:52Z</published>
   <updated>2011-03-08T08:11:08Z</updated>
   
   <summary>あきらめていたウォーキング。でも、ふとしたことから、やる気に。</summary>
   <author>
      <name>yguteacher</name>
      <uri>http://blog.study.jp/</uri>
   </author>
   
      <category term="生きる" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="40" label="生きる" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.study.jp/yguwata/">
      <![CDATA[
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="龍と姫２.JPG" src="http://blog.study.jp/yguwata/%E9%BE%8D%E3%81%A8%E5%A7%AB%EF%BC%92.JPG" width="180" height="300" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span>

「あきらめる」という言葉を使って短文をつくりなさい。という問題が出たら...。
「ここ一年ほど、ウォーキングをあきらめていました。」
という文章が書けます。...ダメですねえ。何かのときにやめて、ついそのままずるずると、今に至っています。
　歩くことは体にいいことだとはわかっていても、歩く気にはなりませんでした。もう、あきらめていたのです。
　道徳で、あきらめないで、がんばりましょう、と言われても、その言葉だけでは、あまり効果はないようです。

　ところが、三日前の日曜日のことです。何をするともなく、ごろごろとして一日が過ぎようとしていました。外を見ると、もう日が暮れるようとしています。そのとき、この一日が無為に過ぎていくのが惜しくなりました。そのときです。何と、「よし、歩く。」と、思い切った言葉が口から出たのです。久々に、装備を整え、歩き始めました。歩いていると気持ちは前向きになります。新学期の準備のことが頭に浮かんできました。

　わたしが担当している科目に、「地域社会との連繋」という科目があります。この科目では、心の中に、いかにふるさとを形成していくか、ということをテーマにしています。新年度は、その中で、新たな活動を加えたいと思い始めました。そして、子どものときの心に残っている記憶を絵巻物にしたらどうだろうかと、考えついたのです。子ども時代に見たり、聞いたりしたことを、今、絵に描き表すことで、自分が生きていたことを、再確認することになります。子どものときのよい思い出は、いくつになっても、自分に力を与えてくれます。それは、生きることを支えてくれる力となるでしょう。帰ったら、まず、試しに絵を一枚描いてみよう。そう思うと足取りも軽くなり、1時間半を歩きました。

　家に帰ると、さっそく、A４のコピー用紙と鉛筆とを取り出しました。子どものときのことで、思い出に残っていること...、いろいろと考えていて、地域に伝わる伝説を思い出しました。おばあちゃんから聞いた、神社にまつられているお姫様と、龍との話です。平安時代のことだそうです。その中の、ある場面の絵を鉛筆で描き、色鉛筆で軽く色をつけ、携帯電話のカメラで撮影し、パソコンにメールで送りました。それが、上の写真です。この絵を見て、どのような場面かがわかる人は、わたしの郷里の人です。その思いを共有できる人たちのいる所が、ふるさとです。このような、自分にとっての思い出の絵を、次々とパソコンのファイル上に連結していくことで、自分のふるさとへの意識が高まりそうです。新学期になったら、ぜひ、取り組んでみたいと思いました。そして、ウォーキングも続けたいという思いがわいてきました。

　三日目の今朝は、５時起きで、早朝、1時間を歩きました。薄暗い中でしたが、心は晴れでした。今後もウォーキングを続けられそうです。一年間、あきらめていたのですが、復活です。

「あきらめる」という言葉は、現代は「やめる、放棄する」という意味合いで使われることが多いけれど、もともとは「あきらかにする」という意味で使われていた。ということを聞いたことがあります。

　そういえば、「深くする」ことを、「深める」といいます。「高くする」ことを、「高める」といいます。「明らかにする」ことを、「明らめる」といえそうです。

　あきらめるということは、単なる放棄ではなく、「できない」けれど｢したい｣という、せめぎあいの延長にあるのでしょう。そして、「したい」という思いが復活してきたとき、自分の真の思いを明らかにする、明らめるとなると考えられます。うぬ。ややこしい。問題は、自分の真の思いを、どうやって導き出してくるかです。今回のことでいうと、1年間、しなかったことが、そうさせたということでしょう。気を抜くことも、大切だということでしょうか。あきらめることが、明らめることになる。なんだか、「あきらめる」という言葉が、不思議な言葉になってしまいました。
]]>
      
   </content>
</entry>

</feed>

