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いじめ アーカイブ

2009年7月 4日

家庭教育/道徳/子育て/ いじめ 1

先日の新聞紙上にあった、いじめについての記事が、気になっています。
文部科学省国立教育政策研究所の調査で、8割の子どもが人をいじめた経験のあることがわかった、また、同じように8割の子どもが人にいじめられた経験をもっていることがわかった、だから、問題を起こしそうにない普通の子にも注意を払いましょう、そのための教員向けの研修用資料を作った、というものでした。全ての子どもの心の中に棲んでいる「いじめ虫」を見つけ出し、徹底的に駆除するということなのでしょう。何だか、さびしい情報でした。

そもそも、いじめとは子ども時代の一過性のものなのでしょうか。そうではないですね。大人の社会でもいじめはあります。わたしも今までの人生をふり返ってみるとき、子どもの時にもいじめを受けていますが、大人になってからも、「これはいじめだ」と思える仕打ちを多々受けてきています。大人になってからのいじめの方が過激です。それは、相手が自分に理があるとの自分なりの正義感を振りかざし、堂々と向かってくるからです。受ける方は委縮するしかありません。目を広げてみると、マスコミの報道姿勢や、民族間の対立・国家間の紛争にも、いじめの本質を感じることがあります。
ということから推してみると、人が構成されているコンテンツ(内容)の一つに、「いじめる」ということがあるのではないか、そんな気がするのです。そして、だとすると、いじめの行為だけを悪者にしても事は進まないのではないか、人間の本質をとらえた大きな視野をもって対応することが必要ではないか、との思いもしてくるのです。

そう思っていたとき、ある師から、思いもかけない話をしていただきました。
人は生きものである、生きものが滅びずにこの世に存在しているのは種の保存という原則にかなうことができたからである、そこに生きものとしての本質がある。それが失われたとき、生きものは絶滅するしかない、生命の歴史はそれを教えてくれている、人もそのような生きものの一つにしか過ぎない、というような話でした。何だか、荒唐無稽のような気もしたのですが、続いて、鮎の話をしていただいたとき、腑に落ちるものがありました。 (後は、次回に...)

2009年7月 9日

家庭教育/道徳/子育て/ いじめ 2

(前回からの続き...)鮎は川の中で、自分の縄張りをもっていて、その縄張りの中に他の鮎が入り込むと、体当たりで攻撃を加え、他の鮎を追い出します。鮎は、川底の石についたコケを食べるので、コケの生えた石のある自分の縄張りを守ることが自分の命を支えることになるのでしょう。そうやって、自分の縄張りを守ることができた鮎のみが子孫を残していくことができます。どうやら、そのように自分を守るために他を攻撃して排除するということは、生きものの基本にあるようです。生きるために必要な行動がプログラム化され、生命体にはそのプログラムのスイッチを入れる意思が潜在しているともいえるのではないでしょうか。

 わたしは、かつて、小学一年生の学級担任をしたことがありました。そこでのことを思い出してみると気づくことがあります。子どもの攻撃精神、排他精神にはすごいものがありました。わがままを押しとおす、人をたたく、人に文句を言う。参ってしまいました。何が、子どもたちに、このようなことをさせているのか考えこんでしまいましたが、それは、多くの子どもたちの中で生活するようになった子どもが、自分の中にプログラム化されていた生きるために必要な行動を取るスイッチを入れたのだと考えることができます。わがままを押し通すのは欲をもっているからであり、人をたたくのは怒りを感じるからであり、人に文句を言うのは人に嫉妬の感情をもつからです。しかし、これは、人が、生きものであることを、証明していることでもあります。見方を変えてみると、それらがなかったら、人の種の保存は行われなかったのです。欲があるから食べ物を食べる意欲が生まれて元気をつくり出すことができます。怒りがあるから攻撃をされたと思うと発奮して自分を守ることができます。嫉妬心を抱くからその人には負けない自分にしようとして向上心も生まれます。

 そういえば、ずっと以前のことになりますが、テニスでよく知られている、あるプロの選手がテレビの番組で言っていました。「テニスは、意地悪なスポーツですよ。」最初は、ドキッとしたのですが、聞いているうちになるほどと思ったのでした。テニスは相手のコートにボールを打ち込みますが、そのボールは、できるだけ相手のいやがるところ、相手が打ち返しにくいところに、打ち込むようにします。そうですね、自分に都合のいいボールとは、相手にとっては、いやなボールなのです。そのように、相手にいやなことをし続けるのがテニス、だから、「意地悪なスポーツ」と言うのですが、そう言っているときの顔は、晴れやかな顔で、一点の曇りもない、おだやかな表情でした。相手に意地悪なボールを打つ、また、相手から意地悪なボールを打たれる、しかし、それが、すがすがしさへつながるのです。ここに、人間のすばらしさを感じました。ここには、他の動物の追随を許さない、人間としての生き方があります。

 いじめの問題を考えるとき、生きものとしての部分を否定するのではなく、生きものの部分をもとにして、さらにはそれを越える人間として生きる部分をどのようにつくっていくことができるのかを考えることが必要なのだと思います。

 先日、神奈川県南足柄市で、「いじめをなくす子どもフォーラム」が開かれました。集まった子どもたちは、いじめをなくすことについて、考えていることや取り組んでいることを発表しました。発表している子どもたちの表情がとてもよかったです。そして、子どもたちの発表の後、子どもたちに話をする機会を与えていただきました。そこで話した内容を次回に紹介します。(次回に続く)

2009年7月13日

家庭教育>道徳>子育て> いじめ 3

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【本学の家庭教育専攻では、道徳/子育て/心の教育/人生ついて学ぶことができます。インターネットでの学習で、自宅に居ながら大学卒業資格を得ることができます。】

さて、前回からの続きですが、神奈川県南足柄市では「いじめをなくす子どもフォーラム」が開かれました。子どもたちの、具体的な取り組みをもとにした発表はとても素晴らしかったです。発表する声に張りがあり、自分たちのしていることへの自信を感じました。
 さて、その発表の後、わたしが話すことになりました。
 子どもたちの発表を聞いていて、思い出すことがありました。それは、「言う」ということの意味です。まずは、そのことから話し始めました。
「言う」ということは、実は、心に大きなハタラキかけをしているのです。「言」という言葉を見てみましょう。上部は「心」という文字を横にしたもので、下部は「口」という文字でできています。「言」とは、心を口から外に出すことです。心の中ではいろいろな考えが渦巻いています。それを、外に出すことで、はっきりとした形にすることができるのです。子どもたちは、いじめが起きないように...「あいさつをよくするようにしています」「名前を呼び捨てにしないで『さん』をつけるようにしています」「異学年で遊ぶ活動を行っています」「ポスターを作って貼っています」「カウンセラーの人と話し合いをしています」...と言っていました。これらを言ったことで、心をはっきりとした形にすることができたのです。言うことは、発表する人が自分の心を形にして示し、聞く人たちが、その言葉を心の中に入れて、共感させることになるのです。みんなでいい空間をつくり出したのでした。いじめをなくすには、一人ひとりが自分の意思を言葉ではっきり言うことが必要です。それが見事にできていました。(続きは、次回に。)

2009年7月16日

家庭教育>道徳>子育て> いじめ 4


asagao.JPG暑い日が続きます。早朝に起きて添削を始めました。しばらくすると、新聞配達の人がバイクの排気音を響かせて通り過ぎて行きました。迷惑だな、そう思った途端、思考回路が切れました。外に出てみると、アサガオが迎えてくれました。
(アサガオのいい顔をパチリ)
 さて、前回の、「いじめをなくす子どもフォーラム」での話の続きです。
 子どもたちは、いじめをなくしたいと、声を大にして発表していました。特に、「いじめをふりはらう力を出したい」という言葉に胸を打たれました。
 そして、それは、「言う」という行為によって、もう、出ていると感じました。では、その力は、どこから出ているのでしょうか。自分の中からですね。では、では、自分の中の何がその力を生み出すのでしょうか。それが、よりよく生きようとする、「生きる力」です。しかし、いったい、生きる力とは何でしょう。何だかわかるようで、今一つつかみどころがありません。もう少しわかると行動へのはずみもつきそうです。そこで、アサガオで、生きる力を考え、それを人に当てはめてみることにしましょう。アサガオも人も、生きものということでは同じなのです。

 アサガオは5月に種をまきます。土の表面から1センチメートルぐらいの深さの穴を指であけ、種を入れて土をかぶせるのです。そして、毎日、水をあげます。一週間ほどで、芽を出します。アサガオの種は生きています。種は固い殻に覆われているのにそれを割って、双葉を出します。まさに、生きる力のなせるわざです。しかし、もっと注目したいところは、種の場所です。種は、地下1センチメートル程のところに埋めました。では、芽を出したとき、種はどこにあるのでしょうか。地下1センチメートルのところにそのまま居て、その場所で種を割って双葉を出すのでしょうか。...ではないですね。柔らかい双葉は1センチメートルもの厚さの土を割って出ていくことはできません。...土の中では、いったい何が起きているのでしょう。実は、アサガオは、いうなれば、たくましく生きる力を出しているのです。その力を具えたもののみが種の保存という命題に応えることができて、今に至っているのです。それはどのような仕組みでしょうか。それを理解することにより、人も、いじめをふりはらう、生きる力を出す希望をもつことができるのではないか、と考えられるのです。さて、土の中では何が起きているのでしょう。(以下、続く。)

2009年8月 2日

家庭教育>道徳>子育て> いじめ 5


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アサガオの種は、地下1㎝程のところに埋められます。その後、毎日、水をかけてもらえます。ところが、水をかけられるということは、土が重くのしかかってくるということになるのです。種は、土によって、外界との間を遮蔽され、暗い中に身を置かれます。そして、約一週間後、土の上に双葉を出しています。

 アサガオの種をまいた子どもにとって、双葉が出てきたことはうれしいことです。生命の働きを感じることでしょう。しかし、この、種が双葉を出すことが、約束された生命の営みであると考えると、芽が出て来たのは、水をあげ続けた、子どものがんばりの成果であるかのような思いにもなります。
「毎日、水をあげたから、アサガオは芽を出すことが出来たよ。」「水をあげ続けた子どもは、よくがんばった。」そして、水をあげ続けた子どもに、「あなたはよくがんばりました。えらい。」という言葉をかけてあげたくなります。

 それでもよいですが、ここで、改めて考えてみましょう。右上の絵は、その時の双葉の姿を思い出して書いたものです。地面の上に、何かがありますね。種の殻です。何でもないことのようですが、種は、地下1㎝のところに埋めたはずです。うぬっ、種は、地下にじっとしていなかったことになります。普通に考えると、地下に埋められた種はそこで芽を出し、根を出すと考えられます。そうであるならば種は地下1㎝のところにそのままあるはずです。ではないのですね。種は、地表に上がってきているのです。種から小さな根を出し、その根で種である自分を持ち上げ、地表近くまで押し上げると、ついには地面の上に引っ張り上げるのです。そして、種の殻を割ると、中から双葉を出したのでした。

 種は地下に埋められたのに、地上まで上がり、そこから芽を出すのです。簡単なようですが、そのようにできるための物理的な作用を考えると、そうするには、大きな力が必要であったことに気づきます。まず、地中の種は、種から小さな根を出します。根は細いです。根は力を込めると、土の間を進んで行くことはできるでしょう。でも、そのようにしたら、種は動きません。根が伸びるだけになってしまいます。種を動かすには、根は先に進まないで、根自体を地中に固定し、種を押し上げることが必要になります。生きる主体が、種から、小さな根の中に移動するような気がします。自分がそのまま力を出せば、根の先は地中に伸びて行くのですが、自分は動かないようにして、逆に種を押し上げていくのです。大きな力がいることでしょう。湿って固められた土を押しのけて、種を上に押し上げていきます。人間にたとえると、指先で逆立ちをするようなものでしょうか。

 そのようにして、種を地表まで押し上げる苦労をするのであれば、最初から、地面に居て、そこから根を出し、芽を出せば、よいようにも思います。しかし、それでは、育つ力は出て来ないのでしょう。ということは、土の中に閉じ込められることによって、自分の中から生きる力を引き出していくことができるようになるということです。

 土の中は暗いです。暗いということは、明るさのある方向が分かるということです。そのことによって、明るい方向に向け、自分を押し上げ、自分を伸ばそうとする力を出すことができるのではないでしょうか。もともと、明るい地上にいたのでは、そうして力を出すまでもありません。適当にしていれば、それなりの芽を出すことができます。トレーの中で発芽の実験をしても芽を出すことはできます。しかし、その芽は育つ力を自分で出すようにはならないのです。

 朝顔の種は、厳しい生存に向けた営みを土の中で行うことによって、地表に双葉を出すことができたのです。そして、そのことを行う種のみが、この世に、生命のつながりを残すことができたといえるでしょう。

 生命は、そのような強さを内に秘めているからこそ、現代の世に生きていることができるのです。人も、そのような生命体のなかまであることに変わりはありません。明るく生きることをめざして、生きようとします。しかし、アサガオの種が、明るい地表にいるままでは、自分を育てる力を出すことができないように、わたしたちも、明るい生活の中にいるままでは、自分を育てる力を出すことができないように思います。暗くなること、つらい境遇に陥ることが、自分を育てる力を得る機会となる、という考え方が必要ではないでしょうか。

 暗いこと、つらいことは、いやなことです。そうさせた相手や社会に不満をぶつける、クレームを言う、そうすることが、今の社会の常道のようにもなっています。自分を暗くしてくる相手を撃破し、明るく生きる自分を担保する、という考え方がそこにはあるのです。しかし、それは、自分のことを大切に考えるがあまりに、他者のことを顧みないという構図の中にいるのです。いつの間にか、不満のるつぼの中に身を置いていて、考え方がとげとげしくなっていることでしょう。そこに、いじめが登場します。

 自分はいじめているつもりはなくても、他者にとっては、いじめになっていることが多々あるのではないでしょうか。『さるかにがっせん』という昔話があります。かににいじわるをしたさるは、臼・蜂・栗の連合軍によって、仕返しをされました。かににいじわるをしたさるが悪い...いじわるをされたことを他者のせいにすると、仕返しをしたくなります。しかし、その仕返しもまた、他者をいじめることになります。この場合、さるへの仕返しは、集団でのいじめです。仕返しをしてもらっても、かにの心は、明るくはならなかったはずです。

 アサガオの種は、土の中に閉じ込められ、暗くなった中で、小さな根を出し、そこに自分を移して、種である自分の本体を地面の上に押し上げました。地面の上が明るいことがわかるから、大きな力を出すことができたのです。わたしたちも、明るく生きるということがわかれば、そこに向けて自分を押し上げる力を出せるようになるはずです。そこで出てくる力が、生きる力です。他者のせいにするのではなく、自分が生きる力を出せる...それが、現代に求められているのです。次回は、昔話『さるかにがっせん』で、その生きる力の出し様を考えてみましょう。(次回に続く)

2009年8月 7日

家庭教育>道徳>子育て> いじめ 6


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昔話『さるかにがっせん』では、かには、柿の木にのぼって柿を食べているさるに向かって、「ぼくにも柿を取ってください。」と頼みます。でも、さるは聞き入れてくれません。「わたしが育てた柿だよ。わたしの柿だよ。」というかにの主張は、もっともな主張で、理のあるところです。でも、その主張はさるの心を動かすことはできませんでした。それどころか、かえってさるの心を意固地にさせ、「生意気だ」とかにに青い柿をぶつけるようにさせたのです。
 かには悪くはありません。しかし、さるがそのような行動に走ったのは、かにに足りないところがあったからだと、考えることができます。かににとって、さるは、柿のタネを運んできてくれた大切な人であったはずです。柿の木を育てる楽しみを与えてくれた人なのです。育てた柿の実をさるにひとりじめされて、くやしい思いはあるでしょう。しかし、「水に流す」という言葉があります。くやしさを流れる水に放すことができたら、どれほど心地よいことでしょう。そして、さるに向かって、「柿のタネをありがとう。おかげで、柿の木を育てる楽しさを味わうことができたよ。お礼に、どうぞ、柿の実を召し上がれ」という言葉をかけられる心の余裕ができることでしょう。それによって、さるの心も変わっていくのです。

 わたしのことで、ずっと、ずっと、追憶の彼方にある思い出があります。あれは、小学校3年生のときの、遠足の帰り道でのことでした。帰る道は、近所の子どもたちがまとまって帰ることになります。その帰り道で、わたしは同級生の子から泣かされました。理由は何だったのか記憶がありません。ただ、そのときの同級生の怖い顔と、くやしくて泣いているわたしが強く印象に残っています。そして、わたしの家への分かれ道に来ました。そこから家まで50メートルはあったでしょうか、わたしは家への道を泣きながら一人で歩きました。遠足の日というのに、何というさびしい展開でしょう。ますます、泣き声は高まったように記憶しています。ところが、家の前で、足が止まりました。何だか、そのままではいけないような気がしたのです。見られているような気がして、みんなと別れた道のところをふり返りました。すると、わたしを泣かした子が、まだそこにいて、じっとこちらを見ていました。わたしは、泣くのをやめて、家の裏口にまわりました。その子を見ると、その子も安心したように帰って行くところでした。わたしは、涙をふいて、何事もなかったかのように家に帰ったのでした。
 
 今から、50年以上も前のことです。いじめということを考えるとき、なぜだか、そのことが脳裏に浮かんでくるのです。そして、あのとき、どうして、泣きながら家には入らなかったのか、自分を制していたものは何だったのかを考えてみるのです。
 その子は快活な子で、お兄さんがいることなどから生活経験も豊富で行動力もありました。内気であったわたしは、その子のようになれたらというあこがれももっていました。その子への配慮は、わたし自身のためでもあったのでしょう。その子と一緒に遊んでいると、自分の枠を超えるものを感じることができていました。家に泣きながら入らないことで、それを無にはしたくないという意思表示をしたかったのではないかと思うのです。

 人は、それぞれに、自分があり、一分をもっています。それによって、怒りを感じ、欲を張り、嫉妬の思いをもちます。それらを、流れる水に流すかのように放すことができるとき、いじめの連鎖から抜け出すことができるように思います。

 上記の写真は、心を鎮めるための作品(制作途中)です。江戸時代の儒学者中江藤樹は、自分の心に迷い・悲しみ・怒りの心が生じた時には庭に置いた石に静かに水をかけ、 自分の心を正していました。その石に代わるものを、陶器で作れないかと考えました。ドンブリ鉢のようですが、底は平らにしています。この鉢の中に、水の流れるオブジェをつくり、据えようと考えています。名付けて「怒滅却器」。周りの人が、面白がってくれています。

2009年12月 5日

学校・家庭で学ぶ、たくましく生きる心得の條2> 命とは何か


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ひたすら歩き続けました。先週の土曜日、11月27日のことです。大分県竹田市の駅前から山奥に向かって歩き続けること8時間。たどり着いたところは、久住山のふもと、熊本の阿蘇の山々さえもが見える久住高原。高原の野は茶色に冬枯れて、梢の向うには太陽が降りていました。これぞ、待ち焦がれていた景色、わが青春を導き出す道標でありました。

 わたしの卒業した高校は大分県竹田市にあります。その時の同級生から、還暦を祝う同級会を久住高原で行うので集まりませんかといううれしいお便りをいただいたのは、三カ月ほど前のことでした。そう、わたしは、今年、還暦なのです。

高校のときの一番の思い出は42キロを走る強歩大会。学校を出発して、久住山のふもとまでの42キロを、駆け上がり、駆け下りました。それは、辛い苦行でした。1年生のとき、2年生のとき、その辛さに耐えて走った記憶があります。しかし、どう思い返してみても、3年生のときの記憶がないのです。そして、はたと気がつきました。何と、わたしは、3年生のときの強歩大会をサボっていた...。大学入試を前にしての模擬テストがあり、その重圧に屈して、勉強しなければと、机に向っていたのでした。小心者でした。それだけ追い詰められていたといえばそれでもすみそうですが、しかし、それではさびしい。入試と強歩は、表裏一体のものであって、自分を高めるものであったはずです。それを見失っていた青春のの蹉跌。今にして思う悔恨。同級生のみんなは走っていたのです。そのみんなに会える自分になるために、今回の同級会に、強歩で臨むことにしたのでした。但し、歩きで。

 歩き始めて、二時間、三時間、体調は快適でした。秋の深い山々を見て歩いていると、若かりし頃見た景色が、感慨をもって迫ってきます。しかし、四時間を過ぎたあたりから、惰性で歩いているとしか言いようのないような、無気力の状態となりました。孤独と、きつさと、つらさが、合わせ技で心を絞めつけます。

そして、そこから来る寂寥感や無力感がピークになると、「もうやめよう」「いや、もう少し」「何という馬鹿なことをしているんだ」「いや、過去にくぎりをつけるよ」「そんな、今まで、高校のときのことなど気にしないで来たのに」「まあ、まあ、そう言わずにもう少し進んでみるか」...などの、ぐちにも等しいひとりごとが、脳裏をかすめて行きます。それが、壁の出現と、それに立ち向かう自問自答なのでしょう。

壁ができるから自問自答をするのか、自問自答をすることで壁ができるのか、今まで前者だと思っていたのですが、今度のことで後者のような気がしてきました。壁も、自問自答も、己がつくり出すのです。自分のしていることに価値を求めるからこそ壁ができ、それに立ち向かおうとするから、前に進む力が出るのでしょう。

それに比して、人がつくった壁だという認識であれば、その壁があることに責任は感じません。壁を壊してしまうことだってできます。しかし、それでは、前に進むことにはなりません。単なる、わがままを主張することなのです。若き日、強歩をサボったわたしがそうでした。今回、壁は自分でわざわざつくったのです。立ち向かう自分がいるからこそ壁もあるのです。壁が壊れそうになるとき、それをつくり続けることが、前に進む力を自分の中から引き出すことになります。

そう思い直しては何度か壁をつくり直し、その壁に立ち向かうことで、みんなが集まっている会場に到着したのでした。集まっている人たちの顔を見ながら、高校のときの顔を想像します。なかなか、思い出せません。しかし、胸につけた名札を見たとき、高校のときの顔と今の顔が一致します。その顔の違いが、その人に人生があったことを物語っています。この会を計画し、運営してくれている級友に感謝しながら、60年間生きてきたことを共に祝うひと時を過ごしたのでした。

 思えば、高原に向けての8時間の強歩。よくもまあ、そのようなことができたものです。翌日の、帰りの飛行機の中で思い返しているとき、ふと、気づくことがありました。これが、40歳や50歳のときであれば、このようなことをしたいという気持ちが起きただろうか、いや、起きなかったであろうと。60歳であるからこその気力であるのです。生きることが終焉に向かわんとするとき、命は、また、別の味わいを求めるということでしょうか。

翌週、神奈川県のある小学校で、6年生を対象にしての、生命尊重をテーマにした道徳の授業を参観することができました。「生きることの意味」を問いかけることで、命の大切さを明らかにしようとするものでした。その授業を参観していて、命の意味について、今まで以上の思いを抱くことができました。授業をしてくださった先生、子どもたち、ありがとうございました。

授業に用いられた資料(お話)は、ある少年の家で、おばあちゃんが亡くなったときのことを題材にしたものでした。そのおばあちゃんは、年をとっても、毎日のように、近所の小高い山に登っては清掃活動をしていました。その山は見晴らしのよい山で、多くの人たちが訪れ、楽しんでいる山です。その山に登り、掃除をすることが、おばあちゃんの日課のようになっていたのでした。家族が体のことを心配してやめるように言っても、おばあちゃんは続けました。少年は、そのことを思い出し、おばあちゃんの生き方をしのぶのでした。

授業では、子どもたちは、そのおばあちゃんについて、「つよいおばあちゃん」「何でおばあちゃんは苦労をすることが続けられるのか」「そうじをすることで笑顔になるおばあちゃん」という感想をもつことができていました。その発言を聞きながら、子どもの感性は、とてもすばらしいと思いました。お話の中のおばあちゃんに、自分の生き方の指針を感じているのです。そして、これらの発言をよく吟味してみると、その中に、おばあちゃんの命が生み出したものが表現されていることに気づきました。それは、「つよさ」であり、「苦労が続けられること」であり、「笑顔」です。それらは、生きることにとって価値のあることです。

生きることとは、このような価値のあることを生み出していくことではないか、それを生むものが命であり、だから、命は大切なのではないか、そのように考えて行くと、その大切さを生み出していく「命の作用」はどこから来るのかを見極めたくなります。授業中の子どもの発言にあった「何でおばあちゃんは苦労をすることが続けられるのか」という命題が、まさにそれです。それを考えることによって、人に生きる力を湧かせてくれる心の実態を知ることができます。

先日の新聞にあった「自殺者が3万に増加」という見出しに心が痛みます。人には、死ぬことよりも、生きることが辛いと思ってしまうこともあるのです。そうなったときに、自分の生きる力を出せる、その出所があることを知らせることが、今の教育に必要なことであるように思います。思えば、このお話のおばあちゃんには、自分の人生を推し進めた、生きる力の出ているところがありました。

おばあちゃんは、毎日のように近くの山に登りました。そのことから、山が「好きだった」のではないかということが想像できます。当初は、単に山に登ってみようかという、ちょっとした関心だけであったのかも知れません。しかし、自分の足で登れたことが爽快感を味わわせてくれたことでしょう。そして、何回か登っているうちに、山の空気や、そこで出会う人たちが気軽にかわすあいさつに心がやわらぎ、好きになっていったのではないでしょうか。

また、その山に登る人たちがゴミを散らしても文句を言うのではなく、ゴミを拾うことを日課のようにしています。山をよごさないでと、山を守ることが第一義にあるのではなく、山に登る人たちがいることがうれしく、その人たちがきれいな景観を喜んでいたことに「喜びを感じていた」ことが想像できます。いやになることもあったに違いありません。しかし、そのとき、「喜び」を思い返すことによって、自分の思いを強くしていったことでしょう。壁を自らつくり、それに立ち向かうことが、自分の精神性を高めていくのです。

さらには、人々がそれだけこの山に登って来るということで、地域の人はこの山を誇りに思っていることでしょう。その地域社会の中に身を置き、地域の一員としての行動に「うれしさを感じていた」のではないかということが想像できます。

ここに、おばあちゃんの生き方を支えていた心の実態があります。おばあちゃんの生きる力は、おばあちゃんが、地域の山、人々、地域社会にかかわり、「好きなことがある、喜びをもつ、うれしさを感じる」、という心の働きを得て、生み出していたともいえるでしょう。だから、苦労を続けられるのであり、つよいのであり、笑顔になるのです。

このことから、故郷の山や自然を好きになること、周りに人がいることやその人にかかわれることに喜びをもつこと、身近な社会の中にいることにうれしさを感じることで、生きる力を出せるようになることがわかります。

生きることがつらくなったときには、周りの自然に目を向けるようにする、人に喜ばれることをする、社会の中に身を置くようにする。そうすると、そのことが、自分に生きる力を生み出すことになるのです。学校や家庭で、子どもの心の教育に悩んでいる先生方や、お父さん・お母さんに、そのことを知らせたいと思いました。

そう考えたとき、今回の強歩にあたり、わたしを支えてくれた生きる力の出所を知ることができたような気がしました。昔から親しんだ久住山という山があり、同級生というわたしを迎えてくれる人がいて、故郷という社会があったのです。だから、8時間を歩くことができたのでした。
 
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その翌日は、高校以来、クラスメートとの、40数年ぶりのバス遠足。車窓には冬の高原が広がっていました。(写真は、大分・熊本の県境、瀬の本高原)

かつて、青春のとき、この瀬の本高原を通って、阿蘇山までバス遠足に行きました。その仲間も、それぞれに、朱夏のとき、白秋のときを経て、玄冬のときを迎えようとしています。それは、その人なりの人生が、命によって生み出されてきた事の帰結なのです。その、それぞれの人の人生に敬意を表することで、わたしの人生もまた、意味を成して行くように感じました。みなさん、ありがとうございました。

生きるということは人生を生み出すということ。
人生は壁を生み、それに立ち向かう気力を生む。
命は、それを、そうならしめるもの。
だから、命は貴重であり、尊い。ということを知らせてくれた、同級会でした。

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