近代の大学の起源はよくわからないのですが、近世になって交易が盛んになり、法律が必要になってきたため、ローマ法に詳しい人のところに教えを乞う人達が集まってきた、というあたりにあるようなのです。八洲学園大学は、大学の起源の頃と同じような状況にあります。
近代の大学の起源は12、3世紀頃のようですが、霧の彼方に霞んでいるようで、よくわからないといわれます。ボロニアのローマ法に詳しい人のところに、ヨーロッパ中から遍歴学生(成人)が集まってきて、農耕の共同生活をしながら師の生活を支え、知識を吸収して帰っていった、というあたりが起源のようです。
その頃は、秀でた人がいると、遠路はるばる尋ねて行き、2年でも3年でもかけて勉強をしたのですが、集まった人達の作る共同生活集団がウニベルジタスで、それがユニバーシティの語源といわれます。
今は、高度情報通信コミュニケーション技術が発達して、八洲学園大学のように、居ながらにして、大学のライブ講義を受けられるようになりました。
しかし、遍歴学生となって長い旅をした後に知識を得るか、瞬時にそれを享受するかの違いはあっても、大学の起源の頃の状況と、今の八洲学園大学の状況は、同じような気がするのです。
というのは、八洲学園大学では、1科目毎に授業料を払います。したがって、その授業を受けることが自分にとってどれだけ必要か、ということを常に考えざるを得ません。そして、必要だと思ったら、授業料を払ってその教員のところへ集まります。ですから、科目毎に学生と教員の共同体ができ、学生さんは必死になって勉強します。
教員は、非常勤講師の先生方も含めて、異口同音に、学生さんが熱心で、優秀だといいます。それは、学生さん達が、知識や技術を求めてやまない大学の起源の頃の成人遍歴学生と同じ精神を持っているからではないでしょうか。
教室へ行くと、チャットやディスカッション・ルーム(八洲学園大学独自の画面上のディスカッションの場)から、学生さん達の新鮮な探究心や勉学意欲が伝わってきます。
新学期が始まりました。